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5.波乱の挨拶

「同じクラスのクリステラ様は物静かな方ですのね」

「あまり派手な事は苦手だとか…」

「一度話をしてみたいのだけど、何だか話しかけにくいのよね」


同じクラスの方々から、私が“地味”だと評価され始めた頃。



「やぁ、おはよう」

「…ッ!!?」


何故か例の王子に挨拶をされた。


廊下で(つど)っている横を、いつもの様に大きく避けて通り過ぎようとしただけだ。

視線が合った訳でもはないのに、輪から抜けた王子が爽やかに駆け寄って来た。


王子の周りを囲んでいた令嬢方は、少し遠巻きにこちらを眺めている。


「……お、おはようございます…」

「今日は良い天気だね。久々に乗馬がしたくなるよ」

「…そう、ですか…。いえ、そうですね…」


この学園で最も避けたい相手だけれど、最も蔑ろにしてはいけない相手だ。

口元を痙攣(ひきつ)らせながら何とか言葉を絞り出す。


そんな私を見て何を思ったのか、傷1つ無い綺麗な手がエスコートをする様に私の手をとった。

令嬢方から小さなざわめきが立ったけれど、私は目をパチクリさせる事しか出来ない。


「…すまない、まだ名乗っていなかったね。

僕はウィリアム。ウィルと呼んでくれ」

「………」


改めて言われなくても知っている。むしろこの学園内に知らない人はいないのではないだろうか。

知っている上で避ける私の様な人はいるかもしれないけれど。


しかし名乗られたという事は、礼儀として私も返さなければならない。

王子に先に名乗らせた時点で無礼だとは思うけれど、無礼ついでに、個人情報なので教えませんとかで納得してくれないだろうか。


「良ければ君の名前を教えてもらえないだろうか」


納得してくれないらしい。

仕方がないので片足を下げ礼のポーズをとった。


「…失礼致しました、クリステラ・カインと申します」


そう名前を告げると王子は少し考える様な仕草を見せた。貴族とは言え男爵位なので何処の家の者なのか分からないのだろう。


それはさておき、王子が考え込んだ今が退席のチャンスなのではないだろうか。


私は、沈黙が流れたその一瞬を逃さず、


「そ…」

「ウィル様、そろそろお時間ですわ」

「教室へ向かいましょう」

「授業に遅れてしまいますわ」


…隙を逃さなかったのは令嬢方だった。


声を掛けられ意識を戻した王子は令嬢方に返事をした後、何故か私の髪をひと(すく)いして、


「クリステラ、今度は時間がある時にゆっくり話をしよう」


と一方的に約束を取り付けて去って行った。



「気配を、消す、方法…」

「そんな物騒なテーマの本はここには無いわよ」


本棚の前で唸る私をチラと一瞥した後、ルカはポットを火から外しながら背中で答える。

コポコポという音と共にコーヒーの香ばしい香りが相談室に広がった。


「…図書室になら…?」

「多分無いわよ」

「……では、どうすれば…」

「どうせ王子の事でしょ?噂になってたわよ~。今度ゆっくりお話、ですって?」


そう面白げに笑うルカを尻目に、私はソファに座って溜まった息を吐き出す。

この男は相談役という立場でありながら、この状況を楽しんでいるのか。


「ただの社交辞令です」


そのうち噂も消えるだろうと言うと、ルカは苦笑しながらコーヒーを私の前に置いた。


「まぁ、そうだと良いんだけどね~」

「…どういう意味ですか?」


意味深な声色のルカを見つめていると、知らないの?と視線で返された。


「第2王子は恋愛結婚が許されてるじゃない。だから在学中に生徒の中から婚約者を選ぶ、って有名な話よ?」

「………は?」

「だから女子生徒は大半がギラギラしてるんじゃない」

「…え?……は…え?」

「え、もしかして全然知らなかったの?」


全く知らない。王子が恋愛結婚しようと在学中に婚約者を選ぼうと、私には全く関係無い話だと思っていたから。


しかし、その前提があるのであれば今回の声掛けはイメージが変わってきてしまう。


王子の思惑はともかく、周りは“声を掛けられた事”と“王子が婚約者を探している事”を結びつけるだろう。


それはつまり、今までと違う視線で見られるという事で―――




「クリステラ様はウィル様とお知り合いでしたのね」

「今朝も親しげにお話されていたそうですわ」

「どの様なご関係なのかしら」

「もしかして…婚約者候補なのでは…」


その日の内に、その様な噂が流れ始めてしまったのだった。


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