2-2 暑苦しい
本日もナタクは樹の上で横になっている。いつも通り横の枝にはフェオラがいる。
しかし、最近新しい顔が加わるようになった。
クエンタである。
「……本当に毎日寝ておるな」
「だから言ってんだろ?意味ねぇってよ」
「だから言ったでしょう?馬鹿らしくなると」
「確かにな」
あれから1週間経過した。
マスリフは大人しく謹慎しており、サイーダも絡んで来ない。他にも監視していた者達がいたが、クエンタが映像に撮っていたと言う言葉に怖気づいたようで、その直後からは視線を感じなくなった。どうやら表立って敵対する気は無いようだった。
「しかし、結構の人数に密命が来ているな。他国の者も含めると30人は超えているぞ」
「何がしたいのかねぇ?」
「クエベラ王国以外は取り込みたいのであろうな」
「馬鹿かよ。英雄になる気ねぇって言ってんのに。国に従うとでも思ってんのか?」
「それが分からんから密命を出しているのだ。どこにでも権力が1番と思う輩はいる」
「ですわね」
うんざりした顔をする3人。
「……実習が厄介だなぁ」
「ですわね。このままでは確実にどこに行っても勧誘の嵐ですわよ?」
「もしくは暗殺の嵐だな」
「……だりぃ」
「まぁ、私達も暗殺に注意しないといけませんわね」
「そうだな。私はそろそろ実家から絶縁状が届く頃だろう」
クエンタは完全に実家の命に背いた。間違いなく怒り狂っているはずだとクエンタは考える。学園にいる間は大丈夫だろうが、学園を出れば間違いなく暗殺者が待ち構えているだろう。
少しでも醜聞を減らすために、先に絶縁状を送ってきて関係を絶つことが多い。
「学園内では大丈夫だろうがな」
「だといいけどな」
「……嫌なことを言うな」
「私の実家もそろそろ動くと思うのですがねぇ」
フェオラの実家は未だに動きを見せない。フェオラの祖父ならば動くと思うのだが、まだ何も言ってこない。
「従わないって分かってるからじゃね?」
「その可能性はありますが……」
「……もしかしたらだが」
「どうかしましたの?」
「動けないのではないか?確かローエンハイム家はエーデルヴァルト夫婦を敵視していた公爵家の派閥だったはず」
「……確かにその可能性は高いですわね」
言われてみればと思い出すフェオラ。父が当主をしていた分家は、寄親が違ったのでエーデルヴァルト夫婦とは特に敵対していなかったので忘れていたのだ。
「まぁ、俺はどうでもいいわ」
「一番の当事者が一番他人事か……」
「お国とか関係ありませんからね」
目を閉じて眠り出すナタクにフェオラとクエンタはジト目を向ける。話題の中心人物が一番縛られるものがないという身軽な状況に思うところがある者は多いだろう。
ナタクからすれば勝手に騒いで、勝手に苦しんでいるだけなのだが。
講義が終わり、クエンタはナタク達と別れて自室に向かっていた。
「すまない。クエンタ・シェオーバは貴様か?」
「ん?」
呼び止められて振り返ると、そこにいたのは、
「何か用だろうか?ブレア生徒会長」
立っていたのはブレアだった。
すでに眉間に皺を寄せて顔が険しい。それにクエンタは厄介そうな話のようだと同じく眉間に皺を寄せる。
「ナタク・ユーバッハと行動を共にするようになったと聞いた」
「それが生徒会長に何か関係があるのだろうか?」
「あいつを説得してほしい。生徒会に入ってくれとな」
「断る」
「……何故だ?」
「私に利益がない。それに説得して聞く奴でもないのは分かっているだろう?私の言葉で頷くくらいなら、とっくに生徒会に入っているだろうさ」
クエンタは内心で『こいつは何を言ってるんだ?』と呆れていた。どう考えてもナタクが引き受けるわけないし、なったとして仕事をするとは思えない。
クエンタの言葉にブレアは更に顔を顰める。
「……あいつは生徒会長に相応しい実力がある。生徒達を守るべき力を持っているんだ」
