1-4 私が1番
翌日、今日もナタクは樹の上で横になっている。
そこにフェオラがやってきた。
「珍しいですわね。連日同じ場所でサボっているなんて」
「ここはあんまりバレないからな」
昨日と同じ位置にフェオラも座る。
「あぁ、そういえば。ツダダン講師は担任から外されて、1か月ほど謹慎だそうですわ。レオンヴァルトさんは本日のみ謹慎だそうですわ」
「ふ~ん」
「新しい担任はノトラ・カウロン講師ですわ」
「……誰?」
フェオラから昨日の騒動の顛末を聞くも興味なさげなナタク。そして新しい担任の名前を聞くも、誰か分からなかった。ナタクは授業なんてほぼ出ていないので、教師の顔なんてほとんど知らない。だから名前を聞いても分からない。
フェオラは呆れてため息を吐く。
「まぁ、そうでしょうね。薬学を教えている女性講師の方ですわ。おっとりした方のようでしたので、もう昨日のようなことは無いと思いますわ」
「あったら俺は学園長に抗議に行くぞ」
「ちゃんとナタクの言った通り、入り口や掲示板に決闘や出席について掲示されましたわ」
きちんと決闘のルールや出席の自由について細かく記されたものが、朝には学校中に貼られていた。
「で?サボる奴増えたか?」
「多少は増えたみたいですわね。図書館も人が多くて困りますわ」
「そうか。これで俺の存在は薄れるな」
サボる者が増えれば自分の事も珍しくなくなると思い、頷くナタク。
「それはどうでしょうか?」
「あ?」
「昨日のナタクの戦闘技術が注目されてますわ。学園長に褒められたのも拍車がかかってますわね」
「……マジかよ」
フェオラの言葉にがっくりするナタク。昨日のギャラリー達が学園長が褒めていた受け流しと魔力障壁について噂しまくったのだ。
ナタクはフェオラの方に体を向けて、頭を手で支えて心底嫌そうな顔をしてボヤく。
「めんどくせぇ~」
「諦めてくださいまし」
「見つけた」
「「!!」」
バッ!!とナタクは後ろを振り向くと、すぐ横に少女の顔があった。
深紅のショートボブに同じ紅い瞳を持つ少女。
ナタクの少し下の枝の上にしゃがんでいるため、顔だけが目の前にあった。
「あら?スカーミャさんではありませんか」
「ども」
フェオラは知っているようで、スカーミャもフェオラにペコっと挨拶する。
「……誰だよ」
「誰って……筆記試験1位の方ですわ」
「あぁ?こいつが?」
「うん」
フェオラの言葉にナタクはスカーミャを見ると、スカーミャはコクリと頷いた。
あまり表情に変化が無くて困惑するナタク。
「で?1番さんが何か用か?」
「私と戦ってほしい」
「嫌だよ」
「……」
即答で拒否されて表情も変えずに固まるスカーミャ。
「せめて理由くらいは聞いて差し上げてはいかがですの?」
「嫌だよ」
「……理由は?」
「聞いたら引き受ける流れになりそうじゃん」
フェオラはスカーミャをフォローするが、ナタクの言葉にため息を吐いて諦めた。
「じゃあ、次の合同実習で戦って」
「嫌だよ」
「……どうしたら戦ってくれる?」
「ぜってぇ戦わん」
「……なんで?」
「俺に何一つ得がねぇ」
ナタクの言葉にスカーミャは初めて眉尻を下げて、困ったような表情になる。
「何があればあなたに得が生まれる?」
「戦わないって言ってくれることだな。俺は戦うという行為そのものを無駄に思ってる」
「……」
それでは何をしても戦えない。スカーミャはさらに困ってしまう。
フェオラをチラッと見るが、フェオラは苦笑して首を横に振る。
「むぅ……困った」
「それは大変だな」
「あなたのせいでしょうに」
「ちげぇよ。こいつが戦いたいなんて思うからだよ」
「……なんて正論のような暴論を」
ナタクの屁理屈に流石に呆れるフェオラ。
そこにスカーミャは唸るのを止めてナタクを見る。
「じゃあ、あなたから戦いたいと思う様にすれば問題ない」
「ねぇよ」
「それは私が考える」
「……」
「暴論を暴論で返されるとどうしようもなくなるのですねぇ」
フェオラはある意味似た者同士だと思った。
「今日は帰る」
「もう来んなよ」
「それは私が決める」
そう言って軽やかに枝から飛び降りるスカーミャ。
それを見送ったナタクは仰向けになって頭をガシガシと掻きむしる。
「なんで俺には変な奴ばっかり来るんだよ……!?」
