01.二人の天才
大蛇との激闘を制し、師匠との修行から二日経った。
馬車に三時間ほど揺られて王都ルーンへと辿り着く。
俺が住んでいた街、メリカも商業で発展しそれなりの規模を持った都市であったが、ここはそれ以上だ。
活気に溢れた人たちで賑わい、大通りには飲食店や雑貨店以外にも、服屋や武器屋などの専門店も数多く立ち並んでいた。
ルーンは円形の城壁に囲まれた街で、丁度四等分するように街の中央にある巨大な噴水広場から十字に大通りが伸びていた。
城門は北と南の大通りの先にあり、東と西には夫々イース王国の王宮と如月学院が対を成すように屹立していた。
広場の近くまでくると、俺と同年代の男女が多くなり始めた。
「如月学院の入学試験はあっちやで〜」
噴水の前で大きな矢印を描かれた看板を手に持つ制服を着た金髪の青年が大きな声をあげる。
よく見ると、彼の看板は王宮の方を指し示していた。不安と緊張からかそれに気づかず矢印の指し示す方に向かう人たちも少なからずいる。
「あの〜、矢印逆じゃないっすか?」
これ以上被害者が増えるのは不味いと思い、恐る恐る青年に声をかける。
「ん? ……いや、マジやん。やらかしたわ」
俺の言葉に気付いた青年が慌てて看板をひっくり返す。
「マジで助かったわ。あんがと……って兄ちゃん試験前やのにえらいボロボロやな、大丈夫か?」
結局アリスがあの後来なかったために傷が治りきらなかった。
体の至る所に包帯を巻いている姿は明らかに試験に落ちた奴のそれだろう。
「ちょっと張り切り過ぎました」
「それやったらええけどな。じゃあ試験頑張りや。兄ちゃんやったら絶対受かるわ、知らんけど」
良い人なのは分かるけど適当な人だな。
絶対の後に知らんけどってどっちなんだそれは。
手を振る青年に軽く会釈して、その場から立ち去る。
やっと着いた。
山のように聳え立つ学院の放つ尊厳なオーラに足が竦む。
周りを見渡しても俺と同じように足を踏み出すのを躊躇っている人がちらほらいる。
でも、俺はこんな所で立ち止まるわけにはいかない。
夢を叶える為の第一歩を踏み出そうーーーーとした瞬間に後ろからドンッと蹴り飛ばされた。
「邪魔だカス。俺の前に立つんじゃねぇ」
盛大に転んだ俺は、自分が既に校門を潜っていることに戦慄する。
声のした方を向くと、ポケットに手を突っ込んだ赤髪の男が俺を睨みつけていた。
「俺の第一歩返せよ!」
言いたい事が色々あったせいで、咄嗟に口から出た言葉が意味不明なものになってしまった。
赤髪は「何言ってんだお前」という表情を浮かべた後に、嘲笑うかのように鼻をふっと鳴らして校舎に向かって行った。
「ウチの幼馴染がごめんね、大丈夫だった?」
「うぉいっ!」
いきなり耳元で声をかけられ変な声が出る。
「あはは、ゴメンゴメン」とボブの少女が笑いながら俺に手を差し伸べる。
「何なんだ、あいつ」
手を掴み立ち上がった俺は尻についた土を払いながら尋ねる。
「グレン・ウルハだよ」
「いや、名前を聞いたんじゃないんだけど……」
もしかしてこの子天然なのか?
