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怪しいぞ!二丁目のラーメン店(前編)



「磯谷くん、今日は二丁目のラーメン店に行こう」

「ラーメン?」

「そろそろ、君も拒否権が欲しい頃かい?」

「俺には今まで無かったのか」


 綾辻が唐突に持ちかけてきた。

 既に教室で会話するのが当然となりつつある時期である。帰りのホームルームを終えて、クラスメイトが三々五々と帰宅していく。

 当然、俺も速やかに帰途に着く所存だったが、珍しい提案に足を止めてしまった。

 それがある意味、毎回災いの種になっているのかもしれない。

 彼女に構った時点で、大概は敗北を意味する。


「ラーメンって……俺は良いけど」


 女子は油物、臭う物を嫌う傾向がある。

 特に、ラーメンなどのニンニクが多量に含有される食べ物などはご法度。

 デートなどでも大抵の男が気遣うポイントだ。

 みんなで食事に行くとき、面子に女性が加わっていると、当たり障りないカフェ、レストラン、まあピザとか。

 まさか、自らラーメン店に行くと進言してくる女子などは稀である。


「こう見えても、私はこってり系スープ派」

「味は味噌か?醤油?塩?豚骨?」

「うむ……こってりしていれば何でも良いかな」

「いい加減だな」


 そこに拘れよ。

 こってりしてるだけって、かなり浅い。いや、そういう人が多いのも判るが、それでも味の種類はやはりラーメンを食す人間が偏りを見せる問題だ。

 ともあれ、正直ラーメンは何を食っても旨い。

 最後の決め手は趣向、ただ僅差であるそれぞれから強いて選ぶなら、という曖昧さである。

 因みに明かしても誰得にもならないが、俺は豚骨派だ。


「でも、二丁目って少し遠いぞ」

「わざわざ選ぶ理由があるのさ」

「……聞こうか」


 何やら深遠な理由があるらしい。

 周りに漏洩するのを畏れてか、俺の耳許に顔を寄せる。

 うお、美形が間近に、冷静になれ、

 相手は綾辻だ……あ、なんか落ち着いてきた。

 彼女はゆっくりと、小さく囁く。


「店の向かいの家の塗装が少し剥げているんだ」

「ラーメンのどっかに着眼しろ!」


 やはり下らなかった。

 着眼点がおかしい、俺も学習しないな。

 こいつが尋常な審美眼を揃えている訳がなければ、況してや知覚的情報の無駄遣いさは凄まじいのも知悉していた筈なのだ。

 でもな、彼女の語る前の雰囲気の醸し方が巧み過ぎていつも騙されてしまう。本当に技術の無駄遣い。


 味は期待できるのか、それがラーメン店の選択の最重要ポイント。

 俺は気を取り直して問う。


「で、そこのラーメンは旨いのか?」

「ああ、窓際に座って向かい側の家を眺めていたから……」

「味を記憶していないと」

「というより、他のラーメン店に行った事がないから」

「物見遊山の気分でラーメン店入るとか失礼だろ」


 恐らく店主を泣かしてる。

 彼女の来店をみて、少なくとも男性が心惹かれる。俺は惜しみ無く深甚なる同情を店長に捧げよう。

 しかし、元より俺に拒否権が無いなら、食いに行くしかないのだ。その……向かい側の家の塗装が剥げている、という特徴しかないラーメン店に。


 俺は鞄を持ち上げ、彼女と共にラーメン店に向かう。清楚で凛とした彼女だが、平時とは違って子犬のように足が弾んでいる。

 何が楽しいのだろうか。

 まあ、今度は窓際の席には座らせず、ラーメン店の店長の為にも食事に集中させよう。


 む、待てよ。

 これ、よくよく考えれば放課後デートでは。

 いや、でも相手が綾辻だ。

 なんだか残念だな、これなら従妹の方が幾分かマシである。緊張感が無くて逆に困るというデートとか我ながら斬新だな。


「何だか、デートみたいだね」

「そうか?」

「おや、君はそう思わないのかい?」

「お前が相手だとな。女子とは何か違う」

「失礼な!これでも私は乙女、それは傷付くよ」


 え、意外だな。


「私だって人間の心はあるんだから」

「人間として見てないとまで言ってない!」


 自意識過剰にも程があるだろ。

 乙女として見られたいというより、基準が人間か否かという最低限の位置なのがおかしい。彼女の価値観は余人とは大きく異なる。それが想定を上回っているのか、下回っているのか。

 奇を(てら)う意図が微塵も無い状態でこれなのは、破滅的としか形容できない。


 二丁目へ行くには、バスへの乗車が必要。

 料金を払って乗り、俺達は空席だった車体後部の優先席に腰を下ろす。外ではぽつぽつと雨垂れが見え始めた。

 予報にはなかったが、習慣で折り畳み式傘を常備している、日頃の俺に感謝。

 車窓から外を眺めていた彼女が、やや思案げな顔になる。

 もしや、忘れたのか?