「あなたが誰よりも変人だからでは?」
「……本気で色々と吹っ切りやがったな。フェオラ」
「それは嬉しいですわ♪」
爽やかな笑顔をナタクに向けるフェオラ。
それを見て、敗北感が押し寄せたナタクだった。
翌日。
ナタクは昨日とは場所を変えていた。
今日は空き教室にシートを曳いて寝転んでいた。
机を積み重ねて並べて、廊下からは見えない様にしていた。
フェオラには見つかったが。
「なんで分かるんだよ」
「あなたの考えそうなことなんて、性格が分かれば直ぐに想像できますわ」
「……さよで」
しかし、もう1つ分からないことがある。
「で?なんで膝枕になってんだ?」
「仕方ないですわ。ここ、狭いんですもの」
フェオラは作ったスペースの奥に足を伸ばして座り、その太ももにナタクの頭を乗せていた。足の先は机の隙間に入れている。
確かにもうナタクの脚は作ったスペースギリギリで、これ以上下がれば足が出てしまう。
「……お前がいいならいいけどよ」
「構いませんわよ」
「……さよで」
本当に色々と吹っ切れたようだ。今までならどこか1歩引いていたのだが、兄の一件のせいか遠慮が無くなった。
まぁ、いい女に膝枕されて嫌な気分になる男はいないので文句はない。
「足が痛くなったら言えよ」
「ええ」
そうしてナタクは目を瞑り、フェオラは読書をする。
体勢はともかく最近この状況が妙に心地いいと感じているのも確かだった。
「見つけた」
「「!!」」
目を向けるとスカーミャが立っていた。
「……なんでここが分かった?」
「全部の空き教室を見て回っただけ」
「……なんで俺が空き教室にいると思った?」
「校舎の外に気配がなかった」
「……校舎の外がどんだけ広いと思ってんだよ」
スカーミャの言葉に呆れるナタクとフェオラ。
「で?また戦えとか言うのか?」
「うん」
「嫌だよ」
「分かってる」
「なら諦めろよ」
「嫌だ」
「……」
「最近やり返されるのが増えてますわね」
自分の言動を真似されると、自分も何も言い返せないことに最近気づいたナタク。
顔を顰めるがどうしようもないので諦めて寝ることにした。
すると、体の上に何かが乗っかる。
「……何してんだよ」
「寝させない様に邪魔する」
「……そういう手で来たか」
「うん」
ナタクが寝られない様にして、ナタクから『邪魔をするな』という賭けで決闘を申し込ませればいいと考えたスカーミャ。
しかし、直後にナタクはそのまま目を瞑り、寝始める。スカーミャはナタクを揺さぶるが目を開けない。それどころか完全に寝息が聞こえてくる。
「残念ですが、本気で寝ると逆に何をしても起きませんわ」
「どうすれば起きる?」
「満足したら、ですわね。おかげで以前寮の門限に遅れたことがありますわ」
「……むぅ」
フェオラの言葉にスカーミャはまた唸って考え込む。
他の手を考えるためにナタクの上から離れて、教室を出る。そして水をかけようと考えてバケツに水を入れて教室に戻ると、そこには誰もいなかった。
「全くめんどくせぇ」
「起きれるんじゃないですか」
ナタクは廊下を気だるげに歩く。その後ろでフェオラがジト目でナタクを見る。
「お前の時は本気で寝てたぜ?」
「嬉しくありませんわ」
「分かってるよ。しかし、気配で気づくってなんだよ」
「魔法でしょうかね?」
「多分な」
「どうしますの?」
「だったら気配が多い所で寝る」
「は?」
ナタクが移動したのは体育館だった。そこでは生徒達がスポーツをしたり、組み手をしていた。
ナタク達は体育館の2階の物置にいた。
「こんなところまで……」
「ここの鍵壊すのに苦労したんだよ。見た目では壊れてない様に見せかけねぇといけねぇし」
「壊すんじゃありませんわ」
「ここならしばらくは来ねぇだろ」
バサッとマットの上にシーツを出して広げる。2枚ほど重ねると横になる。フェオラも諦めて横に座る。
一応換気扇だけは動かしておく。
その日はスカーミャはナタク達を見つけることは出来なかったようで現れなかった。
放課後になり、寮に向かう2人。
「よし。明日なら決闘挑まれても合同実習のせいで準備期間になるから教師共も許可しねぇ」
「前日ならばって準備で施設は使えなくなるのでしたわね」
「そういうことだな」
