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1-8 合同実習その4:その名は

 ブレアとゼオフは睨み合う。

 それをアレン達は離れながら見ていた。


「【光炎魔法】……!」

「そうだ。会長は大英雄と同じ魔法を使えるんだ」

「問題はあの刀と魔法が3回までってこと」


 スカーミャは戦場を睨みながら問題点を上げる。

 それにマクロア達も悩ましげに顔を顰める。いくら強力な魔法でも回数制限はどうしようもない。


 ゼオフが猛スピードで飛び掛かる。ブレアは両手に炎を纏ったまま、腰を据えて構える。

 刀が振られようとした時、突如足元の草が伸びてゼオフの刀を握る腕に絡みつく。


「なに!?」

「!!」


 ゼオフとブレアは目を見開く。今度は地面が盛り上がり、草の上からゼオフの腕に巻き付いて固まる。

 

「油断頂き、感謝しますわ。英雄様」

「!!」

「!?誰だ!!」


 2人のすぐ近くで声がした。ブレアは油断せず目だけで周囲を見ながら声を上げる。ゼオフもギョロギョロと目を動かす。

 すると、ゼオフの右斜め後ろの地面が盛り上がる。地面から出てきたのはフェオラだった。


「貴様は……!」

「……今のは何の魔法だ?」

「話すわけないでしょう」


 フェオラはゼオフに近づく。ゼオフは動こうとするが、体が動かなかった。体を見ると全身に草が巻き付いていた。

 フェオラは刀を掴み、軽く腕を斬りつける。


「これで私の制限も無くなりましたわね」

「……!!何故、俺の魔法が発動しない!?」

「残念でしたわね。相手の魔法を封じられるのはあなた様だけではなかった、ということですわ」

「!!」

「会長。あなたも今の内ですわ」

「!!そうだな!はあああああ!!」

「え!?はぁ!?」


 フェオラが不敵に笑う。ゼオフは魔法を使おうとするも発動しなかった。

 フェオラはブレアに呼びかける。すると、ブレアは炎を大きくして、ゼオフに飛び掛かる。それにフェオラは目を見開いて、慌てて飛び離れる。

 ブレアは頭の上で両手を組んで、振り下ろす。白い炎がゼオフを包み込む。


「な、なにをしてますの!?」

「え?だって倒すなら今の内だと……」

「せっかく拘束していたのですよ!?まずは刀を利用して制限を解除すべきでしょう!」

「あ!?し、しまった!?」


 フェオラはブレアに抗議するも、キョトンとされてしまう。それに怒鳴りつけるとブレアは目を見開いて慌てだす。


「で、でも!今ので大分ダメージを与えられたはずだ!」

「そんな甘いわけが……!」

「ないよな」

「「!!」」


 ブレアの言葉にフェオラは反論しようとするが、そこにゼオフの声が響く。それに2人は目を見開いて、飛び下がる。

 白く輝いて燃えている炎が突如、縦に真っ二つにされる。そこには無傷の、服すらも全く燃えていないゼオフが刀を掲げて立っていた。


「焦げてすらいない!?」

「……やはりその刀ですわね」

「その通りだ。さっきの魔法といい、いい目と頭を持っているな」

「……どういうことだ?」

「あの刀ごと燃やしたことで、()()()()()と判断されたのですわ。そのため、会長の炎は効果を失ったと考えますわ」

「お見事だ」


 ゼオフはフェオラの推測を肯定する。それにフェオラは顔を顰めることで返答する。ブレアは大きなミスをしたことを改めて理解する。

 ゼオフはフェオラを鋭く睨みつけている。


「……完全に頭は冷えてしまったようですわね。出来れば、興奮している間に決めたかったのですが」


