表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

案外暇人?そうでもないのか。

大丈夫、修羅場ではないし、不吉なこともない。



「ナオくん」


 誰かの声がする。

 俺はいつの間にか眠っていたらしい。

 黒板には計算式の羅列が並べられている。数Bの時間だったらしく、俺はその開始時の記憶すら無い。

 突っ伏していた机から顔を上げると、下敷きになった現代文の教科書があった。

 差し込む日差しは、夕方に近づく色を見せており、五時限の終了を体に伝える。


 寝惚けてるな、何で寝てたんだっけ。

 疲れているのかもしれない。綾辻の下らない話の与える不思議な効果で、ここ最近は不眠の授業態勢だった。

 蓄積した物が許容量を超えて、とうとう倒れたのだろう。


「ナオくん、次は移動教室だぞ」


 そうか、移動教室か。

 そうなると、理科実験室に向かわねば。


「眠そうだね」

「ん、おう」


 寝起きだった意識が、ゆっくりと機能し始める。

 俺を呼ぶ声の主は、サイドテールの少女だった。円らな瞳が無邪気に俺の姿を映している。むしろ澄み渡っていて、俺の姿の所為で淀んでいると思えて罪悪感が湧く。

 これが目で殺す、本物の英雄か……。

 俺は曳斗(ひきだし)から物理の教科書とノートを引っ張り出し、五時限で活躍しなかった筆箱を乗せて抱える。

 授業開始前に俺を優しく起こしてくれた少女は、脇に自分用のそれらを抱えて並び歩く。


「随分なお(ねむ)さんだったけど」

「最近、疲れが溜まってたんだ。お前の友達のお蔭だな」

「マナちゃん、確かにナオくんに弾丸トークだもんね」


 そう言って彼女――進藤心音(しんどうここね)が微笑んだ。

 こいつは数少ない、というか綾辻や俺にとって唯一無二の女子友達。学年二位と称される美少女(真)、誰にでも馴れ馴れしいニックネームを付けることで有名。

 初対面で『ナオくん』と呼ばれて、思わず心臓が跳ねた。

 この距離感が判らない、いつの間にか懐を許してしまうことこそ、彼女の特性である。


 進藤と二人で廊下を歩く。

 そこでふと、違和感を抱いた。

 やけに静かだ……。


「あれ……綾辻は?」

「早退したよ。具合が悪いんだって」

「ふふ、俺を下らない話にいつも巻き込んだ事が祟ったんだ。ざまぁ見ろ!!」

「ナオくん、悪人面が悪鬼面になったよ」

「ごめんなさい、お母さんのお腹の中から出直して来ます」


 ちなみに、何気なく人の顔をディスる。

 だからなのか、一部の女子には滅法嫌われており、マニアックな趣味の男子に好評。

 綾辻は付き合いやすいと言っていたが、確かにクラスでは異端なのかもしれない。……俺は違うよ!?

 そう、完璧な美少女などいない。

 特に、こいつの欠点と言えば……――。


「なあ、進藤」

「なぁに?」

「なぜ腕を組んで歩く必要がある?」

「あったかいでしょ?」

「今夏なんだが」


 誰彼構わずくっ付くっ付けところだ。

 意図しているのか不明で、他の男子にも同様であり、むしろ女子に対してもこれだ。小さい頃からの癖らしく、俺が指摘しても改善されない。

 これが女子から更なる嫌悪感を掻き立て、男子を勘違いさせた挙げ句に死地へと誘う。

 女子の肢体とは、ただでさえ接触するだけで色香に頭がクラクラする。

 女性視点からだと気持ち悪いと一蹴されるが、男なんて大抵そんなものだ。

 加えて、進藤のモデル級にメリハリの付いた凶悪な体型が男を惑わせる。煩悩がわきすぎて、クラスから何人出家するか判らないレベルだ。


「頼む、離れてくれ」

「どうしようかな~?」

「わざとか?」

「そんなんじゃないよ。ナオくんだか――」

「進藤くん、何してるの?」


 別の声がして、俺たちは振り向く。

 廊下の後ろに、教科書を脇に抱えた綾辻が立っていた。髪を右肩に流しており、いつもと印象が違う。

 いや、印象を変えている一因はそこだけではない。どこか、彼女が怒っているような……?


 綾辻が歩み寄って来る。

 俺の方には目もくれず、進藤の腕を摑んで先へと進んで行く。


「油断す……君は……だね」

「そうだね~……休……協……中……ね?」


 遠ざかっていくので、何を話しているか判らない。

 てか、綾辻って早退したんじゃなかったっけ?




   ***********




 物理の授業を終え、遂に帰宅の時間がやってくる。理科実験室から戻り、帰り支度を済ませて鞄を担ぎ上げた。

 教室の入り口へと進もうとして、誰かが扉の影に隠れているのを見つける。小さく縮こまっており、覗き込まなければ分からない。

 直近まで寄って扉の後ろを見ると、そこにジャージ姿の阿久津美波がいた。


「おお、阿久津さん。どうした?」

「あ、えと……磯谷さん、実はさ……」

「んおう?」


 何だか顔色が悪いな。

 思わずオットセイみたいな声で返事してしまった。震えている彼女の様子からも、何やら尋常ではない事情、その深刻さが察せられる。

 俺が彼女の次の言葉を待っていると、意を決した阿久津さんが顔を上げた。


「実は、相談したい事が――」

「あれ、磯谷くん。私を置いて何処へ行くんだい?」

「ナオく~ん」


 阿久津さんの言葉を遮る形で、綾辻と進藤が声をかけてきた。

 空気読めや。


 揚々と近付いてくる綾辻。

 進藤がまた馴れ馴れしく俺の腕を取る。

 その時、阿久津さんの顔色がさらに悪くなった。顔から血の気が引いていく。扉から飛び退いて離れると、そのまま背を向けて走り出す。

 何だろう、怖がってる?

 明らかに進藤を見て反応変わったが。


「磯谷くん?」

「……進藤、阿久津さんと何かあった?」

「阿久津さん……たしか隣のクラスの、女子バスケットボール部の子?」

「知ってるのか」

「それだけ、なんだけど」


 そんなに知り合いという関係ではなさそうだ。

 あ、あれか。

 綾辻や進藤に聞かれると拙い話なのかもしれない。些か様子が大袈裟な気もするが、今度個別で話を伺うことにしよう。


「あ、そうだ磯谷くん、進藤くん」

「あ?」

「よかったら、二人とも今日は私の家で晩御飯を食べないかい?」

「ごめん、私は用事あるから先帰るね」


 進藤は俺たちから離れて、廊下を駆けていく。

 取り残された俺達が訝しむ間もなく、階段へと姿を消してしまった。用事、あいつに用事とかあるのか。

 一見して暇そうだが、もしかすると部活をやってるのかもしれない。

 毎回、食事に誘うとあいつは用事があると断る。


「仕方ない、今晩は二人で食べよう」

「前もそれだったけどな」





次回へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