1-3 戦わん!
合同実習まで後1週間。
ナタクは変わらずサボっている。しかし最近はフェオラも何も言わなくなり、むしろ時折ナタクを見つけ出しては隣に座って自習するようになった。
ちなみに今も隣にいる。
「……随分と図太くなったもんだ」
「今日の午後の講義は教科書を読んで少し補足するだけですもの。その程度なら図書館の著書で簡単に調べられますわ」
「だからってわざわざここに来るか?ここ、樹の上だぞ?」
ナタクとフェオラがいる所は、林の一角にある大樹の枝の上。かなり太い樹なので枝も太く、人が寝転ぶくらいは余裕である。
「ここもいいですわね。騒がし過ぎず、日差しも弱いから心地いいですわ」
「春と初夏限定だけどな」
「十分でしょう」
「気を付けろよ?下から下着見えるぞ?」
「大丈夫ですわ。ちゃんとスパッツ履いてますので」
「……さよで」
枝に寝転ぶナタクのすぐ斜め上の枝に座り、幹にもたれながら本を読むフェオラ。
「でも、急にどうしたんだよ?別に授業受けながらでも他の事出来るだろっていうか、してたじゃねぇか」
今までフェオラはつまらない授業の時は教室内で自習していた。
それが急にサボってここに来るのは、他に原因があるだろうとナタクは考える。
すると、フェオラのページを捲る手が止まる。そして顔を顰めてナタクを見る。
「あなたのせいですわよ?」
「は?」
「あなたのせいであれから教室にいると、レオンヴァルトさんが声を掛けてきて鬱陶しいのですわ」
フェオラの言葉にナタクはポカンとするが、その後のアレンの名前にナタクも顔を顰める。
アレンはあの後からナタクをさらに敵視するようになり、ナタクと仲が良いフェオラを引き離そうとし始めたのだ。
「ちっちぇ~」
「全くですわ。おかげで彼のファンとやらからは睨まれて、嫌味を言われるわ、勉強の邪魔をしてくるわで二重苦ですわ」
「うわぁお~。それが【英雄科】志望の方々のすることかねぇ」
「おっしゃる通り。はぁ~、私も志望先考えますわぁ」
「あ?いいのかよ?実家は」
フェオラの実家は没落直前の侯爵家だ。フェオラはそれを防ぐために、この学園で【英雄科】を目指し、要職を希望していた。
「……お兄様がやらかしたそうですわ。功を焦ったのか所属したばかりの騎士団の小隊1つを全滅させたそうですわ」
「はぁ?お前の兄貴ってまだ卒業したてで入隊したばっかだろ?なんでそんなことになってんだよ」
「手紙では演習だったそうですわ。新人のみで小隊を組んで、指揮や連携の役割を把握させる訓練でお兄様が指揮役。そこに野党が現れて緊急出動になったのですが、何故かお兄様は訓練の小隊のまま出撃。他の小隊は編成し直しをしていたせいで出遅れ、駆けつけた時には6人いた小隊で生き残ったのはお兄様のみ」
「それは……無理だなぁ。嵌められた、とも言えねぇ」
「その通り。まぁ、訓練で付いていた上官も流石に処罰を受けましたが、どう考えてもお兄様達の判断ミス。生き残ったのはお兄様のみ。しかも指揮官役。これで責任逃れなんて出来るわけもないし、減罰も望めませんわ」
ナタクもなんとか逆転出来ないかと考えたが、どうにも出来ないミスだった。
フェオラは本を閉じて、表紙を撫でる。
「流石にお兄様は次期当主は継げません。そして女である私も同様ですわ。他に嫡子は無し。没落寸前の貴族と婚約する貴族なんているはずもなく、これで没落は確定ですわ」
フェオラは上を見上げて、目を瞑る。
ナタクは何も言わないし、顔を少しフェオラから背ける。
「お父様から絶縁状が届き、私はお爺様の家に養女となったので貴族ではありますわ。でも、お爺様には他にも嫡子や孫がいる。私はあくまで籍があるだけで、帰るわけにはいきません。お家騒動になってしまいます。だから【英雄科】になっても勇者と言えるだけの功績を得られない限り、下手な功績は邪魔になるだけとなりましたわ」
「そうだなぁ。じゃ、俺とのんびり【傑物科】で過ごそうぜ。その内、なんか色々と道が見つかるだろ?下手に【英雄科】に行く必要はねぇさ。ここでの成績が全てじゃねんだ」
「そうですわね。それも楽しそうですわ」
再び2人は静かに過ごす。
1時間もすると、2人の空気はいつも通りに戻っていた。