「……だから?それは強制するものではないと考えるが?それに【英雄科】を目指す者達が守られているのを良しとしているのもどうかと思うがな」
「……っ!」
「その言葉はまず学園長や教員に言うべき言葉だろう。生徒を守るべき存在でもあるのだから」
クエンタはブレアに背を向けて歩き出す。ブレアは歯軋りをして、その背中を睨む。
「何故だ……!何故せっかくの力を人のために使わない……!?」
その言葉にクエンタは足を止める。
「使うことを望まれない者もいる」
「……え?」
「もうすぐ私は家から絶縁され、この学園を出れば暗殺者を向けられるだろう。ナタク・ユーバッハを探れと言う王国と家の命令を放棄したからな。従っていたとしても、手柄は奪われ、妾腹の私は用済みとなる」
「な……!」
「そんな私が英雄になどなってみろ。確実に暗殺は過激になるだろうな。恐らく国を挙げて私を殺しに来るだろう。もちろん私は抵抗する。さて、そうなるとどれだけの人が巻き込まれるだろうか?」
「……」
「ローエンハイムもそうだな。あやつも活躍することを望まれていない」
クエンタの話にブレアは目を見開いて固まる。それをクエンタは首だけで振り返り、憐みの視線を送る。本当に清廉潔白な世界ばかりを見て、育ってきたのだろう。クエンタやフェオラのような存在はいくらでもいると言うのに。
3年もこの学園に居て、生徒会長をしている者がそれを知らないとは、ある意味人を馬鹿にしている様にクエンタは感じた。
「別に会長の志を否定する気も邪魔する気もない。しかし、その志には必ず影が生まれ、その影でしか生きられない者がいることも知る努力をするべきだ。英雄となったそなたの相手は、その影から出てくる者なのだからな」
今度こそクエンタは歩き去る。ブレアは顔を俯かせて、立ち尽くすことしか出来なかった。
ブレアはゼオフとナタクの戦いを見てから、自分が今まで信じていたものが揺らいでいた。しかし、それでも間違っていたはずがないと思ってきた。
それが悉く通じないナタク達をブレアは理解出来ず、信じられず、感情が制御出来なくなってきていた。
「……だとしても……私は間違っていない……!私は……【象徴】であり続ける……!」
ブレアは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
翌日もナタク達3人は屋上でのんびりしていた。
「2人は試験は大丈夫なのか?」
「問題ねぇな」
「ですわね」
「……流石だな」
「クエンタさんはどうですの?」
「私も今回も適当にこなすさ」
クエンタも常に適当に試験を受けていた。目立つわけにはいかないという理由があったことが大きい。
合同実習も適当にこなしていたため、ゼオフ騒動に巻き込まれる前に教師に出会い、避難していた。
「俺も今回は順位落とすかねぇ」
「確実に学園長に呼ばれると思いますわよ?」
「だな。むしろ今までも全力でやっていないとバレているのだろう?」
「……だりぃ」
ゼオフ騒動でナタクが今まで手を抜いてきていたことは、学園長や教師陣にバレてしまっている。ここで手を抜いて順位を落とせば、逆に問題となるのは間違いないだろう。
「俺からすればあれだけ手を抜いたのに、なんで3位なのか毎回驚いてんだがなぁ」
「ナタクの適当ラインが高いだけですわ」
「そうかぁ?」
「順位が物語っているだろう?」
「……さよで」
納得出来なかったが、否定出来る根拠もなかったので何も言えなかったナタクだった。不貞腐れたように目を閉じて寝たふりをし始める。
フェオラとクエンタはそれに顔を見合わせて苦笑する。最近のナタクはこの2人に言い負かされると、すぐに拗ねてふて寝するようになった。
妙に子供っぽいナタクの行動に、フェオラとクエンタは近頃それを見るのが楽しみになっていた。
しかし、そこに邪魔者が現れる。
「邪魔するぞ!」
