14.喧嘩をショッピング
私の生活と共通点の多いクリスの物語。ここまでくると予言書なのではないだろうか。
そんな物を私はいつ何処で見たのだろうか。
「また唸ってるわね」
眉間に皺を寄せて相談室の本棚を眺める私に、背後からルカが声を掛けてきた。
「本を…探してまして」
「図書室に行けばたくさんあるわよ」
「膨大過ぎます…」
「司書は?」
「内容だけでは分からないと…」
先日の図書室を思い出して苦い顔をする。再び行ったところで同じ事の繰り返しだろう。
「何の本を探してるの?」
「物語…なのですが…題名がわからなくて。クリステラという名前の少女の、学園生活を書いた本だと思うんですが…」
「自伝?」
「…違います」
軽い冗談だったのだろう、すぐにルカは考える仕草をした後に首を振った。
「残念だけど、アタシは読んだ事ないわ」
「そうですか…」
「友達にも聞いてみたの?それこそ令嬢って物語をよく読んで…あぁ、ゴメン。何でもないわ」
友人が居ないと言いたいのか。残念ながらその通りだけれど。
わざとらしくハンカチで目元を拭うルカを睨みつける。文句の1つでも言ってやろうかと思っていると先にルカが声を出した。
「人の手が借りれないと大変ね」
「……えぇ…」
後は長期休暇の際に家族に聞いたり、ここよりも蔵書数が多い王立図書館へ行くくらいしか出来ない。
コミュニケーション能力が高ければもっと違ったのだろうか、そう落ち込んでいると頭に手が置かれた。
「…仕方ないから本に詳しい子を紹介したげるわ」
「え?」
「ちょっと変わった子だからホントは会わせたくなかったんだけど…それでも会う?」
「………はい」
私が頷くとルカは「そう」と言って頭から手を離した。
「アタシは紹介するだけよ。説明や協力依頼は自分でしなさいね」
「わ、わかりました…」
―――
ルカが「相手に伝えとくわ」と言った本に詳しい人。変わっていると言っていたが、どの様な人なのだろうか。
そう言えば性別も聞いて無かったな、と思いながら渡り廊下を歩いていると、
「父上に言いつけてやるからな!!」
という声とともに、校舎の陰から転ける様にして男子生徒が飛び出して来た。
この台詞は私に…では無いだろう。
制服のボタンが取れズボンが土で汚れている男子生徒は、私の姿を見て狼狽えた後、何も言わずに去って行った。
「……喧嘩…?」
「ダッセー捨て台詞」
去った先を見つめていると、覚えのある声が背後から聞こえた。
「あ?ピンクじゃねぇか」
「グレン…」
男子生徒と同じ方向から出て来たグレンは、少し制服が乱れている。先程の生徒と何かトラブルがあったのだろうと容易に想像がついた。
思えば初めて会った時も喧嘩をしていたのだろう。仮にも貴族の子息なのだから殴り合いは控えるべきだと思うのだけれど。
「違ぇよ。あっちが喧嘩売ってきたから、俺は素直にショッピングしただけだ」
「…態度が悪いからです」
「まぁそれは有るな」
グレンは伯爵家の令息だが態度が大きく言葉遣いも荒い為、上位貴族に目を付けられ易い様だ。
分かっているなら改めれば良いのだが、グレンの性格を考えると無理だろう。
こんな時クリスなら喧嘩を咎めるのだろうか。そんな事を思っていると、いつもの様に頭に映像が浮かんできた。
『…また喧嘩したのね。怪我してるわ』
『…どうって事ねぇよ。売られた喧嘩を買っただけだ』
クリスと会話するグレンそっくりな男子生徒の姿。ここまで来ると驚く事も無い。
『怪我をすると痛いじゃない』
『これくらい痛くねぇよ』
そう言ってフイと顔を反らすグレンにクリスが苦笑する。
『貴方が痛く無くても、私が心を痛めてるわ』
『何だそりゃ…』
拍子抜けした様な表情のグレンが顔を上げると、クリスが悪戯っぽく微笑んだ。
『ふふ、心配させないでって事よ』
なんだそりゃ。………私にはこのやり取りは出来ないな。
柄じゃないと視線を落とすと、グレンの手に引っ掻き傷がある事に気付いた。少し血が滲んでいる。
「グレン…手…」
「あ?…あぁ、爪でも当たったか」
そのままズボンで拭おうとするグレンを制止してポケットに手を入れる。
クリスの様に愛嬌ある言動は出来ないが、私にもハンカチを差し出す事くらいは出来る。
「これ使っ………ん!?」
「…またクッキーかよ」
前言撤回。
差し出す事さえ出来なかった。
私の手のひらに収まるのは大好物のステラクッキー。
私のポケットは一体どうなっているのだろうか、と現実逃避するしか出来なかった。