前日は準備のため、実技系に関わる施設が使用禁止になる。
今日は合同実習5日前。明日決闘を申し込まれても、申し込まれた翌日から3日間空けなければならない。なので、申し込まれても決闘する場所が無いのだ。
「まぁ、どうやっても受ける気はないから関係ねぇけどな」
「意地を張りますわねぇ」
「なんで目立ってまで戦うんだよ。馬鹿じゃねぇの?」
「目立たないと【英雄科】には行けないからでしょう」
「馬鹿だよなぁ。誰が敵になるか分かんねぇのに」
「え?」
ナタクの言葉にフェオラは目を見開いて足を止める。
それにナタクも足を止めて、フェオラに振り返ることなく話を続ける。
「まさかここの卒業生全員が順風満帆で正しく生きていると思ってないよな?」
「……それは」
「ここの卒業生の半分は卒業後、犯罪者として捕縛、または殺害されてるんだぜ?」
「……!!」
「この学園は入学前の親や本人の肩書は問わないし、入学後もそこを問題視はしない」
「そうですわね」
「本当に分かってるのか?つまり、指名手配犯の子供、もしくは本人だって入学できるんだぜ?」
ナタクの言葉にフェオラは一瞬呼吸を止めてしまう。
「だからこの学園では自己申告以外での身分の詮索はタブー扱いになってるんだぜ?」
「……そういうことですか」
この学園では暗黙の了解として、入学前の身分や親の仕事については尋ねてはならないとされている。自分から話すのであれば問題にならないが、それが嘘かどうかなど調べるのは許されない。
フェオラはそれは王族などへの不敬を防ぐためであり、下手をすると卒業後の就職に大きな影響をもたらす可能性があるからだと考えていたが、ナタクの言葉で全く違うものだったと理解する。
「それだけじゃねぇ。国が違えば戦争が起きるだろう。傭兵・冒険者になれば敵になることの方が多い。命を奪い合うんだ。だから、下手に相手の事情なんて知らない方がいいんだよ。自分の力も晒すのもな」
ナタクはそのまま歩き始める。
フェオラはそれに続くも、考え込んでしまい、会話は無かった。
そして翌日。
1日経てば2人の雰囲気もいつも通りだった。
今日は樹の上で寝ている。
まだスカーミャは現れていない。
「1番さんなんだ。もう間に合わないことは分かってるだろ」
「だといいですわねぇ」
「なんだよ?」
「決闘が駄目なら、合同実習で何か仕掛けそうだと思いまして」
「……嫌なことを言うなよ」
合同実習はナタクも強制参加だ。内容は当日に知らされる。そこにまでスカーミャの手が伸びるとは思わないが、嫌な予感もある。あの学園長が面白がる可能性はあるのだ。
「見つけた」
「……やっぱり来たか」
「ですわね」
今日もスカーミャがやってきた。
「なんだよ?もう今から決闘申し込んだって承諾しねぇし、間に合わねぇぞ?」
「分かってる」
「じゃあ、なんだよ?」
「学園長から呼ばれてる。フェオラも」
「「は?」」
スカーミャの言葉に2人はポカンとする。
「……本当に学園長を巻き込みやがったのか?」
「うん」
「……お前」
「……やりましたわねぇ」
「ブイ」
ナタクとフェオラは片手で顔を押さえて呆れる。
それにスカーミャは無表情でピースをする。それにイラっとする2人だが、もう呼ばれているのでどうしようもなかった。
2人は諦めて、スカーミャに付いていく。
向かった先は学園長室だった。
中には学園長とミニーダ、それに水色のロングパーマヘアをした白色のスーツを着た身長低めの女性がいた。
「おぉ、すまんのぅ。わざわざ呼び立ててしもうて」
「全くっす」
「ナタク。それは言わなくていいですわ」
学園長は自分の椅子で朗らかに笑いながら、2人を労う。それにナタクは正直に不機嫌を表出して、フェオラに咎められる。
ミニーダも顔を顰めたが、隣の女性が抑えていた。
「ほっほっほっ!正直でよろしい。さて、呼んだのはじゃな。合同実習についてじゃ」
「……本当にこいつの要望を聞いたんですか?」
「面白そうじゃったからのぅ」
学園長の言葉にナタクは顔を顰める。
「内容はの、各学年筆記試験上位3人と教師を含めたバトルロワイヤルじゃ」
「……バトルロワイヤル?」
「うむ。エキシビジョンマッチじゃな」
その言葉にナタク達は首を傾げる。