 フェオラは冷え汗を流しながら、強がりで笑みを浮かべる。


「……」


 ゼオフは先ほどのフェオラの魔法をまだ見切れていない。そのためフェオラの魔力や体の動きを見逃さないように、観察し続けていた。

 それに気づいたフェオラは全く身動きが取れなかった。


「……会長は後何回ですの?」

「……2回だ」


 先ほどの炎の放出の際に、一度魔法を解除してしまった。


「一度発動すると、どれだけ保ちますの?」

「……大技を使わなければ20分だ」

「……微妙、ですわね」


 学生としては十分すぎる。しかし今の状況では大技が必要だ。少なくとも次を発動すると、10分以内に決められないと大技も弱まり、さらに3回目どころではないということだ。そんな隙をあの英雄が作ってくれるとは思えない。

 ブレアの魔法はゼオフもよく理解している。そしてブレアがアレックス以上に魔法が使えるとは思えない。


「貴様の魔法は?」

「残念ながら話せませんわ。情報を与えるわけにはいきません」

「……本当に頭が回る奴だ。なら、こっちも派手に行かせてもらおう!!」

「「!!」」


 ゼオフは周囲を連続で爆発させ始める。フェオラとブレアはゼオフを挟み込むように駆け出す。


「ちぃ……!」

「厄介ですわねぇ!!」

「まだまだ行くぞぉ!!」


 フェオラとブレアは魔力で体を強化して高速で移動する。


「くっ!」

「仕方!ありませんか!」


 フェオラは腰に右手を伸ばす。それをゼオフは見逃さないとばかりに目を見開いて見ている。


「はああああああ!!」

「!!」


 そこにアレンが剣を輝かせて、ゼオフに斬りかかってきた。

 それをフェオラとブレアは目を見開いて眺めていた。フェオラはゼオフが目を離したのを確認して、右手を当てていた腰のベルトから『茶色の紙片』を取り出す。


「【大地の茶色(グラウンド・ブラウン)】!」


 紙片を握り締めて魔力を通し、地面に手を当てる。

 するとゼオフの地面が盛り上がり、再びゼオフの体を拘束しようとする。


「!!…ちぃ!」

 

 ゼオフは刀を逆手に持ち、地面に突き刺す。地面の盛り上がりが途中で止まる。


「やああああ!!」

「甘い」


 アレンは隙ありとそのまま斬りかかるが、ゼオフは冷静に魔法を使ってアレンの目の前の空間を爆発させて、アレンを後ろに吹き飛ばす。


「ぐぅあああ!?」

「レオンヴァルト!!」

「っ!お待ちください!ブレア会長!」

「はあああ!!」


 アレンが煙を上げて吹き飛ぶと、ブレアは魔法を発動してゼオフに飛び掛かる。フェオラはブレアの名前を呼んで止めようとするが、ブレアには届かずゼオフに魔法を放つ。

 それをゼオフは冷静に確認し、炎に刀を振るい掻き消す。


「くっ!?」

「あぁ!もう!無謀過ぎますわ!」


 フェオラは思わず声を荒げてしまう。アレンはダメージですぐに起き上がれない。これでブレアもアレンも魔法は後1回しか使えない。

 ゼオフは再びフェオラに注視しており、隙が無くなった。


「……まだ講師の皆様は来ませんか」


 流石に事態は見ているはずだ。学園長が来れなくても誰かは来るはずだとフェオラは考えている。


「くそ!どうすればいい!」


 ブレアは完全に追い詰められていた。魔法は後1回。しかし、今のままでは刀で簡単に防がれてしまう。どうにかして隙を作りたいが、まともに動けるのはフェオラのみ。しかし、そのフェオラはゼオフに注視されており、下手に魔法を使えない状況だ。


