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英雄ってそんなに憧れるものかねぇ?  作者: 岡の夢
2章 英雄を嫌う理由
11/14

2-1 なんか増えた

 合同実習が終わり、2週間が過ぎた。

 生徒達も落ち着きを取り戻し始め、いつも通りの学園生活に戻っていった。

 ナタクとフェオラは相変わらず樹の上や屋上、空き教室でサボっていた。


「平和だねぇ」

「そうですわね」

「このまま皆、俺の事忘れてくれねぇかね」

「それは無理でしょう」

「……そこは嘘でも頷いてくれよ」

「それも無理ですわ」

「……」


 横で本を読みながらナタクの言葉をぶった切るフェオラ。最近フェオラにやり込められることが多くなった気がするナタクだった。

 今は屋上で横になっている。前は細い場所で寝ていたが、今では堂々と天幕まで広げて日陰を作り横になっている。もちろんフェオラがいるからだ。


「そういえば……」

「んあ?」

「最近は生徒会長やレオンヴァルトさんは突っかかってきませんわね。スカーミャさんも挑んで来ないですし」


 合同実習後からは3人はナタクに声を掛けなくなった。


「良い事じゃねぇか。それに今頃クエベラ王国にでも行ってんじゃねぇか?」

「あぁ……そういえばそろそろでしたわね」


 学園も落ち着いた頃に行うことになっていたクエベラ王の謝罪。最近の学園の様子を考えれば、そろそろ向かう頃だろうと噂になっていた。

 それに生徒会長のブレアとアレンが代表として向かうことになっていた。


「お前は家から何も言われなかったのか?」

「詳細を聞かれただけですわね。流石に命を狙われた状況では文句も言えなかったのでしょう」

「めんどくせぇ実家だな」

「全くですわねぇ。今回ので廃嫡されるかと思いましたが、何もありませんでしたわ」

「被害者だからじゃね?」

「でしょうねぇ。英雄と戦い、生き残ったことを咎める方が周りからの目は厳しいでしょうね。流石にゼオフの真実は広まったようですし」


 学園には様々な国から生徒が来るため、学園内の不祥事は下手に隠すと国へのダメージになる。なのでクエベラ王国は調査終了と同時に世界各国に事件の詳細を伝えたのである。

 もちろん学園長の訴えで、ナタクの名前は伏せられている。


「そろそろ違う意味でナタクに近寄ってくる者が現れるのでは?」

「そうかぁ?俺の情報はある程度伝わってんだろ?俺のサボり具合聞いたら国の要職連中は欲しいとは思わねぇだろ?」

「それがそうでもない」

「「!!」」

「ふっ!!」

 

 フェオラの言葉にナタクは気だるげに答える。そこに3つ目の声が響き、ナタクとフェオラは目を見開く。すると、フェオラがもたれている壁の上に人が現れ、ナタクに向かって蹴りを放つ。

 それをナタクは横に転がりながら腕だけで跳び上がり、フェオラも本を放り投げて前へ飛びながら後ろを振り返る。


「流石だな。あの姿勢から簡単に躱すか」


 蹴りかかった人物は着地したまま動かず、ナタクを見る。

 

「……女ぁ?」

「あら。あなたは……」


 現れたのは群青の髪をポニーテールに纏めた女性だった。スタイルもよく、フェオラに負けず劣らずの爆乳。スカートから覗く太ももは引き締まっている。目つきは少し鋭く、声も低めで話し方も男のようだった。