夕方になり、2人は寮に向かう。
「んあ~!今日も良く寝た!」
「良い事なんでしょうが、なんか違和感がありますわねぇ」
「気にすんな」
「そうしますわ」
ナタクの言葉に苦笑して頷くフェオラ。
「見つけたぞ!」
そこに邪魔者が現れる。
アレンである。右手には木剣を持っている。そして後ろには以前にもいた2人の男女がいる。
「何か?レオンヴァルトさん」
「今日は君じゃない!ナタクだ!」
「あぁ?」
「君に決闘を申し込む!」
「嫌だね」
「は?」
アレンは自信満々にナタクに決闘を申し込むが、ナタクは即答で拒否する。
それにアレン達はポカンとする。フェオラはやっぱりと苦笑していたが。
「何故だ!」
「馬鹿か。俺に受ける理由がねぇ」
「申し込まれただろ!」
「受けなきゃいけねぇ決まりはねぇ」
「逃げるのか!」
「逃げはしない。戦わんだけだ」
アレンはナタクの言葉に唖然とする。
ナタクはいつも通り両手をポケットに入れて、気だるげにアレンを見る。
「それが逃げると言わずになんと言う!」
「馬鹿か。決闘断ったら逃げたことにされるなんてどんな暴論だよ。意味もない戦いを避けるのは戦士の鉄則だろうが。この決闘に俺に利点があったなら、逃げたって罵ればいいが、こんな一方的にいきなり申し込まれたって利点なんてねぇだろうが」
「これは誇りを賭けた戦いだ!」
「俺はお前に賭ける誇りはねぇよ」
めんどくさそうにアレンに返答するナタク。それが油を注いでいると何故気づかないのだろうかとフェオラは不思議に思う。
「話は聞かせてもらった!」
そこにネッケが現れた。
それを見てナタクとフェオラは『また面倒なのが来た』と顔を顰める。
「この決闘!俺が見届け人となろう!思う存分戦うがいい!」
「ありがとうございます!」
「なんで受けた流れになってるんだよ」
ナタクは突っ込むが、ネッケとアレンには届かなかった。
「これより!アレン・レオンヴァルト対ナタク・ユーバッハの決闘を始める!!武器・魔法はあり!ただし!殺したり、後遺症となるような攻撃は禁止する!」
「聞けよ」
「どうした!準備しろ!」
「だから聞けって」
何故かナタクの声は2人の熱血漢には届かない。
「いい加減観念しろ!ナタク・ユーバッハ!申し込まれた以上、ここで逃げるのならば停学処分となるぞ!」
「職権乱用が出たぞ。おいフェオラ。あれって指導に入るのか?」
「無理があるでしょう」
流石にフェオラもネッケの言い分に呆れる。
偶々通りかかったギャラリー達もアレンやネッケの言い分に首を傾げていた。
「では!決闘を始める!」
「遂に教師が生徒の意見を区別して差別したぞ」
「行くぞ!」
「おい英雄候補」
「始めぇ!」
ナタクの苦情を一切無視して、ネッケは腕を上げて、振り下ろす。
同じくナタクの苦情を無視したアレンが開始と同時に飛び出して、木剣を構える。
未だにナタクは両手をポケットに入れたまま、気だるげにしている。
「はああああ!!つぅえい!!」
アレンの木剣を赤く輝かせて、斬り上げる。
ナタクはそれを避けれずに放物線を描いて吹き飛ばされる。そしてそのまま校舎の窓と壁を突き破って、さらに教室の壁も突き破る。
「え?」
アレンはそれを唖然と見つめる。
ネッケやギャラリーもポカンと口を開けて、割れた窓と穴が開いた教室を見つめる。
「しょ!勝者!」
「何が勝者なのかね?ツダダン先生」
「え!?が、学園長!?」
ネッケはナタクが現れないことを確認して、勝者の宣言をしようとするが、突如後ろから声が掛けられる。
後ろを振り返ると、そこには長い白髪を後ろで纏め、白髭を蓄えた老人の男性がいた。
「学園長!これは!」
「全て知っておるわい」
「!!」
ネッケは学園長に弁解しようとするが、一言で封じられる。
「ツダダン先生や」
「は、はい!」
「儂は決闘を闘技場以外で行うことを許可した覚えはないのぅ。しかも申し込んだ直後に行うのも初めて見る。普通は最低でも3日は空けて準備させるものじゃろう」
「そ……れは……」
「それに儂が聞いておった限りでは、ユーバッハ君は決闘を承諾しておるようには見えなかったがの?誰か、ユーバッハ君が決闘を受諾したと見なせる言葉を聞いた者はおるかね?」