「せめて後1人……!ベンダミン!そこから撃て!」

「ああ?」


 ブレアは遠くに控えていたマクロアに声を掛ける。ゼオフがそれに反応すると、遠くから氷の槍が飛んできた。ゼオフはそれを爆発で破壊する。

 氷の槍を飛ばしたのは副会長のマクロアだった。


「【氷魔法】の使い手か」

「そうだ!」

「でも、それも後2回だな。その間に勝てるのか?」

「【炎の赤(フレイム・レッド)】!」

「「!!」」


 フェオラから炎が放たれる。それにゼオフとブレアは目を見開く。


「炎!?お前は草や地面を操っていたはず!?」

「なんだ貴様の魔法は!?」

「【水の青(アクア・ブルー)】!」 

「「はぁ!?」」


 続いてフェオラは水の大玉を飛ばす。様々な属性の魔法にゼオフ達は混乱する。炎と水が迫って来たことで流石に慌てて刀を構えるが、炎と水は直前で向きを変えて互いにぶつかりあって水蒸気を生み出す。


「ぐぅ!?」

「会長!」

「おおおおお!!」

「!!」


 熱気と爆発に思わず腕で顔を覆ってしまうゼオフ。そこにブレアが飛びこんでくる。水蒸気と腕で視界を隠したため、ブレアの存在をギリギリまで気づかなかった。ブレアは叫びながら、ゼオフに腕を伸ばして、ゼオフの右斜め後ろから飛び掛かり、右腕と胸元を掴む。


「しまっ!?」

「【輝く豪炎(シャイニング・フレア)】!!」

 

 刀を避けるように間近で白く輝く炎をゼオフに放つブレア。そして大きな爆発が起こり、フェオラやアレンは地面にしゃがみ込んで爆風と衝撃に耐える。

 

「ぐぅ……!!ブレア会長!!」


 アレンはブレアの名前を叫ぶように呼ぶ。立ち上がった煙の上からボフッ!と何かが飛び出してくる。それはブレアだった。ブレアは上空で体勢を立て直し、地面に四肢を着いて着地する。

 少し服が焦げ付いているが、負傷はしていないようだ。ブレアは荒く息を吐いて、煙の元を睨みつけている。


「はぁ!……はぁ!……はぁ!……はぁ!……流石に……効いただろう……!」


 ブレアはこれで3回使い切った。それに魔力切れ直前でもあった。どっちにしろブレアはもうまともに戦えない。それを横目で見たフェオラは油断せずに腰に手を当てる。

 煙が晴れていくと、


「………やって…はぁ!……くれ…はぁ!……たな……はぁ!」

『!!』


 ゼオフは上半身がボロボロで服もはだけており、所々に火傷の痕がある。それでもしっかりと両足で立っていた。


「……馬鹿な……!」

「あの炎を零距離で浴びたのに……!?」

「……魔力障壁……ですわね?」

「「!!」」

「はぁ!……本当に……はぁ!……厄介な……女だな……はぁ!」


 ブレアとアレンは目を見開いて衝撃を受けていた。それにフェオラは冷や汗を流しながらも、冷静に推測した。それにブレア達は息を飲んでフェオラを見る。

 フェオラの言葉にゼオフは息を荒げながら、顔を顰めてフェオラに悪態をつく。

 ゼオフは炎が放たれる直前に全魔力を障壁に回して、炎を防いだのだ。それでも全てを防げるわけではないので、ブレアが離れた瞬間に刀で炎を掻き消した。それにより威力とダメージを7割近く抑え込んだのだ。

 

