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地獄の業火と烏天狗 その2

突如吹き荒れた強烈な暴風。現れた烏天狗は、俺たちを追い詰めた北浦士郎たちに宣戦布告した。

「ナサ、今の聞いたか!?」

『人間の女の声がしたな。どうやらこいつも自我を保っているようだ』

それに気付いたのはこちらだけではない。

「探していたぞ、烏天狗!人を襲うようなら倒そうと思っていたが、どうやら君も人としての意識を保っているようだね」

『強い能力だねェ、オイラの業火が吹き飛んじまったァ』

「それならば戦う必要はない。俺たちに協力してくれ!人を救うため、共に戦おう!」

自分の味方になるよう説得し始めた。もしも味方になれば、北浦たちにとって大きな戦力になることは疑いようもない。

「嫌よ。私、この怪力の人に用があるから。あなたはどこかへいって」

女の声が拒絶する。俺たちに用事とは何のことだろう。全く検討がつかなかった。

「それはできない!自分の意識がありながら人を見捨て、殺めた彼には然るべき処罰が下されるはずだ!連れて帰る」

「そう」

鋭い風が吹いた。北浦の身体が切り刻まれ、鮮血が白い雪を赤く染める。

「私、話が通じない人って嫌いなのよね」

「女性相手に能力を使うのは心が痛むが、やむを得ないッ!」

戦いの火蓋が切って落とされた。業火と暴風、自然現象の域を遥かに凌駕した能力同士が激しくぶつかり合う。

『洋平、この戦いをよく見ておけ。北浦士郎とディーコンの戦い方や能力を分析し、弱点を見つけろ。今回の敗北を反省し、次回の勝利に繋げるぞ』

「そうだな」

戦いの様子をじっと観察した。同じような戦いをしていては、いつまでもあいつらに勝つことなんてできない。勝つためには俺たちの得意な形、つまり近距離格闘戦に持ち込むしかない。そのための方法が必ずあるはずだ。何か弱点が、必ず───

「火傷?」

北浦たちの身体に、火傷のような跡が広がっていることに気づいた。俺たちと戦っている時にはなかったものだ。

「炎の威力もさっきまでより下がっているような」

『動きも遅くなっている』

「確かに」

1つの仮説に辿り着く。

「もしかして、自分の業火の威力に身体が耐えきれてねえのか?能力を使うほどダメージが身体に溜まっていって、それで炎の威力が弱くなったり、動きが遅くなったり」

『あの火傷の跡から考えると、どうやら身体の近くで能力を使うと自分さえ燃やしてしまうようだな。保護膜でダメージを減らしてはいるが、それでも完全には炎の威力を無効化できていない』

「あんなに熱い炎、無理はねえ」

『身体よりも離れた場所で出す火柱ならダメージはないかもしれないが、防御のために自らの身体を炎上させでもしたら』

「…ダメージは相当大きい!」

『やつらの弱点はそれだな。近距離での長期戦には向いていない』

「身体の近くで炎を出させ続ければ、炎が出せなくなって近づけるチャンスが生まれるかもしれねえな!」

『洋平、俺の能力で回復力をブーストさせるぞ。身体の自己修復は人間にはない感覚だから難しいだろうがな』

「分かった!回復、修復、回復、修復…」

『身体の骨や筋肉、細胞を意識してゆっくりと深く呼吸しろ』

深呼吸し、回復に努める。不思議な感覚だ。壊れた身体の中から新しい身体が作られ、脱皮していくようだ。身体から蒸気が吹き出し、傷が癒えるのを感じる。

「動けるようになりそうだ!」

『戦い方は分かってるな?』

「ああ!」

身体を起こし、敵を正面に見据えた。炎の威力がさらに弱まっている。連戦で体力の余裕もないはずだ。足を踏み込む。前回のように直線的に突っ込みはしない。簡単には被弾しないよう、ジグザグな動きで近づいていく。

「まだ動けたのか!」

こちらに気づいた北浦が炎を飛ばしてきた。威力が弱く、狙いが悪いので簡単に躱せる。烏天狗まで相手にしているからだ。俺たちだけに意識を集中させることはできないだろう。加速して一気に懐まで潜り込んだ。拳を構える。

「くッ」

たまらず北浦が身体を炎上させたが、俺は大きく後ろに下がり炎を回避した。間髪入れずに距離を詰める。北浦が防御しようとするが、これもフェイントだ。バックステップ。防御のための炎はもうほとんど出ていない。

