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1-10 事情聴取

 翌日。合同実習は一時中止。

 ナタクは学園長に呼ばれて学園長室を訪れていた。


「さて、わざわざすまんのぅ。ユーバッハ君」

「早く終わらせたいんで構わねぇっすよ」


 部屋には学園長とユーロフの2人がいた。ユーロフはどこか鋭い目でナタクを見ていた。

 ナタクはそれを無視していた。なんとなく理由は分かるからだ。


「で?何を聞きたいんですか?ぶっちゃけ、俺は急に巻き込まれたので、あいつの動機なんて知らねぇっすよ」

「分かっておるよ。あくまでこれは形式じゃ。流石に暴走した英雄を倒した者に何も聞かないというのは問題なんじゃよ」

「へぇ~」


 ナタクはソファにもたれて座り、出されたお茶を飲む。


「……しかし、まさかゼオフ君を圧倒して倒すとはのぅ」

「相性の問題っすよ」

「君の魔法はほとんどの魔法と相性がいいじゃろうに」

「かもしれねぇっすね」


 ナタクの言葉に学園長は苦笑する。そこにユーロフが話に参加する。


「君は本当にアレックス団長の息子なのかい?」

「んなわけねぇでしょ。ユーバッハだって名乗ってるでしょうが」

「だから、そのユーバッハも問題だって言ってるんだよ」

「だったら、その妹さんとやらを探せばいいでしょうが」

「……それが出来ないから困っているんだ」

「なんで?街全部回ったり、お触れ出したら向こうから現れるでしょ?」

「やったさ。でも現れなかったんだ。手紙も途絶えてしまい手掛かりがなくなってしまった」


 ユーロフは悔しそうに顔を俯かせる。それをナタクは興味なさげに見る。


「まぁ、どう疑おうが俺は英雄の子供なんかじゃねぇっすよ」

「……」

「もういいっすか?学園長」

「最後に1ついいかのぅ?【英雄科】はどうするかね?英雄を倒した君を入れないのは些か周りが騒ぎそうでのぅ」

「行かねぇっす。英雄なんて興味もねぇんで」

「むぅ……それは困ったのぅ」

「もし【英雄科】に入れるようなことしたら、俺は学園を辞めるんで」

「……」


 ナタクの明確な宣言に学園長は何も言えなくなってしまう。そしてナタクは立ち上がり、学園長室を出ていく。最後の質問に答えたからだ。

 それをユーロフは顔を顰めて見送る。


「……かなり英雄を忌避してますね。やはり……何かあるのか……」

「それは彼しか分からん」

「彼の出身地はどこですか?そこにユーバッハ夫妻がいるかもしれません」

「そうじゃのう……調べてみよう」

「お願いします」


 その後、調べた結果、出身地は10年前に滅びた街の名前だった。それを見て、これは嘘だと判明して結局手掛かりはないことが分かっただけだった。しかし、何故嘘をつくのかという疑問も出る。そのためユーロフと学園長はやはり何かあるのかと逆に疑いを持つようになる。

 その後ユーロフはゼオフの問題を国に報告するために一度帰国することになり、ナタクと話す機会は持つことは出来なかった。




「あぁ~……だりぃ」

「終わったのですからいいではありませんか」

「【英雄科】に入れられそうで学園長が色々企みそうなんだよなぁ」

「でしょうねぇ。私ももう一度目指さないかと言われましたわ」

「めんどくせぇ。その前に馬鹿みたいに突っ込む連中の頭を矯正しろよ」


 ナタクの暴言にフェオラは苦笑するだけで留める。ぶっちゃけフェオラもブレアに苦労したので内心同意しているのだ。

 アレンも魔法を活かせず、スカーミャも竜巻に頼り切っている状況だった。それが破られると、もう何も出来ないのだ。流石にそれはどうなのだとフェオラは潜んでいる時に声を上げそうになった。

 

