1-5 合同実習その1:バトルロワイヤル
合同実習当日。
ナタクはいつも通り気だるげに歩いていた。
「だりぃ」
「諦めてくださいまし。これはどうにもなりませんわ」
「でも、最初はエキシビジョンなんだろ?」
「いえ、無くなったそうですわ」
「はぁ?」
「私達が出ないからスカーミャさんも出ないって言ったそうですわ」
「……なんだそりゃ」
ナタクの反応に隣を歩いていたフェオラも苦笑する。
結局スカーミャに振り回されただけだった。
「ところでナタク」
「あん?」
「制服のままでいいのですか?」
「いいんだよ。真面目にやる気なんてねぇんだから」
「そうですか」
実技メインだと言うのにナタクはいつも通りの制服だ。フェオラは革製の軽鎧の上に赤い短めのマントを羽織り、下は黒のズボンにブーツだ。
「フェオラは……スカートじゃあ無理か」
「当たり前ですわ」
ナタクの言葉に少し顔を赤くして力強く頷くフェオラ。流石に下にスパッツを履いても激しく動くとなると嫌だった。
それに、
「あの制服で動くと胸が邪魔なんですわ」
「……さよで」
それをナタクはどう反応すればいいか分からなかった。だから憮然とした感じで答える。
フェオラはその様子に口を押さえて肩を震わせていた。
最初に説明が行われる闘技場に入る2人。
中は様々な服装や武器を携えた学生達で溢れていた。
「席とかは決まってないんだっけか?」
「えぇ。そのはずですわ。ただ、どこかで受付をすると……」
「……あそこか」
入って右手の所に受付があった。
2人はそこに近づく。
受付を担当していた教師が2人に気づく。
「……制服でくるとは。……クラスと名前を教えてくれ」
「2年1組、ナタク・ユーバッハ」
「2年1組、フェオラ・ローエンハイムですわ」
「……ほう。君達が」
「なにか?」
「いや、エキシビジョンのことでな。話題になってただけだ。じゃ、これを渡す。失くすなよ」
名前を教えると興味深げに2人を見る男性教師。それにフェオラが顔を顰めて反応すると、教師は苦笑いをして理由を教えてくれて、2人に番号が掛かれたコイン1枚と紙1枚をそれぞれに渡してくる。
それを受け取って受付を離れる2人。妙に視線を感じる。
「まさか生徒にまでエキシビジョンのことバレてねぇよな?」
「バレてると思った方がいいと思いますわよ?」
「だりぃ」
「ところで、数字は何でしたか?私はコインが【152】で、紙が【78】でしたわ」
「……コインは【153】。紙は【351】だな」
「ふむ。コインからすると、学年成績順でしょうか?」
各学年は150名ジャストだ。つまり2年生で筆記試験2位と3位である2人であることを考えれば納得がいく。
「そうなると俺の【351】って誰だよ?」
「それはコインの数字と同じ意味とは限らないのでは?」
「それもそうだなぁ。めんどくさそうだなぁ」
壁際に座ってのんびりしながら話す2人。特にナタクは制服なので目立つ。2人の目に映る範囲で制服の者はいない。それが普通であるが。
「見つけた」
「見つけたぞ!」
そこに複数の影が2人に近づく。スカーミャとアレンと取り巻きの2人だ。
スカーミャは黒のタイツのようなタイトな服装。アレンは銀色の甲冑を身に着けている。
「ナタク・ユーバッハ!今日こそは君をって何で制服なんだ!?やる気あるのか!?」
「あるわけねぇだろ」
「きさ」
「ここなら逃げられない。戦ってもらう」
「嫌だね」
「むぅ……」
アレンはナタクに指差して宣戦布告しようとするが、制服を見て驚く。それに対するナタクの言葉に怒鳴ろうとするが、そこにスカーミャが割り込んで口をパクパクして固まる。
スカーミャはいつも通りの無表情だが、やや執念を見せてナタクに戦意を示すが、相変わらずナタクは即答で拒否する。それに眉間に皺を寄せて唸るスカーミャ。アレンはスカーミャとナタクの関係を知らないので、首を傾げていた。
「ナタク・ユーバッハ!貴様!スカーミャさんにまで迷惑をかけていたのか!!」
「うるさい邪魔」
「……」
