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それは卑怯だろ。不意打ちは勘弁してくれ!



 五月中旬である。

 早めの梅雨とも呼ぶべきか、雨天の続く今日この頃。あたかも俺の心象風景の如く空も泣いている。

 密かな美少女との交流が続いて一ヶ月。

 字面だけならロマンを感じるが、実情が理想と乖離する様は、もはやギャップ萌えならぬギャップ死。見事に打ち砕かれたのである。


「さながら、その幻想はぶち殺された訳だよね」

「正に打ち砕いてやりたいわ、俺の右手で」

「おや、酷いね」

「いや、なに勝手に人の心読んでんだよ」

「図星かい?君は分かりやすいね」

「業腹だがな」


 胡乱げな視線を向けると、前の席で意気揚々と綾辻真子は語る。俺の机には、初対面の会話に挙がった水玉模様の弁当箱を展開していた。

 なるほど感慨深い。

 この女と交流が始まった始点ともいうべきか。

 弁当箱は、その象徴ともいえる。

 なれば打ち砕いてやる、この右手で……と言いたくなったが、俺は彼のようにファンタスティックライトブローをぶちかませる程の胆力もない。


 俺は顔を覆った手の隙間から彼女を窺う。


 肩をやや過ぎた辺りまで伸ばした黒髪は、毎日梳られいる艶があった。濡れた烏の羽根に似たそれは、人が容易に出せる物ではない。

 そして、何処へ行こうとも必ず人目惹く可憐な容貌は、モデルやアイドルといった型にも填まらない完成された美を内包している。

 黒い大きな瞳は、いつも伶俐に細められている。柳眉と長い睫毛は、彼女が目を瞬かせる度に謎の色気を発した。

 小作りな鼻と、薄く桃色かかった唇。

 豊満とはいえないが、運動部にも所属していないにも関わらず引き締まったスタイル。下品なことを口にすれば、男には放っておけないタイプだ。


 誰もが一度、こんな女性との交際を夢見るだろう。無論、俺も過去にそんな事があった。

 だが一ヶ月前、そんな夢も酷烈な現実を前に散った。


「聞いてよ、磯谷くん」

「うん、また後で聞くわ」


 コイツ、なんと……とうとう昼の休憩時間に話しかけて来やがった。

 俺が男子の友人と会話していたのに、彼女がこちらに弁当箱を持って来た途端、怯えて彼は退散してしまった。そこへ直ぐ入れ替わるように、綾辻の凶影が滑り込む。

 クラスの皆が維持してきた仮初めの平和が、崩れ去った気がした。


「昨日の夕食のハンバーグについてなんだけどさ」

「へー、そいつは美味しそうだ」

「ん?一緒に食べたじゃないか」

「それはな、俺の生き別れの双子だ」

「そっか、磯谷くんを詐称して私に近付いて来たんだね。……絶対に許さない」


 駄目だ、全然回避できない。

 耳をそばだてていた連中から鋭い眼光が集中する。俺はその内、家から学校まで十字架を背負わされて、最後は校庭で磔にされるのかもしれない。


 ともあれ、俺とこいつの密かな交流は、今や公の事実となろうとしている。

 昨日、高校進学の際から地方を出て独り暮らしの俺に、同じく一人で生活している彼女が料理を振る舞ってくれるというのだ。

 男子として、如何に奇人といえど可愛い女子が手料理を作ってくれると聞くと否やはない。

 結果として、かなりの美味だった。


 でも、それは今一番しちゃいけないやつ。


「わかった、話なら後で聞く」

「そっか。ハンバーグの話は放課後で……じゃあ、一昨日に行った雑貨屋の話をしよう」

「止まれ……時よ、頼むから止まれ……!」


 誰かこのモンスターを止めてくれ。

 俺の平和を真っ向から打ち砕かんとする悪魔を、誰か成敗してくれぬものか。

 まあ、あまりの美貌に人が寄り付かぬ彼女だからこそ、それもまた望み薄なのだが。


「雑貨屋でペンギンのストラップがあったんだけどね」

「……ああ、そう、で?」

「お尻に穴が空いてたんだよ。それも、その周りに『PENGIN?Oh,yeah!』って刻んであったんだ」

「成る程、それで?」

「面白くない?」

「全く」

「……おかしいな、磯谷くんの好きなジャンルなのに」

「待て、いつ俺がそんな物好きだと分析されるような人間に見えたんだ!?」


 誤解されるのは非常に不愉快だ。

 何より、綾辻は俺が同じ土俵に立つ人間だと思われている。それだけは何があっても訂正させたい。

 ややもすると、美人でもない俺も下らない事で笑うだけの変人に捉えられるかもしれない。美貌を有するという優位性(アドバンテージ)があるコイツと違い、平々凡々の俺には明らかに負荷が大きい。


「良いから、飯さっさと食えよ」

「ええ、折角楽しい会話なのに」

「かなり一方的だがな」

「じゃあ、私を楽しませる話題でも出してよ」


 そう言われると困る。

 いや、でもこれって……お互いの価値観の相違がくっきり顕になるんじゃないか?

 そうすれば、コイツは自分の異常を自覚するか、或いは俺に興味を失うはず。

 そう、ここで下らない話をするんだ。如何に聞き手が退屈かを思い知らせる。


 よし、俺なりの“下らない”を……。


「この前、お前と服を買いに行った時の話だ」

「ふんふん」

「あ、やべ、地雷だった」

「それで?」

「促すな、やめろ」


 いかん、出端から挫かれた。

 いや、自爆したんだけれども。

 気を取り直して進もうにも……ええい、ままよ!


「その時だな、女性のワンピースが売られている区画に入ったんだ。その時、お前は試着中で見ていない時だ」

「へー、何があったの?」

「そこでは父娘が二人で買い物に興じていたんだが、途中から何やら揉めていたんだ」

「何を揉んだの?」

「そういう事じゃねぇ」


 俺よりも下品だよな。

 というか、コイツは狙ってんじゃなくて天然だから仕様がない。


「実は、娘の気に入ったデザインのワンピースが、サイズの合う物が無いと言っていた。店に注文しようと進言するが、父親は躊躇う」

「お金の問題かな?」

「それが違うんだよ。娘がどうして、と問うと、父親はなんと『娘用のワンピースを注文するのには、男として覚悟が要るんだよ!』って叫んだんだ」


 よし、終わった。

 周囲の視線が冷たい、体感気温が五度くらい下がった気がする。ともあれ、会心の一撃になったかもしれない。

 我ながら最高に下らない話だった。


 果たして、彼女は――きょとん、としている。

 暫くすると、口に手を当てて含み笑いをした。


「えっ、面白かったのか?」

「ううん、全然」

「なら何で……」

「だって、磯谷くん話してるときの顔が可愛かったから」


 無邪気に言われて、俺は顔を伏せる。

 いや、正面からそんなん言われても照れるわ。やめろ、目付きの悪さで天下一品なんて身内にも言われたんだぞ。

 顔をあげられぬほど赤面している自覚がある。それを、彼女が覗き込んできた。


「また、一緒に買い物に行こうね」

「……気が向いたらな」


 その後、周囲の視線が気にならなかった。

 ただただ、この目の前で下らない事を嬉々としてくっちゃべる女子の相手をした。


 今日ばかりはなぜか、耳を傾けてしまった気がした。






加速、加速!

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