「確か……2組のクエンタ・シェオーバさん……でしたか?」

「……驚いた。まさか1組の才女に名前を憶えられていたとは」


 クエンタはフェオラが名前を知っていたことに目を見開く。

 それにナタクは顔を顰め、腕を組む。


「で?いきなりなんだよ?」

「おお。すまない。直にそなたの力を確かめたくてな」

「理由になってねぇぞ」

「……ふむ。やはりこの程度では騙されてくれんか。レオンヴァルトは簡単にこれに引っかかったが」

「あぁん?」

「ああ、すまぬ。馬鹿にしたわけではない。レオンヴァルトと比べるまでもないのは理解している」


 クエンタは両手を上げて、敵意がないことを示す。それにナタクもフェオラも全く警戒を解かずに睨み続ける。

 クエンタは2人の様子にため息を吐く。


「はぁ……本当に手強い。本当にこれ以上は攻撃するつもりはない。理由も包み隠さず話す」

「なら早く言えや」

「ですわね」

「……」


 全く警戒心を下げないナタクとフェオラに改めてやりにくさを感じて、クエンタは顔を顰めて両手を下げる。そして、その場に胡坐を組んで座り、腕も組む。


「……英雄ゼオフを討ちし素性不明の学生、ナタク・ユーバッハ。そなたを探り、監視せよと家から密命を受けた」

「バラしてんじゃねぇか」

「従う気は無くなったからな。家には適当な報告でも送る」

「……軍務卿補佐であるシェオーバ侯爵家がそれを見過ごすとは思えませんが?」

「……なるほど。そう言えば、そなたもクエベラ王国に家があったか」

「ええ。取り潰しになりましたが」

「……ローエンハイム。……そうか。あの騎士団騒動の」


 クエンタはフェオラの自虐にようやくフェオラの素性を知り、憂いに目を伏せる。そしてフェオラに頭を下げる。


「すまぬ。不快な思いをさせた」

「構いませんわ。もう、終わったことですもの」

「……そうか。……強いな」

「身近にサボり魔がいると、意地を張るのが馬鹿らしくなるものですわ」

「おい」

「はっはっはっはっ!そうかそうか!確かにそうかもしれん!」

「で?もう済んだなら帰れよ」

「断る」

「「は?」」

「そなたらは面白い。しばらく監視はせんが観察はさせてもらおう」

「一緒じゃねぇか」


 ニヤ!と笑ってクエンタは開き直る。それにナタクとフェオラは呆れてクエンタを見る。クエンタは胸ポケットから紙を取り出してナタクに放り投げる。

 ナタクはそれをキャッチして、中を見る。フェオラも素早く歩み寄り、覗き込む。

 紙には人の名前が5人ほど書かれていた。


「父からの手紙に書いてあった。恐らく他の生徒にも私と同じ密命が届いているはずだ」

「……これだけの者に?」

「ああ。恐らくもっといる。それに加え他国の者も少し怪しい動きを見せている」

「……ってことは、やっぱり国王は諦めてねぇってことだな」

「そうだな。クエベラ王はアレックス・エーデルヴァルトとは親友と言える間柄だったらしい。その息子と噂されているそなたのことをそう簡単に諦めるとは思えん」


 ナタクは盛大に顔を顰める。紙をクエンタに投げ返し、その場に座る。フェオラも考え込むように顎に手を当て、その傍に座る。


「……これをお爺様が見逃すとも思えませんわ」

「それで?なんでお前は親の命令無視するんだ?」

「無視はしていないぞ?別に命を賭けろなどとは言われておらんしな。所詮私は妾腹の娘だ。卒業したら家になど戻れん。どうせ父は私が偶々いたことを思い出しただけだろう」

「なぁ、お前らの国って普通の親いねぇの?」

「貴族の親などそんなものだ」

「ですわね」

「まぁ、私が適当に報告するなど父は欠片も思ってないだろうな」


 クエンタとフェオラは互いに頷く。それにナタクは呆れる。


「ということで、私からすれば下らん父の密命より、そなた達と仲良くなった方が卒業後役立つと思ったわけだ」

「……観察して楽しい事なんてないと思うがなぁ。なぁ、フェオラ」

「基本寝てますからねぇ。ナタクは」


 めんどくさげな雰囲気を隠さないナタクとフェオラにクエンタは苦笑いする。

 その後クエンタは屋上を後にする。それを見送って再び横になるナタク。


「本当に適当に報告すると思います?」

「思うわけねぇだろ。一度として密命とやらを放棄するなんて言ってねぇんだぞ?それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃねぇか。他にも見てる奴いたしな」

