1-9 合同実習その5:ナタクの力
「ナタク・エーデルヴァルト!!大英雄の血を引く神童よ!!」
ゼオフはナタクに呼びかける。
「あいつが……アレックス様の息子……!?」
「そんな!?あのサボり魔が!?」
ブレアやアレンが驚愕する。ミニーダも目を見開いて口をポカンと開けて固まっている。
遠くにいるスカーミャ達からも驚愕の声が聞こえてくる。
「……その可能性は……考えていましたが……本当だったとは」
フェオラはナタクの力を知っているので、もしやと思ってはいた。しかし本人が何も話さないし、妙に英雄を毛嫌いしていたので確認することは無かった。
「……」
ナタクは両手をポケットに突っ込んだまま、無表情で立っている。雰囲気がさっきまでとは違っていることには誰も気づかない。
そんなナタクにゼオフは興奮したまま語り掛け続ける。
「さぁ!!英雄の子!!見せてくれ!!お前の力を!!」
「嫌だよ」
「……は?」
ゼオフは両腕を広げてナタクに声を掛ける。しかし、即答の拒否にポカンと固まってしまう。
「なんでお前みたいな狂ってる奴と戦わなきゃいけねぇんだよ」
「……ナタク?」
「俺は英雄の息子じゃねぇよ。誰と勘違いしてんだ?」
ナタクの冷たい雰囲気にフェオラはようやく気付いた。声を掛けるもナタクは反応せずに、ゼオフに反論する。
「な、何を言ってるんだ!?ユーバッハはマリアル殿の妹君の苗字だ!!間違いであるはずがない!!」
「同姓同名なんて何人いると思ってんだよ」
「っ!年も同じだと言うのか!?」
「可能性はあるだろうよ」
「……仲間が死ぬぞ?」
「仲間ぁ?誰の事だ?」
「……!!」
ナタクの言葉に絶句するゼオフ。それにはブレア達も絶句する。
「英雄になる者が何を言っている!?」
「ならねぇよ?」
「は?」
「俺は英雄なんぞになる気はねぇ。あんなくだらねぇものになんでなりたいんだ?」
「……」
ナタクのくだらない発言にゼオフは表情を無くす。柄を握る手に力が入る。
「……英雄が……くだらない?」
「そうだな。英雄なんてくだらねぇ。人助けしてる気になって、人からおだてられていい気に浸る馬鹿な人殺しじゃねぇか」
「……き、さまぁ!!!」
呟くようにナタクの言葉を繰り返す。それにナタクはさらに追撃する。それに完全にキレて目を血走らせて、斬りかかるゼオフ。
ナタクは変わらず無表情で突っ立っている。
「ぜあぁ!!」
高速で刀を振るうゼオフ。それをナタクは顔を逸らしながら、少し後ろに下がりながら躱す。直後ナタクがいた場所に5本ほどの亀裂が走る。
そのままゼオフは連続で斬りかかるが、ナタクは両手をポケットに手を入れながら少し体を傾ける程度で全て紙一重で避ける。
流石にそれを見てゼオフは興奮が冷めて、冷静になってきた。刀だけでなく拳や蹴りも合わせ始めたが、全て避けられる。
その光景にブレア達は目を見開いて見ている。
「全て避けている?あの連撃を?」
「嘘だろ?」
「立てますか?」
「ローエンハイム……!」
フェオラがブレア達のすぐ横に来ていた。
「傷は大丈夫なのか?」
「まぁ、ギリギリですが」
「駄目じゃないか……!?」
「治療したくてもあの刀のせいで使えませんし。魔力ももうありませんから」
フェオラは立ってはいるが、少しふらついている。顔色も悪い。フェオラは気力で立っている状態だ。
「でも、まだあいつが……!」
「ナタクなら問題ありませんわ」
「なんでそんなことが……!あの刀だってあるのに!」
「あんな刀、ナタクには意味ありませんわ。それよりも足手纏いの私達がこのまま寝ている方が邪魔ですわ」
ナタクが勝つと確信しているようなフェオラ。ブレアとアレンはそれを信じられないが、足手纏いという言葉に何も言い返せない。
そこに人が駆け寄ってくる。ノトラと数人の教師だった。
「ミニーダ先輩!大丈夫ですか!?」
「すまない。私も斬られた。回復魔法は効かん」
「ならこれを!」
「魔法薬?」
「薬なら効きます!」
「感謝する」
ノトラから魔法薬を受け取り、一気に飲み干すミニーダ。ゼオフ同様、煙を立てながら傷が治っていく。すぐに立ち上がり体の調子を確かめるミニーダ。
「魔法も使える。確かに大丈夫のようだ。すまない。カウロン先生」
「いえ!」
「ローエンハイムを見てやってくれ。彼女も斬られている」
「はい!」
