8.コーヒータイム
「……猫が、いたんだ」
強制参加の副会長の話は、全く要領を得ない始まりだった。
何故か話に参加しているグレンも首を傾げてる。
出来れば私だけに伝わる様にしたいのだろう、副会長は言葉選びに悩みながらポツリポツリと話を続けた。
「猫が木の上にいて…降りれなくなっていたんだ。だから、その…」
止むを得ず木に登っただけだ、と言いたいのだろう。言葉にするのは抵抗があったのか、わかってくれと言いたげな視線で訴えかけてくる。
「そうですか…」
「何の話なんだ?」
「…こちらの話だ。気にするな」
あの時は副会長の存在感が強すぎて気づかなかったけど、猫が木に居たのか。
生徒会のメンバーの1人が、木登りを楽しむ奇人でなくて少しホッとした。
それにしても、木の上の猫を助けるなんてまるでクリスの物語の様な……
『危ないじゃないか!怪我をしたらどうするんだ』
「え…?」
室内に居るというのに柔らかな風が頬を撫でる様な感覚を受けた。
食堂のざわめきが一気に遠のき、一瞬で他の場所へ飛ばされたかのような感覚に陥る。
『ごめんなさい。助けなきゃって思ったら体が勝手に動いてしまって…』
「………??」
頭に浮かぶ、この鮮明な映像は一体何だろう。
中庭の木の前に立つ副会長と、芝生に座って猫を抱きかかえる私……いや、違う。よく似てるけれど私ではない。
『助けて下さってありがとうございます。私は新入生のクリステラと申します』
『…私は生徒会副会長のセイジだ。以後、学園の生徒として責任ある行動をする様に!』
きつく言われてクリステラは困った様に微笑む。こんな笑い方は私には出来ない。これはクリスだ。
どういう事だろう。猫という言葉だけでここまでイメージしてしまうなんて、私はこんなに想像力豊かだったのか。
「――…ンク?おい、どうした?ボーッとして」
グレンの声にハッと意識を戻す。喧騒が一気に耳に戻ってきた。
下がり気味だった視線をあげるとグレンは不思議そうに、副会長は心配そうにこちらを見ている。
「…なんでも、ありません……。
…いえ、そういう理由でしたら…納得しました。他言はしませんのでご安心ください」
「そ、そうか」
私の言葉に副会長の表情が明るくなる。
きっと副会長は、木登りを趣味とする変人だと言いふらされない様に、私を探していたのだろう。
悲しいかな噂する様な間柄の人間も居ないのだけど。
なので誰にも話しませんと断言してしまえば、副会長が私に関わる理由はもう無いだろう。
「…分かってもらえて良かった…」
肩の荷が下りたと言わんばかりに副会長は小さく溜息をついた。そして乾いた口を潤す様にコーヒーを飲み……、何故コーヒーがある?
気づいたら私の目の前にもカップが置いてあった。
「話が長くなるかと思って買っといたぜ!」
なんて余計な事を。良い笑顔でサムズアップするな。
このままスムーズにご退席頂きたいのに、グレン主催の食後のコーヒータイムに突入してしまった。
コーヒーを悲しい顔で見つめる私を置いて2人は話し始める。
「…ピンク、というのは彼女の名前か?」
「いや、こいつが名乗らねぇから勝手にそう呼んでるだけ」
「名乗らない?」
不思議そうに繰り返して、少し考えて私に向き直る副会長。
「……私は2年のセイジだ」
「……どうも」
「………」
「………」
「ダメだな、副会長でも名乗り返さねぇ」
呆れるグレンに、先程とは違った意味で心配そうに見てくる副会長。
「余程礼儀に欠けているのか、余程恥ずかしい名前なのか、それとも何か精神的外傷を抱えて…」
そういった考察はもう少し声を抑えて言って頂きたい。私が言えた義理では無いけれど失礼だ。
「まさか本名がピンク…?」
「違います…っ!」
「名前言わねぇと好きな様に呼ぶぞ、なぁ副会長」
「そうするしか無いようだな」
呼ばない、関わらないという選択肢は無いのだろうか。
グレンに同意するように副会長も頷く。
「ほら、副会長もテキトーにあだ名決めてやれよ」
「あだ名か…ふむ…」
考え込んでしまった副会長を置いて、グレンは未だに名前を教えろとせがんでくる。
それを聞き流しながらコーヒーを啜っていると、思い付いたのか副会長が勢い良く頭を上げた。
「お、決まったか?」
「あぁ、ニャンゴロウはどうだ?」
「………」
「………」
ピンクがまともに感じてくる。
グレンの「ダセェ…」という呟きに大いに同意したい。