10.間一髪
「……チッ、鈍刀じゃこんなもんか」
グレンは折れた刀を投げ捨て、今度は左手に炎を纏わせた。
拳も武器ってことですかい。
多少はリーチが短くなった分戦いやすくはなっただろうが、まだまだ油断はできない。
さっきは魔力を集めていた脚だったから爛れるだけで済んだが、もし無防備なところに食らっていたら骨まで焦がされていたに違いない。
ーーよって俺がとるべき作戦は、「全部避ける」だ。
「死ねぇ!!」
「危ねぇっ!!」
グレンの袈裟斬りを間一髪のところで避ける。
チリチリと髪が焦げる音が聞こえる。
怯む俺にすかさず炎を纏った左拳が襲いかかる。
体で受け止めるとその部分は火傷を負うし、刀で受け止めても恐らくへし折られてしまう。
しかし、避けたところで次には絶対不可避の攻撃がくるだろう。
それならいっそと、掠ることは覚悟の上で体を躱してバッジを狙って刀を振るう。
即座に反応したグレンが左手を引き、体勢を変えて繰り出した回し蹴りが俺の脇腹にモロに入る。
「……うっ……痛えなぁ」
脇腹を抑えながら立ち上がる。
痛い……痛いけど、火傷はしていない。
つまり手、又は手で触っているもの以外に炎を纏わせることはできないということか?
……いや違う、いくらなんでもグレンを甘く見過ぎだ。
グレンの炎の原理は身体強化術となんら変わりないと考える方がまだマシだ。
脚やそれ以外の場所にも炎を纏うことはできるだろう。
自分に都合の良い方に考えるのは戦闘ではご法度だ。
しかし、俺を蹴り飛ばした時は炎を纏ってなかったのは事実だ。
仮説を立てるなら、自在に炎を移動させることができないといったところか。
「いつまでぼさっとしてんだよ」
「ちょっと考え事してたんだよ」
グレンが苛ついた様子で俺を睨みつける。
律儀に俺の準備が整うまで待ってくれるなんて健気なやつだ。
魔力もそろそろ尽きそうだしこれ以上長引かせるわけにもいかないか。
「次で決めてやるよ」
「やれるもんならやってみろ」
俺はグレンに一気に詰め寄り刀を上から振り下ろす。
グレンは避けずに右手に持った刀でそれを受け止める。
俺の刀は手応えのないまま溶けていきしまいには折れてしまった。
それを見ったグレンは勝ちを確信したかのようにニヤリと笑い、バッジを狙って空いた左拳を突き出す。
それでも油断はしてないようで、拳はしっかりと炎で包まれている。
「終わりだな」
ここまで拳が近づくと流石にもう避けることはできない。
「終わってねえよ」
まあ元より避ける気なんてないのだが。
バッジに当たる直前で左手でその拳を受け止める。
熱い、熱い、熱い熱い熱い。
左手が灼けていく感触がわかる。
でも、絶対にこの手は離さない。
「……つーかまーえた」
「なにっ!?」
グレンは先程と同様に腕を引いて距離を置こうとする。
でも先程とは違い、俺はグレンの拳を掴んでいる。
「逃がさねえよ!」
離れようとするグレンを逆にグイッと引き寄せ、折れた刀を握ったままの拳でグレンの顔面を殴り飛ばした。
バッジを狙うのが正しかったのだろうが俺にそんな余裕はなかった。
左腕も酷い火傷を負っているし、魔力ももうすっからかんだ。
俺の全身全霊をかけた只のパンチを食らって立ち上がろうものならもう俺の負けで良いだろう。
「…………クソったれぇ」
グレンが両手で体を支えて立ち上がろうとする。
頼む、頼むから立ち上がらないでくれと祈り続ける。
観客達も黙ってその様子を見届けている。
皆の視線が集まる中、グレンは立ち上がったーーが、それと同時にバランスを崩して後ろに倒れこんだ。
「……リュカ、お前の勝ちだよ」
「……勝者、リュカ・エフェル!!」
審判の声と同時に闘技場が大歓声に包まれる。
それを聞いて気が緩んだ俺は思わずその場にへたり込んだ。
ふと、胸のバッジを見ると表面が黒く焦げてボロボロになっていた。
「……ほんと、間一髪だな」
誰にも聞こえない声でそう呟くと、フッと意識を失った。
◇
「……ね、ねぇ、やっぱりよくないと思うよ?」
「でもこういう時じゃないと練習できないよ。バレてもリュカなら大丈夫だって、多分!」
「じゃあちょっとだけ……」
誰かの話し声が聞こえる。
確か俺はグレンとの戦いが終わってから気を失って、今はベッドで寝てるようだ。
徐に目を開こうとすると光が目に刺さって痛む。
それでもなんとか瞼を開けると、すぐ近くに顔を真っ赤に染めたベルの顔があった。
「……やあベル、おはよう」
「へっ、えっ、ぇあ…………ごめんなさーい!!!!」
目に涙を浮かべたベルはうわぁーんと大声を上げながら、扉をバタンと閉めてどこかへ走り去っていった。
