続々・その「ヒール」と違いますがな。
何となく続きができてしまいました。
シリアス展開も浮かびつつ、それやっちゃうと長いし!と脳内で却下。
にもかかわらず、前の2作より長いという体たらくです。
「はいはい、あとちょっとだからねー」
背中に顔をスリスリこすりつける馬に声をかける。左の前足の関節が熱を持ち、ちょっと腫れていたが、手当て(文字通り)をすると、どちらも引いてきた。楽になったので甘えてきたようだ。愛いヤツ。
私こと、アイリーン・グレイス・ブルックハートは、第一王子との婚約が白紙となった後、希望通り我が家の領地で治癒力を磨くべく過ごしている。
今のところ、対象は9割方が家畜とか牧羊犬とか……とにかく、生き物。あとは子どもと女性。
患者というか患畜が大半というのは良いのだ。前世から含めて、生き物は大体、好きだし。家畜そのものは、ものすごく大事な財産だったりするのに、獣医師自体が人間の医師以上に少なく、その数少ない獣医師にお金を払って治療する余裕のある庶民なんて、更に少ない。
その点、私の場合は自分の能力の確認と向上が目的なので、基本的に無料。というか、寧ろ「治させて」とお願いしたいのである。だから、私自身が出向いて治療している。
初めは公爵家のお嬢様が!と恐れられたが、どうしても付いてくるという護衛に「尻尾おさえてー」とか「逃げたから捕まえてー」と手伝いを強制しつつ、家畜に砕けた言葉づかいで話しかけながら治療していたら、だんだん慣れてきてくれた。子どもにも同じ手法で懐かれて、動物&子ども限定で絶賛モテ期到来中である。
ついでに、領民の皆様の「貴族のお嬢様」のイメージをブチ壊している気もする。いやー、動物相手にネコかぶってられないからねー。護衛なんて、ウ(自粛)を浴びたり、蹴られたり、頭突きを食らわされたりで、誰が行くか毎回、押し付け合いになってるとか、手伝いながら遠い目になってるなんて気にしないもーん。
問題と言えなくもないのは、治した馬などが荷物運びなどの仕事中なのに、私を見つけると大喜びで寄ってきてしまうこと。飼い主さんにはホント、申し訳ない。わしゃわしゃと撫でて「お仕事しようね」と説得してるけど。
4カ月ほど続けてわかってきたのは、外傷はかすり傷やたんこぶ程度なら即行で治療できるけど、縫合や手術が必要なレベルの重傷は時間が掛かり過ぎて無理。私が縫合をできるようになれば、同時進行で軽傷化できそうな気はするけど、そもそも血なまぐさい状況には近づかせてもらえないので確認は困難。
内部疾患は患部が特定できれば、程度によるものの時間を掛ければ治せるみたい。結局、前世から得意だったツボ押しマッサージ&簡易整体が、最もチート化を実感できた。
うすうすは感じていたけど、やっぱりねーという感じである。これぞ「手当て」です。ハンドパワーです……と考えると頭の中で決まって流れるメロディがあるんだけど、マジックはできないってば。
◇
ちなみに、1カ月ほど前から孤児院の空き部屋を借りて寝泊まりしている。領主館から、あちこちに治療に通うのも、来てもらうのも大変なので住まわせてもらっている形。
もちろん、子どもたちの面倒を見る手伝いもする。身の回りのことは自分でやるので、侍女は連れていない。子どもたちの手前もあるけど、前世の記憶があるので問題なし。寧ろ、洗濯や料理、掃除もホイホイやって、子どもたちの面倒を見ているご夫婦には驚かれた(元兵士と奥さんで、自分たちの子どもが一人前になったので親との縁の薄い子どもたちの世話をしたいと来てくれた情に厚く、心優しいご夫婦だ)。
ちなみに、元兵士はジェフリーさん。ジェフ父さんと呼ばれている。奥さんはメリアンナさんで、メリ母さんだ。
そんなある日、私は孤児院から脱走した腕白坊主(もうすぐ3歳)を連れ戻していた。といっても、抱っこではない。ズボンの後ろのウエスト部分とシャツをまとめて掴む、ぶら下げ状態である。抱っこで暴れられると危ないが、これなら少々ジタバタされても逃がさないで済む。っていうか、暴れるのでぶら下げるしかなかったのだ。ぶら下げられたのが面白いのか、何とかおとなしくなったし。時々、ぶーんと振れば大喜びである。私は重いんだけどね! 内心、ひいひい言いながら歩いていると、前方に人影が現れた。
「アイリーン!?」
目を向けると、そこにいるのはリチャード第一王子。何故、ここに居る。というか、何しに来た。と思ったことはおくびにも出さず、ニコリとほほ笑む。
「お久しぶりでございます。ご無沙汰しておりました。こんな恰好ですので、きちんとご挨拶できず申し訳ございません」
「いや、それは……えー……その子は?」
「リーンねーちゃん、だれー? ねー、だれー?」
「あーばーれーなーいー!」
1回、ぶーんと振っておとなしくさせ、王子に「孤児院の脱走犯ですの」と簡単に説明し、その横をすり抜けて孤児院へと急ぐ。そろそろ腕も限界。明日は絶対、筋肉痛だ。うー…翌日に出る若さを喜ぶべきか。