ノトラはすぐさまフェオラに声を掛けて、薬を渡す。傷が治り、体に異常がないことを確かめるフェオラ。
「感謝しますわ。カウロン講師」
「ううん。ごめんね。魔力の方は薬がもう無くて」
「いえ。構いませんわ。魔力が戻っても、もう戦う必要はありませんから」
フェオラはノトラの謝罪に首を振る。それにノトラや他の教師もナタクとゼオフの戦いに目を向ける。そこでは未だにゼオフの猛攻をナタクはヒラヒラと躱していた。
「くぅ!」
「もうやめねぇ?」
「っ!!ならば!」
顔を顰めるゼオフにナタクは全く表情を変えずに、諦めるように声を掛ける。それにゼオフは顔を歪めて、魔法を使用する。
ナタクが爆発に包まれる。
「ナタク・ユーバッハ!」
「問題ありませんわ。ブレア生徒会長」
「!!」
ブレアは思わず叫ぶが、それにフェオラが声を掛ける。
「私の魔法障壁で服が破れる程度。ナタクならば服が焦げ付くことすらないでしょう」
その言葉に全員が爆発したナタクのいた場所に目を向ける。煙が晴れると、フェオラの言葉通りに服すら焦げ付いていないナタクが変わらずに立っていた。
それにゼオフはもちろん、ブレア達もその姿に目を見開く。
「馬鹿な……!」
「魔力障壁で防いだくらいで何驚いてるんだよ」
「くっ……!やはり、アレックスさんの息子か」
「だからよぉ……そんな奴親じゃねぇって言ってんだろうが!!」
「ごぉ!?」
ゼオフの言葉にナタクは初めて声を荒げながら、一気にゼオフに詰め寄って腹を蹴り飛ばす。ゼオフはくの字に体を曲げて、後ろに吹き飛ぶ。
ナタクは追撃せずに蹴り飛ばした場所に立っている。
ゼオフは地面を数回転がって、跳ね上がる様に立ち上がる。
「……くっ!」
(攻撃も完全に見切られているし、魔力障壁も硬くて、俺より速い!いくら俺が衰えたとはいえここまでか!?)
ゼオフは確かに騎士団を止めて、歳も取って侵攻時と比べれば衰えている。だとしても、ユーロフにはまだ負けたこともない。騎士団の連中にも、まだ土を付けられたことは無い。
しかし今、学生に押されている。英雄の息子とは言え、ここまで追い込まれるとは思わなかった。
「何故ここまでの力がありながら、英雄を否定する!?その力があれば間違いなく認められるというのに!!」
「言っただろうが。俺は人助けなんて言葉で、人殺し共の行動を美化されるのが気持ち悪いだけなんだよ」
「……」
「確かに国を救ったんだろうなぁ。多くの命を助けたんだろうなぁ。でも、それで殺されたり、巻き込まれた人間やその家族には何か助ける事をしたか?してねぇだろ?助けたのと同じくらい人を苦しめてるだろ?英雄なんて狭い世界の幻想だと、俺は思ってんだよ」
「……!!」
ゼオフは目を見開いて絶句する。頭を鈍器で殴られたような気持ちだった。
「さぁ、よく見とけよ?英雄の子供の魔法をよぉ」
ナタクから魔力が溢れ出す。それに刀を構えて備えるゼオフ。
しかし次の瞬間、ゾクリと背筋に怖気が走る。
ナタクの体から黒い靄のようなものが溢れ出す。
「俺の魔法は……【闇】だ」
ボォッ!とナタクの体から闇がさらに溢れ出し、ゼオフに迫る。ゼオフは刀を振るい、闇を払う。
「【闇魔法】……!?アレックスさんとマリアル殿の子供が!?」
「だから言っただろ?別人だってなぁ」
「っ!……だからと言ってこの刀の前には意味は無い!」
「刀を見てから言えよ」
「は?……な!?馬鹿な!?何故刃こぼれ、いや!抉られている!?」
ゼオフの刀は、刃の部分が完全に凸凹状に抉られるようにボロボロになっていた。それに目を見開いて驚愕するゼオフ。
「刀は魔法を掻き消すはずなのに!?」
「そのためには一度魔法を斬らないといけねぇんだろ?つまり一瞬、その刀は俺の魔法を浴びてることになる」
「!!」
「その一瞬で十分だ。俺の闇は触れたものを飲み込む」
ゼオフは唖然と刀を見る。もはや完全に刃が消えて、刀の役目を果たせない。
「もうそれは役に立たねぇ。そして、今の俺はお前の刀と同じで魔法は効かねぇ。まぁ、物理もだけどな」
「……!!」
ナタクはゆっくりと歩み寄りながら、不敵笑う。それにゼオフは何も答えられなかった。
その様子をフェオラ達も見ていた。
「なんだ……あれは……」
「闇?」
「そうですわ。【闇魔法】。それがナタクの魔法ですわ」
ブレアやいつの間にかいるスカーミャが目を見開いて、ナタクの魔法を見る。それをフェオラが説明する。
