15.クッキーの味
小さな頃にお父様と町に出掛けた時に、お母様には内緒だぞ、とこっそり買ってもらったステラクッキー。
家で料理人が作るクッキーの様な繊細さも無く、少し硬めで甘い。
でもどこか幸せな味わいで少しだけ懐かしい、そう子供心に感じた。
そしてその日から私はステラクッキーのファンになっていた。
「なんだか、懐かしい味なんですよね…」
「わかる」
それ以前は食べた事は無い筈なのだけれど、まるで生まれる前から知っている様な味に感慨にふける。
「…俺も似た様なクッキー食った事あるな」
グレンの言葉に顔を上げる。私の様に町の商品を口にしたのだろうかと思ったが違う様だ。
「俺が小せぇ時に母さんが作ってたやつに似てるな」
「……グレンの、お母様が料理を…?」
お抱えの料理人が居るだろうに、母親自身が料理をするとは珍しい。
つい出してしまった怪訝そうな声に、グレンが補足をする。
「母さんは庶民出身で料理が得意なんだ」
「そう…だったんですか」
「周りから色々言われて今はしてねぇけどな…」
面倒臭ェと大きな溜息をつく。
確かに貴族が料理をするなど一般的では無いけれど。
こんな幸せな味を作り出せるのに止めてしまうなんて…
「勿体ない…」
「……だな」
「………私、そろそろ行きます」
グレンと昼食を一緒に取る事にはすっかり慣れてしまったけれど、グレンは良くも悪くも目立つので一緒にいるところはあまり他の人に見られない方がいい気がする。
その気持ちを知ってか知らずかグレンは軽く挨拶をする様に片手を上げた。
「おー、じゃまたランチで」
「……グレンと昼食を取ると目立つので、出来たらそれも止めたいのですが」
「無理だな」
即答か。せめて少し考える素振りを見せてくれても良いではないか。
「俺が行かねぇとお前1人で食うじゃねぇか」
改めて言われると悲しい現実だ。言い返せずにいると、頭がくしゃりと乱暴に撫でられた。
「お前に、一緒に飯食う奴が出来たら止めてやるよ」
向こう3年間グレンと同席する事が確定した。
トボトボと覇気のない足取りで校舎へ移動する。当然の様にグレンも着いてきていた。
グレンを避けるためにグレンと移動。もはや何の為に移動しているのかは分からなくなってきた。
「何故グレンは私に関わるんですか…?」
口下手で上手く会話も出来ない様なつまらない人間、放っておけば良いのに。
私の当然の疑問にグレンが少し考える。
「…弟によく似てて、ほっとけねぇんだ」
「弟…?」
「あぁ、真面目で誠実で賢くて、俺よりよっぽど立派な後継だ」
どうやらグレンは後継候補から外れている様だけど、その事を悲観する様子は見られなかった。
そんな事より並べられた言葉はどれも私には当てはまらないのだけれど。
「…まさか弟さんも対人能力が…?」
「いんや、上手にやってるな」
では何が似てると言うのか。
不思議そうにしているとグレンが苦笑する様に声を出した。
「不器用な奴なんだよ」
成る程、物凄く納得した。
「でもお前、目立ちたくないって無理じゃね?」
「…どうしてですか?」
「絶対お前は何かやらかす」
「……否定できません」
「それこそ前みたいに、副会長とか王子とかに……」
王子、という単語に私の足が止まる。
一生懸命に忘れようとしていたのに思い出してしまったのだ。
エリーゼ様の目の前で王子の誘いを断った日の事。
適当に理由をつけてその場は回避したが、エリーゼ様は甘くなかった。
「でしたら金曜は如何かしら?私は行けませんが、どうぞお二人で」
と無理やり約束を結ばされたのだった。
そして明日が金曜日。
急激に痛くなる胃に、今日も魚料理か、と諦めるのだった。