「私はユーバッハさん側と言えるかもしれませんが、少なくとも一番近くにいた私は聞いておりませんわ。学園長」
学園長の言葉にネッケは完全に沈黙し、さらにフェオラもこの決闘の異常性を証言する。
「うむ。儂もそうじゃの」
学園長はフェオラの意見を採用する。
「ツダダン先生。この決闘……いや、暴力と言えるかの。この暴力に教師が加担するとは情けない限りじゃ」
「!!」
「それに君は先ほどユーバッハ君を停学にするなどと言っておったが、何を理由に停学処分を下す気じゃ?儂は『無益な決闘は断る勇気も大事であり、それを理由に侮辱されることはあってはならん』と今年の入学式で言ったばかりなんじゃがのぉ」
「「!!」」
学園長の言葉にネッケだけでなく、アレンも目を見開く。
「聞いておらんかったようで残念じゃのう。ツダダン先生。流石に今回は見過ごせぬ。生徒を『無意味に』差別する教育だけはあってはならん。ただでさえ【英雄科】と【傑物科】を成績で差別しておるんじゃからな。しかし、それは生徒に過分な重責を負わせないためじゃ。意味のある差別とまだ言えよう」
ネッケは顔を真っ青にして膝を着く。
学園長は次にアレンを見る。
「レオンヴァルト君」
「!!は、はい」
「君が考える英雄像は『他人が嫌がることを自分の理屈で押し通す』ことなのかの?」
「な!?そんなわけ!」
「だったら何故、ユーバッハ君は決闘を断ったのに、武器も持たせられないまま、吹き飛ばされておるのかの?」
「……!!」
「君の誇りというのは、気に入らない者には無抵抗でも叩きのめすことなのかの?」
「違います!」
「しかし、今の君の行いはそう言うものじゃ」
学園長は優しくも鋭くアレンの行動を非難する。
アレンは唇を噛んで俯く。
「さて……そろそろ出てきたらどうじゃね?ユーバッハ君」
「……やっぱバレてるよなぁ」
『な!?』
開いた校舎の穴からナタクがユラリと出てきた。血どころか制服すら破れておらず無傷だった。
それにアレンやネッケ、そしてギャラリーは目を見開いて驚く。
「流石じゃのう。見事な受け流しと【魔力障壁】じゃ」
「そりゃどうも」
学園長の誉め言葉をナタクは顔を顰めて返答する。
「魔力……障壁……?受け流した……?あの攻撃を?」
「あぁ?だから追撃来なかったのか?なんだよ。見抜かれたと思って待ち構えてた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
アレンは唖然と呟くが、ナタクはそれを聞いて後頭部をボリボリと掻きながら呆れる。
その言葉に学園長の言葉が真実だと理解するアレン。
「いや、あれはユーバッハ君が見事過ぎるぞい。その歳であれが出来て見抜ける者などそうはおらんぞい」
「そうか?フェオラは見えてただろ?」
「もちろんですわ」
「ほう!これは今年の2年生は逸材じゃのう」
「やめてくれ。俺は楽に生きたい」
「ほっほっほっ!それもまたお主の人生じゃ。好きに選べばよいじゃろうて」
学園長はナタクの言葉に笑い声をあげる。
「さて、この決闘は無効じゃ。そしてツダダン先生は後程会議をして処分を決定する。レオンヴァルト君に関しては、まぁ明日1日謹慎というところじゃろう。どうかね?ユーバッハ君」
「別にお咎めなしでもいい。もうこんなことが起きない様にしてくれればな。決闘のルールとか授業の出席の自由とか、目に付くところに提示でもしてくれ」
「ふむ。そうじゃの。勘違いしておる者が教師にもおるようじゃしの。分かった。では、解散してくれてよいぞ」
学園長の言葉にギャラリー達は解散する。
ナタクとフェオラも移動を始める。
「大丈夫ですの?」
「どう見えてるんだ?」
「眠そうですわね」
「お見事。マジ眠い」
「相変わらずですわねぇ」
変わらず気だるげに歩くナタク。それに苦笑しながらも楽しげに付いていくフェオラ。
それを見てアレンは悔しげに顔を顰めて、両手を握る。そして、ゆっくりと寮へと向かい始める。
学園長は校舎を修繕しながら、その2組を見送る。
「両極端の若者じゃのぉ。どのような道を歩むのか楽しみじゃわい」
ナタクとアレンの行く末を楽しみにしながら修繕を終えて、会議のために歩き始める。その後ろを項垂れたネッケが付いていくのであった。