大声を出して現れたのは、褐色肌に白い短髪を逆立てて、制服は袖が肩破れておりノースリーブになっている大男。ブレザーの下には何も身に着けておらず、鍛え上げられた腹筋が露わになっていた。
ニカッ!と白い歯を見せて腕を組んで仁王立ちしている男を、ナタク達は面倒そうに顔を向ける。
「帰れ暑苦しい」
「悪いが断る!」
「だろうな」
「そなた……何者だ?」
クエンタの録画した映像の中にこの男の姿はなかった。さらに同学年でもこのような目立つものがいた記憶はない。
「俺はバラム・ユバンキ!3年1組所属で【バドッカ王国】出身だ!」
「バドッカ王国ぅ?」
【バドッカ王国】はクエベラ王国からかなり南にある砂漠に囲まれた国だ。あまり侵略することもされることもない国だが、それは砂漠に囲まれていることと国民のほとんどが砂漠で生き残るために鍛えており、屈強な戦士ばかりであることが挙げられる。
そんな暑い国出身の暑苦しい男が突然やって来た。
「俺はお前をスカウトに来た!」
「帰れ」
「悪いが断る!国から催促がやかましいんだ!」
「無視しろよ」
「していた!しかし1年にいる妹が毎日『とっとと行け』とやかましいんだ!」
「妹に負けんなよ」
「俺は女に口や理屈では勝てん!馬鹿だからな!」
ぐわははははは!!と豪快に笑うバラムにナタク達は呆れるしかなかった。こういう輩は逆に理屈で追い返しても新しい理屈を与えられて、何度もやってくるのは目に見えている。
「じゃあ、そのスカウトを断る。そう国に伝えてくれ」
「その程度で引き下がるなら俺に連絡など来ん!」
「何?あんた、国で嫌われてんの?」
「追放されている!」
「妹は?」
「王女だ!だから、下手に男に近寄れん!」
『はぁ?』
妹が王女と言うことは、バラムは王子と言うことだ。追放されていると言うことは元王子と言うことになるのだろうが。
ナタク達はその暴露に呆けた声を上げる。
「王子が追放って何されたんだよ」
「親父を殺した!ただでさえ自給が難しく、他国から輸入している水にさらに税金をかけるとかぬかしやがったからな!反乱ギリギリだと知っていたくせに、そこで水なんぞ押さえられれば反乱するしかなくなるに決まっているだろうが!」
『あぁ~……』
気持ちは分からなくはないし、多分それをやると間違いなく反乱が起こっただろう。
「なるほど……やったことは間違ってはいないが、王を殺した反逆者を褒め称えるわけにもいかなかったか」
「そういうことだな!」
その言葉にナタク達は本当に面倒事が来たと理解した。元王族が国のために動き出して、簡単に引き下がるわけがない。しかも後輩に王女もいる。バラムを送り返したところで王女が来たら、もっと面倒になるのは想像出来る。
ナタクは顔を顰める。
「だりぃ……」
「ということだ!悪いが我が祖国に来てもらいたい!」
「断る」
「報酬は言い値で出すとの事だ!」
「断る」
「公爵の地位も用意しているそうだ!」
「断る」
「王女の降嫁も考えている!」
「殺されても断る」
「ぬ……ぬぅ……」
取り付く島もないナタクの返答に顔を顰めるバラム。金・地位・女全てを用意してもダメだと言われてしまうと、この場での勧誘は難しい。
「ならば、どうすれば我が国に来てくれるんだ?」
「行かねぇ」
「……ぬぅ」
「帰れ」
「……仕方ないな。今日の所は帰ろう」
「では!次はわたくしですね!」
「「あぁ?」」
バラムが出直すことを考えると、そこに新しい声が響く。
現れたのは緑の髪をハーフアップに纏めた女性。左手に扇子を持ち、派手過ぎない程度にイヤリングや指輪を身に着けている。
「……今度は誰だよ」
「お初にお目にかかりますわ。ナタク・ユーバッハ様。わたくしはエルトリンデ・ベランガリアと申します。3年2組所属で【ファレルド王国】の者です」
「……勧誘はお断りだ」
「そうおっしゃらずに!」
【ファレルド王国】はクエベラ王国から西にある森が多い国だ。木材産業や農業にかなり力を入れており、多くの国が輸入している。そのためファレルド王国に攻め入ると周囲の国も敵にすることになりかねないため、手を出す国は少ない。