アレンはナタクに詰め寄るが、庇ったはずのスカーミャに邪魔扱いされる。ナタクとフェオラはそれを呆れて見ていた。
「はぁ~。めんどくせぇ」
「あなたのせいでしょうに」
2人は他人事のように話している。それをアレンは顔を顰めるが、今度は怒鳴っては来なかった。
そして時間になったのか、闘技場の客席にセットされた壇上に学園長や教員が立つ。
『おはようじゃ諸君。今日からいよいよ合同実習じゃ。日頃の授業や鍛練の成果を思う存分発揮しておくれ』
学園長の声が闘技場全体に響く。その言葉に生徒達は背筋が伸びていく。
『此度の合同実習の期間は5日間じゃ。合計3つの実習試験を行う。今日はその1つ目じゃ。内容は【バトルロワイヤル】じゃ』
内容に生徒達はざわつく。ナタクとフェオラはその内容に顔を顰める。
「嫌な予感しかしねぇ」
「ですわねぇ」
『この後ここで全生徒同時に戦ってもらう。最後10人まで残るまで行い、その10人に残った者はもちろん評価は高いぞい』
学園長の言葉に気合を入れる者、顔を青くする者など様々な反応をする生徒達。
『ただし、もう1つルールがある。それは配られたコインと紙じゃ』
その言葉に一斉に自分のコインと紙を見る生徒達。
『コインは君達自身。そして紙はターゲットじゃ。例え10人に残れなくてもターゲットのコインを奪い、自分のコインを死守すれば評価の対象になり、次の試験ではシード権のようなものを与えられる』
「ふ~ん」
「戦略も見るということですわね」
『注意してほしいのは、相手のコインを奪っても、自分のコインが奪われれば意味は無い。両方のコインを持って合格とする』
その言葉に再び様々な反応を示す生徒達。
『敗北判定は2つ。戦闘不能になるか、客席に飛び込むかじゃ。そして最後に、このバトルロワイヤルには教師も参加する』
教師参戦という言葉に絶句する生徒達。ナタクとフェオラの2人は顔を完全に苦渋に染める。
「完全に断った仕返しじゃねぇか」
「ですわね」
「ってことは俺のこの数字。ランダムじゃねぇな?」
「講師の方でしょうね」
「……嫌な予感すんなぁ」
ナタクは紙の数字を睨む。
「……3年1組の担任の女か?」
「アキュトロン講師ですか?……そうですわねぇ。数字で言うとその可能性は高そうですわ」
「……おい。スカーミャ」
「何?」
「お前のターゲット。俺か?」
「うん」
「……公平性もくそもねぇな」
ナタクは頭を抱える。流石にフェオラも露骨過ぎて呆れていた。
「まぁ、いいか」
「いいのですか?」
「文句言ったところで変わるかよ。どうせ早いか遅いかの話だ」
ここで文句を言っても残りの実習でどうせ何かしら操作されることは十分考えられる。
『コインは飲み込むなどは禁止じゃ。服のポケット、または握っておくかのどちらかに限らせてもらう。もちろん魔法で固定するなどはありじゃ。とりあえず、相手が取れるようにしておけばよい』
それを聞いてナタクはブレザーのポケットに、フェオラはズボンのポケットにコインを入れる。
『開始と同時に今いる場所はシャッフルさせてもらうぞい』
「フェオラのターゲットが分かんねぇな」
「構いませんわよ。3年生を狙えばどこかで当たるでしょう」
「その前に倒されてる可能性あるぞ?」
「その時は程々で諦めますわ」
2人はのんびりと話している。それをアレンや周りの者は呆れて見ていた。これから戦いが始まり、その結果で人生が左右されかねないというのに、全く緊張をしていない2人。図太いのか、馬鹿なのか周りには判断出来なかった。
そして、参加する教師陣も闘技場内に下りてくる。その中にはミニーダもいた。
「やっぱりあいつっぽいな」
「どうするのですか?スカーミャさんはナタクを追ってきますわよ?」
「まぁ、適当にやるさ」
肩を竦めてあくびをするナタク。それにため息を吐いて立ち上がるフェオラ。
『では、始めるぞい』
闘技場内の緊張感が高まる。ナタク1人を除いて。
『試合、始めぇ!!』
学園長の合図と同時にグニャリと空間が歪み、さらに浮遊感も感じた一同。
