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ここは銭湯。この町では唯一の公衆の風呂場である。

アサクラはこのテルマエで身を清めるため、100円玉を握りしめていた。

素寒貧(すかんぴん)な財布から捻り出したこのお金。

限りある資金から浪費している。

銭湯に行かず節約した方がよいのかもしれないが、あまりに汚いと周囲に怪しまれるかもしれない、なにより垢だらけだと気持ちが悪い、といった理由で週に2回ほど、この風呂屋さんに通っていた。


「ばっちゃん、来たぞー。」

「はいはい、いらっしゃい。」

番頭のおばあちゃんが返事をかえした。

時々牛乳をアサクラに奢ってくれたりする、やさしいおばあちゃんだ。

警戒心の強いアサクラでもこのおばあちゃんの持つ安心感に絆されていた。

「今日もひとりなのかい。」

心配そうにこちらをみてくる。

アサクラは慌ててすぐに、今日も親の帰りが遅いから、と嘘をついた。

彼女は確かに人がいいのだが、心配のあまり相手に干渉しすぎてしまう癖がある。

おばあちゃんの小言を聞き流しながら、アサクラは「小遣い」をわたして風呂場へとむかった。


さて、当然ながら、これからアサクラは女湯に入る。

女の体であるアサクラはそれしか選択肢がないからだ。

しかし、敬愛なる男諸君たちが妄想する様な生娘がたくさん来る様な風呂場ではないことを理解してほしい。

こういった風呂場にはジジババ達ばかりが集まるのだ。

そしてその事はアサクラも重々承知である。

そもそも若い人達は銭湯にくることなどありえ___

「おとーさん、はやくはやくっ。」

___ないわけでもないらしい。

親子だろうか。元気な男の子とそれを追う長身の男性がいた。

親の方は以前のアサクラと同じくらいの歳である。

父親と、その息子は朗らかな様子で紺の暖簾(のれん)の中へと消えていった。

それは懐かしくて、ほろ苦い様な光景であった。


振り向いた。

そこにあるのはもう一つの暖簾。

もしかしたら、そう、もしかしたらである。

倫理的に本当はダメかもしれない、しかし個人的には全然アリなのだ。

アサクラは期待に胸を膨らます。

例えそれが荒野に実をならしたことのある一輪の花であっても、そこに極楽があることに変わりはない。

暖簾へと手を伸ばした。

その向こうにあるのは希望の光。

荒んだ心に潤いを与える、現代日本のオアシス。

いざ行かん、桃源郷へっ。


マルコポーロの言う、黄金の国ジパングなどあってないようなものだったのだ。

それが空言であることなど知っていたはずであったのに。

目の前に広がるのはくすんだものばかり。

かつては輝いていて、今は価値もない様なもの。

どうやらあの親子は2人で来たらしい。

アサクラは失望した。

そこにはババだらけの荒野が広がるばかりで、肥沃な大地などありもしなかった。


失望を感じた後、身体を洗うことにしたアサクラは持ってきた袋からタオルをとりだす。

もともと期待などしていなかったことだ、とアサクラは肩を落とした。

目の前に若々しい素肌が(よぎ)った。

咄嗟に顔をあげる。

そこには期待に満ちた目の、朱色に頰をそめた生娘がいた。

アサクラである。

アサクラは顔を(しか)めると、シャワーの水を鏡にかけた。

赤色のそいつが鏡から消えないことが余計にアサクラを苛立たせた。

ブクマありがとうごさいます。

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