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考えるよりも感じろに移行する。それが、何よりも危険なのに……。



 今週最後の授業。

 俺は手中でシャーペンを弄び、窓の外を眺めていた。

 教師が不在とあって自由化した室内にて雑談が交わされている。普段よりは慎んでいるといえど笑声などは隠す積もりが無いらしい。

 これで喧嘩が勃発していたらクラス崩壊だが。


 LHR(ロングホームルーム)で、『将来への目標を明確化し、それまで自身が努力すべき点と踏む手順』を考えさせられている。

 配布されたプリントには、アミダくじのように始点から幾つにも分岐して空欄に繋がり、『最終的に将来の夢』という大きな枠に収束していた。

 これら欄に手順などを書き込み、表を補完させる。

 俺の将来の夢は決まっている。将来は従妹の家で専業主婦として働く契約だ。労働を地獄だと考えていた幼い頃、従妹が専業主婦として俺を雇ってくれる約束をしてくれた。

 なので卒業後の心配ない。

 ……その時になったら真面目に考え直すから。


 この六限目、まるで将来を見据えた授業だという名目で行われている。

 しかし。

 こんなものは所詮の時間稼ぎ。

 この授業は、特段やることはクラス内の交流を温めるだけの時間であり、既定の時間割りの一枠を適当に処すために偽物を誂えるのが実態だ。

 いやいや。

 そんなのはどうでもいい。


 それよりも今週の日曜日。

 少し我ながら深遠であるようで、実は浅薄な思慮であったかもしれない。綾辻真子という人間について探っていた。

 さんざ告白されながら一切を断り、あまつさえ自身がモテている自覚が無い。如何に鈍感でも、数回目で自覚するだろう。

 それが意味不明だった。

 だから正体を知ろうと、ある人間に尋ねた。


 それが、どうして。

 進藤心音とデートする事になる?


 いや、全くわからん――!

 将来よりも先が読めんくらい真っ暗だ。


「どうしたんだい、磯谷くん?」


 不意にかけられた声に顔を向ける。

 腰を折って、こちらを覗く姿勢の綾辻と至近距離で顔が合った。

 吸い込まれそうな黒い瞳に覗かれて、悪寒とも言えない何かが背中を駆け上がる。


「おまえは、みんなと雑談しないのか?」

「会話を試みたけれど、わたしの話を理解できるのは君だけらしい」

「残念だが俺も毎日のように理解に苦しんでるぞ」

「それは……災難だったね」


 何が??

 理解できない俺を憐れんでいるのか、それとも理解できない話を延々とされている事を憐れんでいるのか?

 後者だよな。そうでないなら裁判するぞ。


 憐憫を含む眼差しすら眩しい。

 何をしようと輝くのだから、綾辻真子という理不尽が服を着たような人間を前にしていると、根本から自分の常識を疑ってしまう。

 俺は直視できず顔を逸らし、再び窓の外を見た。

 夕暮れの空へ近づく赤の兆し。雲を端から染めつつある光の変化に、今日もまた学校が終わるのだと報される。


「わたしの居場所は君の隣だけだよ」

「共感不能って言った人の隣は息苦しいだろ」

「ふふ、最近は心地よく感じてきたよ」


 それは大変だ。

 変な趣向に目覚めてる。冷淡に返されると不思議な高揚に繋がる人種がいるが、よもや彼女はその扉を開け放っているのか。

 悪いが知り合いからでも、俺の手から生み出したなんて事実はごめんだ。

 むしろ俺が息苦しくなってきた。


「ところで、君は何を物憂げに窓外の風景を眺めていたんだい?」

「人生について考えていた」

「気を逸らせてはいけない。人生はこれからだよ、わたしが付いてる」

「何で絶望してる前提なんだよ」

「あ、見て。あの雲ワニに似ている!」

「おい、深刻そうに捉えときながら放置すんな」

「凄いよ、だんだんゾウに変わってきてる」


 駄目だった。

 俺の懊悩よりも常に(うつ)り変わる雲の方が刺激的らしい。友達の苦悩する姿を捨て置くほどに。

 いや、態度に出るほど悩んじゃいないが切り捨てるの早くないか?