それが落ち着くと、広さが倍近くになった闘技場の中に立っていた。
ナタクは周りを見ると、隣にいたフェオラがおらず、スカーミャ達も見当たらなかった。周囲はまだ混乱している様だが、突如闘技場の一角から空に炎が放たれる。
「もう始まっています!やられたいのですか!?」
声を上げたのは教師のようだった。
その言葉に全員がハッとして、近くの者に戦いを仕掛ける。一気に闘技場内が怒号と悲鳴と爆発音に染まっていった。
「お~お~。張り切ってんねぇ」
「ナタク・ユーバッハ!!」
「ん?」
ナタクは周りを見ながら突っ立っていると、突如名前を呼ばれる。それに振り返ると、ミニーダが猛スピードでナタクに迫ってきていた。
「……なんであいつから来るんだよ」
「貴様のターゲットは私だ!コインが欲しければ私を倒すしかない!!」
「……なんで自分からバラすんだよ」
「そんなのんびりしていると!!」
ナタクはミニーダの行動に呆れている。それにミニーダは顔を顰めて、強く踏み込む。直後バン!!と音がしたと思ったら、ミニーダは拳を構えた状態でナタクの左横に現れた。
「一瞬で終わるぞ」
ナタクがミニーダに目を向けた瞬間、ミニーダは右フックをナタクの脇腹に放つ。ナタクはそれを一歩後ろに下がり、紙一重で躱す。ミニーダは続いて左ストレートを放つ。それをナタクは右に跳んで躱す。
ミニーダは少しだけ目を見開く。しかし、またバン!と弾ける音がすると、ナタクの後ろに回り込んでいた。ナタクは振り向かずに体を捻って裏拳で殴りかかる。ミニーダはそれを腕でガードしようとするが、直前でナタクの腕が止まる。
ナタクは裏拳をフェイントにして、後ろ下段回し蹴りを放って、ミニーダを足払いする。回し蹴りを利用してミニーダと向き合い、拳を放とうするがミニーダはバランスを崩しながらも膝蹴りを放つ。
ナタクはすぐさま両腕をクロスして、膝蹴りをガードし、その勢いを利用してミニーダから離れる。ミニーダもバランスを崩していたので、追撃は出来なかった。
「……まさか……ここまで動けるとは」
ミニーダは構え直しながら目を見開いている。ナタクは直接ガードした右腕をプラプラして、めんどくさそうにミニーダを見る。
「あ~ジンジンする。チキショウ。インファイト型の【雷魔法】使いかよ。だりぃ」
「!!」
ナタクの言葉に目を見開くミニーダ。
「……もう気づいたのか?」
「はぁ?あんなにバチバチ放電してたら気づくだろ普通」
「………」
ナタクの言う通りミニーダは【雷魔法】の使い手だ。ただし『体に走らせることしか出来ない』。自分の体に電流を流して、一瞬だけ身体能力を上げる。そして触れた相手に電流を流す。それがミニーダの戦術だ。確かに身体能力を上げる際は一瞬だけ体から放電し弾ける音がするが、今までミニーダと戦った多くの者は音速で動いた音と捉えるのだ。
初見で見抜かれたのは同じ【雷魔法】の使い手や高速で動く魔法の使い手ばかりだった。
「……貴様も【雷魔法】を?」
「んなこと誰が言うかよ」
「………」
ミニーダは警戒して構えて、ナタクを睨む。ナタクは両手をポケットに入れて、気だるげに立つ。
「それだけの実力がありながら……」
「実力を曝け出せばいいってもんじゃねぇだろ」
ナタクの言葉にギリッと歯軋りをして、再び飛び出そうとする。その時、割り込むように影が飛び込んできた。
「!!……貴様は」
「見つけた」
「……はぁ~。来やがったよ」
現れたのはスカーミャだった。スカーミャはナタクをジィっと見る。
「やっと戦える」
「1対1じゃなくていのか?」
「これも戦いだから構わない」
「……さよで」
「行く」
スカーミャの周囲に風が舞い上がる。
「……【風魔法】か」
「違う」
ナタクの推測を否定して、スカーミャは右腕を振り上げる。右腕に風が集まり、細い竜巻が立ち上がる。それは細いが、その周囲は風が強く、砂や間近にいた者を巻き上げる。それに周囲の者達も慌てて離れる。その竜巻をミニーダも目を見開いて見上げる。
「これは【嵐魔法】」
スカーミャが腕を振り下ろすと、竜巻が蛇のようにうねりながらナタクに迫る。