それにミニーダやノトラ達教師達は慄く。
「【闇魔法】……!?あの魔法はコントロールが難しく、多くの者が自滅して死んでいるものだぞ!?」
「え!?」
「問題ありませんわ。自滅した者達は魔力操作の技量が未熟だっただけ。ナタクは完全に魔法を支配下に置いていますわ」
「あのサボり魔が!?」
「確かに座学は全く出ていません。寝てサボっている様に見えるかもしれませんが、ナタクはその間もずっと魔力操作の修練をしているのですわ。気づかなかったのですか?ナタクの魔力は誰よりも穏やかで、ほとんど漏れていないことに」
『……!!』
「ナタクは時間を無駄にしていることなど、実際は殆どありませんわ。私はナタク程の努力家は知りません」
フェオラのナタクを見つめる瞳は、純粋な畏敬の念が宿っている。それ以外にも宿っている思いはあるが、それは出来る限り抑え込んだつもりだが、どうやら上手く隠せたようで誰にも突っ込まれなかった。
「しかしその力はあの通り、易々と使えるものではありません。だからナタクは滅多に戦いません。力の危険さを理解しているからですわ」
その言葉にアレンやスカーミャが顔を顰める。
「だからこそ、魔法を解放したナタクに勝てる者などそう簡単には現れませんわ。例え英雄と言えど」
ナタクは闇を纏ったまま、ゼオフを睨み続ける。
「もう諦めて、お縄に付いてくれねぇか?これ、気ぃ使うんだよ」
「この程度で諦めると思うか!!」
ゼオフは魔法を連発してナタクを爆発させる。ナタクは闇を纏っているので衝撃も爆風もダメージも一切ない。それでも魔法を放ち続けるゼオフ。
「守りに徹するだけで勝てるほど甘くは無いぞ!!」
「じゃあ、攻めるわ」
「!!」
「燃え死ね」
ナタクの周りに溢れていた闇がうねり、青い炎になってゼオフに襲い掛かる。
ゼオフは急いで離れようとするが、右腕が炎に飲まれる。
「があああああ!!」
「止まってると、本当に死ぬぞ?」
「ぐぅ!ああ!!」
右腕を燃やしながら走り続け、炎を避けていくゼオフ。ナタクは相変わらず突っ立ったまま、ゼオフに炎を飛ばし続ける。
「ぐぅあああ!や、【闇炎魔法】!?そん……なもの…を……!?」
「ちげぇよ」
「なぁ!?」
突如、ゼオフの前に黒い氷の柱が出現した。爆発させるも少しヒビが入るくらいで砕けなかった。ぶつかりながらも、無理矢理方向転換して青い炎を避ける。
「氷……!?」
「俺の闇は属性を自由に変えられる。だから疲れるんだよ。さっさと死んでくれ」
「……!!そんな……属性変換が自在!?アレックスさん達ですら2属性で苦しんでいたのに!」
「だから疲れるって言ってんだろうが」
「疲れるってレベルでは……!?ぐぅああ!?」
ゼオフは驚愕しながら、避け続けるも右脇腹に炎が掠り、悶絶する。右腕はもう完全に炭化してきている。
「ちぃ!ぎぃっああ!!」
ゼオフは腰からナイフを抜いて、右腕を肩から斬り落とす。激痛に呻くも、すぐに動き出す。
もはや逃げるだけで精一杯だ。
「逃げに徹するだけで勝てるほど甘くはねぇぞ?」
「っ!!うおおおおお!!」
先ほどナタクに言ったセリフを逆に言われるゼオフ。それに雄叫びを上げながら魔法を使い、ナイフを握って飛び掛かる。
「まぁ……」
ナタクはそれを見て、右手をゼオフに向ける。
「攻めてきたから勝てるほど……闇は優しくねぇけどな」
右手に青い炎が集まり、手のひら大の火玉になる。
そしてナタクが呟いた直後、青い火玉が消える。直後、ゼオフの左半身が抉れたように消失する。
「………!?」
「終わりだ。英雄」
ゼオフは目を見開いたままドシャっ!と倒れ伏す。ナタクは魔法を解除して、大きく息を吐く。
「はぁー……疲れた」
「……な…ぜ……そんな……ちか…らを……マリ…アル……どの……に……?」
「まだ生きてんのかよ?……まぁ、死ぬ奴ならいいか」
ナタクはゼオフの傍にしゃがみ込んで、何かを呟く。
それを聞いたゼオフは消えかけの息が止まり、目玉が飛び出そうなほどに目を開いて絶句する。
「は……はは……はははは……!そん……な……」
「知らなかったか?だから、英雄なんて碌なもんじゃねぇんだ。じゃあな」
壊れたように笑いながら涙を流すゼオフを見て、ナタクは立ち上がって歩き去る。
「お…れは……なに……を……ああ……ああああああああ!!!」
ドドドドオォン!!
