10.違和感
スイートストロベリー事件から1週間。
王子からは特にお咎めも無く、今日もこうして王立学園に通えている。
何故か前よりもフレンドリーに話掛けられている気がするけれど、きっと気のせいだろう。令嬢方に目をつけられない様に早々に退散する日々だ。
グレンは前と変わらず強引に昼食に誘ってくる。毎回断るのも疲れるし無駄に目立つので、最近では素直に席に座るようになった。
周囲も慣れたのか、最近は2人で食べていてもそんなに視線は感じない。たまにグレンがスイートストロベリー事件を持ち出して笑うのは止めて欲しいのだけど。
あの日たまたま同席していた副会長は、すでに木登りの誤解も解けており私と関わる理由が無くなったので、あれ以来会っていない…
「クリステラ、探したぞ」
「………」
…会っていなければいいのに。
放課後、寮へと戻ろうと廊下を歩いている時に、副会長に出くわしてしまった。いつもと違う道をだったので油断していた。
今週3度目の副会長だ。グレンや王子より高い遭遇率にはさすがにうんざりだ。
「教室で残っているように言っただろう」
「………」
「生徒会室へ来いと言えばすっぽかし、教室にいろと言えば逃げ出す。君は約束も守れないのか?」
そう言われると確かに失礼な人間だ。しかし会う事を了承した覚えは無い。
「…一方的な取り決めは、約束とは言いません」
小さくそう言えば、副会長は大きな溜息を吐きながら片手で頭を押えた。
「…約束をすっぽかす、挨拶をしない、王子を笑い飛ばす!見たところ友人も居ない!
今はまだ許される年齢かもしれないが、今のまま卒業したら大変な事になるぞ!」
「…………」
身に覚えがありすぎて辛い。あと友人いないとか悲しくなるんで言わないでください。
言葉を詰まらせると副会長が慌てたように咳払いをした。
「……いや、怒っているわけではない。まだ変わることは出来るだろう」
「………?」
「私が君に貴族の礼儀を教えてやる」
「副会長が…?」
今回は穏便に済んだから良かったものの、王族を笑い飛ばすなどと無礼な事をした人間だ。次は取り返しがつかない事態になるかもしれない。そう副会長は心配してくれているのだろう。
髪と同じ青い瞳が真剣にこちらを見つめている。
「王立学園に相応しい淑女にしてやる」
「………」
「………」
「…お断りします」
「ニャンゴロウ!!」
「へ、変な名前で呼ばないでください!」
お互い大きな声を出してしまったので、周囲の生徒が驚いた様にこちらを見ている。
しまったと口を噤むと、副会長は眉間に手を当てて小さく息を吐き出した。
「…教わらずに出来るのと言うのか?自分1人の責任では済まない事もあるんだぞ」
「……一通りの礼儀は学んでいますので」
「あれで、か?」
「あれは………大半はわざと、です…」
約束は守れる、挨拶は出来る、スイートストロベリーを笑うなと言われたらなかなか難しいかもしれないけれど。あと友人が出来るかという最難関は礼儀の問題ではないので除外する。
そう考えて、品定めするような青目を見つめ返すと、副会長は少しの沈黙の後にフッと小さく笑った。
「ならば暫く観察させてもらおう。目に余る振る舞いがあった時には強制的に指導するから覚悟しておけ」
「…わかりました」
私が渋々頷いたのを確認して気が済んだのか、副会長は背を向けて歩き出す。
やっと終わったとホッと息を吐き出すと、それと同時に副会長が足を止め振り返った。
「…クリステラ」
「…?…はい」
「セイジだ」
「…副会長…?」
「セイジと呼べ」
そう突然言われても呼ぶ理由が見当たらない。周りに親しげに思われるのも嫌だと顔をしかめていると、再び副会長が「ニャンゴロウ」と呟くので、より淑女らしからぬ顔になってしまう。
「顔が崩れてるぞ、ニャンゴロウ」
「……止めてください、副会…」
「どうしたニャンゴロウ」
「セイジ様!」
頼むからその愛称で呼んでくれるな。
名前を呼ぶと満足したのか、副会長はニヤッと意地悪気に笑って去って行った。
何がしたかったのか…。
セイジ…セイジ様、ね。
そう忘れない様に頭の中で復唱していると、ふいに1週間前に学食で頭に浮かんだ風景を思い出した。
そう言えばバタバタしていて忘れていたが、何か違和感を感じていたのだ。
木の前でクリスと話す副会長、その時の会話……。
改めて思い返して、あっと小さく声を出す。
あの時はまだ副会長の名前を私は知らなかった。なのにセイジという名前が出ていたのだ。
…あれは私の想像では無くクリスの物語のワンシーンだったのか。そしてセイジという男子生徒は物語の登場人物で…。
そこまで考えて再び違和感を覚える。
――王立学園という舞台で、私と同じ外見で同じ名前の少女。そして似た様なシチュエーションで出会った副会長と同じ名前の男子生徒。
偶然にしては重なり過ぎていないだろうか。よく考えれば王子やグレンの出会いも、同じシチュエーションにしようと思えば出来た気もする。
クリスの物語はどのように進んでいたか…記憶を探るけれど思い出せない。
違和感が心の中でザワザワと動き出す。本当にただの偶然なのだろうか。