 見たところ、荷物には見られない。鞄の中にあるのか。


「雨、降ってきたな。傘持ってるか?」

「いや、無いね」

「このままだと濡れるぞ」

「ん?ああ、そうだね」


 あれ、反応が違う。

 何か別のところを気にして……やめよう、推測するの止めよう。彼女と関わってからの悪い癖だ、付き合っては駄目だ。


「おい、その訊いてくれって顔をやめろ」

「私は、語りたくて堪らない」

「勝手にどうぞ」

「訊いてくれ……!」

「しつこいな」


 取り敢えず質問した。


「で、なに」

「窓ガラスに貼り付いた水滴を数える私、新たに張り付く雨、この鼬ごっこ……どちらが制すると思う?」

「勝てると思うなよ人間ごときに」

「磯谷くん……!漸く私を人間として認めてくれたんだね」

「いつまで引きずってるんだ。というか、人間じゃないとか一言も言ってないだろ」


 もうヤダ、こいつ。


 そんな会話が何度か巡って、二丁目のバス停に緩やかに停車した。

 降車の際には、すでに雨水の勢いもやや強くなっている。……これ、車窓の水滴数えられるわけ無いだろ。

 俺は折り畳み式傘を開いて、いざ屋根の庇護なき雨天の下へと躍り出る。


 しかし、歩き出そうとして――すぐ立ち止まった。

 そういえば……そうか。

 バス停には、彼女一人佇んでいる。傘が無いので、屋根の下以外では濡れてしまう。


 少し恥ずかしいが、仕方ない。

 俺は傘の下にスペースを作って、彼女を呼んだ。


「おい、傘……無いんだろ」

「えっ」

「入れよ」


 俺が提案すると、彼女はきょとんとしていた。

 暫し俺の傘と雨を見た後、微笑みながら隣に軽く跳んで入って来た。足元の水溜まりから飛沫が弾ける。

 ズボンが濡れた――何だと?


 俺が怒りを滲ませて振り向くと。

 頬を少し赤らめた彼女が、笑みを顔に湛えたまま見上げてきていた。傘を持つ俺の手に、白い彼女の手が重ねられる。


「傘の主導権は握らせないよ」

「お、おう」

「不覚にもさっきはドキリとさせられたからね」

「お、俺もやるものだろう」

「うん、私は置いていかれると思って心臓が凍ったよ」

「そっちか」


 ともあれ、ドキリとはしたらしい。

 いつもの俺からすれば上々の出来なのだが、先程から動悸が収まらなくてそれどころではない。

 無駄に美人だから。


 俺は彼女と半ば手を繋ぐ形のまま、店を目指す。周囲からの視線が熱い、というか他のカップルまで口を押さえて「まぁ」と感嘆の声を洩らす始末。

 これほどの辱しめはない。

 しかし、彼女は別段気にしている訳でもなく、何度も握り直したり、俺の手を撫でたりしている。

 不快感が勝ってきた。


 バス停から徒歩三分。

 ラーメン店に到着した頃には心臓も落ち着いていた。

 一応だが、道路を挟んで向かい側の家を検めると、なるほど塗装が剥げている。しかし、家中が廃れて見えるほどなら目を惹かれるが、剥落した部分は屋根の隅。

 被害が小規模すぎる。

 なぜ、ここを気に留めた?さすがは綾辻だ。


 屋根を見上げて指差し、興奮している彼女の襟を摑んで店内へと引っ張る。

 もう付き合ってられん。こいつを店主の前で旨いと言わせるのが、せめてもの報い、贖罪である。


 俺は暖簾をかわし、引き戸を横に滑らせて中へ入った。

 さて、件の店主は――。


「んん?あんら、いらっしゃいませ~!リトルガール、リトルボーイ?」


 俺は絶句した。

 店内で俺達を待ち構えていたのは、栗色の長髪をツインテール。

 チャイナ服に身を包んで器具を片手に、化粧で彩った顔で笑う――男だった。

 体格もよく、男よりも数段は上背である。薄い無精髭で顎は蒼褪(あおざ)めており、裾から覗く足は豊かな脛毛に覆われている。


 立ち尽くす俺の横で、何気なく挨拶をしてから席に座る綾辻。

 彼女は俺の様子を訝って手招きする。


「どうしたんだい、磯谷くん?」

「おまっ、おまっ――」

「オマージュ?」


 いや、違う。

 向かい側の家の塗装なんざより――もっと凄い所があんだろうがぁぁあ!!!?





読んで頂き誠に有り難うございます……と言って良い内容なのでしょうか。。


次回も宜しくお願い致します。

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