「右だな!」

『ぶん殴れ』

もう一度懐へ。

「やるじゃない、怪力くん」

烏天狗が風を吹かせた。俺の背中を押し、ぐんぐん身体が加速していく。

「くそッ!炎が…」

「ぶっ飛びやがれえええええ!」

風の勢いが乗った拳が顔面を捉えた。北浦の身体は木々にぶつかりながら飛んでいき、遥か前方に消えた。


「ハァ…ハァ…」

『10%か。今回はかなり上手くシンクロできたな』

10%ということは、力は常人の50005倍。今までで最高の数値だ。戦闘経験を積んでいることで、シンクロの精度が向上してきているようだ。俺は顔だけ保護膜を解除し、自分の窮地を救ってくれた烏天狗に話しかけた。

「助けてもらってありがとうございました。俺は南雲洋平、そんで俺の中にいるのはナサっていいます。あなたは?」

彼女も顔だけ保護膜を解いた。銀色の長い髪。どこか日本人離れした端正な顔立ちで、氷のような冷たい雰囲気を醸し出していた。

冷泉れいせんつらら。私の中にいるのは───」

『俺でーす!』

子供のような無邪気な声が、彼女の話を遮った。

『ま、まさか…』

ナサが露骨に嫌そうな声を出す。

『そう!そのまさか!みんなの人気者、オライオンの登場だー!』

『こんな頭の良さそうな人間に寄生しているのが、よりによってなんでお前みたいなバカなんだ』

「ナサ、知り合いなのか?」

『違うよ洋平君!俺とナサは大親友さ!』

『お前が一方的にそう言っているだけだろう。勘違いするな』

『照れ隠しはやめろって!会えて嬉しいぜー!』

『こっちは最悪の気分だ』

『洋平君、かなり若いね!高校生ぐらいかな?』

「今年18の高校3年生です」

『そっかー!じゃあ大学生のつららの2つ下なんだね』

「勝手に年齢をばらさないで」

『あ、やっぱり秘密!トップシークレット!』

かなり天然のようで、ナサとは全くタイプが違う。ディーコンといい、寄生生物には個性的な性格をしているのが多い。そう考えると、ナサはかなりの常識人だ。

「広島市街地での映像は見たわ。今回の戦いもね」

『ディーコンとは能力の相性が悪かったみたいだけど、最後の動きは良かったよー!アルカスにも勝ってたし、君には戦闘のセンスがあるね!』

ここで俺は、先ほどの言葉の意味を問うことにした。

「あの、冷泉さん。俺に用事があるって言ってましたけど」

「あなたたちを探していたのよ。オライオンからナサ君の能力を聞いて、南雲君の意識が残っているのは分かっていたから。まさかあなたの方から来てくれるとは思ってもみなかったけど」

「なんで俺たちのことを?」

「人を襲う寄生生物の根絶のために、あなたたちに協力して欲しい」

どうやら同類のようだ。彼女もまた人を救うために能力を行使する人間の1人であり、そのために俺たちを探していたのだ。仲間として共に戦うために。

「詳しい話をしたいから、場所を変えましょう。かなり疲れているみたいだし、能力で運んであげるわ」

彼女は風を使い、自分の身体と俺たちの身体を宙に浮かせた。


『オライオン』

『どうしたナサ?』

目的地に向かって飛行中、ナサはオライオンに話しかけた。

『お前の能力は俺とは違う。寄生先の意識を残さなくてもいいはずだ。なぜ人間にただで能力を与えている』

『つららは、俺の命の恩人なんだ』

そう言うと、冷泉さんに能力を与えた経緯について語り始めた。

『俺、12月に六ヶ岳に落ちてきたんだ。何かに寄生しようとしたんだけど、周りにあるのは雪ばかり。生物たちはみんな冬眠していたのか、どこにもいなかった。栄養は補給できないし、雪崩にも巻き込まれて身体はボロボロ…やっとの思いで人間のいる麓の村に下りてきた時には、もう死にかけだった』

ナサが以前していた話を思い出した。寄生生物はスーパーパワーを持ってはいるが、それは生物に寄生しないと発揮することができない。単体の彼らは、小動物にも食い殺されてしまうようなか弱い生物なのだ。

『たまたまそこにつららがいたんだ。俺は最後の力を振り絞って身体に入りこんだ。でも、力が弱りすぎて意識は乗っ取れないし、簡単に身体の外へはじき出せるような状態でさ』

「冷泉さんってあそこの村の出身なんですか?」

「ええ。その日はたまたま実家に帰っていてね」

『ここではじき出されたら死ぬ。そう思って必死に頼み込んだよ、身体に居候させてくれって。断られると思って半分諦めてたけどね。そしたら、なんとOKしてくれたんだ!』

語り口が徐々にヒートアップしてきた。彼は興奮した口調で話を続ける。

『自分の身体に他の生物が入るなんて普通嫌だろ!?でもつららは快く許可してくれたんだ!俺は感動した!なんて優しくて、懐の深い人間!それで決めたんだ!命の恩人の意識を乗っ取るなんてとんでもない、俺はこの人のために自分の能力を使おうってね!』

