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ボーイ・ミーツ・ペンギン

あまりにも突然のことに目が点になる。俺はてっきり、戦力として協力するものだと思っていたからだ。そんな中でドクターKから提示された研究所の職員にならないかという提案は、全く予想していないものだった。

「でも俺文型だし、化学とか物理の知識なんてほとんどありませんよ?こんな凄い研究所で自分が役に立てるとは思えないです。俺、戦力として協力するもんだと」

「もちろん、戦闘員としての活動がメインさ。いくつか実験にも協力してもらおうとは思っているけどね。南雲君は広島に住んでいるのかな?」

「はい」

「ここと広島は距離も離れているし、連携するのに不便だろう?人の命がかかっているんだ。迅速に行動しないと救えるものも救えない」

「確かに」

「ここの職員になれば、君の戦いをあらゆる方面からいつでもバックアップしてあげられる。衣食住は保証するし、もちろん給与も払うよ。職員として雇うわけだからね」

彼の言うことは正しい。寄生生物たちの力は規格外。ほんの少し対応が遅れてしまうだけで、人々に大きな被害を出してしまいかねない。できるだけ近くにいたほうが、連携が取りやすいのは明白だ。しかしそれでも、素直に首を縦には振れない理由がある。

「とてもありがたい話なんですけど、雇ってもらうことはできません。広島の戦いで、寄生された人を殺しました。そのせいで自衛隊から危険生物として追われてるみたいなんです。俺がここにいることがバレでもしたら、ドクターKや冷泉さんに迷惑がかかる」

「我々も似たようなものさ。ここは政府には認可されていない、秘密組織なんだ」

「秘密組織?」

「もしも君が、政府の人間だったとしよう。国内に核兵器並みの戦力を複数保有する組織が現れた。君ならどうする?」

考えてみる。もし自分ならどうするだろうか。国家以上の戦力を持つ者がいれば、それを野放しにするわけにはいかないはずだ。もしもそれが政府に向けて蜂起しようものなら、国の存亡に関わる重大な問題に発展してくる。

「規制するとか、自分たちの仲間にするとか、ですか?」

「彼らは自分たちの管轄下に置いて、政府の許可なしでは動けないようにするだろう。しかし、それでは遅いんだ。我々が彼らの許可を待っていようが、寄生生物はそれを待ってはくれない。さっきも言ったけど、必要なのは迅速に行動すること。正義活動をするのに手続きが必要なんて馬鹿げてる!自由に動くためには、秘密組織の方が都合がいいんだ」

「あの炎の男、自衛隊の所属なのでしょう?さっきの戦いで、私たちに人間としての意識が残っている上に、協力関係にあることはバレた。このことを上層部に報告しないはずがないわ。これから血眼になって私たちを探しだそうとするはずよ。あなた1人の力でそれから逃れることは難しい」

「僕たちが南雲君とナサ君の安全を守る!その代わり君たちは、人々の安全を守ってくれ!」

 その言葉で、俺の腹は決まった。


 布団に横たわり、天井のシミをボーっと見つめていた。学校はとっくの前に自由登校。受験のない俺は、昼に起きて深夜に寝るだらけた毎日を送っているのだ。ドクターKと冷泉さんに会ってから1週間。研究所の一員となることは決心したものの、1つだけ迷っていることがあった。両親にこの状況をどう説明するかだ。就活していた素振りなんてなかった俺が突然企業に就職すると言うのは不自然すぎる。かと言ってこんな異常なことをありのまま包み隠さず説明すれば、一笑に付されるか、あるいは精神病院に連れていかれるのがオチだろう。どうしようかと思案しているうちに、こんなに日数が経過してしまった。俺は身体を起こし、1つ深呼吸を入れた。

