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地獄の業火と烏天狗 その1

2月の夜。寒さは一段と厳しくなり、窓の外を見ればいつも大雪。ニュースは毎日のようにあの戦いのことを報道している。2か月前、俺が───厳密に言えば俺「たち」が───市街地で怪物と戦い、人を救うと決めたあの戦いのことを。目の前のテレビから流される、誰かが撮影したらしいあの時の映像。恐らくビルの中からスマホで撮影したのであろうそれを見れば、あれが紛れもない現実であることを嫌でも再認識させられる。

 『なぜ撮影者は避難より撮影を優先したのか、理解し難いな』

身体の中から聞こえる低い声の主は、俺に寄生した寄生生物のナサ。こいつが身体に入ったことによって、俺はスーパーパワーを身につけた。

 「突然のことでどうすればいいのか分かんなかったんだろ」

 『命を危険に晒してまで反響が欲しいのか。おめでたい生き物だな、人間は』

もしナサのいう通りならそれは大成功。この映像は、今や世界中の注目の的だ。それに映る怪物の正体について、「専門家」やコメンテーターたちが勝手なことを言い続けている。熊が突然変異したに違いない、米軍が極秘に開発した兵器かもしれない、環境を破壊する人間への神からの天罰だ…。よくもまあこんなわけのわからないことを真面目な顔で言えるもんだ、と逆に感心してしまいそうになる。しょうもないテレビを見るのを止めて、俺は手元のスマホに目を落とした。

 『またそんなものを漁っているのか』

 「うるせえな。こっちの方がテレビや新聞より情報が早いんだよ」

 俺が見ているのはSNSだ。多くの人間が自由に動画や写真、文章をリアルタイムで投稿できるので、寄生生物の情報をいち早く掴めると俺は考えていた。

 『2ヶ月それを続けた成果はあったのか?』

それを言われると痛い。投稿された目撃情報を頼りに寄生生物を探し続けているが、一向に見つからない。どうやらデマばかり掴まされているようだ。

 『匿名かつ責任も問われないネットの情報を鵜吞みにするから、何度も無駄足を踏むことになるんだ』

 「人が死んでから知るんじゃ遅いだろ。できるだけ早くやつらを見つけないと」

 『協力者が必要だ。確実な情報を素早く提供してくれる、な』

 「簡単に見つかるなら苦労しねえよ」


 その時、俺は気になる投稿を見つけた。天狗が空を飛んでいた、というもので、動画も付いていた。それを再生してみる。確かに天狗のようなものが、風を纏って飛んでいた。

 『数少ない当たりくじを引いたようだな』

 「ってことは、これは寄生生物なのか!?」

 『お前は今、風を纏っていると認識したな』

 「ああ、そう思った。ここ見てくれよ。こいつの身体の周り、半透明の何かが渦巻いてんだろ?」

 『お前は風を見たことがあるのか?』

 「…言われてみれば、風って普通見えるもんじゃねえよな!?」

 『この風は普通ではないということだ。恐らく能力を使って起こしている風だろう。俺たち寄生生物の能力は、お前たち人間の物理の法則が全て当てはまるとは限らないからな』

 「そういうことか!でもこいつ、なんで天狗の姿をしてんだ?」

 『俺たちが前に使った保護膜と同じだ。ある程度寄生した生物の原型をとどめていれば、保護膜の形状は変化させられる。天狗と人間、手足はどちらも2本ずつ。骨格は同じようなものだろう』

 「要は服のデザインの違いってことね」

この動画が撮影されたのは長野県のK市のようだ。天狗はK市にある2000m級の山、六ヶむつがたけの辺りで突然消えている。そこに行けば足取りを掴めるかもしれない。

 『ここ広島から長野まで、距離はあるが俺の力ならすぐに着くだろう』

 「よっしゃ!行こう!」

そう言った瞬間、身体から黒い保護膜が染み出し、全身を覆っていく。俺は家を出て、目的地、長野の方向へ急いだ。


 六ヶ岳の麓にある農村に着いた。目の前には田んぼや畑が広がっている。俺の家の周りと似たような景色だった。

 『別の寄生生物が近くにいれば、前のように感覚で分かるはずだ』

 「あの耳鳴りね。とりあえずまずは山だよな?」

 『まだこの村では何も起こっていないようだからな。六ヶ岳を探すべきだろう』

 「だよな」

 『やつに出会ったらどうする』

ナサの問いに対し、俺は迷うことなく答えた。

 「人間を襲うようなやつなら、寄生されているのが人間だとしてもすぐにそいつごと殺す。もう迷わねえ」

 『覚悟は本物のようだな』

六ヶ岳に足を踏み入れた。山肌は完全に雪に覆われており、激しい吹雪のせいで視界が悪くなる。しかし不思議と寒くはない。ナサの保護膜が、寒気を防いでくれているようだった。

