04.再戦
「取り敢えず刀構えろ」
魔眼を開眼することに成功した俺は魔力を回復させるためにもらった黄金リンゴを食べながら、岩に立て掛けてある刀を拾う。
「ほいっ」
師匠の気の抜けた声と同時に、先程まで刀を支えていた岩が砕け飴玉と同じくらいの大きさの小石になる。
「今からお前に死なない程度にこれを投げ続ける。【死の宣告】は発動しねえからちゃんと魔眼に魔力込めて石の軌道を予測しろ。勿論身体強化術無しで回避できる程遅くないぞ。どうしても避けられないものはその刀で切り捨てろ」
そう言いながら師匠は俺の周りに半径一メートル程の円を描く。
「何ですかこれ?」
「森の中に逃げ回られても特訓にならんからな。こっから出ずに避けろ」
「そんな無茶な」
思わず声に出る。
それを聞き逃さなかった師匠は嘆息して、口を開いた。
「無茶しないで強くなれるなんて思うな。真の強者と言うものはどんな苦難からも逃げず乗り越えた者のことだ。分かったら早く構えろ」
師匠が小石をいくつか拾う。
俺も覚悟を決め鞘から刀を抜き、身体強化術を使い魔眼に多めに魔力を流す。
「よし、じゃあ行くぞ。当たり前だが当たったら痛いぞ」
師匠が振り被ったと思うと、突如師匠の右手から赤い光線が伸び、俺の頭を一瞬で貫く。
これが未来視の力か。
師匠の手から放たれた石が光線をなぞり一直線に頭目掛けて飛んでくる。
俺はそれを頭傾けることによって避けると、新たな光線が胸に照射されていることに気付く。
間一髪体を翻して躱すも、休む間も無く光線は次の場所を示してくる。
今度は足、体勢が悪く回避できないと判断した俺は剣筋を光に合わせて石を切る。
その直後体にドッと疲れが押し寄せ、直ぐに腹に激痛が走る。
「いっっっっっっっってぇ…………」
俺は腹を押さえながらその場に倒れ臥す。
声にもならない悲痛な声が唇から洩れる。
「……五秒か。まあ最初はこんなもんだな。おい、早く立ってリンゴ食ったら次やるぞ」
刀を支えどうにか座り直した俺は目の前に転がってきた黄金リンゴに齧り付く。
痛みは言っても死ぬ程痛いだけだからギリギリ耐えられる。しかし、魔力枯渇は途轍もない疲労感を感じさせるから一刻も早く回復したかった。
「一ヶ月間この修行だけを続ける。魔眼の扱いだけじゃなく反射神経と耐久力も大幅に上がるだろうよ」
これを一ヶ月も続けるのかよ。
でも強くなるために必要不可欠なことだと、自分に何度も言い聞かせ立ち上がる。
「…………次、行きましょう」
「良い心がけだ。まあその前にコツを教えてやる。お前は魔眼の燃費を馬鹿にしすぎだ。だからもっと左眼に回す魔力を減らして、魔眼の効果が発動するギリギリのラインを見つけ出せ。そうすりゃもっと長い時間動ける」
「わかりました、やってみます!」
今度は思い切ってさっきの半分程の魔力を魔眼に流す。
二十秒も動くことができた。
ならばと、さらに魔力を減らすとしれに比例するように動ける時間も増えた。
それで調子に乗って減らしすぎた俺は一発目でヘッドショットを食らう。
時間はある。焦らず、自分の限界を探す。
調整、避ける、切る、当たる、リンゴ食う、又調整、避ける、避ける、切る、当たる、リンゴ食う、再び調整ーー
そうして二つ目の能力【軌道予測】を習得することに成功した。
◇
同じことを只管繰り返す地獄のような修行をやり続け、ついに一ヶ月がたった。
最初は切っていた石も全て避けれるようになった……なんて事はなく、俺の進歩に合わせて師匠は投げる速さを上げていたので余り変化はなかった。
それよりも石が最初に比べて随分速くなったせいで、【軌道予測】の使用時間も伸びたお陰もあり当たる回数自体は減ったものの、一発毎のダメージが大幅に増え結果的に最後の方が痛みに怯える事になった。
最初の方は身体中傷だらけで帰ってくる俺を見て、「本当にに大丈夫なの?」と心配していてくれていたエレナも、最近では「汚いから早く風呂入ってきて」と、まるで泥だらけになるまで遊んで帰ってきた子どもにを相手するような扱いになってしまった。
