9.イチゴのデザート
よほど自信があったのか私達の反応に驚いている副会長を尻目に、残ったコーヒーをグイッと飲みきる。
少し時間はかかったがこれで退席しても良いだろう。
周りの視線が痛いテーブルもこれで終了。副会長が私に関わる理由も無くなったし、明日からはグレンさえ気を付けていれば問題ない。
空になったカップをソーサーに戻し、未だに話をしている2人を置いて立ち上がろうした、ところで、
「やぁ、楽しそうだね。僕も同席して良いかな?」
「……!?」
「ウィリアム様!」
「ん?王子?」
爽やかな王子が登場してしまった。
「何で王子が?ピンクの知り合いか?」
「…いえ、違います」
「学食に来られるなんて珍しいですね」
戸惑いながらも副会長がサッと席を空けた。一応こちら側が上座になるのだろう。
慌てて私も席から立ち上がろうとするが、肩に手を置かれそのまま座らされた。
「畏まらなくても良いよ。でもせっかくだからこの席は譲って貰おうかな」
そう言って私の隣に腰を下ろす王子。
お昼休憩が残り僅かだからか、今日は周りを囲む令嬢方は居なかった。
「クリステラが話してるのが見えたから来てみたんだ」
「「クリステラ…」」
さらっと王子に名前を暴露され、2人の視線が私に降り注ぐ。思わず顔を背けてしまった。
「へ~、ピンクでもニャンゴロウでも無かったんだな」
そのニヤニヤ笑いを止めて欲しい。
「何だい?そのピンクとかニャン…何とかって」
王子の当然の疑問に、向かいの席に座った副会長が先ほどのやり取りを伝える。話を聞いた王子は面白そうに目を細めた。
「愛称、いいね。僕もつけようかな」
そう言って私の方に向き直り顔をじっと見つめてきた。海の様に深い青の瞳に私の姿が反射する。
その間、私は壁際にある大時計を見ながら、早くベルが鳴らないかと一心に祈っていたのだけれど。
「…クリステラは綺麗な髪だね」
ゆったりとした動作で私の髪に触れる王子。愛称の話はどうした。
グレンも副会長も少しばかり驚いた様な表情でこちらを見ていた。
――あぁ、この方が王族で無ければ、貴族で無ければ、いっそ変質者であったなら、その手を直ぐさま叩き落とし逃げる事が出来るのに。
これは夜ご飯も魚だな、と現実逃避していると、髪から手を離した王子がニッコリと口を開いた。
「スイートストロベリーかな」
「「「………」」」
………スイートストロベリーとは。
苺の品種の話だろうか。苺の話なんてしていただろうか。
誰も反応が出来なかったけれど、聞き返さなかっただけでも褒めてもらいたいくらいだ。
「どうだい?甘いイチゴみたいに可愛い髪色をしてるだろう?」
「え、えぇ…まぁ…」
「い、イチゴ…」
王子相手だからか下手に言い返さない男2人。
口の中でごにょごにょ言ってますけど、貴方達も似たようなセンスですよ。
「ピンク」に、「ニャンゴロウ」に、そして「スイートストロベリー」だなんて…
「…ッ、ふふ…!」
「「「!」」」
3つ並べた時の攻撃力が半端なくて、つい笑ってしまった。
笑いが止まらず口を押さえて肩を震わすと、注目する3人の目は揃って真ん丸になっている。
「おいおい…」
「…大丈夫か…?」
「クリステラ……いや、スイートストロベリー?」
「ふぅッ!!くっ……!!」
何故言い直した。止めてくれ。真面目な顔でその愛称で呼ばないでくれ。
落ち着きかけた笑いの波に再度襲われ、目じりに涙が浮かぶ。
しばらく口とお腹に手を当てて笑いを押さえ込んだ後、大きく息を吐いて目元をぬぐった。
「………」
「………」
「………」
………あぁ、顔を…あげたくない。3人の沈黙が重い。
何て事をしてしまったのだろう、王子を笑い飛ばすなんて不敬極まりない。
「………大変……失礼を致しました…!!」
そう言って恐る恐る顔をあげると、
グレンは小さく笑いながら顔を逸らして、
副会長は口を開けたまま変な顔で固まり、
王子はキョトンとした後、にっこりとロイヤルスマイルを向けてきた。
「君があんなに楽しそうに笑うなんて、愛称が気に入って貰えて良かったよ」
「う……えぇ…まぁ…」
喜んだ訳でも気に入った訳でも無いのだけれど否定するわけにもいかず、未だにそっぽ向いて肩を震わせるグレンを横目で見ながら曖昧に頷く。
その内に予鈴が鳴り、逃げるようにしてその場を後にしたのだった。