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叫べ少年!理不尽に向かって恋を訴えよ。

暴走した。



 放課後になった。

 黄金色に染まる空とは対照的に、校舎内は影に覆われるようになる。廊下に電灯が着くかという際どい時間帯は、ほとんど真っ暗に等しい。

 そんな時間まで居残りするのは控えている。

 何故なら、そんな事をしていれば綾辻に長時間絡まれるし、先生に引っ張られて部活のマネージャーやらされる。居残ってると、暇なんだと周囲に認知され、いいように扱われてしまう。

 だから、決まって放課後は用事もなければ颯爽と帰宅することを心がけていた。


 しかし、今日ばかりは避けられなかった。


 文学部の部室と言われて来た一室。

 机が端へと掃討された室内の中央で、俺と赤髪はなぜか椅子に縛り付けられていた。所謂、拘束状態にある。

 そして、目の前には目のギラついた体格の良い男が三名。そんな俺の有り様を鑑賞する金髪縦ロールといった物珍しい髪型の少女。


 こんな奇観を誰が作ったか。




 時を遡ること一時間。

 綾辻に用事があると伝え、俺は文学部の部室へと向かった。晩飯をまたご馳走してくれるそうなので、後でお宅を訪問すると約束した。

 あいつの飯だけは旨いんだよな……。

 食事中の会話は下らないけど。


 ともあれ。

 現代文の教師Aからの指令で、『何者かの相手をする』事を任ぜられたので、文学部の教室を訪ねる。

 人に訊いて来た場所だが、引戸に設置された窓から見える室内の様相は、誰もいないように見えた。空を染める斜陽の光が差し込むだけだ。


「部屋を間違えたか」


 そう考えて一歩退こうとした時、背後から羽交い締めにされる。

 何事かと状況を探るより早く、教室の扉が開いて中に蹴り入れられ、中にまた潜んでいた体格の良い男によって瞬く間に椅子に縛られた。


 そして、椅子に拘束された俺に次いで、何故か部屋を訪ねた赤髪こと後藤正芳も叩き込まれ、同様の始末に。



 そして現状に至る。


 慄然とする俺たちに対し、少女は柔らかく笑む。体格の良い男は、そちらを見て恍惚の表情になる。

 成る程、主犯は彼女であり、男はその傀儡。

 着崩したシャツ、襟元から深い谷間が見える、というか露骨にアピールしている。耳に付いたピアス、彩りのあるネイル。

 一見ギャルに見えるが、笑顔の雰囲気はどこか落ち着いた空気、理性などが窺い知れる。


 てか、腕が痛い。

 背凭れを挟んで後ろ手に縛られているが、この椅子が異様に背凭れが反った造りのため、体勢が辛いのである。


「ふふん、苦しそうね」


 何だか嬉しそうな金髪縦ロール少女。

 うん、痛いよ。

 そう応えてやりたいが、迂闊に口答えすると目前に立ち塞がる三人から鉄拳が飛びそうだ。よく見れば、ジャージは学校指定の物ではないし、首に下げたカードからして、どうやら俺が関知していない教師だった。

 三年生担当か……そりゃ知らんわ。

 知り合った部活の顧問でも見たことない顔だし。


 どうやら、少女はこの教師達を我が物顔で頤使(いし)する辺り、こういった扱いを慣れていると見える。

 彼ら以外にも何人かを抱き込んでいるのだろう。

 まるで奴隷制で幅を利かせる女帝だ。


 少女は立ち上がって、俺の方にやって来た。

 首筋から顎まで、指で撫でてくる。

 ぞわってした、やめろ気持ち悪い。


「ふーん、これが……ね?」


 値踏みするような視線を向けられる。

 何これ、人身売買の現場ですか。

 もしかして教師A、俺を売ったのか!?くそ、恨んでやる!