ナサとは違ってあまり頭は良くなさそうだが、真っ直ぐな性格で情に厚い。もしも彼が人間だったら、俺たちはとても仲の良い友達になれたはずだ。

「あの、オライオンさんは」

『俺のことは呼び捨てでいいよー!敬語なんてのもいいからさ』

「じゃあオライオンは、冷泉さんの意識を残したことで俺たちみたいにパワーが落ちたりすることはねえの?さっきの戦いを見る限り、パワーが落ちてるようには見えねえし」

『寄生にも色々やり方があるんだ!ナサはシンクロの精度を上げるために細胞に寄生してるけど、俺のやり方は違う』

『こいつは細胞同士の隙間を埋めるように寄生している。パワーを落とさずに能力を使えるようにはなるが、宿主の身体や意識には一切干渉出来なくなる。ただ力を与えるだけの寄生方法だ』

『その方法だとブーストの能力は使えない。ナサの意識が0%になっちゃうからねー』

寄生にいくつか種類があることには驚いた。ディーコンも同じような方法で北浦士郎に寄生していたのかもしれない。あの凄まじい業火は、力を落としているようには見えなかった。だとしたら、なぜ意識を奪わず能力を与えているのだろう?何か目的があるのだろうか?新たな知識を得る度、新たな疑問も湧いてくる。俺はまだ何も知らなさすぎる。もっと知らなくては。寄生生物たちのことや、能力のことを。

「着いたわ」

目の前には都市が広がっている。長野県最大の都市、N市に来たようだ。

「そろそろ夜も明ける。この姿を人に見られると面倒ね。保護膜を解除して、歩いて行きましょう。ここから目的地まで、そう時間はかからないわ」

「あ、はい」

保護膜を完全に解除した。ナサの回復力のおかげで、身体の痛みや疲れはもうほとんど取れている。前を行く冷泉さんの背中を追って歩くこと5分、彼女は1つのビルの前で足を止めた。

「ここよ」

「ここって…何かの会社みたいですけど」

ビルの中にあったのは、何の変哲もない至って普通の会社だった。どんな場所に連れていかれるのだろうと内心ドキドキしていた俺は、そのあまりの普通さに拍子抜けしてしまった。俺たちはそのまま歩いて行き、隅の方にある休憩室のような場所へ入っていた。狭い部屋の中にあるのは、ベンチが2つと観葉植物、それに自動販売機が1つだけ。彼女はその前に立つと、電子マネーの読み取り口に何かのカードをタッチした。その瞬間、部屋の入口がシャッターで閉じられた。

「え!?」

突然の出来事に驚いている俺を、今度は浮遊感が襲った。どうやらこの部屋そのものがエレベーターになっていて、地下へと降りて行っているらしい。やがて浮遊感が止み、シャッターが開く。そこにあったのは、大きな研究室だった。謎の薬品や装置がたくさん並んでいて、まるでSFの世界に来たようだ。

「あなたに紹介したい人がいるの。寄生生物について研究し、科学的な立ち位置から私たちを支援してくれている深海ふかみ博士よ」

1人の小柄な体格をした年配の男性が、顕微鏡を熱心に覗きながらぶつぶつと独り言をつぶやいている。

「連れて来ました」

「おお、冷泉君!」

男性がこちらを振り返った。彼は俺の顔を見ると、笑顔で話しかけてきた。

「南雲洋平君とナサ君だね。広島市街での戦いは見たよ!凄いパワーだったけど、あれよりもさらに力を出せるんだって?冷泉君たちとは寄生の方法が全く違うというのは本当かい?興味深いなあ!血液と体細胞のサンプルを取らせてくれないかな?君たちの身体能力のデータも欲しい!筋力、敏捷性、持久力、柔軟性、跳躍力、それぞれ常人の何倍くらいあるの?そもそも君たちはどういう経緯で…」

 もの凄い勢いで俺を質問攻めにしてくる。あまりの早口に口を挟む余裕もない。

「ドクターK」

「あ、ごめんごめん…知識欲が抑えられなくてね」

その状況を見かねた冷泉さんのおかげで、やっと彼の言葉は止まった。

「僕の名前はけい!深海慧さ!ここの職員からはドクターKと呼ばれているよ!」

「南雲洋平です」

「突然だけど、南雲君。この研究所の職員になってくれないかい?」

「へ?」


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