「そのままじゃよ。学生9名と担任教師3名で行う乱闘戦じゃ」
「ふ~ん。めんどくせぇな」
「ナタク……」
「ほっほっほっ!」
思った事を正気に言うナタク。それにフェオラは右手で顔を押さえて呆れ、学園長は楽しそうに笑う。
「もちろん特典もある。出場するだけでその後の合同実習は前半が免除。勝ち残れば全て免除じゃ。教師に勝てるわけじゃしの」
「断ったら?」
「ふむ?特に何もないのぅ。最初から合同実習に参加してもらうだけじゃ。これで評価が不利になるとかはないのぅ」
「じゃ、不参加で」
学園長は参加する利点を説明する。それにナタクは不参加の場合を尋ねる。
学園長は少し首を傾げるも、すぐに説明する。
それを聞き終えた瞬間、ナタクは即決する。それに周囲は目を見開く。学園長も流石に一瞬フリーズした。
「不参加かの?」
「そうだよ。不参加」
「……理由を聞いてもよいかの?」
「ダルイ」
「ナタク・ユーバッハ!!貴様!!」
「せ、先輩!」
ナタクの言葉にミニーダは我慢が出来なくなって、声を荒げる。もう1人が止めに入るも、もはやミニーダは止まらなかった。
「貴様はこの学園の生徒の自覚があるのか!?」
「あるよ」
「だったら何故断る!?」
「卒業後に殺されたくないからだよ」
『!?』
ナタクの言葉にフェオラ以外の全員が目を見開いて固まる。
フェオラは昨日話を聞いていたので、なんとなく理由を理解していた。
「どういうことだ!?」
「はぁ?知らねぇのか?卒業生半分の末路」
「なぁ!?」
「俺は殺し合うかもしれない奴らに力を晒す気はねぇ」
「……なるほど、のぅ」
ミニーダは再び叫ぶが、ナタクの言葉に絶句する。ナタクは面倒な表情を隠さずに言い切る。それに学園長は少し悲しげに目を瞑り呟く。
スカーミャはジィっとナタクを見つめる。
「この学園は別に正義の味方を育ててるわけじゃねぇだろ?」
「そうだの。そうなってほしいとは思うが」
「はっ。【英雄科】【傑物科】を作った時点でお察しだよ」
「………」
ナタクの確信しながらも吐き捨てるような言葉に学園長は押し黙る。
「貴様!それ以上学園を侮辱するなら【英雄科】に進めなくなるぞ!」
「安心しな。初めから行く気はねぇよ」
「……!?」
ナタクは両手をポケットに入れて、気だるげに話す。
「俺は英雄なんぞになる気はねぇよ」
ナタクの宣言にミニーダは完全に固まる。
それを横目でチラッと見て、すぐにナタクは学園長に視線を戻す。
「と言うことで、俺は不参加で」
「……仕方ないのぅ」
「……むぅ」
「では、私も不参加でお願いしますわ」
ナタクは不参加を表明する。それを学園長は受け入れたことで、スカーミャは少し眉間に皺を寄せる。
すると、そこにフェオラも手を上げて不参加を表明する。
「ふむ。理由は何かの?」
「私は実家の問題で目立つわけにはいかなくなりましたので。【英雄科】も辞退するつもりですわ」
「え!?」
フェオラの言葉にミニーダを抑えていた女性が驚きの声を上げる。
「そんな!ローエンハイムさん!」
「申し訳ありません。カウロン講師。これはもう決めたことですわ」
「うぅ……!で、でも……!」
ノトラ・カウロンはフェオラの言葉に引き下がろうとする。
ナタクは「こいつが新しい担任か」とチラッと目を向けるも、すぐに興味を無くした。
「話は以上でしょうか?学園長」
「……うむ」
「では、失礼しますわ。行きましょう。ナタク」
「おう」
2人は踵を返して、学園長室を後にする。
残った4人には微妙な空気が流れていた。
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〇スカーミャ・シィアン
身長155cmで無表情キャラ。
深紅のショートボブで、同じ紅い瞳を持つ。胸は普通。
制服は茶色のブレザーに赤いネクタイ。スカートは黒で黒のスパッツを履いている。
基本無表情の不思議キャラ。
信条は『興味をあるものは逃がさない』
〇ノトラ・カウロン
身長153cmでおっとりキャラ。
水色のロングパーマで常に微笑みを浮かべている。胸は大きめ。
元副担任。2年1組の新しい担任でミニーダは指導役で一緒に居る。薬学担当している。
白いスーツに白のスカートを着ている。
信条は『人に優しく、己に厳しく』