12.突然の呼び出し
水色の便箋にスイっと万年筆を走らせる。一般的な季節の挨拶を書き、何を書こうかと手を止めた。
普通は近況報告を書くものだが…。
"私が入学して2ヶ月が経とうとしておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は既に家が恋しく感じており、長期休みを心待ちにしております。
学園ではお父様が仰っていた様に、目立つ事無く地味に過ごそうと心掛け行動しております。
先日は第2王子のウィリアム様が追い掛けて来るので、思わず1階の窓から飛び出し中庭に逃げてしまいました。
私にあの様な動きが出来るとは驚きです"
うん……お父様が心労で倒れてしまうわ。
書いたばかりの便箋をグシャリと握り潰しゴミ箱に入れる。
ちなみに逃げて1階の窓から飛び出したのは事実だ。
図書室の一件以来、何故か露骨に声を掛けられる様になってしまったのだが、窓から飛び出すと流石に王子は追ってこなかった。
その場面を目撃していたルカには爆笑されたけれど。
かと言ってそれを父宛の手紙に書くべきでは無い。
では他の事を書くかと考えるが、入学以来3人から逃げている思い出しか無いので書く事が無い。
「……悲しい学園生活…」
もう少しコミュニケーション能力が高ければ友達が出来ただろうか。今の私には近くの席の人に挨拶するだけで限界だ。
相変わらずな自分の性格にうんざりし万年筆を机に置いて、手紙を書くのを諦めてベッドへ倒れ込んだ。
―――
翌日の放課後。
今日は3人の誰とも出くわさなかったので平穏な1日だった。
今夜は久しぶりに肉料理でも良いなと思いながら教科書をしまっていると、背後から遠慮がちに声を掛けられた。
「あの…クリステラ様」
「…?……何か?」
振り返ると同級生の小柄な令嬢が立っていた。話した事は無い。何か用だろうか、もう少し可愛げのある返事をしたかったのだけど、口下手な私には冷たい言い方しか出来なかった。
「その、廊下でエリーゼ様が…」
戸惑った様子の同級生の視線を追うと、廊下からこちらを見ている令嬢が居る事に気付いた。
あの方が私を呼んでいるのだと聞き、感謝を告げて廊下に出る。
「ご機嫌よう。貴女がクリステラ様ね?」
私を待っていたのは艶やかな紺色の髪の令嬢だった。
「私はエリーゼと申します。少しだけお時間宜しいかしら?」
「……………」
「………クリステラ様?」
「はっ、はい!…大丈夫です…!!」
空色の瞳が印象的なとても綺麗な方で、あまりの美しさと圧倒的な貴族オーラに言葉を失ってしまった。
学園内にこんな綺麗な令嬢が居るとは気づかなかった。
逃げてばかりじゃなく、もっと周りを気にするべきだな、と思ったところでフッと頭の中に映像が広がる。
―――王子の幼馴染である美しい令嬢に呼び出されるクリス。そして告げられるのは牽制の言葉。
『ウィル様に馴れ馴れしく接するのは無礼ですわ。
ウィル様は貴女の物では御座いません』
その令嬢は目の前のエリーゼ様と同じ容姿ではなかっただろうか。
―――
「こちらにどうぞ」
「…はい」
考え事をしながらエリーゼ様の後ろを付いて歩いていたら、学園内のカフェに案内された。
ティーセットを注文した後、ひと気の少ない席へ腰を下ろす。
続く沈黙の間にチラリとエリーゼ様を盗み見た。
腰まで届く長い髪は、毛先が緩やかに巻かれており品がある。
前髪は切り揃えられており真面目そうな印象も受けるが、泣きぼくろが色気を感じさせた。
改めて美人だな、と眺めていると給仕がやって来てティーセットを机に並べた。
準備が整った後、今まで沈黙していたエリーゼ様が意を決したように口を開いた。
「……ウィル様の事で、お話があります」
…まさか私も牽制されるのだろうか。