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デート前の馳走。ツンデレの意味が違うよな。




 日が落ちて空は暗い。

 月の主張が強くなった時間帯では、商店街の彩りもまた異なる。景色は一新されたように感じる程だった。

 俺は両手に手提げ袋を持って、綾辻の家に向かう。肉鍋の材料を依頼されたので、帰り道の途中で調達してきた。

 大袈裟だが、本当にデートの景気付けらしい。

 進藤の好意によって企画された物ではないにせよ、あいつなりに色恋沙汰には縁のなかった俺を祝いたいのだろう。

 良い友達……いや、調子に乗りそうだから撤回しよう。


 夜を賑わす雑踏を避けて、閑静な住宅街へと移動する。

 等間隔で配置された街路灯が孤島のように暗闇の中で足下だけを照明していた。あまりの暗さにトンネルにいるとさえ錯覚してしまう。

 この辺りは治安が良いと専ら言われているので夜道も安心できるが、実際にこんな景色を見ると些か恐怖を誘う。

 しかし、急襲されても問題ない。

 何故なら三週間の部活手伝いで空手部や柔道部に関わったとき、それぞれの顧問から伝授された技の数々がある。最悪は武術をもって不審者を遇するという野蛮な手段で応じる積もりだ。

 まわりを注意していれば襲われても逃げるか、いなすかも出来る。

 何事も無いのが一番だが。


「磯谷くん、遅かったじゃないか」

「あ?……何でここに」


 突然声がして驚いた。

 街路灯の陰から綾辻が身を乗り出して現れる。

 家で待機しているはずだが、まさか迎えに来たのだろうか。そうだとしても、夜道に一人でいるのは流石に危険だ。

 治安の良さに甘えて、いつか痛い目を見そうである。


「危ないから家にいろよ」

「おや、心配してくれるんだね」

「おまえの不祥事に学校や私生活で巻き込まれるのは嫌だからな」

「その回答はあれだね……ツンドラデレデレだね」


 ツンデレだよ。

 ちなみにツンデレはその略称でもないから。全く正解していないから。

 それだとツンドラの寒気が勝り過ぎてデレ要素が皆無だ。


 そんな下らないことを言う綾辻を連れて家に向かった。

 何度目かとあって、既に道は記憶している。進藤と一緒に頻繁に誘われる機会があったからだが、今日はアイツがいると趣旨に反するので誘っていない。

 俺としては、デート云々だと燥いでいると知られたら、向こうに「デートじゃないんだけど盛り上がってるね」とか残酷に勘違いだと突き付けられる恐怖を避けられて好都合だ。

 元より、デート……というよりは綾辻の本性を探る為の案だった。

 だが、今日の六限目で綾辻自体が考えるに価しない――奥深い謎もない人間だと行き着いたとき無駄になっている。

 正直、週末のデートも不要になってしまった。


 まあ、それでも学年二番目の美少女だ。

 信じがたいことだけれど。

 そんな進藤と週末を恋人のように過ごせるのなら有り難く頂戴するのが得策か。良い人生経験に成やも知れん。


「どうしたの、直也くん」

「いや、考え事だ」

「険しい顔だったからね、心配したよ」


 そんなに険しい顔をしていたのか?

 いや、でも顔に険があって怖がられるのはいつもの事だ。遠回しだが、それを指摘しているのだろう。

 くそ、腹が立ってきた。


 ……あれ?

 そういえば、綾辻って俺を『直也』だなんて呼んでいただろうか。いつもは苗字で呼称していた気がする。

 いや、些末なことか。

 どうせ深い意味もない、綾辻はそういう人間なのだ。




 商店街から徒歩十分。

 長くも短くもない夜道は終わり、目の前に綾辻の住むマンションが見えてきた。十三階建てのそれは、見上げれば屋上付近は夜空の闇に沈んでいる。

 綾辻の家は五階にあり、綾辻は階段が面倒だとあっさりエレベーターへと向かう。

 ボタンを押して待機し、到着して扉が開くやいなや飛び込んでいく。やたら行動が早いが、そんなに肉鍋が楽しみだったのだろうか。

 俺も乗ると、すぐに扉が閉まった。


「楽しみだね、肉鍋」

「俺は別に」

「本当にツンドラだね」


 寒いだけかよ。

 俺はそんな冷淡な反応ばかりじゃない。時にエンターテイナーの如く相手を退屈させない配慮を心がけている。

 綾辻の所為でその機会も意味も効果もほとんど失われているが。


 五階に到着して、綾辻を先頭に進む。

 やがて見えた扉の並ぶ通路を直進し、およそ中央に近い一つの前で立ち止まった。ポケットから鍵を取り出し、錠穴へと挿し込む。

 捻れば開錠の小気味いい音が鳴った。

 綾辻が扉を開けたので、荷物持ちの俺は先に入る。室内灯が点けられ、居間の方へと向かった。

 俺を迎えたのは、整然とした室内。

 テレビ、机、クッション……他にも生活に必要な物が揃えてある。独り暮らしでこの整備は中々に羨ましい。

 俺なんてテレビは無いしな。


 荷物を置いて、クッションの一つに腰を下ろした。身をそこに沈めると、思わず溜め息が漏れる。


「君、本当にそのクッションが好きだね」

「真面目に欲しいな、これ」

「わたしの家に来れば良い話だよ」

「おまえの相手をするのだと対価として不充分にだろ」

「君には良い事尽くめだから?」


 悪いって話です。

 君の相手をすることで生まれる負荷は、このクッションで癒せる度合いを超えているんだよ。全く等価になっていないのだ。

 俺の家でならともかく、綾辻の家という時点でこのクッションの効果は八割損失しているといっても過言ではない。

 非常に勿体無い。


「わたしの相手って、そんなに疲れるんだね」

「そうだぞ。だから俺をもっと労れ」

「今度からは気を遣ってみるよ」


 何か上から目線だな。


「ま、料理は任せる。肉鍋が完成したら教えてくれ」

「了解。テレビでも見て待機していてよ」


 俺はチャンネルを手に取って、テレビの電源を点けた。

 今はゴールデンタイムとあって、どこもクラスの雑談に上がっていたような番組たちが顔を列ねている。普段からゲームと読書の俺には、どれが面白いかなど判らない。

 しかし、俺の生活上でテレビ番組を視聴できるのは綾辻の家くらいだ。

 これを機に、色んな物を探っていこう。


「うん、作るよ。景気付けになる物を、ね」


 そんな綾辻の呟きも。

 集中していた俺には聞こえなかった。





次回に続く。

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