ナサ
人生で初めて小説を書きました。
「今夜は流星群が見られるようです」
居間のテレビに映ったアナウンサーが言う。俺にとっては別に珍しいものでもない。街灯もないこんなド田舎じゃ、夜空を見上げればいつだって満天の星。流れ星なんて数え切れないほど見てきた。都会の人間はこういうのが珍しいのかな、などと思っていたその時、
「おおい、洋平!ちょっと手伝え!」
と俺を呼ぶ父親の声。あいよ、と短い返事をして外へ出る。またいつもの畑仕事だ。家は専業農家で、いろんな作物を作って生活している。3月に高校を卒業したら、大学には行かずにそのまま農家として生きていくつもりだ。受験だのなんだのは面倒だし、畑を耕しているほうが性に合ってる。華やかな都会への憧れはもちろんあるけど、こうやってのんびりと暮らしていくのも悪くないはずだ。そう思いながら平和な日々を過ごしている。
いつものように手伝いを終え、いつものように夜が来た。母の作ってくれたカレーライスも、いつもと変わらない美味しさだ。夕飯を食べ終えて2階の自室でダラダラしている内に、いつの間にか日付が変わっていた。学校もあるしそろそろ寝なければ…電気を消して布団に入ったその瞬間、
ドゴオオオンッッッッ!
凄まじい爆音が聞こえた。慌てて飛び起きる。窓の外を見ると、我が家の畑に何かが落下していることに気づいた。下の階が騒がしい。両親も起きてきたようだ。何が起こったのか分からず混乱している両親に、
「畑になんか落ちてきたみたいだから、ちょっと様子見てくるわ。」
とだけ言って家を出た。見てみると、直径2m位の岩石のようなものが煙を上げて畑の中央に落ちていた。
(昼のニュースの流れ星?こういう時は隕石っていうのか。いくつか野菜がダメになってっけど、まあ家に落ちなくてラッキーラッキー)
後ろが騒がしい。振り返ると、音を聞いた近所の人たちが集まって来ていた。両親も畑に出てきている。
「洋ちゃん、どうしたんやァ!」
隣の家の爺さんがこっちに向かって叫んだ。
「なんか落ちてきたみたいだわァ!野菜がいくつかやられたけど、他はどうってこと…」
と叫び返していた俺の首筋に、鋭い痛みが走った。
「痛え!」
と思わず声が出た。虫か?羽音は全くしなかったのにな、と首をかしげる。
「どうした!」
父親が心配そうに歩いてきた。
「いや、ちょっと虫に刺されただけ。結構痛かったからハチとかかもしれねえわ」
「12月の真冬にハチ?珍しいこともあるもんだな。とりあえず帰って、明るくなってからこいつは片付けよう。刺されたとこは消毒して薬塗っとけよ」
持ち上げようにもまだ煙が出ていて熱そうだし、とても重そうだからそのほうが良いだろう。集まってきていた人たちに説明してから家に帰った。洗面台の鏡で首筋を見ると、少し赤く腫れている。言われた通りに消毒し、虫刺され用の薬を塗った。これで大丈夫だろう、と自室に戻り、明日の学校に備えて布団に入った。
気分が悪い。嫌な汗をかいている。頭の中で変な音が反響して痛い。身体の細胞一つ一つが異常な熱を持っている感じだ。悪夢を見ている。夢だと分かっているのに起きることができない。黒い液体の中に沈んでいく。身動きも呼吸もできない。苦しい。でも起きられない。くそっ、なんで動けな───────
『おい』
「うわッ!」
突如頭の中に低い声が響き、驚きのあまり跳び起きた。
『南雲洋平。男性、身長180㎝体重75㎏、血液型はAで誕生日は3月18日』
「んだこれ、どっから声がするんだ!?出てこい!」
周りを見回しても誰もいない。低い声は続ける。
『お前の身体の中だ。人間の声を疑似的に再現した電気信号を脳の中で再生している』
「ガタガタ訳の分かんねえ理屈を並べてんじゃねえ!俺の身体から出ていけ!」
『無理だな。既に俺とお前は細胞レベルで結合している。もはや俺自身にもどうしようも出来ない』
「一体何なんだよてめえは!」
『俺はナサ。宇宙から来た寄生生物。今日からお前の身体を半分ずつシェアすることになった。末永くよろしく』
「ふざけんな!勝手に入り込みやがってこの寄生虫が!」
『無駄話をしていると学校に遅れるぞ南雲洋平』
声の主、ナサに言われて机の上の時計を見る。時刻は8時15分…始業時間まであと5分!
