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来た意味あるのか?まあ、任せてみよう。



 入口にいた綾辻は、カメラを片手に入室する。

 肩掛けベルトで袈裟にかけて、

 縦ロール少女も息を呑んでいるのが分かった。


 俺や男三人が絶句する中、最も大袈裟な反応を見せたのは赤髪だった。

 その髪の色よりも濃く、自然な朱で顔を深く染めている。俺が煽った所為もあるが、大胆な告白になってしまった。

 ま、まあ、あれだ。

 協力者としては、良い仕事だったなと俺は自己暗示する。


 しかし、状況が好転したとは言い難い。

 綾辻は単独でここに来た。

 それも、あのカメラ――現場を撮影したのだろうし、物的証拠としては大変強い力を持つ。男三人も縦ロールも脅かす。

 しかし、だからこそ危うい。

 綾辻一人を取り押さえるだけで、その証拠を彼女から取り上げて消去するのも容易い。

 俺と赤髪は縛られて動けぬ現状、彼女を守る盾は一切見受けられない。


 そして当然。

 その簡単な事実を彼女等が看過する筈なし。


 縦ロールの顔に、余裕の笑みが戻る。

 心なしか縦ロールの巻きが鋭さを取り戻したように見えた。……犬みたいだなぁ。

 男たちは、既に彼女の意中を各々で読み取って、綾辻の方へと静かに進んでいく。その太い腕をしならせ、床を踏み締め、一人に迫る。

 容赦ないな。

 普段ならやっておしまい!と背中を押すところだが、暴力沙汰は許されない。


 すると。

 依然不敵に笑う綾辻は、敢えて自若として室内の中央へと踏み出してくる。進む方向が逆、いま許されているのは逃走の一手のみだ。

 綾辻が武術に精通しているなんて話は聞かない、運動神経が良いといってこの場を切り抜けられるとは思えない。

 第一、自分が正しいと信じて疑わない連中に話し合いも何も無いので、ここに来ても(いたずら)に事を荒立てるだけだ。


 俺の憂慮も知らず悠揚と男たちの隣を通過して行くと、俺の乱れた襟などを整えた。

 ……何してるの。

 唖然とする男たちと縦ロールの前で、背後に回って俺の頭を抱き締める。うん、何か、うん、言ってはダメなんだろうけど、良い臭いがした。


「君らが何をしているか、一連の場景を私がカメラで撮影させて貰った。無論、磯谷くんに暴力を振るったことや、赤い髪の……加藤くんを強迫するのもね」

「後藤な」


 綾辻、人の名前を間違えるのは失礼だぞ。

 俺が彼女の腕の中から横を見ると、赤髪は俯いて顔を赤くし、なにかを呟いていた。


「綾辻が、綾辻が……俺のことを……!」

「お前は後藤だぞ」

「もう加藤でも斎藤でもいい」

「しっかりしろ」


 好きな女の子の為なら盲目的にだって慣れる。

 男の醜い部分が顕著に出ていた。

 綾辻の為にそこまでなれるほど熱くはなれないが、アイツの本性を知らない者なら皆がそうなれるのかもしれない。だとしても姓名はいかんだろう。

 呆れ半ばに前へ向き直ると、縦ロールが笑っていた。幾許(いくばく)か緊張が残って口もとが引き攣っているが、たしかに自分の優勢を確信している顔だった。


「アンタって見かけによらずバカなのね。この状況で、よく余裕でいられるわよね」

「それは君だろう。証拠を押さえられても、まだ虚飾の笑みが作れるなんて。もう詰んでいるのにさ」

「はあ?」


 綾辻が指を打ち鳴らす。

 乾いていて、それでいて鋭い音。

 何かの合図か、隠れていた護衛が登場する為のサインか?

 状況を打破する策を講じてあったのだろう。

 既に、この状況を予見した上で、万事を解決する最高策を!