「……はぁ!……はぁ!……女……お前の名前は……なんだ?」

「……フェオラ・ローエンハイムと申しますわ」

「……フェオラ・ローエンハイム。残念だよ。お前のような奴を殺さないといけないなんて」

「……!!」


 ゼオフは腰のベルトから石の試験管を取り出し、蓋を外して中身を一気に飲み干す。


「……魔法薬……!」

「そんな!?」

「傭兵なんだ。これぐらい持ってるに決まってるだろう」


 飲み干すと傷からシューと音と煙が上がる。そしてゆっくりと傷が消えていく。

 それをアレンとブレアは絶望を隠せずに、声を荒げてしまう。フェオラも顔を歪めて、治っていく傷を見つめる。


「ローエンハイム。お前の魔法は【色】だな?」

「……」

「聞いたことがある。色を司り、その色を連想させる現象を操ることが出来る魔法があるとな」

「……やはり英雄様ですわね。その通りですわ。私の魔法は【色彩魔法】ですわ」


 魔力を通した物の色から連想させる物や現象を生み出す魔法。


「やはりか。あれだけの現象を操ったのだ。魔力の消費を大きいだろう?」

「生み出すならばそうですわね。元からある物を操るだけなら、そこまでではないですわ」

「……なるほど」


 つまり地面や草を操るくらいなら、そこまで負担ではないということだ。ゼオフはまだまだ油断出来ないと理解する。


「だから俺の刀を狙い続けていたのか」

「その通りですわ」

「それを理解してくれない象徴だったわけだ」

「……くっ!」

「恐らくだが、さっきの攻撃の際の呼びかけも攻撃では無く、刀に触れろって意味だったんだろ?」

「……」


 ゼオフが話した推測に、フェオラは押し黙る。それにブレアは目を見開く。確かにあの瞬間は刀を触れられた。しかし攻撃の隙だと思い、攻撃することに決めたのだ。それが裏目に出たことを知った。


「哀れだな。お前だけだ。俺をあの程度で倒せないと分かっていたのは」

「……よく知っているだけですわ。魔力障壁が異常に上手い人を」


 ゼオフの言葉にフェオラは少し笑いながら答える。その言葉にアレンはナタクの姿が頭に浮かんで、顔を顰める。

 ゼオフはフェオラに向かって歩き出す。フェオラは腰を少し落として構えるが、隙が見つけられなかった。


(……どこに動いても一瞬で距離を詰められる。魔法はあの刀がある限り、足止めにもならない。絶体絶命、ですわね)


 もはやゼオフはブレアとアレンのことは眼中にない。ブレアは魔法を使えないし、アレンも後1回。アレンの体術ではゼオフに遠く及ばない。それはフェオラも同じ。


(ナタクはどこで寝ているのでしょうか?流石にそろそろ起きていると思うのですが)


「随分と色々考えているようだが、諦めろ。もう勝ち目はない」

「あら。それはどうでしょうか?」

「教師を待っているのだろう?はっきり言うぞ?ここの教師では俺には勝てん」

「……」


 ゼオフの自信に満ちた断言にフェオラは反論出来ない。


「ならば!!試させてもらおう!!」

『!!』


 声が響き、ゼオフが振り返ると、その足元にかがんで拳を構えたミニーダがいた。ゼオフは目を見開いて下を見る。

 その時にはミニーダは飛び上がる様にアッパーを繰り出していた。ゼオフはほぼ反応出来るに直撃し、顔を上に向けて体が宙を浮く。


「ふぅ!!」


ドドドドドドドドドッ!!


 ミニーダはそのまま高速でゼオフの腹に拳の雨を叩きつける。

 それを見たフェオラは腰から紙片を取り出して、地面に右手を置く。


「【大地の茶色】!グラウンド・ソード!」


 地面が盛り上がり、長剣の形になる。それをフェオラは両手で構えて、高速で駆け出す。

 体に魔力を回してスピードを上げ、まだ打ち上げられているゼオフに近づいて、刀に目掛けて剣を振る。


「しぃ!!」

「甘い!!」

「「!!」」


ドオォン!