「やべえ!これに遅刻したら今月3回目、生徒指導間違いなし!」
慌ててクローゼットを開ける。急いで制服に着替えてカバンを持ち、顔も洗わず家を飛び出た。学校までは1.5㎞、とにかく走るしかない。
『あと3分半、走るぞ』
ナサが急かしてくる。
「言われなくても走りますよ寄生虫さんよォ!」
半分やけになりながら答えた俺は学校に向けて地面を蹴った。
ブウウウウンッ!
「は?」
風を切る大きな音。景色が後ろに吹っ飛んでいく。宙に浮いている。着地して2歩目。高いところから着地したはずなのに、痛みを全く感じない。
『次で着く。このまま突っ込む』
教室は3階なのに?下駄箱から普通に入っても間に合うだろ、これ。もういい、どうにでもなれ!完全に自暴自棄。三歩目を踏み込む。身体が浮いて、気が付いたら窓ガラスが目の前にあって…次に目に飛び込んできたのは、啞然としたクラスメイト達の顔だった。少しして教室に入ってきた担任は、ドアを開けた瞬間驚きのあまり出席簿を落としてしまったらしい。遅刻の指導は免れた──────代わりに、器物損壊の指導が入った。
それからの日々は散々だった。弁当を開けようとしたら、箱ごと握り潰してしまって昼飯が食べられなかった。バレーの授業でスパイクすると、ボールが破裂して試合にならない。風呂に入ろうとドアノブを掴んだら、扉ごと取れて修理するハメになった。他にも信じられない出来事が数え切れないほど起こり続けた。間違いなく俺の身体の中のナサとかいうやつのせいだ。そう考えた俺は、この状況を説明させようとやつに話しかけた。
「おい、聞こえてんのか寄生虫」
『虫呼ばわりするな』
低い声が頭の中に響く。寄生虫と呼ばれることに良い気はしていないようだった。
「いつ俺の中に入りやがった」
『お前が畑に隕石を見に来た時、首から入り込んだ』
どうやら虫に刺されたと思ったあれだったらしい。まだ多くの疑問を持っている俺は、次々と質問をぶつけていく。
「このわけのわからない力はお前のせいか」
『そうだ。俺たちの力はお前の10000倍近くある』
桁違いの数字。そんな力があったのではあんなことが起こるのも無理はない…と納得し、質問を続ける。
「待て、俺たち?他に仲間がいんのかよ」
『ああ。俺と同じように隕石に乗って地球全体に散らばった』
「お前みたいな怪物が世界中に?」
『虫の次は怪物呼ばわりか』
「そもそも、10000倍なんてえげつない力持ってんなら、誰かに寄生しなくても一人で生きていけばいいじゃねえかよ」
『生物に寄生しないと100%の力を発揮出来ない。寄生していない状態では小型の野鳥にすら食い殺されてしまうだろう』
ここで、さらなる疑問が浮かんだ。
「お前、宇宙から来たくせにやけに地球に詳しいな。小型の野鳥なんて宇宙にいんのか?畑はあんのか?パーセントだって俺たち人間の使う単位だぞ。そもそもなんでそんなに流暢に日本語を話せんだよ」
『寄生した後にお前の脳から学習した。あんな小さな脳みそに詰まった情報程度なら数分で全て覚えられる』
「それ俺をバカにしてんのか」
『皮肉を理解する知能があるとは』
「いちいち癇に障る野郎だな」
最初に話した時に俺の名前や誕生日を言えたのも、俺の脳から情報を読み取ったのだろう。何はともあれ、ようやく少しこの状況を理解出来てきた。しかしここで、恐るべき可能性に気づく。
「お前まさか、俺が寝てる間に勝手に身体を動かしたりしてねえよな!?」