「な!?自爆!?」
ゼオフは突如悲痛に叫びながら、最後の力で自分を爆発させる。ゼオフを捕縛しようと走って近づいてきていたミニーダやノトラはしゃがんで爆風に耐えながら驚愕する。
それをナタクは首だけ振り返り見て、少しだけ目を細めて眺める。すぐに前を向いた時にはいつもの気だるげな雰囲気に戻って、ポケットに両手を突っ込んで歩く。
ブレアやアレン、スカーミャはナタクを複雑そうに見つめる。それをナタクは無視して、フェオラの元に向かう。
「ったく。疲れたじゃねぇか」
「普段寝てるからですわ」
「お前だってサボり過ぎてるからだろ」
「それは否定出来ませんわねぇ」
「ふあ~……眠い。で?実習は中止か?」
「こんな状況で続けると思いますの?私に関しては魔法制限無くなりましたし」
「それもそうか」
ナタクとフェオラはいつも通りの会話をする。先ほどのナタクについての話を聞いた後だと凄く嫌味に聞こえてくる。しかしナタクもフェオラもそれに文句を言わせないほどの実力を見せたので、誰も文句を言えない。
「魔力は大丈夫ですの?」
「あ?まぁ、あの程度ならな」
「あの程度って30分近く発動し続けてましたわよ?」
「そんなに派手に使ってねぇからな」
「いやいや、派手でしたわ」
フェオラの突っ込みに他の者達もうんうんと同意する。
それに肩を竦めるだけで答えるナタク。
「で?直ぐ帰れるのか?」
「さぁ?講師方次第ですわ」
「さっさと帰ろうぜ。寝てぇ」
「……ナタクは起きて40分ほどしか動いてないですわよね?樹が倒れるまでぐっすりだったのですわよね?」
「寝てぇもんは寝てぇんだからしょうがねぇだろ」
あくびをしながら頭を掻くナタク。それにフェオラは苦笑する。
「ナタク・ユーバッハ」
「あ?」
ブレアがなにやら決意を固めたような顔でナタクに声を掛ける。
「お前は本当にエーデルヴァルトの血を引く者なのか?」
「どうでも良くねぇ?だったとしても、俺が英雄なわけでもねぇし。それにその質問、マナー違反だろ」
「分かっている。しかし、聞かずにはいられなかった」
「俺はそんな奴らの子供じゃねぇよ。俺の親はユーバッハで、もうこの世にはいねぇ」
その言葉にブレアはそれ以上尋ねられなかった。アレンは口を開こうとして、親が死んだ発言で口をパクパクしたまま声を出せなかった。
スカーミャはジィーっとナタクを見つめる。周りの者達も気まずげに視線をナタクから逸らす。
「あぁ~。早く帰って寝てぇ」
「多分、無理でしょう」
「あ?」
「学園長達の尋問が待ってますわ。きっと」
「そんなの寝てからでいいだろ?駄目だったら嘘八百並べて苦しめてやる。元はと言えば学園長のせいじゃねぇか。あんな精神破綻者連れてきやがって」
ナタクの言葉にフェオラは苦笑で終わらせるが、周りの者はそれは言い過ぎだとばかりに内心冷や汗が止まらない。
その後、ナタク達は学園に無事に戻り、フェオラの言葉通り学園長達が事情聴取をしに来たが、
「明日にしろ。寝てぇ。あんな殺人鬼と戦わせやがって」
と、本当に学園長に言い放ち、学園長が直角に頭を下げるという状況に周りもパニックになり事情聴取どころではなくなったので、ナタク達は寮に戻る。フェオラは本当に言い放ったことに呆れていたが、内心ではナタクが言ったことや学園長が頭を下げたのを見て、ちょっとスッキリしたのは秘密にするのだった。