「よし、今日こそは」

『おめでとう。今ので50回目の今日こそは、だ。この調子で100回を目指せ』

「黙れ!今日こそは本当になんとかしてみせる」

『51。今日はやけにハイペースだな。焦ることはない。じっくり行け』

「黙れっつってんだろ!いちいち数えてんじゃねえ!」

『ちなみにだが、今ので黙れも30回突破だ』

ダメだ。ナサの言葉にいちいち怒っていたらまた日付が進んでしまう。遅かれ早かれ言わなければならない時は必ず来るのだ。覚悟を決めなければ。

キイイイイイイインン…

その思考を遮るように甲高い耳鳴りが頭に響いた。寄生生物が近くにいるという危険信号だ。

「噓だろ、おい!この近くにいんのかよ!?」

『ああ。だが敵ではなさそうだ。下を見てみろ』

自室から出て、階段を下りる。玄関にいたのは、かっちりとしたスーツを着込んだ2人組だった。

「ド、ドクターK!?冷泉さんまで!」

「やあ、南雲君!」

「こんにちは」

「なんで俺の家が分かったんですか!?」

「前会った時に、こっそり発信器を付けさせてもらっていたんだ」

「どこに!?」

『気付いていなかったのか?』

「お前は気付いてたのかよ!」

『どうせお前はビビッて両親に説明できないだろう。こいつらにしてもらえ』

「私たちもそのつもりで来たの。ご両親はいらっしゃるかしら?」

「今外に出てるんです。すぐ帰ってくると思うんで、中で待っててもらえますか?」

「ところで、発信器について聞きたくないかい?あれは僕が開発した優れものでね、遠隔操作で完全に本体を消失させることができる上に、取り付けた生物が発する生体電磁波で充電できるからバッテリー切れの恐れも…」

「どうでもいいけど勝手に発信器つけるのはやめて下さい!」

2人を居間に通し、両親の帰りを待つ。勝手に発信器を付けられたことはムカつくが、ドクターKの科学力は本物のようだ。今後の戦いでは頼りになるかもしれない。ちょっと変な人だけど。


「ぜひうちに!どうかぜひ!」

目の前では、ドクターKの熱弁が振るわれている。彼の話した内容はこうだ。

「私はハイパーファブリックス・ホールディングス長野支店長の深海慧、こちらは秘書の冷泉と申します!先日南雲君が弊社に送ってくれた論文には、深い感銘を受けました!彼こそが弊社の、いや日本の未来を担う人材であると確信いたしました!つきましては、彼にぜひうちの社員として働いてもらいたいのです!」

 かなり無理がある内容だが、あまりの熱量に両親もすっかり信じ込んでいる。話している内容は全て噓にも関わらず、ここまでのパッションが出せるとは。俺はだんだん怖くなってきてしまった。

「うちの息子が、いつの間にやらそんな凄いものを…にわかには信じられんですなあ…」

「洋平、あんた一体何について書いたの?」

「えっ、えー、これからの日本の農業の未来について、かな」

「そうなんです!まさに光り輝く未来を感じさせてくれましたよ、彼の論文は!もうあまりの輝きっぷりに字そのものが物理的な発光を…」

隣の冷泉さんが咳払いした。明らかに話がおかしな方向に向かっている。彼女がいてくれて本当に良かった。

「父さん、母さん。そういうことなんだけど、春からこの会社に就職してもいいかな?」

「衣食住の心配は無用!すべて当社が負担いたします!彼は我が社の未来ですから!」

両親はお互いに顔を見合わせて頷いた。

「そこまで言ってくださるんだ。断る理由がねえでしょう」

「うちの息子を、どうかよろしくお願いいたします」

こうして無事に、両親への説明が完了した。


「4月にはこっちに来れるように準備しておくからね」

「分かりました。ありがとうございます」

これで心置きなく戦いに専念することが出来る。

『洋平君、ナサ、またねー!一緒に戦えるのが楽しみだなー!』

冷泉さんに寄生しているオライオンの声だ。あの暴風の能力を敵に回すと恐ろしいが、味方だとこの上なく頼もしい。

「そうだ」

ドクターKが思い出したように言う。

「今夜あたりに、君に戦闘のいろはを教えてくれる師匠がここに来るから、その人に稽古を付けてもらってね。彼は強いよ」

つい先日自らの弱さを痛感したばかりだ。戦闘を指南してくれる人がいるのは心強い。彼ということは、男性か。一体どんな人なんだろうと思うと、会うのが楽しみになってきた。