「ですわよねぇ」

「ま、好きにさせればいいんじゃねぇか?何も分かんねぇだろうからな」

「そうですわね」


 フェオラは苦笑して、再び読書を再開する。すぐに2人の雰囲気はいつも通りになった。





 クエンタは階段を下りて、空き教室に入る。


「……ふぅー。全く隙を見せんかったな。これは厳しいなんてものではないな」


 ナタクとフェオラは気を許したように振舞っていたが、体内の魔力はずっと臨戦態勢だった。それにクエンタが少しでも体を動かすと、目が鋭く動いた。それもほとんど気づけないレベルで。

 クエンタが気づけたのはそれと同じくらい2人を警戒して、観察していたからだ。クエンタは体が思い出したようにドッ!と冷や汗が流れてきた。


「……あの様子では何も情報を得ることは出来ないだろうな」

「おかえり。どうだった?」

「……」


 クエンタが汗をハンカチで拭うと、空き教室に2人の男が入ってきた。

 1人は水色のショートヘアの優男。もう1人は短い茶髪に190cmくらいのガタイの良い男だった。

 クエンタは2人に目を向けると、すぐに目を瞑りながら返答する。


「駄目だな。直ぐに素性もバレたし、全く警戒も解かなかった。近づいたところで何もわからんだろうな」

「……そうか。やっぱりローエンハイムも厄介だね」

「……何故あいつはこっちに協力しない?」

「ローエンハイムはすでに家とは絶縁状態だ。今回の騒動だって本来は褒められるべきことだが、わざわざ辞退している。それにローエンハイム家は何も言わないということは、成果を出すことすら望まれていないということだ。そんな者に密命など出すものか」

「……」

「だったら……僕が動いてみようか」

「お前が?」


 クエンタは腕を組み、眉間に皺を寄せながらガタイの良い男の言葉に反論する。すると優男が声を上げる。それにクエンタは疑わしげに目を向ける。

 優男は肩を竦める。


「君ではしばらく警戒を解くだけでも難しいだろう?だったら僕がローエンハイムに声を掛けてみよう」

「……お前でも警戒させるだけだと思うがな」

「だろうね。でも、君では出来ない手を打てる」

「というと?」

「婚約を申し付ける」

「……はぁ?」


 クエンタは優男の言葉にジト目を向けて声を上げる。

 

「僕も侯爵家の人間だ。僕との婚約は彼女の実家も反対しないだろうし、彼女も貴族の娘なら利益が分かるだろうさ」

「……好きにすればいい」

「そうさせてもらうよ」


 優男は自信満々に微笑みながら空き教室を後にする。それにガタイの良い男も付いていく。2人を見送ったクエンタはため息を吐く。


「はぁ~……馬鹿な男だ。絶縁状態の娘が同格以上の家に嫁ぐことを嬉しく思う当主がいると何故思える?しかも義理の娘だぞ。……最悪、暗殺者が送り込まれるぞ。そんなことになれば、それこそナタク・ユーバッハを敵に回す。なぜそれが分からん?あんな私ですら視線に気づけてしまうお粗末な監視だったのに」


 すでにフェオラは実家を、貴族の身分を切り捨てている。『意地を張るのが馬鹿らしい』。これは『貴族を捨てた』と言う意味だ。今更婚約などに尻尾を振る雌犬ではない。

 間近で2人を見てクエンタが抱いた感想は『2頭の獅子』だ。誇り高く、孤高である2頭の獅子が互いを認めて、並び立つことを許し合っている。実力ではない。信念で認め合っている。

 

「……英雄を超える力を持ちながら英雄を捨てる男。それに肩書を捨てても己が培った矜持を貫き立つ女……か。そんな者達に親の権力にぶら下がっているだけの私達が勝てるわけはない」


 クエンタがナタク達に話した境遇は事実だ。妾腹のクエンタのことを思い出した実父が『これをこなせばシェオーバ家の者として認めてやる』という言葉と共に密命を任せてきた。クエンタは情けないことに、その言葉に縋ってしまった。


「そんなわけ……ないではないか」


 例え情報を手に入れて報告しても、それはクエンタではなく実父の手柄になるだけだ。そしてクエンタは用済みになる。暗殺されるか、どこかの妾として売られるか。自由はない。誇りもない。まさにただの犬。