「……まだまだ道のりは険しそうですなぁ」
隣でその様子を眺めていたリンがぽりぽりと頭をかく。
「何だったんだあいつ?」
「えーっとね、ベルが男子と会話するときに緊張するの治したいっていうもんだから、目があっても動じないようにまずは動かない男子に顔を近づけてみろって言った結果がこれだよ」
「あー、なるほどねー」
どうしてベルはここまで男子が苦手なのだろうか。
特に嫌な思い出があるわけではないんだから、変の意識せずに話せば良いと思うんだけどなあ。
逆にさっきみたいなことしてるから余計に緊張するような気もするが。
「また気が向いたら協力してあげてよ」
「りょーかい」
別に断る理由もないので適当に頷いておく。
「じゃあ私はベルを慰めに行かないといけないからもう行くね」
「おう、じゃあな」
リンが扉を開けたところで立ち止まり、くるりと振り返る。
「……試合、カッコよかったよ」
そう言って扉を閉めていったリンの表情は二度と忘れることはないだろう。
なんだよアイツ。
あんな笑顔できんならもっと早く教えろよ。不覚にも可愛いと思ってしまったではないか。
「なーんでそんなに顔赤く染めてるのかなあ。お姉ちゃん妬いちゃいそうだよ」
声のする方を見ると扉に凭れかかるフレアさんの姿があった。
腕を抱えて、人差し指で腕をトントンと叩いているその様子は明らかに不機嫌だった。
「どうせ、女友達の意外なギャップにドキッとしたとかでしょ?」
なんでこの人は俺の考えてることがこうも簡単に言い当てることができるんだ。
もしかしてエスパーやサイキックなのか?
いや、固有能力という線も十分にあり得るぞ。人の心が読めるみたいな。
「別に超能力者でもなければ固有能力でもないよ。ただ君がわかりやすいだけ」
「そうですか……」
どうやらまた考えていたことがバレていたようだ。
そんなに顔に出てしまっているのか。
よし、ちょっと意識してポーカーフェイスになってみよう。
「ぷっ、あはは! リュカ君は可愛いなあ」
俺の真顔がツボったようで声を上げて笑っている。
バカにされているのは癪だが、機嫌が直ったならよしとするか。
「……本当は試合が終わったらすぐに来たかったんだけどね。生徒会の仕事がちょっとあったからさ」
徐に近づいて来たフレアさんが俺がいるベッドに腰掛ける。
フワッと香ったフレグランスの匂いが鼻孔をくすぐる。
「左手、大丈夫?」
「あっ、はい大丈夫みたいです」
火傷で皮膚が破れて焼き爛れていたはずの左手は、試合が始まる前と比べても遜色ない状態だった。
正直、グレンの手を掴んでいる時はもう二度と左手は使えないのではないかとまで思ったのだけど、フレアさんに言われて漸くそのことを思い出した程に痛みはなく完治していた。
「ここの保険医は優秀だからねー」
「そういえば保険医の方は?」
「あの人は治療するとき以外はどこかで寝てるからここにはいないよ」
礼を言っておこうと思ったけどそれは残念だ。
……って仕事中に寝るのはいいんでしょうか。
特に話すこともないので少しの間沈黙が流れた。
暫くした後、唐突にフレアさんが話を切り出した。
「……グレンに勝ってくれてありがとね。これでグレンはもっと強くなれるよ」
「それはマズイですね。今より強くなったら負けちゃいますよ」
「あはは。でも本当はね、私は今日もグレンが勝つと思ってたんだ」
「えっ!?」
フレアさんに告げられた衝撃の事実に空いた口が塞がらなくなる。
つまりこの女は俺を退学にしようとしていたということか!?
俺のフレアさんへの好感度がぐんぐんと下がっていく。
「別に負けても退学にさせるつもりはなかったよ。そう言った方がやる気出るかなって思って」
俺の思考を読んだフレアさんの言葉で急落した好感度が元に戻る。
しかし、好感度は戻っても俺の機嫌は直ってはいない。
喉をゴロゴロと鳴らしてフレアさんを威嚇する。
「ごめんごめん、撫でてあげるからそう威嚇しないで」
「撫でなくていいです!」
頭に向かって伸びて来た手を鷲掴みにして防ぐ。
「もう、折角依頼完了したから報酬上げようと思っていたのにそんな態度してたら気が変わっちゃうよ?」
「……報酬? ハッ!」
そうだ、グレンに勝つことはフレアさんからの依頼だったんだ。
勿論依頼を完了すれば報酬が出る。
そして今回の報酬は確かーー
「よしよし、素直な子はお姉さん好きだよーっ」
報酬に釣られてパッと手を離すと、フレアさんに抱き寄せられ顔が二つの柔らかい山に挟まれ、頭を優しく撫でられる。
……もうこれが報酬でいいかもしれない。
とりあえずグレン戦を終わらせたのでまた一週間ほど休みます。