私の必死さが伝わったのか、王子がくつくつ笑いながら「代わろう」と言ってきたが、謹んでお断りする。が、ひょいっと抱き取られてしまった。ちびさんは王子に肩車をしてもらってゴキゲンである。
はしゃぐちびさんを見ながら「やれやれ」と思っていたら、「イタッ!」と声が聞こえた。ちびさんが、王子の髪の毛を思いっきり引っ張ったようだ。うふん。今の私はチョイ悪な笑顔をしていると思う。が、それはそれ。顔を引き締めて。
「ジェム、言わなきゃいけないことあるわね」
「……」
「ちゃんとできないなら、もう『ぶーん』はしないし、ジェフ父さんにもお話しするからね」
「……ゴメンナサイ」
「ジェム」
「モウシマセン」
「ああ、大丈夫だよ。気にしなくていい」
と、王子が私の方に視線を向けた。
「なかなか厳しいな」
「その時に叱らないと遅いんですの。それに、きちんと謝れない人間になったら、この子自身が困ります」
アンタは結局、謝罪してないよな!という皮肉は込めていません。込めていないと思います。……込めていないはず。多分。
「うん……そうだな」
あ、王子が神妙な顔をしている。でも、気にしないでおこう。うん、気にしたら負けな気がする。何となく。
その後は、何を話すということもなく孤児院に戻った。入り口の前には王子の護衛たちが所在無げに佇んでいたが、王子の姿を見て姿勢を正し……たと思ったら、ポカンとしている。そんなに肩車はイレギュラーなのか。
「リチャード様、ジェムを」
「えーやだー」
「やだじゃないでしょ。肩車はおしまい」
「ごめんな」
王子が降ろしたちびさんを抱き取っていると、メリ母さんが出てきたので渡す。ちびさんは、ちょっとぐずっていたが、メリ母さんに「めっ」とされておとなしく孤児院の中へ。私も付いていきたかったけど、そうもいかず、「さて」とつぶやいて王子の方へ振り向く。王子の護衛たちとの距離は、普通に話している分には声は聞こえないだろうというぐらい。
「リチャード様、今回の急なお越しはどういったご用件でしょう」
「アイリーンが修道院に入ったという話が届いて、連れ戻せと母上に追い出された」
「は? 入っておりませんけど」
「うん、修道院の件は、先に領主館で聞いてわかった」
「どうして、そんな誤解が……」
「単に、母上が俺をここに来させる口実に使ったんだろうな」
「あ~……はぁ」
王妃様の私びいきは昔からだけど、どうしてそこまで……と思わないでもない。
「それに、アイリーンには直接、謝罪してなかったのも事実だ」
うあああああ、さっきのやっぱり伝わっちゃった!?
「済んだことだと思いますけれど」
極力、クールに見えるようにツンと横を向く。
「……済んでない。悪かった、アイリーン。申し訳ないことをした」
本気で謝ってる。それが伝わってきた。
「…………不可抗力もあったと思いますから」
断言はできないが、ゲーム補正というか、マクブライト嬢の力の影響はあったんだろうと思う。
「気づいていたのか?」
「……何となくですが。わたくしの力とは、全く種類はちがいますけれど、そういう力もあるのかと」
用意した私を弾劾する証拠と言われるものがお粗末すぎる代物で、ちょっと突けばボロボロだった。それを得々と差し出した宰相の息子も、あんなおバカじゃなかったはずなのだ。
「リチャード様だけではありませんでしたでしょう?」
「言い訳にはできないが、そう言われると少し気が楽になる」
「ですから、済んだことにしてくださいませ」
話も済んだという素振りで、離れようとすると呼び止められた。
「王都には、まだ戻らないのか?」
そういや、王妃様から連れ戻せと言われたとか言ってたっけ。
「はい、まだ治療中の方が居ますし」
「だったら、何日か様子を見せてもらっても良いか」
「は!?」
アンタは公務で忙しいんじゃないんかい!と思ったが、王妃様から追い出されたので、数日程度は居ても問題ないらしい。婚約白紙は公になってないので、問答無用で帰れとは言いにくい。
……だったら、手伝ってもらおうか。家畜の治療の時、護衛の代わりに。
ということで。
「何で俺が牛のしっぽを押さえないといけないんだ!」
「様子を見たいっておっしゃったからですわ。ただ見るより、実際に係わった方が実感できますでしょ」
「そう言うが、昨日はヤギに頭突きされたぞ!」
「油断大敵ですわね」
「少しは同情してくれないか」
「みんな通ってきた道ですの」
「アイリーンもか?」
「わたくしは別です」
「何でだ!」
「……人徳の差?」
「それ、絶対違うだろ!? はぁ……昔はあんなにかわいかったのに」
「人間、誰しも成長するものですわ」
結局、護衛たちの生温かい視線と、領民の皆様の微笑ましいものを見るような視線を浴びながら、こんなやり取りを1週間ほど続けて王子は王都へ。そして、なぜか「また来るからな!」と言い残していった。
婚約者(仮)というより幼馴染といった風情に。
主人公、決して王子がキライではないのです。