 ゼオフが叫び、ゼオフの体から爆発が起こる。ミニーダは直ぐに飛び下がって回避するが、フェオラは避けきれずに爆発に吹き飛ばされる。


「ぐぅ……!?」

「ローエンハイム!!」

「……魔力障壁か」


 フェオラは地面を数回転がり、すぐに起き上がる。マントや服が一部爆発で焼けたが、体は無傷だった。


「はー……はー……はー……はー」

「本当に厄介だな。フェオラ・ローエンハイム。あの隙を見逃さずに刀を砕きに来るとは」


 フェオラは息を荒げる。ゼオフはフェオラを見て、少しだけ顔を顰める。ゼオフは次にミニーダに目を向ける。


「……お前1人だけか?舐められたものだな」

「ミニーダ先生!他の先生方は!?」

「今、後ろで負傷した生徒達の送還を優先している。この島に出入りするには手間と時間がかかる。お前達も今の内に下がれ!実習は中止だ!」

「でも!」

「魔法に制限があり、使えなくなったお前達に何が出来る!」

「制限の解除は!?」

「この島を一度出ないと無理だ!」

「くっ!!」


 ミニーダはブレアとアレンの言葉にゼオフを睨んだまま答え、撤退を促す。それにブレアとアレンは悔しがる。


「フェオラ・ローエンハイム!お前もだ!」

「……それをさせてくれれば嬉しいのですがね」

「悪いが、フェオラ・ローエンハイムとそこの生徒会長は此処で殺す。撤退などさせん」

「くっ!」


 ゼオフの言葉にミニーダは舌打ちをする。


「……英雄のあなたが何故こんなことを……!」

「何度も言わせるな。この世に英雄はアレックス・エーデルヴァルト唯1人。有象無象が英雄を語るな」

「っ!……残念です。あなたを倒さねばならないとは……!」

「お前には無理だ。もうお前は俺に斬られた」

「!!」


 ゼオフの言葉にミニーダは目を見開いて、自分の体を見る。ミニーダの左手甲に小さな切り傷があった。


「これは……!」

「あれだけ殴りかかってくれば、掠り傷くらい付けられる。お前の魔法はバトルロワイヤルで見させてもらっている。これでお前は体に電気を走らせられない」

「……!!」


 ミニーダは魔法を使おうとするが、発動しなかった。ミニーダの魔法は体内を走らせることで効力を発揮する。それを封じられた。


「おのれ……!」

「所詮は教師だ。魔法に制限が多く、英雄になれなかった脱落者共が俺に勝てると思ったのか?」


 ブレスベッド学園の教師の3割ほどは、魔法は強力でも使用するのに制限があり戦いに適していなかったり、使い方が限定されて簡単に対処されてしまい騎士団や軍から無能扱いされて辞めていった者達だ。

 ミニーダは最初から学園に就職希望だったのでゼオフの言葉は的外れなのだが。


「確かに私は英雄ではない!!しかし、英雄を育てることは気高く!そして尊い!それを否定することは許されない!例え英雄と呼ばれた者でも!!」


 ミニーダは魔力を全身に回す。特に拳と足に多めに回して障壁を武器代わりにする。そしてゼオフに飛び掛かる。


「その刀は魔法は斬れても、魔力は斬れない!その刀は魔法の核を斬るのだろう!?」

「ちぃ!ユーロフに聞いたか」


 ゼオフの刀は魔法を構築した際に生まれる核を斬り、霧散させるのだ。そして傷を付けることで『常に斬りつけられている』という【事実】を刻み込むことで、その後も掛けられた魔法の核を斬り、無効化するのだ。なので核がない力の奔流であるだけの魔力は斬れない。