『中身は誰だ』

ナサの質問は、その人に寄生しているのは誰かということだ。

『ティベレ』

『…確かに、あれは強いな』

「それじゃ、僕たちはこれで」

「さようなら」

「ありがとうございました!」

彼らは周りに誰もいないことを確認すると、能力で空を飛んで行った。


「なあ、ティベレってどんな人…人じゃねえか。とにかくどんな感じなんだ?」

その夜、到着を待ちきれない俺はナサに聞いた。ナサやオライオンが認める強さ、会う前からワクワクが止まらない。

『まず俺たちよりも年上だ。俺、オライオン、ディーコンは同期。人間の年齢で言えば20歳ぐらいだろう。だがティベレは違う。40歳と言ったところか』

「年齢とかあるんだな、お前らにも。それで、すっげえ強いんだろ?」

『ああ。実力は種族最強クラスだ』

「さ、最強!?能力は!?」

『自分の目で確かめろ。見えたらの話だがな』

「もったいぶらずに教えてくれよ。気になるんだよ」

『次元だ』

「次元?」

『言葉だけで説明することは難しい。かなり異質な能力だからな』

 能力の詳細を聞こうとしたその時だった。

ドドドドドドドドド…

座っている自室のイスの背後から、鈍い重低音が響いた。慌てて音のした方向を振り返る。

「なんだこれ!?部屋の壁に穴が…じゃない、部屋の空間そのものに穴が空いてやがる!」

『来たか』

穴の中は、不気味な闇に包まれている。その中から何かが歩いてくる。きっとティベレだ。その風貌を想像した。力を極めた筋肉隆々の大男や、技の境地に達した仙人のような姿を期待する。数秒後、その期待は大きく裏切られた。出てきたのは、1羽の小さなペンギンだった。腰にはおもちゃのような剣をぶら下げている。穴は、彼がそこから出てきた瞬間に跡形もなく消えてしまった。

「ペンギン?」

開いた口が塞がらない。まさか人間の姿をしていないとは。

『ティベレ、これを聞くのは失礼かもしれないが…なぜペンギンに?』

『私が落ちたのは水族館と呼ばれる場所でな。そこにこの生物がいたのだ。直立二足歩行ができる生物で泳ぐことも容易い。戦闘への適正は十分だ』

「あ、あの」

『南雲洋平か。私はティベレ。今から貴様を鍛えてやる。行くぞ』

「行くってどこへ」

『裏の山だ。真夜中の山中ならば能力を使用しても人目には付かないだろう』

 そう言うと、何もない空間を持っている剣で切りつけた。そうすると、切りつけた空間が裂けた。重低音を響かせながら裂け目は円形に広がっていき、先ほどの穴と同じものが出来上がった。

『来い』

 彼は穴の中に入って行く。恐る恐る後について行く。中には無の空間が広がっていた。ティベレはその中をずかずかと進む。しばらく歩いた後、彼はまた空間を切りつけた。開いた穴から外に出ると、そこは山の中だった。

『よし、小僧。実戦訓練だ。殺す気で来い』

 走り込みや筋力トレーニングなどもっと基礎的なところから始めるのかと思っていた俺は、慌てて聞き返す。

「待ってください、いきなり実戦ですか!?」

『貴様の実力が見てみたいのだ』

 もうやるしかない。俺は身体の内側から黒い保護膜を出し、戦闘態勢に入った。

『行くぞ』

 ティベレがそう言うと、保護膜が彼を覆い始める。全身が俺と同じサイズにまで巨大化し、鎧武者のような姿へと変身した。おもちゃのようだった剣も、いつの間にか立派な日本刀へと変わっていた。

「おいナサ!あれ原型留めてねえだろ!」

『鎧武者とペンギン、お互い直立二足歩行。まあ親戚みたいなものだろう』

「わけわかんねえよその定義!」

『左から右で行くぞ』

 左足を蹴りこみ一気に加速。渾身の右ストレートを繰り出した。

『動きがあまりにも単純すぎる』

 ティベレはその攻撃を刀の側面で受け止めると、身体を捻って勢いをいなした。拳が刀の上を滑って行く。彼はそのまま回転し、勢い余って前によろけた俺の背中を柄の頭で突いた。

「くそッ」

 地面を転がった俺は攻撃するべく起き上がって構えたが、敵の姿がどこにも見えない。

「どこいった!?」

 背後から重低音が響く。振り返った瞬間、顔面を蹴り飛ばされた。反撃しようとしたがまた姿が消えている。本来は近くにいれば感覚で位置が掴めるはずだが、全くそれが分からない。思えば俺の部屋に来た時もそうだった。いつもの耳鳴りがしないまま、突然背後に現れたのだ。

「ダメだ!全く位置が掴めねえ!」

『空間を切り裂き、場所と場所とを次元のトンネルで繋ぐ。そしてその中を自由に移動できる。それが「次元」の能力だ』

「別次元にいるから感知できねえのか!」

『そういうことだ』

「どうすりゃいい!索敵する方法は!?」

『ない』

「ない!?」

『だから最強クラスだと言っただろう。まずティベレ自身が凄まじく強い。その上、能力に対抗する手段がない』

「そんなバカな…うおっ!?」

 足元の地面が消え、大きな穴が開いた。真っ暗闇の中を、なすすべなく落ちていく。何も見えず、何も聞こえない。ただ落下の感覚だけが残る状態が数秒続いた後、突然真下に光が差した。

「出口か!?」

 次元のトンネルから外へ出た俺を、ティベレが待ち構えていた。まだ地面に足がついておらず、繰り出される攻撃を避けることが出来ない。腰の入った強烈な回し蹴りを浴びせられた。

『小僧。期限は4月までの1か月弱だ。私に攻撃を当ててみせよ』

 過酷な修練の日々が幕を開けた。


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