6.噂は当てにならない
廊下を歩いていると、周りの人のヒソヒソと話す小声が背中に突き刺さる。
内容は断片的にしか聞こえないけれど、間違いなく「あの人がウィル様の婚約者候補なのかしら?」というものだ。
いいえ違います、と声を大にして言いたい。
けれど面と向かって言われている訳でも無いのに否定するのも可笑しな話だ。
どうせすぐに他の方が候補だと騒がれて、私の噂など消えてしまうだろう。それまではより地味に、騒ぎを避けて生きていくのが私にとっての正解だろう。
しばらくの我慢だ、と視線を落とし歩いていると左肩を後ろからグッと掴まれた。
「…?」
またルカだろうか。失礼な態度に眉間に皺を寄せながら振り返ると…
「…やっと見つけた」
「ひぃっ…!」
こちらを睨みつける副会長の姿があった。
私の姿を見つけて走って来たのか、少し息が上がっていた。
思わず出てしまった私の小さな悲鳴に、怯えたと勘違いしたのか「失礼」と一言告げ、手を離し目力を緩めてくれたが、悲鳴をあげた理由はそこでは無い。むしろ「うげっ」と言いたかった。
副会長という目立つポジションの時点で関わる気はゼロなのだけれど、追加で奇行を目撃してしまったのだからトータルでマイナスである。
全く関わりたく無い人が目の前に現れたのだ、悲鳴くらいあげてしまっても仕方ないだろう。
さらに場所が廊下なので人の往来が多々ある。
そこで“噂の婚約者候補(仮)”と“生徒憧れの生徒会副会長”が何かを話そうとしているのだ。
無遠慮に集まる視線に、またしても面倒事が起こる気配が湧いてくる。
「君に話があって探していたんだが…」
そこまで言って副会長も周りの視線が気になるのか言葉を止めた。
眉間に皺を寄せて少し考えた後に、私にだけ聞こえる声で囁いた。
「…放課後に生徒会室に来てくれ」
「……」
言うだけ言って私の返事を待たずに去って行ってしまった。
その背中を見ながら小さく溜息を吐く。
呼び出されて行われるのは、あの時の弁解なのか口止めなのか、はたまた口封じか…。
どちらにしても良い予感はしないけれど、私の心は既に決まっている。
私は、行かない。
◇
放課後になり、脇目も振らず寮へと足を進める。無論、生徒会室などへは行く訳が無い。むしろ場所さえ知らない。調べてもない。
副会長と会ったのは廊下だった、という事はクラスまではバレていないのだと楽観的に判断する。
ならば隠れて過ごせば今後は見つからないのでは…。そう、地味に。
と、そこまで考えた所で、後方から大声で呼び止められた。
「おい!そこの…頭がピンクの………ステラクッキーの奴ーーー!!」
思わず転けそうになり何とか踏ん張る。
流石に無視する事が出来ずに振り返ると、周りの生徒達も目をパチクリさせていた。
そして全員が、そこに居る人の中で、1番髪色がピンクに近い私に注目して「呼ばれてますよ」と言わんばかりの視線を投げかけてきた。
そんな事お構い無しに、大声を出していた人物……あの時の不良生徒は走って私の傍に来て、背中を盛大に叩く。
「クッキー美味かったぜ!」
とキラキラ輝くやんちゃな笑顔に、私は噎せながら心挫けるのだった。
こうして私の噂は
「王子の婚約者候補である」
というガセネタに、
「生徒会と関わりがある」
「不良生徒と仲が良い」
というガセ2つが加わってしまった。