18.責任の取り方
―――…私が、貴方と関わりたく無いからです。
「………」
「………」
……言ってしまった。ここまで言うつもりはなかったのに、ついうっかり口が滑ったのだ。
もっと上手な言い方があっただろうに、バカ正直に言ってしまうなんて救いようが無い。
対する王子は暫し驚いた表情をしていたけれど、今は口を手で押え黙ったまま下を向いている。
表情は見えないけれど怒っているのだろう。きっと私への処分を考えているに違いない。
すみません、お父様。きっと家にも迷惑をかけてしまうでしょう。
自分1人の責任では済まない事もあるんだぞ、と副会長の言葉を思い出す。
……受け入れてはもらえないと思うけれど、せめて謝罪はしよう。
「……あ、あの、私…とんだご無礼を…」
「ふっ…ははっははははっ!」
「え!?」
顔をあげた王子は盛大に笑っていた。何故この場面で爆笑…!?まさか衝撃が強すぎて壊れてしまったのだろうか。
不安に思っていると、少し落ち着きを取り戻した王子が目じりの涙を拭いながら、こちらに顔を向けた。
「あぁ…ごめんね。こんなにハッキリと言われるとは思わなかったから…。しかもすごい勢いで…フフ」
「う…」
「…う~ん、そっかー…僕と関わりたくないかぁ…。あぁ、前にも興味ないって言われたなぁ」
「か、重ね重ね申し訳御座いません!!」
勢い良く頭を下げると、肩から流れてきたストロベリーブロンドで視界がいっぱいになる。
「……でも僕の杞憂でよかった」
「……?」
杞憂?何の事だろう。頭を下げたまま王子の言葉の意味を考えていたら、肩に手を添えられ体を起こされた。
「顔をあげて」
耳のすぐ近くで囁かれた言葉。顔をあげるとダンスでもするかのような距離に王子がいる。
王子は穏やかな表情をしていた。
「どうして僕と関わりたくないの?」
「そ……それは…」
言っていいのだろうか。地味に過ごせとお父様から言われている、と。
しかし上手く説明が出来なければ、家が王子を避けろと指示したと誤解されかねないのではないだろうか。
口下手な私には非常に難易度が高い。
なんとか穏便に言えないだろうか。頭をフル回転させる。
「……あの……ええと…。
わ…私の浅はかな言動で、王…ウィリアム様のご気分を害してしまうからです…」
「………」
意を決して伝えてはみたものの、王子の顔からスッと笑顔が消えた。
もしや怒らせてしまったのだろうか。流れる沈黙に僅かに恐怖を感じ始めた頃、肩に添えられていた手が私の顔の前に…
むに
「ひぅ!?」
「ウィルと呼んでって言ってるだろう」
鼻をつままれた。
思わず変な声を出すと、王子は…ウィル様は悪戯っぽく笑って手を離した。
「ウィリアムって呼んだら、またするよ」
呼び方に対して怒っていたのか、鼻を押える私に「いいね?」と念をおすウィル様。全く良くないのだけど頷くしかなかった。
「…それで、何だっけ?」
「………私が、ウィル様のご気分を害するから、です…」
「うーん…害するから関わらない、か…。避けられるのも傷つくんだけどなぁ」
「う……」
確かにもっともな意見だ。私はどうあっても失礼な存在なのか。関わる、避けるという概念の無い小石の様になれないだろか。
そんな事を考えていると、ウィル様は手をひらひら振ってみせた。
「まぁいいや。君の言い分はわかったよ」
「ほ、本当ですか…」
「…理由はそれだけじゃないんだろうけど、今日のところはそれで納得しとこうか」
何とも含みのある言い方だけれど、話が落ち着きそうでホッと息を吐く。
その瞬間を見計らったようにウィル様が「その代わり」と再び口を開いた。
「そ、…その代わり…ですか…?」
「そう。今日は見逃してあげる。その代わりに、今度の長期休暇に僕とデートしてくれるかな」
そんな馬鹿な。楽しそうな彼に反して真顔になってしまう。
「変装して一緒に町に行こうよ」
「………え…っと…」
「あれ?返事がないなぁ」
「…その……」
「…うーん。結構な事言われてるし、見逃さなくて良いって事かな?」
「………イエ、ヨロコンデお供させて頂きマス」
「良かった!」
明らかに嫌がっている私の棒読みの返答にも、気にした様子も無くニッコリ笑うウィル様。心臓が鋼で出来ているのだろうか、羨ましい。
学園外なので他の生徒、主に令嬢方に見られる心配がないのはせめてもの救いか。
またこうしてお茶に誘われるよりはマシだなと自分を納得させる。
ともあれ今日はこれで解放される事に胸を撫で下ろす。
あれだけ失礼な事をしたというのに無事だ。お出かけの約束は結ばされたけれど、処罰されることなくお茶会を終えることが出来た。
別れの挨拶をすると王子自ら扉を開けてくれた。
「それでは失礼致します」
「じゃあね、ステラ。よい休日を」
そう言って扉が静かに閉められる。
「……………うん?」
ステラ…と言われた?
何故、ウィル様がその呼び名で?
少し考えたけれど理由は見つからない。まあいいか。
気が抜けたのか疲れが一気に出てきたので、早く部屋に戻ってベットに倒れこむことにした。