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1.クリスとステラ

よろしくお願いします。

―――…どこかで見た事がある?


鏡の前で漠然とそう感じた。映し出されている人物はもちろん私なので、見覚えがあるのは当然なのだけど。

不思議な感覚に首を傾げ鏡を見直す。


鏡の中で同様に首を傾げる少女は、緩く波打つストロベリーブロンドの髪をハーフアップしてリボンで飾りつけ、王立学園の真新しい制服を纏っている。


上向の睫毛に彩られた青い目は、鏡の向こうから「いつも見ている自分じゃないか」と言わんばかりに見つめ返してきた。


着慣れない制服のせいだろうか?

怪訝な顔をしていると、着替えを手伝っていた侍女に時間を告げられ、返事をして部屋を出た。


寮を出て入学式の会場へと足を進める。




―――私、クリステラ・カインは今日から王立学園の生徒だ。王立学園は王族・貴族専用の学園で、16歳になる年から寮生活をしながら3年間通う事となる。


そして私は下級貴族である男爵家の娘だ。


家の立場を考えれば、この学園で良い繋がりを作りたいところではあるけれど、私は隠れるように地味に3年間過ごせと父から厳しく言われている。


非情な父と思う事なかれ、残念な事に原因は私にある。


なんと、父が人脈を広げよと送り出したい気持ちが消え失せるほどに、私は壊滅的に人見知りをする上にコミュニケーション能力がとても低い。

社交が重要な貴族令嬢なのに、我ながら致命的だ。


しかし有難い事に我が家には後継である優秀な長兄がおり、それをサポートする次兄、更には伯爵家との縁談を進める長姉もいる為、末娘の私には特に何も期待されていない。


幼い頃から人付き合いの苦手な私としては人目を避け、地味に暮らして良いならば万々歳という訳だ。



…そんな事を考えながら桜の咲く道を進んで行くと、またも不思議な感覚に包まれた。


「…どこかで見た事が…?」


そう呟き後ろを振り返ると、道の先にアイアン装飾の美しい正門が見えた。

昨日から入寮しているけれど、この道を通るのは今日が初めてだ。


反対方向にそびえ立つ煉瓦造りの建物は学び舎だろう、クラシックな赤茶色にアイビーの蔓が品良く絡んでいる。


それに華やかさをプラスする様に、桜の花弁がフワリと空に舞い上がり……フと頭の中に映像が浮かんだ。



―――髪の毛をハーフアップにした少女の後ろ姿と、少女を包み込む様に舞う花弁、そして背景の煉瓦の建物。



……そうだ、いつだったか…遠い昔に読んだ物語だ。


桃色の髪と青い目を持つ少女が貴族の学園に通う恋愛物語。

その少女の名前は…そう、クリステラ。


不思議な事もあるものだ。外見もそっくり、名前も一緒、舞台も酷似しているなんて。


唯一の違いと言えば主人公の性格だろう。確か、物語のクリステラは明るくマイペースで、少しおっとりした子だった筈だ。

私とは大違いだと1人で苦笑する。


あぁそうだ。クリステラは友人も多く、親しみを込めてクリスと呼ばれていたな。


彼女がクリスなら私は…ステラだろうか。私の好物のステラクッキーと同じネーミングだし、ちょうど良いかもしれない。


もっとも、呼んでくれる人間がいなければ愛称など決めても意味は無いのだけれど。



しかし一体どこで見た物語だろうか、どうしても思い出せない。

遠い昔に読んだ…本……なのか…。記憶に残る映像が多いという事は絵本だったのだろうか。


媒体や時期についての記憶は無いけれど、物語の冒頭をぼんやりと思い出してきた。



――物語のクリステラ…クリスは確か入学式の前に1人の男性と出会っていた。


男性がどんな人物だったかは思い出せないけれど、女子生徒に人気でいつも周りを囲まれて…。

…あぁ、ちょうど目の前の人だかりの中央にいるあの方のように。



「ウィル様、御入学おめでとうございます」

「ウィル様と共に学べる事を誇りに思いますわ」

「私この日を心待ちにしておりましたの」

「あら私だって」


「ははは、光栄だな」



私から少し離れた所で女子生徒に囲まれ、素敵な笑顔を振りまく美男子は流石の私でも知っている。


陽の光を受け輝く金の髪に、海の様な穏やかな青い瞳を持つ、我が国の第2王子ウィリアム殿下だ。

その見目麗しさと、誰にでも柔らかな物腰で男女問わず人気があると聞いた事がある。


あの爽やかな笑顔に、誰もが一度は目を奪われるのではないだろうか。

…なんて視線を逸らす私が言うべき感想ではないのだけど。


クリスが出会った方もウィリアム殿下の様な方だったのだろうか?

囲む女子生徒の波にクリスが押され、倒れこんだ所をその男性が手を差し伸べる、…という出会いだったような気がする。


まるでロマンス小説のような展開だけど、人気者に助けられるクリスはさぞ目立っただろう。


もし私がそんな状況になったら何も喋れず、手もとらずに逃げ去ってしまう自信がある。

そして次の日には不敬な輩として扱われ……よくて変わり者だろうか。どの道嬉しくないスタートだ。


とにかく私は万が一にもその様な状況になりたくない。ロマンスな展開はお呼びではないのだ。


念のために大袈裟なほど距離を取って、誰にもぶつからない様にその側を通過する事にした。


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