「先ほどそこの者が言っていた条件にわたくしも女の1人として参加致しますわ!」
「だからいらねぇって」
「……わたくしではご不満ですか?」
「俺は胸がデカい女が好みだ」
「……」
エルトリンデは顔を顰める。エルトリンデは美人ではあるが、胸はまな板と呼べるほど全くない。そのため、周囲では【エルフ姫】と呼ばれているが、本人は全く嬉しくなかった。
そして不意にナタクの傍にいるフェオラとクエンタが目に入る。2人の胸は確かにデカかった。
「……たかが……脂肪の塊だけに……!」
「その脂肪の塊に幸せを感じてるんだ。てめぇに否定される謂れはねぇ」
「……なんでしょうか。喜ぶべきなのかどうか分かりませんわ」
「……まぁ、嫌われるよりはいいのではないか?」
フェオラとクエンタは複雑そうな顔をナタクに向ける。
「俺はどこの国にも所属する気はねぇ。帰れ」
「「……」」
「頑なだな」
「今の所面倒事しか持ってこねぇじゃねぇか。国の連中は」
「否定できませんわねぇ」
「それによぉ、なんで俺が【英雄科】が嫌だって言ってんのか考えねぇ奴多すぎだろ」
その言葉に全員がナタクに注目する。
「その程度の条件で国に靡くなら、とっくの昔に【英雄科】目指してるってんだよ。……俺の力を舐めてんのか?英雄を殺した力を求めておきながら」
『!!!』
ナタクから魔力が溢れ、バラム達の体に重く圧し掛かる。心臓を掴まれたように感じて、呼吸も苦しくなる。
すぐにナタクは魔力を引っ込めたので意識を飛ばすことはなかったが、たった数秒で4人は冷や汗が止まらなくなり、息を荒くする。
「もう一度言うぞ?帰れ。次は……その体ごと消し飛ばす」
「「……!!」」
ナタクは無機質な目をバラム達に向ける。
バラムとエルトリンデはその視線に背筋に怖気が走った。2人は何も話せずに、ただ頭を下げてナタク達の前から去る。
「はぁ……ナタク、いきなりはやめてくださいな。心臓に悪いですわ」
「おお。わりぃ。大丈夫かと思ってた。ちょっと出し過ぎた」
「……あれでちょっとなのか……」
「化け物ですわね」
「うるせぇよ」
フェオラの冗談交じりの苦情に苦笑しながら謝るナタク。クエンタはあの魔力量で『ちょっと』と言うナタクに呆れる。今の魔力量は明らかに教員達すらも超えている。
その後は特に誰も来ることなく、平和に時間が過ぎ、寮に帰るころにはすっかりバラム達との絡みは忘れ去っていたナタク達だった。
その翌日からは特に何もなく、中間試験を迎えた。中間試験は3日間に分かれている。
この期間はナタクが教室に現れる希少な時期でもある。
もちろん特にトラブルはなく、あっという間に3日間は過ぎる。
「あぁ~……ダルかった」
「あまり授業は進んでなかったですわね」
「全くだな」
ナタクは背伸びをして体をほぐす。フェオラも拍子抜けとばかりに声を上げる。それにクエンタ
も同意する。
そこにノトラが近づいてくる。
「ユーバッハ君、ローエンハイムさん」
「なんでしょうか?カウロン講師」
「学園長が呼んでいるの。悪いけど来てくれないかしら?」
「あぁん?……めんどくせぇことになる気がしてきた」
「ですわね」
「私もご一緒しても?」
「え?……うん。大丈夫だと思う」
学園長からの呼び出しに嫌な予感がするナタクとフェオラ。それにクエンタも同行することにして、ノトラ先導で学園長の元に向かう。
試験が終わった途端の呼び出しにただの面倒事ではないだろうと考えるナタクだが、逆にどのような内容なのかは想像出来なかった。
特に中間試験後の予定は何も言われていないので、その気になれば何でも仕掛けられるのだ。
学園長室に入ると、中には見知った顔が多く揃っていた。
それにナタクは盛大に顔を顰める。
中にいた生徒はブレア・アレン・スカーミャ・バラム・エルトリンデに初めて見る男の6人。それにミニーダとノトラも学園長の後ろに立つ。