 ……綾辻には話して良い。

 進藤はデートの事を口外しても問題ないと補足してきた。無論、対象は綾辻のみであって他には他言無用らしいが。

 進藤にしては考えがあっての提案だと推察できるが、その真意が全く知れない。

 これは伝えるべきか?

 いや、訊ねられたらで良い。いや、悩みの種なんだから、もう訊かれてるのかも。

 だめだ、混乱してきた。


「磯谷くん、あれ――」

「いや、雲の話はどうでも良いから」

「雲じゃなくて、窓枠の埃……飛びそうで飛ばないね」

「どうでも良いのレベルが飛躍したな」

「細部まで目が行き届く人間だからね」

「ああ。おまえの評価を下方修正しとく」

「それだと君の評価は鰻登(うなぎのぼ)りだ」


 おい、グラフで遊ぶな。

 俺とおまえの評価が反比例する意味が判らん。


 まあ、デートの件は話すか。

 訪ねられている訳だし。


「実はな、週末に進藤とデートする」

「そうなのかい?」

「ああ、何でか知らんが」

「すると、君は子供の階段を下りるのか」


 初めて聞いたよ。

 ていうか逆だろ、幼児退行しねぇよ。そこは不可逆だろうが。


「俺としては、まあ、少し、ほんの少し楽しみだ」

「うーん……君と週末遊べないとなると、わたしは暇で仕方がない」

「赤髪とかいるだろ。おまえが呼べば喜んで来る――」

「彼なら来ないよ」


 へ?

 何だって?


「彼はもう、わたしを好きじゃない」

「……あの、この前の白馬の王子(笑)みたいなヤツは?」

「同じさ」


 訝ってそちらを見上げた。

 すると――そこに、冷たい表情で窓外の雲を見る綾辻の顔がある。かくも別人のような雰囲気を出していた。

 そういえば赤髪たちとのデート、あれはどうなったのだろうか。彼らが失敗したのか……?

 不気味にすら思えるそれに気圧されて閉口した俺を、再び微笑んで肩を叩いてくる。


「やはり、君くらいでないと耐えられないという事だ」

「……よ、よく、判らんけど、変な価値を俺に見出だすなよ」

「立派な価値だよ。……そう、とっても」


 綾辻が机の上にシャーペンを置く。

 ……え、置く?

 俺が机上を見下ろすと、知らぬ内に『将来~』の表にあった空欄が埋められていた。外資系に務めるらしく、具体的な内容が完成している。

 そんな意識高い人間ではない。


「おい、なに勝手に書き込んでるんだ」

「書けていない様子だったからね」

「いや、こんな凄い職見据えてないから」

「君は将来への理想とか稀薄そうだからね」

「これ、やけに具体的だけど、まさかおまえと一緒とかじゃ……」

「わたしの夢はお嫁さんだよ」

「おまえこそ将来考えろよ!?」

「嫁は女性の特許だよ」


 おい、それズルいぞ。

 俺が反駁する前に、彼女は離れていく。


「それじゃあ、デートの景気付けに今晩はわたしの家で肉鍋だ」

「要らんだろ、それ」

「これが、わたしなりの戦略だよ」

「何の??」

「それは夜のお楽しみで」


 なんか如何わしい妄想が膨らむ。

 やめろ、思春期末期の男子にそういう言い方はよせ。見てくれだけは良いんだから言動の端々に配慮しろ。

 その戦略とやらの意味は読めないが。


 綾辻が微笑みながら去っていく。

 俺は取り敢えず、今晩馳走される彼女の応援と思しき肉鍋の味でも想像することにした。

 表はもう、外資系でも何でも良い。


 あいつについて考えるのもやめた。

 深く考えるほど、どうでも良いことに気付く。綾辻真子はそういう人間だ。




 気ままに流しておけば、それで良いんだ。







次回へ続く。

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