そんな苦難を乗り越えた俺は何時もより早い時間に待ち合わせ場所に来ていた。
今日は一ヶ月前の俺が逃げることしかできなかった大蛇と戦う日だ。
負ければ勿論死ぬし、逃げても師匠に殺される。
絶対に勝つ。
震えそうになる膝を曲げ屈伸する。
そうこうしている内に師匠がやって来た。
眼を合わせ軽く頷き合うと、何時ものように黙って肩に担がれ森に向かう。
この時間だけはいつまで経っても慣れる事はなかった。
ある日、俺が巨漢の男に担がれる姿を偶然見てしまったアンナに誘拐現場と思われ、必死に担がれながら否定したものの、帰ってみるとその噂は街中に広まっており、誤解を解くのは本当に骨が折れた。
そんな思い出に浸っていると、連れてこられた場所は何時ものログハウスの前ではなく人の手入れが全くされていない森林の真っ只中だった。
「ここに居れば奴は必ずくる。大丈夫、今のお前なら勝てる。一応これは餞別だ、受け取れ」
そう言って師匠は黄金リンゴを放り投げる。俺は犇と掴み取る。
この一ヶ月で三百は食べた気がする。ジュールに言ったら殺されそうな気がするが正直味に飽きた。
しかし、これが無かったら確実にここまで強くなれなかった。
俺はそれを腰巾着の中に大切にしまう。
「じゃあ、頑張れよ」
「はいっ!!」
俺が声を張り上げてそう応えると、師匠はフッと笑い何処かに消えて行った。
どれくらい経ったのだろうか。数時間、数十分、もしかしたら数分しか経っていないのかもしれない。
時間の感覚がなくなる程に変わらない光景は、緊張感を徐々に緩ませる。
気を引き締めるように力強く眼を瞑り頰をパンパンと叩き目を開ける。
俺の全身は赤い光に包まれていた。
ーーーー下かっ!!
そう判断した俺は身体強化術を発動し即座に飛び退く。
大きな地響きと同時に大蛇ーーグラントサーペントが俺のいた場所から飛び出る。
「シャァァァアアアアア!!」
避けられた事に苛ついたのか、俺を睨みつけ吼える。
「来やがったなクソ蛇。この前の借り、しっかり返さしてもらうからなッ!!」
魔眼に魔力を流し【軌道予測】を発動する。
十五分。
それが今の俺が魔眼を使用しながら動ける制限時間。
黄金リンゴを食べることを計算しても二十分以内には戦いを終わらせたい。
先手必勝しかない。
俺は魔眼の示す光線を回避しながら、大蛇に一気に間合いを詰める。
嚙み殺そうとする大蛇の頭をギリギリで躱し、喉元を切り裂く。
「ギュァァァァァ!」
「お前の攻撃なんぞ、師匠の投げる石に比べりゃ止まって見えるぜ」
尻尾の軌道が視え一度距離を取り、与えた傷を確認する。
しっかりダメージは入ったようだが、致命傷には程遠い。
却って中途半端な傷を負わせた事により獰猛さが格段に増している。
もう一度間合いを詰めようとするが、木を倒し、砂や石を飛ばしながら襲いかかる尻尾に攻めあぐねる。
折れた木や苔のせいで足場が悪く、避ける事も難しくなってきた。
「……不味いな、もう十分は経ってる」
何度か攻撃は当てているが、どれも浅く骨を断つ事は出来ていない。
大蛇の鱗は尾に近づく程硬くなり、攻撃を刀で受けるたびに刃こぼれする。
これ以上長期戦に持ち込むのは危険だ。
次で決める。
狙う場所は師匠に教えてもらった大蛇の急所である両目の中心。
そこさえ貫ければ勝てる。
「行くぞッッ!!」
俺は大蛇の頭目掛けて走り出す。
迫り来る尻尾を完全に避け切る事は出来ず、掠った部分から血が垂れる。
死に物狂いで大蛇の眼前まで迫り、足に力を込め跳躍する。
「これで終わりだぁあああああッ!!」
急所目掛けて刀を突き出す。
ーーーー捉えた
絶対に外さないという確信を持った一閃は大蛇の急所に当たり、ガキィンという音と同時に砕け散った。
「シャァ〜〜〜〜♪」
勝利を確信した大蛇の口角が上がるのを見たのと同時に、振り払われた尻尾によって木に打ち付けられる。
「…………マジ…………かよ」
痛みにどうにか耐えて立ち上がり右手に目を遣る。
一ヶ月間共に修行を乗り越えた刀は真ん中から折れてしまっていた。
長い序章も次で終わりです。