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3.相談役の城

怪しげな人物に案内された部屋。御香が焚かれているのか、柔らかな木の匂いが広がっていた。


男性の言う「城」には、豪華では無いけれど座り心地が良さそうなソファと小さな木の机、多種多様な本が並べられた本棚、種類の異なる数個の観葉植物。


そして学園の中だと言うのに小さな調理スペースがあり、少し離れた衝立の向こうにはベッドが2つあるのが見えた。


「ここは…」


窓にはカーテンが下げられ、外からの光が柔らかく遮られている代わりにオレンジ色の間接照明が灯り、昼前の校内だと言うのに落ち着きある雰囲気を醸し出している。


「じゃーん。ここがアタシの城よ」

「……校医、ですか?」

「そんな仰々しいもんじゃないわ。生徒の相談役みたいなもんよ」

「相談って…」


こんな怪しい男に何を相談するのだろう。胡散臭そうに見つめていると、私の心を見透かしたのか長い指で鼻頭を突かれた。


「お堅いガチガチ人間より、アタシみたいに軽やかな人間の方が気軽に相談出来るでしょ?

ま、アタシも任期1年目だし勝手が分からないけど、何とかなるわよ」


そう言って男性は胸を張る。

確かに私の様な口下手とも話が出来るのは正直すごいと思う。コミュニケーション能力の高さは相談役として納得がいく。


私もこの半分…いや3分の1くらいコミュニケーション能力があれば、入学1日目から憂鬱にならずに済むというのに。


「……はぁ…」

「…なによ。急に落ち込んだわね。どうしたの?」

「いえ…何でも…」

「………」


私の言葉に何か言いたそうな様子だったけれど、壁に掛けられている時計がカチリと時を刻み、男性の視線はそちらに移った。


「…そろそろホームルーム始まるわね」

「あ…」

「アンタ名前は?」


そう問われて少し考える。

未だに胡散臭さはあるものの、学園に雇われているなら変な人物ではないのだろう。


「クリステラ…カインと、申します」

「堅い言葉使わなくて良いわよ。クリステラね、クリスって呼んで良いかしら?」

「っ……」


突然の愛称に言葉が詰まる。

その様子で何か気づいたのか男性は細めの眉毛をあげた。


「……じゃステラ?」

「…それで、良いです」


それで良いというか、そちらの方が良い。

明るいあの少女と同じ愛称で呼ばれるなんて身の程知らずもいいところだ。


「そう、ステラ。アタシはルカよ。

またいつでも来なさい、何も無くてもね」


男性の明るい言葉に小さく頷き、部屋を出た。

扉を閉めると『相談室』と書いてあるプレートがゆらゆら揺れている。


――私が教室に行きたくない事に気づいたのだろうか?


男性…ルカの先程の言動を振り返り、少し考え首を振る。


ふぅと息を1つ吐き、胸元のリボンを揺らしながら教室へと足を向けた。



ホームルームが終わりすぐに教室を出た。もう無理だ。他の人に話しかけられる前に、早く寮に戻りたい。


今日は昼までなので、生徒達は昼食の為に食堂に行くだろうけど、私は侍女に頼んで部屋へ軽食を持って来てもらおう。それと大好物のステラクッキーを食べて自分を励まそう。


そう決めて食堂へ向かう人の流れに逆らう様に廊下を歩く。


途中で例の王子とそれを囲む令嬢方と遭遇したので、朝の様に大きく避けた。


その不審な動きに気づいたのか王子がこちらに視線を向けたので、淑女らしからぬ速度で急いでその場を後にしてしまったのは許して欲しい。



外に出て辺りに人影がなくなった頃に、壁に手をついて早くなった呼吸を整える。


慣れない早足をして疲れてしまった。とは言え、お陰で誰にも話しかけられずに校舎の外れまで来れ…


「…ん?」

「……!!」


校舎の陰から新たな男子生徒。

短めの灰髪を後ろに撫で付けたワイルドな出で立ちの男子生徒は、眉間に皺を寄せたまま、眼光鋭くこちらを睨んでいる。


恐いのでそんなに睨まないで欲しい。何も失礼な事はしてないと思うのだけど、思わず体が縮こまってしまう。

よく見ると男子生徒の制服は乱れ汚れており、口の端を怪我して血が滲んでいた。


「…何見てんだ」

「っ…」


凄む様な低い声に体が固まる。

この様な場面ではどう振る舞えば良いのだろう。


心のままに叫びながら逃げ出したい位なのだけど、きっとそうすると怒られるだろうし、令嬢としてもアウトな気はしている。


ならばどうするか、と視線を足元に落とした時にある事を思い出した。


そうだ、確かクリスもこの様な男子生徒に遭遇した事があった。その時クリスはハンカチを差し出し、何も聞かずに立ち去った筈だ。


現実で考えると随分と気障(キザ)な気もするけれど、それが一番穏便に済ませられる方法だろうか。


クリスを真似するのは気が引けたが、サッとポケットに手を入れ…


「…こ、これ…良かったら使っ……ん!?」


ハンカチを差し出したつもりが、私の手には別の物が乗っかっている。それは個別包装されたクッキー。

そう、隠し持っていたステラクッキーだった。


「は…?」


男子生徒の乾いた声。残念だけど同意だ。

彼は怪訝そうな顔をしているけれど、引っ込める事が出来ずに固まる私の手。


今さら間違えましたとハンカチを出し直せば良いのだろうか。いや、もう手遅れな気はする。

ならばこのままクッキーを差し出し続けるしか道は無いのだろうか。それもどうなんだ。


「………」


私の葛藤が通じたのか男子生徒は無言でクッキーを受け取ってくれた。


男子生徒がパッケージを見つめてる間に、私は背中を向けて走って逃げる。


呼び止める声が聞こえたけれど今度こそ無視をした。

もう誰にも関わりたくない。


今日はとにかく疲れた。


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