 指を鳴らして暫く。

 身を固くして待ち構える一同。




 しかし、何も起きなかった。


 沈黙を一番先に破ったのは――本人、綾辻。

 顔を綻ばせ、俺を抱いた腕が嬉しそうに震えている。上からはくすくすと、洩れ出た含み笑いがあった。


「いちど、やってみたかったんだ……!」

「お前は一回殴ってもらえ」

「だって、カッコいいじゃないか。こういう逆転劇を催す雰囲気が出来上がっていたから」

「下らない云々の前に、冗談にも適宜ってものがあるだろうがッ!?」


 嘘だった。

 本人が状況を利して愉しんでいただけだった。

 期待した俺と赤髪は、ひたすらに落胆した。絶望し、むしろ味方として馳せ参じたはずの綾辻に(はげ)しい憎悪すら感じる。

 自他共に認める天然(アホ)だった。

 けらけらと、一人で笑っている。てか、早く俺の頭を放して欲しい。


 この茶番に、果たして縦ロール少女は。


 こめかみに青筋を浮き立たせ、一見してわかる憤慨だった。敵意だったモノが、遂に殺意の域に突入している。

 一方で、傀儡の男三名は綾辻の笑顔に縦ロールさえ忘れて顔が緩んでいた。人から理性を奪う力は健在のようだが、綾辻の実態は下らない話しかしない残念系美少女だぞ。


 因みに俺はぶちギレている。

 勝手に危険を冒して来たと思えば、特段策を弄した様子は見受けられない。場を掻き乱すだけなら早く帰れ。


「さて、真面目な話をしよう」

「いや、最初からふざける空気無かったろ」

「君は一々話の腰を折るね。冴えてるよ」

「どう考えてもお前のことだろ!?」

「ありがとうっ」

「冴えてるの方じゃないからな」


 綾辻は咳払いをして仕切り直す。

 仕切り直すどころか最初から居なくて良かった気がするが。


 彼女は俺の頭を抱き締める力を強くする。


「でも、すまないね。証拠なんて正直に意味は無いんだよ」

「は?」

「君の名前は存じ上げないけれど、証拠(カメラ)を破壊しようが皆を口封じしようが関係ない。

 私が泣き真似でもして皆に語ったら、間違いなく君に後ろ指を差すだろうさ」


 縦ロールは笑みを作っているが、顔色は悪い。

 頭上で綾辻が微笑んだ気がした。

 俺も赤髪も、正直戦慄している。


 こいつ、天然ではない。

 自分が『学校一の美少女』だという評判通りの信頼と人望があると自負している。確かに、教室内でも彼女を見て悪印象を持っている人間はいない。進藤みたく嫉妬もされない完璧美少女(実態を知らないだけだけど)だからこその『学校一』。

 縦ロールが何者かは知れないが、たしかに綾辻が一芝居を打てば、どちらを信じるかは起こらずとも自明の理。


 ここにいる男どもも、縦ロールが手を回している他の連中も、僅かでも綾辻が撹乱すれば一気に傾く。

 くそ、世界は……世界は彼女の味方か……!!


 別に有事に備えて本性を隠した、とではない。

 ただ、偶然にも自分の現状が彼女を打破するに充分すぎる武器を意図せず備えていただけだ。

 それを看過しない徹底さは、天然とは言い難いが。

 時間が経過するにつれ、もう縦ロールは真顔だった。顔色は悪くなっていく一方である。


 綾辻は陽気な笑顔で、指を一つ立てる。


「私の磯谷くんを殴打した重罪は許せないけれどね。――双方に損害の無い結果にしよう」

「な、何……?」

「ここは、無かった事にしよう」

「な、なかった事?」

「そう、私は君達を追い詰める真似はしないよ。その代わり、君達も大人しく手を引くんだ。斎藤くんを狙うなら正当な手段――拘束して男を侍らせて脅すんじゃなく、自分自身の魅力で勝負するんだ。