『お前自身の意識がないと身体は動かせない。俺はお前の身体を完全に乗っ取っているわけではない。お前の細胞の50%を俺の細胞の50%に置き換え、身体と意識を半分ずつ分け合っている状態だからな。そのせいで、俺の力は半分の5000倍にまで落ち込んでしまった』
「それでも俺の身体の半分は握ってるわけだし、普通5000倍も力があったら動かせるだろ。そもそもなんで俺を完全に乗っ取らなかった」
『動かせないのも乗っ取らなかったのも、全ては俺の能力が───』
ナサが何かを話そうとしたその時、自室の扉がノックされ、母親が入ってきた。
「どうしたのよ洋平、さっきから一人で大きな声出してるけど」
「あ、いや、国語で音読の課題が出ててさ」
ナサの声は自分にしか聞こえていないことを思い出した俺は、慌てて誤魔化そうとした。
「小学生みたいなことさせるのね、最近の高校は」
「ははは…で、どしたん急に」
無理やり話題を転換させる。今度からは気をつけようと心に誓った。
「あ、そうそう。今からお父さんと市場に野菜持って行ってくるから」
「今日は手伝えって言わねえの?」
「手伝って欲しいのは山々なんだけど、物騒な事件も起きてるみたいだから」
「事件?」
そういえば、あの流星群のニュース以来テレビや新聞は見ていなかった。自分の身体の変調のせいでそれどころではなかったからだ。ここ一週間、世の中で何が起こっているのかかを俺は全く知らなかった。
「知らないの?市場のある市街地の辺りで、頭のない死体がたくさん見つかってるっていう…本当は行きたくないんだけど、持って行かないと向こうも困るから」
話を聞くだけで背筋が冷たくなってきた。1階に降り、居間の机の上にあった今朝の新聞を見ると、その凄惨な事件の記事は一面に大きく取り上げられていた。
「頭や身体のない変死体…噛み千切られたような痕跡…ここ1週間で17件目」
『同種の仕業だ』
突然身体の内から聞こえてきた言葉に耳を疑う。だが、そう考えると腑に落ちる。あの圧倒的な力を使えば、人間の頭や身体一つ噛み千切ることなんて容易いはずだ。
「何のためにそんなことすんだ!」
返ってきた答えは、あまりにも淡泊なものだった。
『お前たちが食事をするのと変わらない。ただの栄養補給だ』
「そんな理由で人間を食べんのかよ!?」
『お前は目の前に食べ物があって空腹な時、それを食べないのか?生物として当たり前のことをしているだけだ』
こんなことをしている場合じゃない、両親を止めなくては。そう思った俺が新聞から目線を上げたその時、
ブロロロロ…
とエンジンの音が家から遠ざかっていった。どうやら両親は既に市街地に向けて出発してしまったらしい。
「くそッ」
『市街地へ跳ぶか?』
「まず親の軽トラを家に引き戻す」
『そんなことをしている間にまた人間が食われるかもしれないな』
「俺の両親を見殺しにしろってのかよ!」
『ここから市街地まであの車で何分かかる』
「1時間!」
『それまでに元凶を仕留めればいい。そうすればもう人間が食われることもない』
「ちくしょう、じゃあ力を貸しやがれ寄生虫!」
『さっさと跳ぶぞ単細胞』
急いで窓から外へ飛び出す。市街地の方向に身体を向け、思い切り地面を蹴った。
「お前さ、自分の仲間と戦うのに抵抗とかねえの?」
目的地へ急ぎながら、俺は同居人に問いかけた。
『お前たちだって同じ種族間で殺し合うだろう』
「でもよ、お前と事件を起こした寄生虫は敵ってわけじゃねえんだろ?なんで協力してくれてんのか、その理由が分かんねえよ」