学園長は椅子に座って、ナタク達に笑みを向ける。
「すまんのぅ。試験が終わって早々呼び出してしもうて」
「全くっす」
「ですからナタク。そこは言わなくてよろしいですわ」
ナタクの態度にミニーダ、ブレア、アレンが顔を顰めるが、学園長は特に問題視しなかった。
「で?なんの用っすか?」
「うむ。ここにおる者達からの、君と決闘をしたいと言われておるのじゃよ」
「断るに決まってんでしょ」
学園長の言葉に即座にナタクは拒否を占める。学園長はそれに苦笑する。
「そう言うとは思っておったがの。今回ばかりは、君の願いだけを聞くわけにはいかん。1人だけならまだしも、ここまで希望者が集まっておるからの一概に君の意思だけで決められんのじゃ」
「俺に得がないじゃないっすか」
「だから、それをここで決めようと言うわけじゃな」
「……くそだりぃ」
「すまんのぅ」
ナタクは顔を顰めたまま入ったところから動かない。その横にはフェオラも立っており、少し顔を顰めている。クエンタは腕を組んで呆れたように面々を眺めている。
「……そいつらと順番に戦えと?」
「そこもまだ決めておらん。流石にそれはどうかとも思っておる」
「……バトルロワイアル」
「むぅ?」
ナタクの言葉に全員が注目する。
「だから、バトルロワイアルだ。ここにいる全員で同時に戦い、勝ち残った奴が1人勝ちだ」
「……それなら一度で済むのぅ」
学園長はその案に頷く。
しかし、挑戦側の面々は難色を示す。
「……私は1対1がいい」
「だったら、まずは周りの連中を倒すことだな」
「それにそっちの連中は俺に勝ったら国に来いとか言うつもりだったんだろ?」
「……そうだな」
「その通りです」
「だったら尚更同時にやるしかねぇだろ。順番にやるってなっても、まずその順番で揉めるじゃねぇか」
バラム達はナタクの言葉に同意するしかない。
「今すぐ決めろ。まずはお前らの中で俺に挑む奴を決闘で決めるか、俺も含めて全員同時に戦うか。この2択だ」
「……はぁ。バトルロワイアルを希望する」
「わたくしもです」
「同じく」
「私は反対」
「……僕も反対だ」
バラム、エルトリンデ、初見の男はナタクの提案に賛同する。しかしスカーミャとアレンはあくまで1対1を希望する。ブレアは腕を組んで悩んでいる。
「……」
「私はバトルロワイアルを希望しますわ」
「私もだ」
「……お前らも出んの?」
「ここにいる全員でのバトルロワイアルなのだろう?」
「だったら私達も参加資格はありますわよね?」
「……さよで」
「と、いうことでバトルロワイアルに決定だな」
フェオラとクエンタの言葉にブレア、スカーミャ、アレンは顔を顰める。
「待て。そもそも多数決で決めるなんて決めていないぞ」
「だったら俺は戦わねぇ。バトルロワイアルじゃないなら、てめぇらの中から俺と戦う1人を決めろ。そして負けた奴は俺への挑戦権を失う。それが俺が決闘を受ける最低条件だ」
「っ!……貴様……!」
ブレアは顔を顰めてナタクを睨む。
それにミニーダも声を上げる。
「往生際が悪いぞ!流石にこれ以上は見逃せん!」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「確かに決闘は拒否の権利はある!しかし、戦闘行為が出来ない明確な理由なく必要以上に拒絶する場合は謹慎、停学の処罰が可能となる!」
「俺は拒否してねぇだろ?ちゃんと条件出して、それに応じれば戦うって言ってるじゃねぇか」
「詭弁だな!ならば全員と1対1で戦え!」
「アキュトロン先生」
学園長がミニーダに声を掛ける。
「それは言い過ぎじゃの。過干渉じゃ」
「しかし!」
「何度も言っておるがのぅ……。この学園は【英雄】を育てておるではない。【英雄】も、じゃ。あくまで【英雄科】は選択肢の一つ。その在り方に固執するのはこの学園の教師としては間違っておる」