 あと先生方。

 私は事を荒立てる心算はないので、穏やかに行きましょう。争いなんてしたくない、お互いの生活を保守するべく然るべき対応を心掛けましょう。

 ああ、でも先に謝っておこう。

 内藤くん、私は君の気持ちに今は応えられない。けれど、君を知らない内に断るなんて無情にも程があるので、先ずは友達からでどうだろうか、佐藤くん?」


 彼女の提案が滔々と語られる。

 男三人は開いた口は塞がらないが頬を赤くし、後藤は双眸を輝かせ、俺はうつ向くしかなかった。

 いや、後藤の名前を三回もメチャクチャ間違えた気がするが、感服だった。



 果たしてその提案に。


 縦ロールは閉口していたが、机から飛び降りた後に教室を無言で出ていってしまった。

 男三人が慌てて飛び出て、急いで追って行く。

 彼等がいなくなった教室で、綾辻がポケットからカッターナイフを取り出す。後藤の腕を縛るテープなどに切れ目を入れて、丁寧に剥がしていく。

 椅子から解放された彼は立ち上がると、自分の手足の自由を改めて確認してから綾辻に頭を下げた。


「ありがとう……男として情けない」

「ううん、カッコ良かったよ。むしろ、臆病にも友達という形で君とを完結させようとした私の方が情けない」

「いや、今回は俺ばかりが未熟だった。今度は……お前をこんな風に助けられる男になって、そのときに改めて告白する」

「うん、心して待ってるよ」


 二人で見詰め合う。

 どこか誇らしげな両者だが、一つ忘失している。


「さ、早くここから帰ろう」

「え、あの、磯谷は?」

「…………………………………………大丈夫、助けるよ」

「明らかに俺忘れてたろ」

「私の半身でもある磯谷くんを、私が?この、私が?ふふ、有り得ないよ」


 目に見えて冷や汗が顔中に浮かんでますが。

 恨めしそうにこちらが睨めば、早速俺の(いまし)めを解き、一仕事終えたように吐息する。

 立ち上がって俺が痛む頬を擦りながら体を解していると、赤髪がこちらに歩み寄って来た。


「磯谷、すまん」

「好きな女子を開示するにも、その相手を選べよ。見事な二次被害だったぞ」

「ああ……本当にすまん」


 綾辻と違い、反省を滲ませる姿。

 普段から彼女のそんな態度に苛立っているためか、ギャップが凄く、まるで輝いて見える。

 風貌は言及すべき点が多々あるが、性格上は全く無害な人間だ。これなら、問題なく恋のサポートを続行しても良い。


「本当にありがとう」

「おう、全くだ。しかしあれだ、こんな事があったが、俺は依然としてお前のサポートに徹していく所存――」

「――だから、次からは恋のライバル同士として」

「――……は?」


 いま、何か変な言葉が聞こえた。

 訝ってそちらを見ると、勇気と希望と、そして細やかで澄んだ敵意を滲ませた顔と視線がぶつかる。


「……何て?」

「綾辻が来ると判って、あのとき教師を挑発したんだろう。綾辻の証拠採取のカメラや登場を援護するために」

「あ、あの……?」

「見事な連携力だった。そんな綾辻に協力出来るなんて、好きだからって意外に有り得ないだろ」

「いや、その、後藤さん、話聞いて」

「綾辻も、今はお前を想ってるみたいだからな。俺はまだまだだ」

「ふーん……?」

「だから、今度から正々堂々と勝負だ。もうサポートは要らん、お前から綾辻を奪ってやる!」


 駄目だ。

 誰も彼も、俺の話を聞いてくれる人間はいない。綾辻や進藤などの規格外はともかく、男子には理解力があると思っていたが。

 勘違いを加速させたまま、清々しいまでの笑顔を浮かべて、俺と綾辻に一礼する。


「一から出直してくる!俺はここで失礼するぜ、じゃあな二人とも!」


 颯爽と赤髪が去って行った。


 彼に置き去りにされ、俺は教室の天井を仰いで溜め息を吐く。そして、現状を顧みてみた。

 何だろう、殴られ損だった気がする。

 綾辻に男を作る策も頓挫し、教師Aに売られ、男性教師に殴打されるという連続の悲劇、今回の件でメリットもなければ、寧ろ損失が多い。


 俺が悄然と肩を落とすと、綾辻が肩を軽く叩いてきた。


「んだよ」

「心配したよ」


 振り返って睨もうとしたが。

 そこで不安と微かな怒りに美貌を歪めた彼女が佇んでおり、俺はしぜんと口を(つぐ)んだ。喉元まで()り上がっていた文句も、落胆の長嘆がすっと腹の底に落ちていく。

 確かに。

 用事があると言って別れた友人が、こんな現場で暴力を受けていたら、心中穏やかでいられる筈もない。

 心配させたのは、本当だろう。

 縦ロールの暴挙に苛立って、こちらも少し大胆に動いた。殴られた責任は自覚していたが、彼女や進藤、それと忠告してくれた阿久津さんまで深憂に心を乱させてしまうことを失念していた。


「……すまん」

「本当だよ。君に何かあったら、誰が私の話を聞いてくれるんだ」

「俺以外に聞いてくれる自信は無いのかよ」

「もう私は怒ったからね」


 そう言って、綾辻は俺の鼻先に指を突き付けた。


「良いかい。君は私のモノなんだ、今度から相手を挑発したりして傷付くのは控えて」

「……あ、はい」


 綾辻は肩を竦めて嘆息する。

 その後、俺の手を握って室外へと導く。何だか、最後の台詞の所為で顔が熱くて、頬の鈍痛が気にならなかった。

 ただ、目の前を歩くこいつが振り返って見せる笑顔に気を取られてしまう。


「それじゃ、行こうか」

「ど、何処へ……?」

「雑貨屋。ペンギンの他に面白いストラップを見付けたんだ」

「……はいはい、もう何でも良いよ」


 一件落着。

 やや不満な点はあるが、高望みはいかんな。

 明日の縦ロールや赤髪の動向が不穏で気になるが、取りあえずは綾辻の憂さ晴らしに付き合おう。


 夕日に染まる校舎、暗くなる屋内。

 やはり良い事はなかったが、何故だか今日は少し気分が良かった。……気がした。







  ~おまけ(雑貨屋)~



「磯谷くん、見てくれ」

「……今度はパンダか。それの何処が面白いんだ?」

「後頭部に『笹の葉根性』ってあるでしょ」

「なるほど」

「うんっ」

「………………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「面白かったんだね!」

「ウン、ササノハコンジョーオモシロー」






次回へ続く。

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