「で?実習はこれで完全に中止か?」

「どうでしょうか?まだ明日残ってますしねぇ」

「俺らはもう良くねぇ?」


 英雄を倒す、または善戦したのだ。評価には十分だろう。


「でも、他の生徒達は困るでしょうね。なので今回は中止にしても、またどこかで代わりを開くのでは?」

「……それはそれでだりぃな」

「どっちにしてもナタクには面倒だと思いますわよ」

「くそ英雄が」

「……まぁ、間違ってはいませんわね。ナタクはそれを言う権利はありますわね」


 ナタクが倒したのだから、ゼオフの事を文句言えるのはナタクだけだろう。フェオラはナタクの隣を歩きながら、苦笑する。

 すると、周りの生徒達から妙に視線が向けられるナタク達。理由は分かってはいるが、少し鬱陶しい。しかも視線の中に何故か怒りや憎しみに近いものがある。

 実はゼオフが何故殺されたのかはまだはっきりと周知されていなかった。被害にあった者達は英雄に殺されかけたショックで事件について話したがらないのだ。そのため、ナタクが理不尽な理由で英雄ゼオフを殺したと思われているのだ。


「ナタク・ユーバッハ!」

「あぁ?」

「あら。生徒会長ではありませんの」


 現れたのはブレアだった。後ろにはマクロア達生徒会のメンバーがいた。

 ナタクは面倒が来たと顔を顰めて、ブレアを見る。


「なんだよ?」

「貴様!生徒会に入れ!」

「嫌だよ」

「駄目だ!入れ!」

「嫌だよ」

「せめて理由を説明すべきですわ」


 いきなりナタクに生徒会に入る様に命令してくるブレア。周りはそれに驚愕するが、当の本人のナタクは即答で断る。しかしブレアは諦めず、生徒会に加入させようとする。それをフェオラが少しだけ助け船を出す。


「む。それもそうだな。暴走し凶刃を振り回したとはいえゼオフ・グレリナドは間違いなく英雄だった。貴様はその英雄を倒し、生徒達を助けた!ならばその力を他の者を助けるために、もっと有効利用すべきだ!だから生徒会に入れ!」

「……フェオラ。すまん。通訳してくれ」

「はぁ~。つまり、ナタクは強いから弱いものを守るために生徒会で力を振るえ、ということですわね」

「嫌に決まってんだろ」

「でしょうね」

「何故だ!?」


 ナタクはブレアの言葉を理解できなかったので、フェオラに解説を求めた。フェオラも頭痛に耐えながら要約すると、ナタクは速攻で拒否する。それにフェオラは同意するが、ブレアは目を見開いて驚愕する。

 

「俺は自分のためにしか使う気はねぇよ」

「それだけの力がありながら何故だ!」

「これだけの力だからに決まってんだろ。俺は基本自衛以外に使う気はねぇ」


 ブレアの言葉にナタクは無表情で答える。その答えにブレアはギリ!と歯軋りをして悔しがる。


「何故だ!何故そこまで頑なに……!」

「俺からすれば何で力があるからって他人のために使えと強制されてるのか分からん。俺の力で、俺の人生だ。何でお前程度に決められて、馬鹿にされねぇといけねぇんだ。お前はなんだ?王様か何かにでもなったつもりか?」