 そして、あらかじめ知っていた阿久津さんは、親切に忠告してくれてたのか……好きだ、結婚しよう。


「本当にアンタが綾辻真子のお気に入り?」

「ヤツのお気に入りは『Penguin?oh,yeah!』と尻に刻んであるペンギンのストラップです」

「どうやら、そのようね」

「何処に理解する要素があった!?」


 意味不明だったが、俺は『綾辻のお気に入り』らしい。……まあ、話を聞いてくれるのが俺しかいないからな。

 勝手に得心顔の彼女は、次に赤髪の方へと向かう。彼は一体、誰に売られたのだろうか。

 きっと風紀委員だな、身嗜みについて看過する代わりにここへ来いと言われたに違いない。


 指で赤い頭髪を撫でてやると、その顔を胸に抱き締めた。


「ふふ、後藤君はアタシだけの物っ!」

「ふががっ!?ふごッ!?」


 彼女の豊かな胸元に顔を埋め、曇り声で悶える赤髪。

 羨ましいとは思わないが、羨ましい。……あ、違う、違うからね。

 気を取り直して。

 羨ましいとは思わないが、様子の変わり方が異常だった。俺の時とは違い、全くもって真逆で甘い空気を出している。

 犬だったら尻尾が残像を描くほど高速でふるっていたであろう興奮度だった。


「おい、そろそろ放してやれ。死ぬぞ」

「あら、ごめんごめん後藤くん♥️」

「ぷえっ。ぅえっ」


 今いけない反応したぞコイツ。

 赤髪は解放された瞬間に吐きそうな顔をしていた。苦しいのは判るが、それは相手を傷付けるのでやめましょう。

 現に、金髪縦ロールは顔が蒼褪めている。


 後ろの三人が心配する気配を機敏に感じ取ったのか、咳払いをしてから俺の方に向き直る。

 再び仏頂面になった。


「アタシさ、綾辻が気に入らないんだよね」

「それは同意見です」

「媚売っても効かないから」

「本音です」

「キモいのよ。奴隷はもう受け付けてないわよ、奴隷にするなら黙って隣に居てくれるヤツよ。アンタみたいに変な事言わないやつ」


 誰がなるか。

 奴隷の申請なんてしていないわ。むしろ、今は綾辻による学校生活侵食という悪政で苦しんでるわ。


 しかし、面と向かって綾辻を嫌いという人間がいるとは。男女共々人気のある彼女に悪意を見せたのは、俺が一緒に居た中でも初めてである。

 俺と綾辻に友人以上の紐帯(ちゅうたい)があると考えられるのは甚だ遺憾だが、ここに縛られている理由はそれなのだろうか。


 彼女は俺の膝の上に足を乗せた。

 踏まれた膝が軋み、椅子の角で圧迫された太腿が痛みを訴える。


「この前、アタシ後藤くんに告ったんだけど」

「はい」

「その時に『俺、好きな人がいるから』って断られて」

「はい」

「それでアタシが『その人って誰?』って聞い」

「はい」

「………………」

「はい」

「真面目に聞けやゴルァ……ッ!」

「すみません」


 適当に相槌を打っていたら怒られた。

 聞き流しているのが四回目でばれてしまった。


「そしたら後藤くん、『綾辻さん』って答えたのよ」

「マジで」

「でもさ、綾辻はアンタに御執心じゃん?」

「じゃん」

「……アタシの言いたい事、わかる?」

「え、超わかりみ~」

「殺すぞ」

「何だと」


 俺は唖然としてみせる。

 勿論、これらはすべて演技です。


「要は、アンタと綾辻、付き合いなさいって話。そしたら後藤くんがアタシの物じゃん」

「えー……」

「やらないと、綾辻ともども痛い目を見せるわよ」


 中盤から、この少女の魂胆は見え透いていた。

 綾辻への強い敵愾心、後藤への対応。この二要素だけで、概ね把握できる。

 要は、俺と綾辻をくっ付けて後藤に諦めさせた所を掬い取りたいらしい。本人の前でペラペラ喋ったり、椅子に拘束したり、男三人を侍らせて威嚇する時点で色々と間違っているが。