「……そんなものは……ごめんだ……!」


 クエンタは覚悟を決めた。





 翌日。

 フェオラは図書室で新しい本を探していた。


「ふむ。そろそろ実践的な魔力理論の本がいいでしょうか。……ナタクと内容をぶつけてみるのもいいですわね」


 本を2冊ほど選び、司書に貸し出しの手続きをして、図書室を後にする。

 廊下に出てすぐにフェオラの前を塞ぐ者が現れた。


「ローエンハイムさんかな?」

「そうですわ」 

「突然失礼。僕は」

「3組のサイーダ・ラタレフさん、ですわね」

「っ!!こ、光栄だね。僕の事を知っていてくれたなんて!」

「昨日も見ていたでしょう。シェオーバさんと目的は同じですわね。大方、私を取り込めばいいとでも思ったのでしょう」

「……!!」


 優男ことサイーダはフェオラの言葉に目を見開いて、口をパクパクする。それにフェオラはため息を吐き、まっすぐサイーダの目を見る。フェオラの力強い目にサイーダは気押され、1歩右足を後ろに下げてしまう。


「帰りなさい。私は貴族子息という肩書程度に尻尾を振る犬ではありませんわ。くだらない権力に笠を着る男に魅力なんて感じませんわ」

「……な!?貴様!!分かっているのか!僕と婚約を結べば、貴様の実家だって利益を得るんだぞ!」

「私は私の利益を求めています。あなたとの婚姻なんて不利益しかありません。ローエンハイム家がどう言おうが知ったことではありませんわ」

「……な……んだと……!」


 フェオラの言葉に絶句するサイーダ。フェオラはサイーダを冷たく見据える。カッ!と1歩だけ足を出すとと、サイーダは顔を真っ青にして大きく後ずさる。

 

「……この程度で気圧されるなら貴族としても3流ですわね」


 フェオラは歩みを進めて、サイーダに近づく。サイーダは完全に腰が引けて、壁際により道を開ける。フェオラは目を向けることもなく、サイーダの前を通り過ぎる。

 そして通り過ぎた所で足を止めると、


「私があなたの名前を憶えていた理由。それはあなたが私に不利益をもたらす可能性が高かったから、ですわ。……憶える価値もない小物だったようですが」

「……っ!」

「次にくだらないことで話しかけて来るならば……覚悟を決めてからにしてくださいまし」


 フェオラは一瞥することなく、歩みを再開する。その堂々とした背中をサイーダは苦々しく見送り、そして壁にもたれながら座り込んで頭を抱える。

 サイーダの小さなプライドは簡単に砕かれてしまったのだった。


「……ふざけるなよ……!貴族の誇りを捨てた売女がぁ……!」


 しかし、そのプライドはサイーダの全てだった。それを砕かれた怒りは計り知れず、もちろんサイーダはそれを制御できるわけはない。

 瞳を黒く濁らせ、怒りに顔を染める。


「後悔させてやる……!お前の言うくだらない権力でなぁ……!」


 ゆらりと立ち上がり、歩き去るサイーダ。その背中には禍々しい雰囲気が滲んでいた。





 ナタクは学園敷地内の隅っこにある小川の傍にある小さい原っぱで横になっていた。

 基本的にナタクはフェオラに関係なく、場所を気分で決める。ナタク本人は「フェオラがいようといまいとどうでもいい」と思っている。それにフェオラならどうせ見つけて、自分が過ごしやすい空間を勝手に作るだろうとも思っている。

 