 ミニーダはそれをユーロフに説明されていた。


「私は魔法だけで戦ってきたわけではない!」

「それは俺もだと何故分からない?」

「!!」


 ミニーダは猛然とゼオフに殴りかかるが、一瞬でゼオフの姿が目の前から消えて、後ろに現れる。ミニーダはすぐに振り返るが、全身から血を噴き出す。


「が……!?」

「お前より速い奴など何人もいた。その程度で倒されるなら俺はここにはいないし、アレックスさんも英雄なんて呼ばれない」


 ミニーダは両膝を着いて、四つん這いになってしまう。立ち上がろうにも力が入らなかった。


「ミニーダ先生!」

「駄目だ!アレン!」

「でも!」

「ミニーダ先生よりスピードも体術も劣る私達では助ける前に斬られる!」


 ミニーダを助けようと駆け出そうとしたアレンをブレアは腕を掴んで止める。アレンはそれでも行こうとしたが、ブレアの言葉に足を止め、歯軋りをして悔しがる。


「く…そぉ……!」

「さて、頼みの綱の教師もこの体たらくだ。終わりだよ。フェオラ・ローエンハイム」

「……どうでしょう。私はまだ抗いますわよ?」

「強がりは止めておけ。もう魔力も残り少ないだろ?俺の魔法を封じたり、ずっと潜って潜んでいたんだ」

「……」


 完全に見抜かれたフェオラは両手を強く握り込むことで表情に出すのを防ぐ。もちろん強がりでしかないが。だが、諦めるつもりはない。最後まで勝つ道を探る。


「……諦めないか」

「当たり前ですわ」

「なら、俺も出し惜しみはせん」

 

 ゼオフは右足を少し前に出して腰を屈める。そして刀を左脇に回す。


「……あれは……居合?」


 その構えはブレアに居合術を思わせた。フェオラもすぐに動けるように構える。

 その直後、ゼオフはその場で刀を振り抜く。フェオラはゾクリと寒気が走り、思いっきり右に跳ぶ。

 フェオラの左腕と左脇腹が斬られたように血が噴き出し、フェオラの後ろの少し離れた所に立っていた樹が横に斬られて倒れていく。


「ぐっ!?うぅ!」

「な!?」

「ローエンハイム!」


 フェオラは左脇腹を押さえて倒れ込む。ブレアが叫ぶが、フェオラは答える余裕はなかった。


「致命傷まではいかなかったか」

「……っ!……魔力を剣圧にぃ……!?」

「そうだ。【横一文字】って奴だ。ま、斬っても刀の効果は発動しないがな」


 ゆっくりとフェオラに歩み寄りながら解説するゼオフ。フェオラは起き上がろうにも足に力が入らない。


「これで終わりだ。傷を治せても、それでお前の魔力は終わりだろう?」

「……くぅ……!」


 ゼオフはフェオラの横に立ち、刀を振り上げる。ミニーダは未だ立ち上がれず、ブレアは駆け出すも魔力が切れて速さが出ず、アレンも飛び出すが脚から力が抜けて転んでしまう。

 フェオラはゼオフから目を離さず、振り下ろされる刀を見つめる。

 

 その時、上からゼオフの真横に何かが下りてきて、ゼオフの振り下ろす腕が横から誰かに掴まれて止められる。

 

『!!!』

「久々に気持ちよく寝てたのによぉ。ドカンドカンうるせぇし、いきなり樹が切り倒されるわで災難だぜ。全く」

「……寝坊にも程がありますわよ。それにいつも気持ちよく寝てるでしょうに」


 現れたのはナタクだった。いつも通りに眠たげな目と気だるげな雰囲気で、右手1本でゼオフの腕を掴んでいた。フェオラは苦情を言いながらも、どこか安心したように体の力を抜き、目を閉じる。

 ナタクの登場に全員が目を見開いて固まる。


「で?随分と本格的な実習だな?それになんで教師まで参加してんだ?」

「……はぁ~。本当に何も聞いてなかったのですね」

「当たり前だろ?って、あ?なんだフェオラ。お前も随分ボロボロだな」

「今更ですの?」

「魔力もほぼスッカラカン。たった3回の魔法でそこまで使ったのか?」

「その刀ですわ。その刀で斬られると魔法の効果が掻き消されるのですわ。それで制限を解除しましたの」

「ふ~ん。これでねぇ」


 ナタクは緊迫感を無にしてフェオラと話す。それにゼオフもようやく再起動し、ナタクの腕を振り払おうと蹴りを放つ。


「おっとぉ」


 ナタクは手を放して飛び下がる。ゼオフも追撃せずに下がり、ナタクを鋭く睨みつける。


(……全く腕が動かなかった……!それになんだ?こいつの魔力の静かさは。この状況なのに全く揺らがない)