 恥ずかしくないのだろうか。

 こんな手段で訴えて、恋心を成就させようなどと。征服欲を充たしたいのなら、他所で願いたい。


 俺は溜め息を吐いてから、後藤の方を見る。


 顔色が白くなっていた。

 当然だろう。

 不用意に好きな人の名前を明かした所為で、その好きな人にまで被害が波及しようとしている。

 自責と罪悪の念に駆られて、今や俯いてしまっている。

 ギャル子も、敢えて赤髪の前でこれを見せる事で、脅迫しているのだ。

 自分と付き合わないと、関係者がどうなるか――と。

 極めて幼稚で杜撰で下劣な手段である。



 俺は断固として綾辻と交際したくない。

 間接的なアプローチからにせよ、彼女に勇気を出して踏み込もうとする先駆者(ファーストペンギン)の赤髪は素直に応援したい。

 馴れ初めも知らないし、好きになった理由も分からない。

 それでも、好きなんだろう。

 ならば、こんな理屈もなければ恋愛に手段を選ばず、こんなふざけた真似をするヤツに、赤髪の恋路を邪魔させる訳にはいかない。



「あのさ、ギャル子」

「誰がギャル子よ!?」

「そんな事しても、お前の隣にいるのは嫌々な顔した赤髪だけだぞ」


 俺の一声に、一瞬だけ彼女が固まる。


「……それが、何よ。アタシは後藤くんが欲しいの、何があっても」

「成る程、後藤くんも奴隷にしたいと」

「そうじゃないわよ!!」

「いや、同じだよ。所詮は自分に自信が無いからそんな事を――」


 その時、俺の頬に平手が叩き込まれた。

 ギャルではなく、後ろの男1、のである。

 椅子が傾いて横に転倒した。床に激突して、鈍痛に思わず呻き声が洩れる。

 ギャルは汚物でも見るような眼差しで、俺を睥睨(へいげい)していた。


 俺に平手を打ち込んだ男が進み出る。


「奴隷ではない。恋人だ」


 なにやら代弁者の風で語り出す男。


「いや、違うでしょ」

「……バカは殴らないと分からないのか。彼女が何を言いたいのか、つまり――」

「よく居ますよね。

 バカは殴らなきゃ分からないとか横暴を吐くヤツ。それ、相手を理解させる説得力が無い、って自分の力量不足を自認してますからね」

「ッ……よく舌の回るガキだな」

「教師の台詞かよ、それ」


 胸ぐらを摑んで持ち上げられる。

 椅子が同時に立ち直り、正位置に戻った。

 至近距離に鼻息荒い男の顔面があり、俺は顔を顰めて正対するしかない。


 隣を斜視すると、依然として赤髪はうつむいていた。


「おい、後藤」

「……え?」

「言ってやれ、俺は縦ロールよりも話の下らない黒髪ヒロインが好きだと」

「……そんなのは……」

「諦めるのは自由だけど、こんな脅迫で通そうとするような女で良いのか?」


 赤髪の顔が悲壮に歪む。

 ギャルは顔に汗を滲ませながら、そちらを見遣った。そんな風になるなら最初からやめとけよ。


 暫く沈黙が続いた。

 俺を掴まえている男も、彼を注視している。

 夕日に照らされる室内、赤髪の足下の影が色濃くなった。


「お、俺は…………」


 赤髪の口が開く。

 そこに全員の意識が吸い寄せられて。


「俺は、何があっても綾辻が好きだ!!」


 彼の真意が、教室を震わせた。

 そして――。


「人の愛とは斯くも尊い。そう思わないかい、磯谷くん?」

「……何してんの」


 カメラを片手にして入口に立つ、綾辻が現れた。

次回へ続く。

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