あの日から5年
翌朝。目を覚ますとセラブルはいなかった。枕は残っているから一緒に寝たのは現実らしく、どうやらリビングの方から物音がするから、早起きしたようだ。
カーテンの隙間から陽がもれていた。開けると、案の定、晴れ渡った青空がそこにあった。
「・・・うう、眩しいな・・・また日射警報が出るな」
さて、と起き上がる。着替えは朝食の後の方がいいだろう。せっかく着替えて汚してしまってはしょうがないのい寝巻のまま、顔を洗って、リビングに向かった。
セラが既にキッチンに立って、朝食を作っていた。他の天使たちは誰も起きていない。
昨日の様子だと、オールは起こしにいく必要があるだろう。
「おはよう、セラ」
「おはよう。アラン」
「手伝うことあるか?」
「ない。座ってて」
セラはこちらを向かずに言った。
相変わらず淡白だが、そのやり取りが今は温かかった。
俺は窓を開けて、窓際に置かれた空音ラジオのスイッチを入れた。放送局が流す特別な風を受けて、音を鳴らすラジオだ。
『・・・オルガンス島事件から、5年経ちました。被害者の追悼式に参列する人々で、朝早くから多くの人々がレバーレンチ橋跡へ足を運んでおります。スカイ・ハイレール、レバーレンチ橋方面は若干の遅延が発生しております・・・」
「だいぶ混みあってるみたいだな」
「そうね」
取りあえずこれ先食べてて、とセラが焼きたてのパンと牛乳を持って来た。
そのタイミングでアミルがのそっと起きてきた。昨日食べ過ぎたせいかおなかを押さえて、セラに朝ご飯要らないと言っている。
「セラ、早起きですね」
「・・・昨日は快眠できた。寝方変えた」
「寝方?どう変えたんですか?」
「教えない」
え?と戸惑うアミルの横で、俺は牛乳を飲んで他人事のふりをしていた。
その後、しばらくしていい加減起きてこないロゼ、オールを起こした。
ふたりともどことなく体調が悪そうだった。特にオールはやたら口数が少ないし、いつもみたいな冗談交じりの会話は一切しない様子を見るに、特に体調が悪いみたいだった。セラが二日酔いに効く薬を無理やり飲ませて、しばらくしてようやく落ち着いたみたいだ。
後発組が朝食を食べなかったので、当初の予定より早い出発となった。
目指すはレバーレッジ橋跡。オルガンス島がかつて繋がっていた橋の跡地だ。
天使四人は翼があるので飛んでいけるが、この日は流石に鉄道で大人しく向かう。
鉄道はやはり混みあっていた。
皆がオルガンス島があった場所へ向かっている。
皆礼服を着ている。もちろん俺たちもだ。
俺は黒色の礼服、天使たちは各々が冠する色のリボンがついたシックなワンピースを着ている。
その中でオールが花束を持っていた。
鉄道を降りた場所は島の端だった。そこは駅のすぐ近くは大きな広場になっていて、多くの人が集まっている。
足元に古びたレールがある。それはずっと伸びていって島の端の端、かつてレバーレッジ橋という大きな橋があったところで途切れている。途切れたレールの先にはたくさんの花が添えられていた。
まるで花園だ。風に花びらが舞いあがって、悲劇が起きたことが嘘に思える。
「ちょっと!アラン何ぼさっとしてんのよ。こっちでしょ」
ロゼが人並みに流される俺の手を引いた。
俺たちは花を供える人々の列に並ばず、少し離れた三角屋根の小屋にやって来た。古く小さい小屋だ。白いペンキは剥がれ、壁は壊れ、草木が小屋の中まで生い茂っている。
「・・・去年より酷くなってるな」
「誰も手入れしない。当然」
「アミル、魔法で掃除したらどう?」
「バカ、ここはこのままでいいのよ」
「そうですよ。このままがいいんです」
そうしてオールはホシミツツジの花束を、一人一人に渡して、俺たちは各々、小屋に花を供えた。
俺は誰にも聞こえない声で呟いた。
父さん。
今年も会いにきたよ。