 ゼオフはナタクの底が読めなかった。


「……何者だ?」

「あぁ?学生に決まってんだろ?」

「……」

「それにしても随分と荒れ狂ってんなぁ。英雄様がよ。何?やっぱり英雄ってストレスしかないの?」

「俺は英雄ではない」

「ふ~ん」


 ナタクは両手をポケットに入れて、ゼオフを挑発するように話す。それにゼオフは殺気を強めるも怒り狂うことはなかった。むしろ殺気に全く反応しないナタクを見て、ますます警戒を強めて冷静になる。


「ナタク・ユーバッハ!!」

「ん?」


 ブレアがナタクに向けて叫ぶ。


「……え~っと……誰だっけか?」

「ブレア生徒会長ですわ……」

「あぁ、そうだそうだ。で?」

「ローエンハイムを連れて逃げろ!お前1人で勝てる相手じゃない!」

「そんな優しい相手かぁ?」

 

 ブレアの名前を忘れて首を傾げるナタクに、フェオラは呆れながら名前を教える。ブレアは逃げるように告げるが、ナタクは英雄から逃げるのは簡単でないだろうと否定的な考えだ。


「……ナタク?……ユーバッハ?」

「あぁ?」


 ゼオフはナタクの名前を聞いて目を見開いて固まっている。ナタクはそれを訝しむ。


「お前の名は……ナタク・ユーバッハと言うのか?」

「……それがどうかしたかよ?」


 唖然と尋ねるゼオフに、ナタクは少し顔を顰めて答える。それにゼオフは顔を俯かせて、左手で顔を覆う。


「くっ!……くはははは……あはははははははははは!!」


 突如ゼオフは肩を震わせて、顔を覆ったまま仰け反りながら大笑いする。

 それにナタク達は不気味そうに見る。


「……本当に精神崩壊してやがるのか?」

「……かもしれませんわね」

「ははははははははははは!!今日は何という日だ!!最高だ!!最高だぞ!!」


 ゼオフは両腕を上に掲げて、歓喜に叫ぶ。


「まさか!!こんな所にいたとは!!()()()()()()()()()()()!!」

『!!!』

「……てめぇ」


 ゼオフはナタクを見ながら叫ぶ。それにフェオラ達は目を見開いて、ナタクを見る。ナタクは顔を顰めてゼオフを睨む。


「……何を……言っている?」

「知らないのか!?彼が……この方が誰なのかを!」

「……何?」


 ブレアは混乱する。あれだけアレックス・エーデルヴァルトを称えていたのに、突如ナタクを敬う様に呼ぶゼオフ。


「それも仕方ないか!物語や伝説では語られてないだろうな!大英雄アレックス・エーデルヴァルトとその妻マリアル・エーデルヴァルトに()()()()()()()など!!」

『!!!!』

「そうだ!!あのスタンピードが起きたときには、お2人には息子が1人いた!!激戦が予想されたためにマリアル殿の妹君に預けられたのだ!誘拐などされないように両親すら知らない場所に隠れさせてな!!」


 ゼオフの言葉にナタク以外の全員が目を限界まで見開いて固まる。呼吸すら忘れそうになるほどに。


「……しかし、その後アレックス殿が亡くなったことでマリアル殿も精神的に追い詰められ、回復してもアレックス殿の代わりになるために働き続けたため、ご子息を引き取る余裕がなかったそうだ。ご子息は今も妹君に引き取られたままでどこにいるかも分からなかったらしいが、ここにいたか!!そうだな!何故思いつかなかった!!あの大英雄の息子がこの学園に通わないわけがなかった!!」


 ゼオフは両腕を広げて、涙を流し始めてナタクを見つめる。

 ナタクはそれを無表情で見返す。



「ナタク・エーデルヴァルト!!大英雄の血を引く神童よ!!」

 


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