 「あれ?」

ふと下を見ると、足元に積もっているはずの雪がなく、地面が露出している。露出した地面は、左手の林の中に向かって道のように続いていた。

 「こんなに雪が降ってんのに、積もってないのはおかしいよな?」

 『能力で雪を巻き上げたか。この跡を辿って行くぞ』

気を引き締めて林の中に入っていく。

 キイイイイイイインン…。

前と同じ甲高い音が、頭の中に響いた。

 「すぐそこにいる。200mくらいしか離れてねえ」

 『心の準備をしておけ』

深呼吸して前へ進む。


 そこにいたのは天狗…ではなく、1人の大男だった。身長は190ぐらいで肩幅も広く、一目で筋肉質な身体だと分かる。俺は直感した。こいつは普通の人間じゃねえ、と。

 「君は!広島のH市街で暴れていた寄生生物の1人だね!?」

大男が大きな声でこちらに話しかけてきた。答えようとする俺を、ナサが制止した。

 『服に階級章がついている。自衛隊所属のようだ。お前の意識があることがバレると面倒だろう。俺が話す。喉と口を貸せ』

 「分かった」

ナサは俺の身体を使い、大男に返答した。

 『そういうお前こそ、普通の人間ではないな』

 「俺は北浦士郎きたうらしろう!単刀直入に言う!中の人間を解放して投降しろ!そうすれば君を殺すことはしない!」

 『投降するような罪を犯した覚えはない』

 「君たちの戦いは街や人に大きな被害を出した!それに君が殺した生物に寄生された人はまだ生きていたんだ!それを殺した罪は償ってもらう!」

 『殺したのは被害で最小限にするためだ』

 「そのためなら彼を殺しても良かったのか!?命の価値は平等!犠牲にしても良い命なんて1つもないはずだ!」

北浦士郎と名乗った大男の瞳からは、真っ直ぐで強い意志を感じる。語った正義は俺たちとは似て非なるもの。命の価値は平等だからこそ、全てを等しく救うべきだという考え。

 『命の価値が平等なら、より確実に多くの命を救うことができる道を選ぶべきだ。とにかく、お前の要求には応じられない』

ナサは要求を却下した。これ以上議論を続けても、お互いの考えが変わることはなさそうだ。

 「ならば!力尽くでも言うことを聞いてもらうぞ!」

北浦はそう言うと、右腕を横に広げた。

 ボウッ!

その右腕が発火した。激しい炎がみるみるうちに広がり、身体を包み込んでいく。やがて炎が形を変えていき、彼の身体が角の生えた鬼のような姿に変化した。

 (天狗じゃない!あの炎で雪が溶けていたのか!)