「……っ!」
「すまんかったのぅ。ユーバッハ君」
学園長がナタクに頭を下げる。それにミニーダは固まって何も言えなくなる。
ナタクは気だるげのまま、立っている。
「まぁ……今回は謝罪を受け入れる」
「感謝する」
「ただし」
メンドクサそうにナタクは学園長の謝罪を受け入れる。それに再び頭を下げる学園長にナタクはすぐさま声を続ける。
「次に同じことがあったら、俺はこの学園を辞めさせてもらう」
『!!』
ナタクの宣言に全員が目を見開いて固まる。
「ぶっちゃけ言っとく。俺は別にこの学園に価値なんて求めてねぇ。ただ俺は見たかっただけなんだよ」
「……何をかね?」
「この学園を卒業する奴らは【英雄】を超えられるのか」
「……」
「結論は聞くまでもねぇよな?」
ナタクの言葉に学園長は目を伏せる。フェオラとクエンタはナタクを見つめる。ブレアやアレン、スカーミャは顔を顰めて両手を握り締める。
「で、今ので決めた」
「……決闘の事かね?」
「そうだ。方法はバトルロワイアル1択。勝ち残るのは1人のみ。そして決闘は審判である学園長以外観戦不可だ。それ以外の決闘は絶対に受けねぇ」
その言葉に学園長は頷く。
「嫌がる君を戦わせるのじゃ。それぐらいは譲歩せねば不公平じゃの」
「言っとくが、今回だけだぜ?」
「もちろんわかっておるよ」
学園長がはっきり頷いたのを見て、ナタクは背を向けて退室する。それにフェオラ達も付いていく。
ブレア達はそれを黙って見送る事しか出来なかった。
「随分と思い切ったことを言いましたわね」
「そろそろ鬱陶しかったからな」
「アキュトロン先生があれで大人しくなるとは思わんがなぁ」
「別に騒ぐなら構わねぇよ。どうでもいいからな」
ナタク達はいつも通りの雰囲気だった。フェオラとクエンタは先ほどのナタクの言葉について尋ねることはなかった。答えないと分かっているからだ。
「しかし……ナタクが止めるなら私はどうしましょうか……。正直、私も学園に固執する理由が無くなりましたしねぇ」
「私もそうだなぁ。ナタクはここを辞めたらどうするのだ?」
「あ?決めてねぇよ」
「「……はぁ~」」
ナタクの言葉に2人はため息を吐く。
「じゃあ、なんで辞めるなんて言ったのですか?」
「別にどこに行ってもどうとでもできるからな」
「……凄い自信だな」
「冒険者にでもなってあちこちブラブラすればいいだろ」
「まぁ、それはそれで魅力ですわね」
冒険者に関しては【傑物科】でもなれる。だから中退しても問題はないと考えるナタク。それにフェオラも少し惹かれたように同意する。
「しかし、まずはあやつらとの決闘を乗り切らねばならないか」
「勝算はありますの?」
「別に負けてもいいしな」
「は?でも、負けたら」
「退学して逃げるだけだろ?」
「「……」」
ナタクの言葉にジト目を向けるフェオラとクエンタ。堂々と決闘の結果を無視する発言は少し情けなく見えた。
「はぁ……こんな人に執着するなんて哀れですわねぇ」
「全くだな」
バトルロワイアルも荒れそうだと、フェオラとクエンタは覚悟を決めるのであった。
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・バラム・ユバンキ
187cmの巨漢。
褐色肌に逆立った短い白髪。野生児のようなノースリーブの制服にシャツは着ていない。
豪快な性格の元王子。国からは密かに支援をすると言われたが固辞しているため、縁は切れている。しかし妹の王女が後輩として入学し、ナタクの件で手伝えと言われてしまう。今は純粋にナタクに興味を持ち、戦いを挑んでいる。
・エルトリンデ・ベランガリア
163cmのぺったんこ貴族令嬢。
緑の髪をハーフアップに纏めている。上はブレアと同じだが、下は白のフレアスカートを履いている。
ナタクを勧誘するために近づいた。地味にナタクは好みだったりする。
胸が大きい女は嫌い。