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更なる波乱?いや、もう懲り懲りなんで。

遅れて申し訳ありません。



 事件からおよそ一週間。

 俺は机に突っ伏して眠っていた。

 当事者たちの総意、というか場を制した綾辻の意思で黙秘され、大した騒ぎにはならなかったのである。無論、教師Aには釘を刺しておいた。

 そして、平穏な日常が戻る――。


「直也くん、直也くん」


 というのは、少し遠いようだ。

 今日も今日とて、彼女は俺の前に座り、意気揚々と下らない会話を展開する。


「どうして無視するんだい?わたしは君と話したくて仕方が無いというのに」

「他を当たってくれ」

「薄情者」

「うるさい、厄介者」


 惜しみ無い嫌気を示す。

 だが、この少女が止まる気配などない。

 綾辻は気にならないのかもしれないが、会話中は身を乗り出して来るので、近すぎて目を見て話せないのである。

 実際に、会話が一通り終了すると、俺の姿勢が気付かぬ内に仰け反っていたりする。

 「何かのアート表現?」などと言って笑ってくるコイツには、ただ歯軋りしか出てこない。


 あの事件を颯爽と片付けて見せた綾辻。

 それについては感謝したいのも山々だが、見方を変えれば更なる厄介を招いたとも言える。

 それは――。


「見つけたぞ、磯谷直也!」

「帰れ」


 そう、この赤髪である。

 改心というか改悪というか。

 何を勘違いしたか、俺と綾辻の仲を鉄壁と見て、余計な挑戦の志を燃やしたのだ。あれ以来、何かと俺達の間に入っては対抗心をメラメラとさせて勝負を仕掛けてくる。

 いや、別に良いから。

 惜しむことなく譲るから、このポジション。


「ああ、今日も来たんだね。聞いてくれよ、直也くんが無視するんだ」

「磯谷!無視は駄目だぞ!」


 あと、これだ。

 綾辻を好意というより崇拝する感じの姿勢。

 前の方が初々しくて応援したくなる空気だったが、今では関与したくない人物の主要人物に顔を連ねる。

 だが。

 これが綾辻を押し付けられる唯一の人材なので無下にできない。

 下手をすれば綾辻よりも面倒だ。


「わかった、聞くから勝手に話せ」

「了解。直也くんの熱意は伝わったよ」

「俺の何処に熱意感じた?明らかに諦念しかなかっただろ」


 俺が訝しげに見上げると、綾辻が口許で人差し指を横に振る。腹立つ挙動だ。


「人が僅かに発しているサインを読み取れば、直ぐにわかるのさ。君の指が先ほどからとんとんと机を叩いていただろう?」

「……それが何?」

「それは構って欲しい人の特徴だよ」

「明らかにお前の話に退屈してるサインだろうが!?」


 綾辻の読心術は、着眼点は正しいのだろう。

 問題は彼女の脳にあった。都合の良い解釈しかしない。

 俺が呆れていると、赤髪が俺の手を摑んだ。


「綾辻の話がつまらないと語ってんのは、この右手か!?」

「いえ、全身で語っております」

「全身でわたしへの愛を語ってる?」

「お母さんの腹の中から人生やり直せ」


 俺が返した言葉に。

 綾辻が突如として顔を蒼白にして数歩退いた。

 その変化に俺と赤髪が怪訝な視線を送ると、わなわなと震わせた手で口を覆う。


「驚いたよ……」

「……何が?」

「まさか、幼年期からのわたしが知りたくて、母胎からやり直せと言うんだね?それを具に観察して、綾辻真子を一から知りたいと」


 知りたくなってきた。

 どんな環境で育ったら、こんな外見詐欺の奇人が生まれるのか。

 無論、俺自身は調べたくないので、誰かの研究で究明されるのを人伝に聞く程度で良い。付き合っていたらキリが無い。


「それで、俺に話したいこととは?」

「この前、起きたら知らない部屋に居たんだ」

「ほわい?」


 何か物凄い話の予感がしてきた。


「ベッドと色とりどりの人形やグッズ、勉強机。これは何処だろうと思って、わたしは部屋を恐る恐る出たんだ。

 下への階段があるから、一戸建てと判る。わたしは階段を降りて、居間らしき空間に出た」

「お、おう……」

「そこに入ると、見慣れた机とキッチンとクッション、テレビ……そしてわたしは漸く気づいた」

「何を……?」


 綾辻の真剣な眼差し。

 学習しない俺も悪いが、その結末は――。


「自室をリフォームしたの忘れてて、起きたら別の家と錯覚していたんだと」

「…………………………ほわっつ?」


 うん?――つまり、これは、あれか。


「片付けして、内装を変えて起きたら別の部屋と見間違えたと」

「そうだよ」

「……因みに、そんな見違えるほど大きく変えたのか?」

「いや、棚の上にあった二つの人形を左右逆にしただけだよ」


 俺は机に突っ伏した。

 人形の位置を入れ換えただけで、部屋が新鮮に見える。そして他の家だと錯覚する。

 こんなおバカを俺は知らない。

 天然というレベルでは形容し難く、神と称するのも軽率過ぎる貴重な天性を見た。


「おまえ、もう片付けやめろよ」

「人間としてそれはどうかと思うよ」

「お前の感性で言われたくねぇッ!」


 俺が綾辻に紛糾していると、赤髪の隣にひっそりと、いつの間にか佇んでいた眼鏡の長身がいた。

 顔立ちは凜としており、円形レンズの奥で光る切れ長の瞳は、やや女性らしさも併せ持っており彼の顔を神秘的に見せていた。

 赤髪とは異種的な男前(イケメン)

 俺が黙って見ると、綾辻もそちらに顔を向けた。

 その途端。

 彼は手元から一通の包装した手紙を綾辻に差し出し、片膝を突いて見上げる。






「綾辻真子――結婚を前提に、僕と結婚してくれ」






 教室の中の時間が停まった。

 数瞬の沈黙と、凍てついた室内の人間。

 漸く言葉を飲み込んだ者たちから、やがて黄色い声が上がった。二人に衆目が集まり、俺と赤髪は居たたまれなくなる。


 さて、この男前の熱烈な告白。

 果たして綾辻は如何とするのか。


 横目で彼女を盗み見ると、綾辻は頬を赤らめ、驚いて目を見開いていた。

 あれ?初めて見る表情だ。


「直也くん」

「……何だ?」


 綾辻がゆっくりと、俺に問いかける。

 視線を合わせ、俺は耳を澄ました。



「わたしは、存外モテる人間なのかな?」


 やっぱりお母さんのお腹からやり直そう。








読んで頂き、誠に有り難うございます。


早めに更新します。


次回も宜しくお願い致します。

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