「そんなわけないだろう!」

「だったらもう俺を生徒会になんか誘うな。声を掛けるな。俺の生き方を否定される筋合いはねぇ」


 ナタクはそう言って歩き出す。


「待て!」

「ブレア生徒会長」

「……なんだ。ローエンハイム」


 まだナタクを呼び止めようとするブレアにフェオラが声を掛ける。


「ナタクに声を掛ける前に、未熟に倒れた己を鍛えることの方が先では?象徴でありたいのならば、今回の失態を顧みるのが先でしょう」

「……っ!何故お前にそんなことを!」

「あら。だってあなたは今、ナタクの考えを否定したではありませんか。なのに自分が同じことを言われると拒否されるのですか?」

「そ……れは……!」


 フェオラに言われたことは、先ほどブレアがナタクに言っていたことと変わらない。そう遠回しに告げられてブレアは言葉に詰まる。

 それにフェオラはため息を吐いて、ナタクの後を追おうとする。


「はぁ~……あなたもレオンヴァルトさんも、言っていることとやっていることがあべこべなのですわ。だから薄っぺらいのですわ」

「っ!」


 ブレアは言い返そうにもその言葉が出なかった。

 もうフェオラもナタクも振り返ることなく、歩き去っていった。それをブレアや周りはただ見送るだけだった。





 翌日。

 本日で合同実習は最終日だ。


「で?集合とか何も言われてねぇよな?」

「そうですわね」

「じゃあ、周りの連中は何で誰もいねぇんだ?」

「私が知るわけないですわ」

「さよで」


 ナタクとフェオラは一応早起きをしていたが、その時には寮や食堂には誰もいなかった。

 闘技場にも顔を出したが、誰もいなかった。


「まぁ、いいか。サボれるし」

「どうしようもないのは確かですしね」

「あ!いたいた!」

「「ん?」」


 2人が移動しようとすると、ノトラが走ってきた。


「よかった~!」

「この状況を説明してくださるのでしょうか?」

「もちろんです。2人は先日の戦闘で一定以上の実力があるとのことで、残りは免除になりました」

「その連絡が遅れたのは?」

「……その決定が今日の朝になってしまって、連絡していないのに気づいたのがさっきだったからです」

「「……」」


 ジト目でノトラを見る2人。それに苦笑しながら顔を逸らすノトラだった。


「まぁ、いいか」

「免除になったのですしね」


 そう言って、歩き始めるナタクとフェオラ。

 それにノトラは慌てて声を掛ける。


「あぁ!待って!まだあるの!」

「あぁん?」

「え、え~っとね?今回の騒動で【クエベラ王国】から謝罪をしたいと言うことで、招待されているんだけど……」

「パス」

「同じくですわ」

「やっぱりぃ?」


 クエベラ王国はエーデルヴァルト夫婦が所属していた国だ。今では大英雄効果で大陸5指に入る大国になっている。

 もちろんゼオフもクエベラ王国出身であり、現在もクエベラ王国所属の傭兵として活動していた。

 元騎士団副団長でもあり、英雄であるゼオフが暴走し、殺害されたことは醜聞でしかなかった。


「謝罪は国の保身。後は、英雄の息子の可能性がある俺を確認したいってところだな」

「ですわねぇ」

「で、でも名誉だと思う…んだけ……ど」

「そうかぁ?英雄を殺した俺を逆恨みする奴がわんさかいる可能性がある場所なんて行きたかねぇなぁ。学園でさえ事情も知らずに睨みつけてくる奴らがいるのによ」

「私は家が【クエベラ王国】ですので、お家問題になりますわ。ですから私は王国に謝罪されるわけにはいきませんし」


 ゼオフ暴走の理由なんて末端まで知らされてるとは思わない。だから、下手に行くと逆恨みで襲われる可能性がナタクにはあった。

 そして、フェオラは実家が【クエベラ王国】なので、国から謝罪されると実家に影響が出るのだ。


「う、うぅ……!」

「と言うことで、頑張って断ってくれや」

「お願いしますわ」

「それは……すごく困っちゃう……なぁ……って……」

「だったら生徒会長とレオンヴァルトでも連れてけばどうだ?あいつらだって戦ったし、謝罪の対象だろ?」

「そうですわね」


 困った顔をするノトラにナタク達はブレア達を推薦する。


「それで国の面目は保つし、あいつらだって国から顔を覚えられていいことじゃねぇか。英雄になりたいみたいだしな」

「ブレア生徒会長はエーデルヴァルト夫婦に憧れておりますしね」

「う~ん。それでもいいのかなぁ……」

「学園長に確認されればいいでしょう」

「だよねぇ……はぁ~……怒られる気がするぅ」


 トボトボと肩を落としながら、ノトラは2人の元から去っていく。


 それを見送ったナタク達はいつも通り寝転がれる場所に移動することにしたのだった。


 こうして波乱の合同実習は幕を閉じたのだった。





 グラトル王国・王城。


「……ふむ。やはり簡単には釣られぬか」


 執務室と思われる部屋で、椅子に座って手紙を読む者がいた。

 茶髪の中に白髪が目立つオールバックの髪に、口髭を生やした威厳を纏う中年の男性。

 先ほど届いた手紙を読み、顎を擦りながら呟き目を瞑る。

 

 それを少し離れた机で書類にサインをしながら聞いていた金髪オールバックの中年の男性が、ペンを止めて顔を上げる。


「断られたのですか?」

「うむ。いや、正確には謝罪をすることにはなったのだがな。一番の当事者はその中にはいないと言うことだ」

「……国王の謝罪を断るとは」

「もう1枚の学園長の私的な手紙に書かれている。『英雄を殺した自分に逆恨みする者達が待ち構えている所に行く気はない』とな。自分が何をしたのか、どう思われているのかを理解しているということだな」

