寝翼
次の日の朝。
俺は制服のシャツに着替えて、一階に降りていくと、すでにセラが朝食の用意をしてくれていた。
「いや、ほんと頭が上がらないよセラ」
「私朝強い。気を使わなくていい」
「それにしたってなぁ・・・なんか俺にできることないか?」
セラはんーと考えるそぶりをする。
「なら、また一緒に寝る。それでいい」
「え?セラ、何を言って・・・?」
俺が戸惑うと、セラはくすりと笑った。
「また寝る前行く」
そうして、ニコニコしながらパンをちぎって食べた。
立ちっぱなしの俺。
「座ったら?」
セラは何もなかったかのようにそんなことを言う。
それから俺も卓について朝食を食べ始めたのだが、しばらくたってもあいつがやってこないことに気づいた。
「アミル遅い」
セラが言った。アミルは典型的な夜型で、朝にめっぽう弱い。セラがわざわざ寝室まで起こしにいくのは日常だった。
「私起こしてくる」
「俺がいってくるよ。セラは食べててくれ」
「アミル寝起き悪い。私行く」
「知ってるさ。大丈夫、大丈夫。俺が行く。たまには手伝うよ」
そうして何か言いかけたセラをおいて、俺はアミルの部屋に向かった。
こんこんとドアをノックする。返事はない。まあ、この程度では起きないのは承知済みだが、プロセスが大事だ。
「アミルー!朝だぞ!」
中から返事はない。
その後もノックを何度かする。結果は変わらず。
どうやらとても深い眠りらしい。
「・・・・・・」
だから俺は仕方なくドアをゆっくりと開けた。直接起こしに行くしかないのだ。
部屋の中に顔を覗かせると同時に甘い匂いがただよってきた。天空花のアロマの匂いだ。朝の陽光の匂いと混じって、とてもいい匂いを醸している。そう、よく考えれば天使以前にここは女子の部屋だ。意識してしまうと少し緊張するが、ベッドの上で、ぐうぐういびきを立ててる部屋の主を見るとその緊張もあっさりとほぐれていった。
色気もなく、だらしなく、寝相悪く眠っている天使。
グラドにこの姿を見せてやりたいものだ。
俺は部屋にそろりそろりと侵入して、アミルの肩を揺すった。
「おい、アミル起きろ」
「んー、んー・・・」
寝ぼけながら鬱陶しさそうに俺の手を払う。
あっさりとはいかないものだ。
「おいアミル朝だぞ!早くしないと間に合わないぞ!」
「・・・んー、うるさい、ですね・・・!」
もぞもぞと布団を被るアミル。
まだまだ寝る気だ。
「このまま起きないと・・・」
さらに肩を揺すった。
「んー・・・んー・・・」
さらに強く揺すった。
「遅刻するぞ、この寝坊助・・・」
「んー・・・んー・・・んー・・・」
「このまま起きないと、悪戯するぞ?いいのか?」
「んー・・・ん・・・んんんんー・・・」
「おいおいマジか。まだ起きないのかよ。いい加減にしないと、ほんとに触るぞ。その大きな・・・」
「んんん、もおおおお!うるさぁい!」
その瞬間。アミルはバサァ!と金色の翼を勢いよく展開した。
「うわああああ!」
俺はその翼の勢いに吹っ飛ばされて、弾丸のように後ろのクローゼットに突っ込んだ。
「え?え?え?なにごと?」と目覚めたアミルは事態を飲み込めず、あわあわと戸惑う。
「アラン!アミル!」セラが飛ぶようにやってきた。
セラは部屋を見て、何かを察したらしい。
「アミル、その翼・・・」
「え?翼って・・・あーーーー!!」
アミルの顔がみるみる紅潮していく。セラはいつもの無表情にわずかな同情をのぞかせる。
「こ、こ、こ、こ、この歳になって、寝翼なんて!そんな治ったと思ったのに!」
「アミル、私何も見てない。安心して。早く朝ご飯早く食べる」
「ちょっとセラぁ!そういうのが逆に恥ずかしいです!お願いします!オールとロゼには内緒にしててください!お願いしますぅ!」
「私何も知らない。何も見てない」
セラがそそくさと逃げるように出て行く。
「待ってってばぁ!セラぁ!」
急いで翼をしまって、バタバタとかけていくアミル。
「お、俺を忘れて、るぞ・・・」
クローゼットの中で呻く俺の声を聞いちゃいない。
昨日の誓いを撤回したくなってきた気分だ。
寝翼ってなんなんだよ。恥ずかしいことなのか。天使の価値観がいまいちわからなかった。