 驚いたのは俺だけではなかった。

 『人間が意識を乗っ取られていないどころか、能力を完全にコントロールしているだと?』

いつも冷静なナサでさえ、驚きを隠せていない。この男、どうやら只者ではないらしい。

 「行くぞッ!」

北浦がこちらに迫ってくる。繰り出された拳をなんとか掴んで受け止める。

 『久しぶりだねェ、ナサちゃん!』

独特な声と喋り方。北浦ではない。中の寄生生物の声だ。

 『ディーコン。人間に能力を与えたのか?』

 『そっちだって似たようなもんでしょうがァ…初めまして、人間さん!お名前なんて言うのォ?』

ディーコンと呼ばれた声の主は、ナサの能力の詳細を知っているようだ。明らかに俺に話しかけている。シラを切り通し、無視を決め込んだ。

 『あれェ?完全に乗っ取ったのォ?じゃあ今無能力ゥ?』

 『何を企んでいる』

 『企むなんて!ただ士郎の力になりたいだけさァ』

 『ただ能力で暴れたいだけだろう。戦闘狂のサイコパス野郎が』

『アッハハハハハハハハハ!!!!』

 その時、掴んだ北浦の拳が激しく光り始めた。

 『まずい、下がるぞ』

慌てて拳を離して後ろに下がったが、一歩遅かった。北浦の拳が激しく炎上し、逃げ遅れた俺の身体にも炎が燃え移る。

 「熱っつうううううう!!!!」

俺はあまりの熱さに叫んでしまった。信じられない温度と激痛。雪の上を転がり回ってなんとか炎を消した。

 『オイラの炎は地獄の業火ァ!そんな薄い膜で防御できるわけないでしょォ?』

 「投降しろ!さもなければこのまま攻撃を続けるぞ!」

 「ナサ!」

 『左から右だ』

ナサと思考をシンクロさせ、身体能力をブーストする。左足から一気に間合いを詰め、右の拳を振りかぶる。

 「甘いッ!」

その拳が届く前に、北浦の身体全体が大炎上を起こした。その勢いで吹き飛ばされ、移った炎が俺を焼く。

 「ダメだ、近づけねえ!」

 『何かを遠距離から投げてぶつけろ』

俺は近くにあった巨大な岩石を持ち上げ、投げつけた。北浦は両手を前に出し、自分の前方に炎の壁を作り出した。

 ドジュウウウウウウ…

それに触れた瞬間、岩石は跡形も無くなってしまった。

 「攻撃も防御も完璧かよ!強すぎんだろあの能力!」

北浦がまた右手を横に広げた。炎が集まって形が変わり、金棒のような武器が生成される。

 「おまけに武器まで作りやがったぞ!?」

 『正に鬼に金棒だな』

 「そんなこと言ってる場合かくそ野郎!」

 「ッおおおおおおおおお!!!!」

北浦が雄叫びをあげ、両腕で金棒を地面に叩き付けた。地面から大きな火柱がいくつも地面から吹き出し、こちらに向かってくる。

 『避けろ』

 向かってくる火柱を躱す。しかしいくら躱しても、攻撃に転じることができない。

 『ディーコンの「業火」と俺の「ブースト」の相性は最悪だ。近距離格闘戦がメインの俺の能力で、相手に近づけないのは大きなハンデになってしまう』

 「そう言ったって、遠距離から物を投げても当たる前に焼き尽くされる!ここは一旦逃げた方がいいんじゃねえか!?」

俺がそう言った瞬間、北浦が金棒を大きく振り回した。俺と北浦の周りを、炎のドームが囲っていく。

 『一旦逃げて体制を立て直そう!って感じィ?みんなそう考えるんだよねェ…対策はバッチリさァ。無理に出ようとしても無駄無駄。熱さも厚さも桁違いだからねェ』

俺は絶望した。考えや動きが全て読まれている。明らかに格上だ。勝てる気がしない。逃げられもしない。

 『射程距離は広い。威力も高く攻守共に完璧。恐ろしい能力だ』

 「くっそおおおおおおお!!!!!」

 『おい、待て』

ナサの制止も聞かず、俺は相手に向かって突っ込んで行った。しかし速度が出ない。冷静さを欠いて自分勝手に動けば、シンクロ率が低くなってパワーがブーストされなくなる。俺は完全に泥沼にハマってしまっていた。

 「捨て身で突っ込んで来るのなら!」

金棒が巨大化。激しく炎上する。

 「鬼閃きせん!」

北浦は薙ぎ払うようにそれを一閃。

 グワキィッ!!!!!

巨大な金棒での一撃をまともに食らった俺の身体は燃え上がり、地面を転がった。


 負けた。歯が立たなかった。意識はしっかりしているが、身体が全く動かない。

 『ダメージの回復が間に合っていない。しばらくは動けないな』

 こんな時でもナサは冷静に状況を分析している。俺はバカだ。この冷静さこそがシンクロのカギ。今更それに気付いた。自分だけ先走りしても勝てるわけがない。悔しさで歯を食いしばった。

 「さあ、中の人間を解放しろ」

北浦が近づいてくる。しかし油断している様子は微塵も見られない。鬼の形の保護膜は解除されておらず、炎のドームは未だに俺たちの周りを囲んでいる。もはやどうしようもできない。

 ヒュウウウウウ…

その時突然、風が吹いてきた。風は徐々に強くなっている。

 ビュオオオオオオオオンン!!!!

猛烈な突風が吹き、炎のドームが一気に消し飛んだ。

 「ディーコンの業火が吹き飛んだ!?」

 北浦がうろたえる。風がますます強くなっていく。

キイイイイイイインン…

寄生生物の気配。上からだ。上空から何かが降りてくる。見覚えのある形だった。

 『あれは』

 「動画の天狗?」

天狗は俺たちの間に着地すると、北浦の方を向いた。下駄を履き、背中には白い翼が生えている。顔はカラスの形。天狗は天狗でも烏天狗というやつだ。烏天狗は口を開いた。

 「第2ラウンド」

 『ぶっ飛ばしてやらあ!』

静かな女の声と、無邪気な男の声。烏天狗が、北浦とディーコンに宣戦布告した。


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