『劣等感』
返ってきたのは意外な言葉だった。無機質に聞こえていたナサの声に、初めて感情が見えたような気がした。
『俺たち寄生生物はそれぞれ固有の能力を持っている』
「おいおい、こんな怪力以外にまだ力があんのかよ」
『だが俺の能力は、寄生先の生物と身体や意識を分け合わなければ使えない』
「その能力ってやつのせいで俺の身体を乗っ取れなかったし、力も落ちたってことか」
『身体と意識を完全に乗っ取れば、力を100%使える代わりに能力を失う。能力を使うためには、力を落として寄生先と共生することが前提条件…自分以外を頼らなければならない軟弱者、そう蔑まれて生きてきた』
ナサはその続きを言わなかった。しかし俺は何を言いたかったのかを察した。自分をバカにしてきたやつらを見返してやりたい。きっとそういうことなんだろう。戦い、勝利して、自分の力を証明したい。それが俺に協力してくれる理由なんだろう。目前に市街が迫ってくる。肝心なことを聞かなければならない。
「理由は分かった。それで、お前の能力ってのは…」
キイイイイイイインン…
甲高い耳鳴りのような音が頭に響き、思わず足を止めた。身体全体の筋肉が一瞬こわばる。1㎞ほど前方から、おぞましい殺気。サイレンの音が聞こえる。殺気の主は、どうやら既に警察と衝突しているらしい。
『位置が分かるか?』
「感覚でなんとなく!」
『いいか、よく聞け。俺の能力はブーストだ。俺とお前の意識のシンクロ率を%で換算し、それを俺たち二人の力と掛け算した分の力が出せる。俺本来の力の半分はお前の5000倍、お前の半分は0.5倍。俺たちの意識が100%シンクロすれば、500050倍の力が出せるってことだ。分かったか?』
「お前の能力くそ強いじゃねえかよ!」
『強くなるかは俺たち次第だ。戦闘ともなれば、今までのようにお前の動きに後から合わせるような余裕はない。一瞬の出力のズレが命取りだ。あいつに向かって左足から走り出せ。その後は右ストレートで思い切り顔面を殴るぞ、いいな?』
「今までは俺に合わせてくれてたのね、ありがとよ!」
そう言った直後、首元から薄い膜のようなものが浮き出てきた。黒いそれは全身に纏わりつき、全身を覆っていく。
『俺の細胞で出来た保護膜だ。耐久力はお前の皮膚を遥かに上回る』
「こんなのもできんのか」
『お前の両親到着まで後40分だ。行くぞ、左足からだからな』
思い切り左足で地面を蹴る。今までにない速度で身体が加速した。毒々しい緑色をした人型の怪物が見える。殺気の主はこいつだと確信した。体躯は人の二倍か三倍はありそうだ。右手の拳を固く握りこむ。
『右手だ』
「オラアアアアアアア!」
拳が完璧に怪物の顔面を捉えた。怪物の巨大な身体が大きく吹っ飛んで転がっていく。
『2%だな』
「そんだけしかシンクロしてねえのか!?」
『拳の強さ、打ち込む角度、振りかぶる予備動作もバラバラだ。完璧には程遠い』
「難しいもんだな!」
『前から来るぞ』
怪物が凄まじい速度でこちらに向かってくる。
『左足であいつの足を払え』
向かってきた怪物の足を払う。バランスを崩し、前のめりに倒れこんできた。
『右アッパーでカチあげろ』
指示された通りにアッパーを叩き込んだ。しかし上手くシンクロ出来ていなかったのか、先ほどのパンチのような手ごたえがない。怪物は空中で身体を捻り、フック気味に右の拳を出してくる。
「やべっ」