「どう避ける?」
ナタクは両手をポケットに入れたまま、その竜巻を見る。どう避けるのかスカーミャやミニーダは注目していたが、なんとナタクはそのまま吹き飛ばされたのだった。
「え?」
「なぁ!?」
スカーミャとミニーダは目を見開く。
ナタクはそのまま上空に吹き飛ばされるが、上空で体勢を整えてスカーミャ達に背中を向けて、観客席に降り立った。そしてポンポンと右手で汚れを落とすように服を叩くと、右手を顔の横まで持ち上げる。
するとナタクは、チャリッと右手の指の間に2枚のコインを挟んでいるのを見せつける。
「っ!?まさか!?……ば、馬鹿な……!」
「え?」
コインを見たミニーダは目を見開いて、慌ててポケットを確認する。そしてあるはずのコインが無くなっていることに気づいて愕然とする。
それを見たスカーミャも呆然とナタクを見る。
ナタクはコインを仕舞うと、顔だけでスカーミャを振り返り、ニィ~と嗤って手をヒラヒラと振る。
「……ま、まさか……!」
「スカーミャ・シィアンの竜巻を利用して戦闘離脱……だと……!?初見でそれを考えた!?」
体ごとスカーミャ達に向くナタク。体どころか服すらも傷付いては無かった。
「魔力障壁……!?」
スカーミャはナタクが竜巻を利用しようとした理由に気づいた。
『スカーミャの竜巻では俺の魔力障壁を破れない』と確信していたのだ。
「っ!!」
スカーミャは下唇を噛んで悔しがる。ここまで感情を表出したのは学園に入って初めてだった。怒りを抑えきれず、沸き上がる感情のままに右腕を振るい、竜巻を生み出す。周囲の者達は逃げきれずに巻き込まれて、観客席に吹き飛ばされていく。竜巻は闘技場を縦横無尽に動き回る。
バアァン!!
「!!」
突如、竜巻が根元から破裂して掻き消される。
スカーミャは再び目を見開いて、バッ!と顔を向ける。
「随分と騒がしいですわね」
そこにはフェオラが立っていた。マントを靡かせて左手を腰に手を当てて仁王立ちして、スカーミャを見ている。その目は冷たく、そして鋭い。ナタクの傍にいる時とは全く違う雰囲気に、スカーミャとミニーダは一瞬ゾクっと悪寒が走った。
「全く……ナタクが関わると良い事と悪い事が極端ですわね」
「おい」
「事実ですわ」
フェオラがため息を吐きながら愚痴ると、いつの間にかナタクがフェオラに一番近い観客席にもたれて座っていた。ナタクは抗議の声を上げると、フェオラは特に驚かくことなくジト目で言い返す。
「……どうやって……?」
感情に任せて生み出した竜巻だが、決して弱くはなかった。むしろナタクに放った竜巻より強かった。
それをフェオラは簡単に打ち消した。
スカーミャは顔を苦渋に顰めて問いかけるが、フェオラは肩を竦めるだけだった。
ギリィ!と歯軋りをしてフェオラを睨むスカーミャだが、フェオラはそれを無視して観客席に近づいてフワリと飛んで観客席に移動する。
「お?見つかったのか?」
「えぇ。幸運でしたわ」
「おめ」
「どうもですわ」
近づいて来た教員に2枚のコインを渡しながらナタクに笑顔を向けるフェオラ。ナタクの横に座ろうとするが、その前にナタクが立ち上がる。
「ナタク?」
「あ?もう終わったんだから帰っていいんだろ?」
「まぁ、そうですわね」
「だったらこんな騒がしい所で寝ることもねぇよ。もっと静かな所に行こうぜ」
そう言ってナタクは闘技場を出ようと歩き出す。フェオラはそれに苦笑しながら追随する。
それをスカーミャとミニーダ、そしてアレンは睨みつけるように見送る。
学園長も顎髭を撫でながら2人を見送る。
「ふむぅ。やられた、と言うのも可笑しな話じゃが。一本取られたかの。まぁ、今回はこれまでかのぅ」
スカーミャやミニーダから要望があり、面白そうだからと対応したがこれ以上は流石にやり過ぎだと考える学園長。
「しかし、ユーバッハ君の何があそこまで頑なにしているのかのぅ?」
あそこまで頑なに戦いを避け、力を使わない理由は何なのか。
学園長はナタクが出ていった通路の入り口を見て、それを考えていた。