「なるほど」


 手紙を机に放り投げて、椅子の背もたれにもたれる国王。

 ため息を吐き、腕を組む。


「まさか……エーデルヴァルトの息子が生きていたとはな。全く行方が掴めなかったのはなんだったのか」

「マリアル殿の妹夫妻も未だに見つけられず…でしたな」

「ああ。ユーロフの報告書では出身地は10年前に滅びた【ロウマン】だったそうだ」

「……嘘、ですか」

「であろうな。これで手掛かりはこの者のみぞ知る、ということだ」

「……厄介ですな」

「全くだ」


 2人が顔を顰めて悩んでいると、執務室の扉がノックされる。


「……誰だ?」

「マリアル・エーデルヴァルトで御座います」


 国王はその名前に盛大に顔を顰める。

 ため息を吐き、姿勢を正して、手紙を仕舞う。


「……入るがよい」

「失礼致します。陛下」


 扉を開けて入ってきたのは、白金の長髪を靡かせた美女。白と水色のドレスを着ており、40代直前であるが未だに豊満は身体つきを維持している。瞳宿る力は強く、眼を合わせた者を震わせることもある。

 マリアル・エーデルヴァルト。大英雄にして、大英雄の妻である。未だに前線に出ることもある女傑である。

 マリアルは迷いなく国王の前に歩み寄る。


「ユーロフから聞きました。ゼオフの狂事も死んだことも、そしてゼオフを討った者のことも」

「……そうか」

「あの子は……ナタクは……息子は生きていたのですね!……良かった……本当に良かった」


 マリアルは両目に涙を溜める。

 それに国王は頷きながらも、顔を曇らせる。


「残念だが、本人はお前達との血縁を否定している。そして血縁であると証明できるものもない」

「そんなはずはありません!ナタク・ユーバッハ……この名前が何よりの証ではありませんか!」

「私もそうだとは思う。しかし、本人が否定しているのだ。確かめようにも出身は分からず、ユーバッハ夫妻は未だに行方知れず。彼の嘘を証明出来る者がおらぬ」

「私がいるではありませんか!」

「そうだ。それについて聞きたいことがある」

「……え?」


 国王の言葉にマリアルは一瞬呆気に取られる。


「マリアル。()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……何を仰っているのですか?陛下はご存知ではありませんか!()()()()()()()()()だと!」


 マリアルの言葉に国王は深くため息を吐く。


「……そうだな。やはり、私の記憶が狂ったわけではないようだ」

「……陛下?」

「ユーロフと学園長の報告では……件のナタク・ユーバッハは黒髪だ。そして【闇魔法】の使い手らしい」

「な!黒髪!?それに…【闇魔法】!?そんな……!」


 国王の言葉にマリアルは目を見開き、混乱する。

 国王はその様子を哀れげに見つめながら、静かに言葉を続ける。


「……お前の息子は魔法に目覚めていたか?」

「……いえ。私達と別れるまでは……。しかし、妹の手紙には魔法に目覚めたと書かれていました。そこには……【光魔法】だと」

「……真逆だな。成長するにつれ魔法が変化することは極まれに聞くが、真逆になったのは聞いたことがない。それにその手紙が来たのはいつだ?」

「……7年前です」

「手紙が途絶えたのは?」

「……3年前です」


 国王は奇妙な違和感を感じた。マリアルも国王の質問と自分の答えに違和感を感じ始めた。


「手紙がどこから出されていたのかは分からないのだな?」

「……はい」

「はっきり聞くぞ?その手紙は本当に妹からだと断言出来るのか?」

「……そ……れは……」

「全てが偽物とは言わん。しかし、最後の方は本当にそうだったのか?それを証明できる記述はあったのか?」


 マリアルは目を見開き、瞳を震わせながら考え込む。

 その様子を見て、国王は目を瞑り椅子にもたれる。


「……時間はある。それに少なくともナタク・ユーバッハは学園にいる。まだ可能性は残っているのだ。見直せ。自分が納得できるまで」

「……はい。失礼致しました」


 マリアルは緩慢に頭を下げ、ゆっくりと部屋を後にする。

 それを見届けた国王はため息を吐き、顔を引き締める。


「ロウマン跡地周辺に人を放て。町、村を巡って【ユーバッハ】の情報を集めよ。そして学園にいる者にナタク・ユーバッハの監視と調査をさせよ」

「は!すぐに」


 国王の言葉に、控えていたもう1人が部屋を後にする。


 国王は学園長からの手紙を再び取り出し、壁に飾られた額縁を見る。


「お前の息子は必ず見つけ出す……!」


 国王は決意を込めて、大英雄であり、親友だった男の絵に声を掛けた。


1章はここまでです。

ありがとうございました!

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