咄嗟に防御しようとしたが間に合わない。右方向に殴り飛ばされる。身体を襲う強い衝撃に意識が飛びかけた。
『しっかり意識を持て』
「…ッ!」
『万が一お前の意識がなくなれば、シンクロ率は0%、力は0倍。全く身体を動かせなくなるからな』
「そいつは気が抜けねえな」
『お前の両親の到着まで残り30分しかない。早く終わらせるぞ』
怪物がゆっくりとこちらに近づいてくる。
『ナサ!なぜ俺の邪魔をする!』
突然怪物が話しかけてきた。言葉は日本語ではない。どうやらナサに寄生された影響で、俺はいつの間にか彼らの言葉を理解できるようになったらしい。
『粗大ゴミの後始末だ、アルカス。大人しく始末されろ』
何人もの人を食い殺した犯人を目の前にして、俺は怒りを抑えきれず怒鳴った。
「てめえ!今すぐ地獄に叩き落としてやる!」
アルカスと呼ばれた寄生生物は、バカにしたような口調で言った。
『寄生先の意識を残さなければ能力を使えないような落ちこぼれと、力も知能も俺たちには遠く及ばない弱小種族!束になったところでザコはザコよ!』
その時、アルカスの後ろから銃声が響いた。自衛隊がこちらに銃口を向けていた。警察では対処できないと判断され、彼らが出動してきたようだ。銃弾の何発かがアルカスの背中に命中したが、全く効いていない。
『ザコ共が!今すぐ殺してやる!』
アルカスは瞬時に移動し、片手で薙ぎ払った。血しぶきが飛び、隊員たちがビルや壁に叩き付けられる。
「やめろ!」
『左足から走れ。両手を使って後方に投げろ』
足を踏み込む。一瞬で手の届く距離まで近づくと、アルカスの身体を掴んで、遥か後方に投げ飛ばす。
『追撃するぞ。左で踏み込んで右かかと落としで叩き付けろ』
「おう!」
投げ飛ばした方向に向き直り、走る。まだ宙に浮いていたアルカスの身体にかかと落としをお見舞いし、地面に叩き付けた。濃い土煙が上がる。
「だいぶシンクロのコツを掴んできた」
『油断するな、あいつは能力をまだ------』
ナサの言葉を遮るように、土煙から二つの光球が高速で飛んできた。
『左に避けろ』
間一髪のところで光球を回避した。二つの光球は後ろにあったビルに着弾し、大爆発を起こした。
「これがこいつの能力か!」
『アルカスの能力は光球だ。手から爆発性の光球を生み出し、投げつけてくる。あいつ以外が触れた瞬間大爆発するぞ』
次々と光球が投げつけられる。なんとかそれを躱していくが、光球の雨は絶え間なく降り続ける。爆発のダメージに耐え切れなくなったビルの一つが、大きな音を立てて崩れ落ちた。
「爆発のせいで街への被害がでかすぎる!おい!あいつを止める方法はねえのか!」
『長く戦えば戦うほど被害は大きくなる。心臓を貫いて息の根を止めるぞ』
「分かった!あいつの心臓の位置は!?」
『寄生元の生物が死ねば寄生生物は死ぬ。あいつは人型、寄生したのは人間で間違いない。つまり心臓の位置は俺たちから見て胸のやや右だ』
このナサの言葉に俺は引っかかる部分があった。投げつけられる光球を避けながら、俺はナサに確認した。
「ちょっと待て!人間が寄生されてるのか!?」
『完全に意識も身体も乗っ取られているが、まず間違いない。寄生生物はある程度寄生先の生物の外見を留める』
「中の人間はまだ生きてんだよな!?」
『植物状態だが、生きてはいるはずだ』
「どうやったら助けられる!?」
『意識を取り戻させれば助けられるかもしれないが、そんな悠長なことをしていられないだろう』
