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2.私は何も見ていない

厳かな入学式を終え教室へと向かう。

後は各教室でホームルームが行われ、午前中で解散となる予定だ。


優雅に移動する人集りを避け、私は殆どの生徒が居なくなってから移動する事にした。


腕時計を確認して足の進みを緩める。ホームルームが始まるまでは時間に余裕があるのでゆっくり行っても間に合うだろう。


逆に早々に教室に着いたところで同級生と会話をする羽目になるので、何処かで時間を潰して滑り込みで行きたいくらいだ。


そう考えて皆が向かっている道とは違う方向へ足を向けた。



学園には数カ所の中庭があるらしい。

私が辿り着いた中庭には古雅な石畳の舗装と、それを囲う生き生きと輝く草木、そして座り心地の良さそうなベンチが設置されていた。


華美な装飾は無いが落ち着ける雰囲気で私にしっくり合う。

人影も無いので、ここならゆっくり出来そうだとベンチに腰を下ろす事にした。



風にそよそよ揺れる花を見ながら、クリスの物語を思い出す。


――入学式の後クリスも中庭を訪れていた。そこで木の上から降りられない子猫を見つけ、登って助けようとする。


しかし自身も降りられなくなり、木から落ちそうなところで男子生徒に助けられるというストーリーだ。



…何故クリスは木登りをしてまで助けようとしたのだろう?仮にもここは王立学園でクリスは貴族の娘で、しかもスカートを履いているというのに。見る人が見れば卒倒してしまうのではないだろうか。


最初から他の人に任せれば良いと思ってしまう私は、やはり「クリス」ではなく「ステラ」なのだろう。


その行動は私には理解出来ないけれど、物語の主人公らしいと言えば主人公らしい。

転けたり落ちたり、入学1日目から激しい子だ。



ふぅと小さく息を吐いた後、再び腕時計を見つめフリータイムの残りを計算する。私の教室は東館2階だから後15分は居ても問題ないだろう。


背もたれに寄っ掛かりググッと伸びをする。通常ならば淑女がこの様な姿を見せてはいけないけれど、これから始まる窮屈な生活を考えたら伸びの1つくらいさせて欲しい。


思い切り体を伸ばした後にそのまま頭を後ろに倒す。入学式を祝う様な素晴らしい青空が目一杯に広がった。


そして視界の端には艶々の緑の葉と…


「……………」

「……………」


…無言で木にしがみ付く青髪の男子生徒。


入学式で生徒会副会長だと紹介されていた気がする。先ほどはピシっと身だしなみを整えていたけれど、今は眼鏡が少しずれていた。

しかし気にすべきところはそこでは無い。


相手を刺激しないようにそっと立ち上がり、そのまま背後を見ることなくゆっくりと歩き出す。


――関わりたくない。うん、関わってはいけない。私は、何も、見ていない。


そう心の中で呪文のように呟く。


後方やや上部から「待て」とか「違うんだ」とか焦った様な声が聞こえてくるが、空耳だろう。


私の足は止まらずに真っ直ぐ校舎へと動いて行った。



校舎の中をうろうろ彷徨いながら私は表情を曇らせた。

ホームルームまではまだ時間がある。まだ教室には向かいたくないのだ。


もう少し時間ギリギリにスケジュールを組んでくれたらこんな苦労しなくても済むのだけど…。


階段を下りしばらく歩いた後、中庭が見える窓の前で止まった。


窓を開ければ良い風が入ってくるだろう。そっと窓枠に触れたところで、外に先程の副会長が歩いているのが見え、思わずその場にしゃがみ隠れた。


目撃者である私を探しているのだろうか、副会長は辺りを見渡している様子で…


「―――パンツ見えるわよ?」

「ひゃッ!!?」


窓の外に気を取られていて側に居る人物に気づかなかった。


思わず変な声を出した口を押さえ顔を上げると、白衣を着た丸眼鏡の男性が立っている。

目が合うとヘラっと笑ったので、視線を逸らして上がりかけていたスカートを直した。


下着は…きっと見えては無いだろう。しかし挙動不審な所は見られてしまっている。早々に退散するのが一番だろう。


チラリと窓の外を確認すると、すでに人影は無くなっていた。


他に乱れた所はないだろうか、さっと身嗜みを整えて軽く会釈し、背中を向けようとして、


「待ちなさい」

「っ!」


男性に手を掴まれた。突然の事に驚き、息が小さく漏れる。

その様子に気付いたのか男性はすぐに手を離した。


「あら、ごめんなさいね。驚かすつもりじゃなかったんだけど、ついうっかり」

「……いえ…」

「それはそうと、アンタ暇なんでしょ?私の城に案内してあげるわ」

「……し、城…?」


恐る恐る顔を見ると、男性の緑色の目が面白そうに細まった。


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