「ん?」


 そこに近づいてくる気配。フェオラと比べると気配が堅苦しいし、粗暴な感じだった。


「……やっと見つけたぞ」


 現れたのは茶髪でガタイが良い男だった。

 寝ているナタクを見下ろす目には苛立ちが浮かんでいる。


「俺と戦ってもらう」

「はぁ?何言ってんだぁ?頭大丈夫かよ」

「……英雄を倒した力を見せろ」

「答えになってねぇよ。昨日ジロジロと盗み見てやがった変態野郎が」

「……!!」


 ナタクの言葉に目を見開く男。それにナタクは横になったまま見下す。


「本気でバレてねぇとでも思ってたのか?動物の方がまだ上手く盗み見るぜ?」

「……」

「大方、クエベラの密命受けた奴なんだろうけどな。あの英雄より弱いって分かってる奴になんでわざわざ力見せなきゃいけねぇんだよ。馬鹿じゃねぇのか?」

「……」

「それにクエンタ王の密命は俺の力じゃなくて、素性を探れってことだろうが。命令読み間違えてる時点で終わってんな」

「っ!!うるさい!!戦えぇ!!」


 男は目を血走らせて、叫びながら殴りかかる。ナタクは脚を振り上げ、逆立ちの要領で腕だけで跳び上がって躱す。

 男の拳はナタクが寝転んでいた地面に突き刺さる。


「不意打ち好きだよな。お前ら」

「うるさい!!」

「お前の声がな」


 ブン!ブン!と大振りで拳を振るう男。

 ナタクは両手をポケットに突っ込んで、あくびをしながらそれを躱す。


「舐めるなぁ!!」

「舐めるかよ気持ち悪い」

「ぬあああああああ!!!」


 男はさらに連続で拳を振るう。ナタクはそれを眠たげな目をしたまま、避けながら後ろに下がり続ける。男はもはやナタクしか目に入っておらず、周囲の状況に気づいていない。

 すると、ナタクが急に大きく後ろに飛び下がり、男と距離を空ける。男は肩で息をしており、追いかけられなかった。


「はぁ!…はぁ!…はぁ!」

「もうやめとけって」

「うるさい!!俺とぉ!!戦えぇ!!」

「何をしている!!」

「っ!!」


 男が再び殴りかかろうとすると、男とナタクの間に人影が飛び込んでくる。

 ミニーダだった。男は目を見開いて足を止める。


「な……なんでここが……!」

「何故だと?こんな目立つ所で何を言っている!」

「な!……っ!いつの間に……!」


 男が見渡すと左右に校舎が建っていた。学園敷地の隅っこだったはずが、ナタクを追いかけ回しているうちに校舎まで辿り着いていた。男は目を見開いて固まる。

 ミニーダはナタクにも鋭い目を向ける。


「また貴様か……!」

「俺は被害者だぜ?」

「どうせ貴様が挑発したんだろう?」

「証拠あんのかよ?」

「そうに決まっている」

「うわぁお!決めつけかよ。あんたって決めつけで善悪決めるんだな?今まであんたに補導された奴ら本当に全員悪い奴らだったのか?」

「……貴様ぁ……!」

「やめぬか。アキュトロン先生」


 ナタクの言葉にミニーダも顔を怒らせてナタクを睨みつける。

 そこに学園長が現れ、ミニーダを諫める。ミニーダはそれに慌てて姿勢を正す。


「が、学園長……!」

「今はナタク・ユーバッハ君が挑発したかどうかではなく、マスリフ・キーノン君の明白な暴力行為について咎めるべきであると思うがのぅ」

「も、申し訳ありません」

「さて、キーノン君。どのような理由があれ、鍛練・決闘ではない戦闘行為は原則禁止じゃ。それを知らぬとは言わせぬぞ?」

「……」


 学園長の言葉にマスリフは両手を握り締めて、顔を俯かせる。学園長はその様子を見ながら顎鬚を撫でる。

 学園長はマスリフの素性を知っており、クエベラ王が生徒に出した密命についても把握している。故にただ必死に密命を果たそうとしただけということも理解している。

 だからといって処罰しないという選択肢はないが。


「残念ながら暴力行為の現行犯じゃ。これは相手に当たっている、いないの問題ではないぞい」

「……はい」

「うむ。戦闘行為違反及び暴力行為現行犯で、謹慎1か月及び反省文の提出じゃ。3週間後の中間試験については別室にて受けれるように手配はしよう」

 

