16.王子とお茶会
ついに来てしまった、約束の金曜日。
大嵐になって休校にならないかなと願っていたけれど、窓から見える青空は恨めしいほどに輝いている。神はいないのか。
朝から大きな溜息をついて、侍女に髪を結って貰った。
今日は特別な日だから特別なリボンを使おう。
「いえ、そのピンクじゃなくて深緑の…すっごい地味なやつで!」
「えぇ…?」
怪訝そうな顔をされた。
―――
放課後になり王子に案内されて着いたのは、学園内に有る王族専用サロン。その名の通り、王族と王族に招かれた者だけが利用出来る個室だ。
とは言え学園内に有るので煌びやかな装飾は控えめで、シックで落ち着いた雰囲気の部屋だった。
「やっと2人になれたね。君と話がしたかったんだ」
給仕もいるので正確には3人だ。と思ったら給仕が下げられた。
「本当に2人っきりは問題になるけど、今日は従者を控えさせてるから大丈夫だよ」
そう言って王子が指す衝立の向こう側。人がいる様には感じられなかったが、王子の従者ならば気配を消すくらい造作ないのだろう。羨ましい。
「今日は僕が紅茶を入れたいと思ったんだ」
そう言ってポットの中の液体を私のカップへ注ぎ込む王子。良い香りが辺りに広がった。
「さ、お茶会を始めよう!」
不本意な状況だが、何とか穏便に済ませる事に尽力しよう。どうせ王子も、私との話なんて盛り上がらずにすぐ飽きてしまうだろう。
そう思いながら紅茶を一口飲む。
さぞ良い茶葉を使っているのだろう、渋みが無く鼻に抜ける香りが甘い紅茶だった。
「…美味しい…」
つい素で呟くと王子が嬉しそうに笑った。
「本当は君に似合うストロベリーティーを用意しようと思ったんだけど間に合わなくてね。またの機会に」
この人はまだスイートストロベリーの事を言っているのか。
どう反応すれば良いか分からず曖昧な表情をしていると、王子の視線が私の髪に移った。
「来る時に見えたけど、今日は緑のリボンなんだね」
いつもの様にハーフアップにした私の髪を飾るのは、深緑のシンプルなリボン。手持ちの中で1番地味なリボンを選んだのだけれど、私の気合いの無さを表すのに丁度いい。
「イチゴの蔓の様ですごくキュートだね!」
…この人はイチゴが大好きなのだろうか。その様な褒められ方をして喜ぶ女子は居ない。
「……ありがとう、ございます…??」
引き攣る私を気にした様子も無く、王子は和かに焼き菓子を勧めてきた。
「前に学食で会った時は驚いたよ。副会長や…グレン、だったかな?彼らとは仲が良いのかい?」
「いえ、そんな事は…」
グレンとは比較的よく話すが別に仲が良いと言うわけでは無い。他に話す間柄の人がいないだけだ。
何度でも言いますが友達がいませんので。
「そうなの?この間はエリーゼとお茶をしていたね」
「あ、はい…。その…エリーゼ様に誘って頂いて…」
「そっか。2人に接点があるなんて意外だな」
「そう…ですね」
確かに言われてみれば何の接点も見当たらない。確かエリーゼ様は公爵家のご令嬢だ。
クラスも違う、性格も真逆、家柄も雲泥の差、……共通点を無理矢理ひねり出すならば性別くらいか。
「知ってるかもしれないけど、エリーゼは僕の幼馴染なんだ」
「はい…そう、伺ってます」
「少し頑固で思い込みが激しいところもあるけど、真面目で良い子なんだよ」
「…はい…」
私が王子を慕っていると勘違いしてる辺り、確かに思い込みは激しそうだ。この状況を作り出した元凶の事を思い僅かに遠い目になる。
「彼女のお陰で君とお茶が出来たんだから、エリーゼに感謝だね」
ええ、とても強引でした。エリーゼ様の性格に強引という項目も追加して下さい。
「ところで、エリーゼとはどんな話をしたんだい?」
「えっ、……と……」
貴方ともっと仲良くして良いのだと言われました、とは口が裂けても言えない。
元々喋るのが得意ではないので、咄嗟に良い誤魔化しが出てこず口をモゴモゴさせてしまう。
「………」
「………」
王子はしばらく私の様子を黙って見ていたけれど、おもむろにこちらへ手を伸ばしてきた。
「………はっ…?」
自然に重ねられた手に思わず声が漏れる。
「ねぇクリステラ、……いや…スイートストロベリー…」
ちょっと待ってくれ。色んな意味で止めて欲しい。