「中の人間ごとあいつを殺せなんて、人殺しをしろって言ってるようなもんなんだぞ!」
『そうやって迷っている間にも、被害は広がっていく。多くの人間が危険にさらされる』
ナサの言う通り、会話をしている間も光球は投げられ続けている。爆発が街を破壊し続け、その惨状は言葉では言い表せないほど酷いものだった。
「くっ…!」
『あいつを今すぐに殺せば、失われる人間の命は一つ。時間をかけて一つの命を救おうすれば、代わりに多くの人間を死なせることになる』
「だとしても、そうだとしても!ただ寄生されただけの罪のない人間の命を、ここで絶っていいのかよ!」
『では、危険にさらされているこの街の人間に罪はあるのか?』
「それは…!」
『南雲洋平。寄生された人間の一つの命は、この街の何百何千の命より重いのか?』
言葉が出ない。目の前に突き付けられた選択肢は、あまりにも非情で、残酷なものだった。
街は破壊され続けている。倒れる建物、逃げ惑う人々、止まない悲鳴。
「これが…人を救うってことなのか?」
ナサは何も答えなかった。沈黙がどんな言葉よりも痛かった。
「…父さんと母さんは、後どれくらいでここに着く?」
『あと10分』
その言葉を聞いた瞬間、決意した。多くの命を守るために、人殺しになることを。そして人を殺した償いとして、より多くの人間を守ることを。
「やろう」
『光球を投げてから次の光球を生み出すまでに隙がある。その瞬間に胸元に飛び込んで心臓を貫く』
「分かった」
『俺の合図で左から踏み込め』
もう迷いはなかった。まっすぐに敵を見据える。アルカスが光球を投げた。
「行くぞ」
踏み込む。光球を避け、一気に懐に飛び込んだ。アルカスの顔がこわばった。
「殺すことになってごめん」
拳を振りかぶる。
「父さん、母さん…ごめん」
胸のやや右に向けて拳を打ち込む。加速した重い拳は、狙った位置を完璧に貫いた。
大きな怪物の身体が、糸の切れた人形のようにその場に倒れた。みるみるうちに身体がしぼんでいき、やがてほっそりとした男性の身体が出てきた。胸の心臓の位置には、拳一つ分位の大きさの穴が開いていた。
「あんたの命は、絶対無駄にしねえ。どんな手を使っても、俺はより多くの命を助けてみせる」
自分に言い聞かせるように、俺はポツリと呟いた。
──────雨が降り始めた。
「動くな!」
銃口がこちらに向いている。気がつくと、自衛隊が俺の周りを取り囲んでいた。どうやら俺のことを、アルカスのような危険生物だと思っているらしい。
『街を救ったヒーローに対しての態度とは思えんな』
ナサが毒づく。しかし彼らの気持ちも理解できる。怪物と戦い、全身が黒い膜に覆われた得体の知れない生物を見て、中身が高校生の人間だと気づくのは不可能だろう。
「逃げよう」
『正体を明かさないのか?』
「ここで正体を明かしたとしても、俺が人を殺したことは変わらない。俺の親を、人殺しの親にしたくない」
『親孝行な息子だな』
「跳ぼう」
家の方角とは逆方向に地面を蹴った。自衛隊はこちらに発砲してきたが、一瞬で射程距離の外に出た俺に銃弾が当たるはずもなかった。完全に彼らが俺を見失ったのを確認して、家の方角へと向かう。自室に戻った後、黒い膜が身体の中へ染み込んでいった。
『これからどうする』
ナサが俺に聞いてきた。俺は揺るぎない決意を持って、それに答える。
「人を救う」
外から聞こえる雨音が、少しずつ強くなってきた。
面白いと思っていただければ幸いです。