 処分内容にマスリフは項垂れる。試験は受けれるが、それまでの授業は全て受講出来ないのはマスリフには痛手だった。

 学園長はナタクに目を向ける。


「さて、ユーバッハ君についてじゃが……」

「一応言っとくが、俺は反撃なんぞしてねぇからな」

「そこなんじゃよ。それを証明出来るのがキーノン君だけじゃからのぅ」

「いえ。私が証言出来ます」

「あん?」

「ぬ?」


 腕を組んでめんどくさそうに話すナタクに、学園長は顎鬚を撫でて眉尻を下げる。

 その時、野次馬の中からクエンタが前に出てくる。


「君は2人の騒動を終始見ておったのかの?」

「はい。マスリフ同様、国より彼の監視を命じられております故、今朝より彼を監視しておりました」

「お、おい!」

「しかし、証言だけでは疑いは晴れん」

「これを」


 クエンタの言葉にマスリフは慌てるが、周りはそれを無視する。ミニーダは顔を顰めて証言の信憑性を疑う。それにクエンタはポケットから小さなガラス玉を取り出して、学園長に手渡す。

 

「……ふむ。『録画水晶』じゃの」

「はい。少しでも彼の情報を集めようと思い、使用しました」

「やめろ変態」

「……ふむ。確かに一部始終撮られておるな。ユーバッハ君は問題ないようじゃ」


 学園長は録画を確認し、ナタクが一切反撃していないと明言する。そして水晶をクエンタに返却する。ミニーダは顔を顰めてナタクを睨みつけるが、ナタクはそれを無視する。

 そこにフェオラがナタクに歩み寄る。


「平和と言うものは短く儚いものですわね」

「うるせぇ」

「おかげで私も巻き込まれそうですわ」

「さよで」

「失礼する」

「あん?」


 クエンタが声を掛けてきた。


「どうした?」

「これを渡そうと思ってな」


 クエンタが渡してきたのは【録画水晶】だった。

 受け取ったナタクは首を傾げる。


「なんだ?別に俺の録画なんて欲しくねぇぞ」

「それとは別物だ。それにはそなたを監視していた連中が録画されている。全員ではないと思うがな」


 苦笑しながら説明するクエンタ。その内容にナタクとフェオラは僅かに目を見開く。

 少し離れた所で内容が聞こえた学園長やミニーダも思わず振り返る。野次馬の何人かも顔を顰めているのがナタク達には見えた。


「……どういうつもりだ?」

「これはかなり問題ですわよ?」

「構わん。言っただろう?私は所詮妾腹だ。帰れぬ家と国に従う道理も義理もない」

「だからって敵対する必要もねぇだろ?」

「同じだよ。従ったところで、適当にこなしたところで、敵対したところで実家は私を飼い殺すか斬り捨てるかの2つだ。ならば気が晴れる方を選びたかった。それだけだ」


 クエンタの言葉にナタクもフェオラも顔を顰める。学園長も少し寂しげに目を伏せる。

 それにクエンタは苦笑する。


「気にするな。私もそなた達を見習うだけだ」

「はぁ?」

「己の矜持に従う。それだけよ」

「「……」」

「簡単に死ぬ気はない。そなた達も巻き込むつもりだしな」

「「はぁ!?」」

「そなた達を巻き込んだ方が生き残れる目が多そうだからな。博打に付き合ってもらおう」


 はっはっはっはっ!と笑うクエンタに、ナタクとフェオラは頭を抱える。しかし、吹っ切った顔をしているクエンタに言い返す気に慣れなかった。自分達も同じ道を通って、今に至るのだから。止めても無駄だと言うのは誰よりも理解している。


「……はぁ~……好きにしろ。ただ、巻き込むならちゃんと尻拭いしろよ」

「ですわねぇ」

「それはもちろんだ」


 ナタクとフェオラはうんざりと言う表情を浮かべながら歩き出す。それにクエンタは晴れやかな笑みを浮かべて頷きながら付いていく。


 こうしてナタクのサボりに新しい同行者が出来たのだった。

 

_________________________________________________

・クエンタ・シェオーバ

 

 身長164cmでボンキュボンのグラマラス美女。

 群青のポニーテール。目つきが鋭い。

 制服は茶色のブレザーに白いシャツ。黒いスカートに黒のタイツを履いている。

 やや男勝りの話し方で、声も低め。

 

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