「そうなの? 因みに私はリンだよ。君は?」
「リュカだ」
「じゃあ、リュカ。試験会場まで一緒に行こ!」
返事をする間も無く、腕を組まれ引き摺られる。
え、待ってこの子力強過ぎ。全然離れないんですけど。
◇
「いやあ、なんかめっちゃ見られてたねぇ」
「そりゃそうなるわ」
腕の細い女の子が膂力に任せて傷だらけの男を引き摺り回す姿を見て気にならない者はいないだろう。
然もリンがかなりの方向音痴の為に中々会場に辿り着けず、余計に目立ってしまった。
教室に入った後も色々噂されているようだ。おい今「いじめられっ子」て言ったやつ誰だでてこい。
やめろ、全員が全員俺に可哀想なものを見る目を向けるな。
「静かにしろ、筆記試験を始める」
その言葉で氷の世界に閉ざされたかのように静まり返る。
それを確認して、試験監督がプリントを配り始める。
「試験時間はこの砂時計が落ちる迄だ。それでは、始め!」
具体的な時間は教えてもらえないみたいだ。目算を立てる力も冒険者には必要ということか。
筆記試験の内容は、大きく分けて『冒険者基礎』と『魔術基礎』の二種類だった。
冒険者基礎とはその名の通り、冒険者には必須な知識、地理や魔物、偉業を成し遂げた冒険者に関することで構成されていた。
勉学だけは自信のある俺にとっては、特に悩むこともなくスラスラと書き進める。
ふと気になって隣に座っているリンを一瞥すると、試験が始まる前の笑顔は面影すらもなく、額に汗がびっしりと浮かび上がっていた。
おいおい、大丈夫かよ。
あんなに俺のこと目立たせたくせに「ゴメン落ちた」とか笑えんぞ。
これ以上見続けてカンニングと思われるのも癪なので次の魔術基礎のプリントに目を移す。
固有魔法については詳しく知らないので不安視していたが、問題の大半は基礎的なものだったので、これも難なく解き終えた。
まあ、何一つ俺の使える魔術は無かったけどな。
三回程見直しを終えた所で砂が全て落ちきり試験監督が終了を告げ、プリントの回収を始める。
「では、採点をしてくる。三十分程そこで待っていろ」
この教室だけでは百人はいるので、全体の受験者は三千人を超えるだろう。
その数を三十分で採点できるのは恐らくそういう魔術があるのだろう。
普通に考えて不可能なものが可能になった場合それは大体魔術のお陰だ。
「いやぁ〜、疲れたー」
リンが欠伸をしながらそう口にする。
「大丈夫だったのか?」
さっきの様子だと落ちてても仕方ないだろう。
リンが顎に手を当てうーん、と考える。
「まあ、多分大丈夫じゃないかな?」
本人が大丈夫というならあまり気にしないでおこう。
「あのさ、グレンと仲良くしてあげてね」
「何だよ急に」
「グレン今日珍しく楽しそうだった」
果たして彼女はどこを見てそう思ったのか。
少なくとも俺の街にはあんなに不機嫌そうな顔をして楽しいという奴はいないぞ。
「グレンってあんな性格だけど無駄に強いから、文句言う奴今迄いなかったんだよね。それでリュカが突っかかって来てくれて嬉しくて笑ってたじゃん」
「あれ馬鹿にしてた訳じゃないのかよ!!」
思わず大きな声が出る。
あんな人を見下した笑い方して、嬉しいとかどんなに性格ひん曲がってんだあいつ。
気が付いたらまた周りの視線を集めていた。不味い、これ以上目立っては俺の学校生活が悲惨なものになってしまう。
これからは慎ましやかに生きていこうと心に決める。
「採点が終わった。点数の高い者からから順に発表していく」
どうやら三十分経ったらしく、魔術による放送が流れる。
「一位、グレン・ウルハ」
……なんだと。
まあ、人は見かけによらないしな。
不良に見えても家では必死に勉強していたんだ。
最初は憎ったらしかったグレンも度重なるギャップにより可愛く見えて来た。
「続いて二位、リン・フィースト」
おお、リン。お前と同じ名前のやつはお前と違って頭がいいようだぞ。
憐憫の眼差しをリンに送ろうと隣を向くと、拳を高々と突き上げるリンの姿があった。
周りの受験生もお前賢かったんだなと称賛の拍手を送る。
…………おいおい嘘だろ。
流石に笑えない冗談だぞそれは。
「……おいリン、お前試験中に滝のような汗流してなかったか?」
「いやだな〜。恥ずかしいとこ見られちゃってたか。実は私『静かアレルギー』なの」
「なんだその静かアレルギーって」
「静かなとこにいたら汗いっぱい出るの」
そんなアレルギー聞いたことないんだが。
グレンに負けたのは兎も角こいつに負けたのは納得いかねえ。
方向音痴のくせに地理はわかんのかよ。
「三位、リュカ・エフェル」
よし、何とかこいつらに離されずに済んだ。
どうだお前らと言わんばかりに周りを見渡す。
しかし、俺を賞賛する声を上げるのはリンただ一人で、他の奴等は「ガリ勉のいじめられっ子」だの「リンちゃんのカンニングしたんじゃない」だの思い思いに口にする。
お前ら絶対許さんからな。
情景描写苦手すぎて笑えません。