09.グレン戦
「うぅ〜、負けちゃったぁ」
リンががっくりと項垂れる。
訳もわからず一瞬で負けたのがよほど悔しかったのだろう。
クラスメイト達も敗因がわからない以上掛ける言葉を迷っていた。
リチャードが詠唱したり、魔法名を口にした様子はなかった。
かといって魔法陣が浮かび上がった訳でもなければ、魔導具を使っていた訳でもない。
皆が沈んだ表情を浮かべる中で、サルーが口を開いた。
「恐らく『固有能力』だろうな」
『固有能力』とは、個人がそれぞれ持っている唯一無二の能力のことだ。
全ての人が何らかの能力を持っているとは言われているが、発現するかどうかは完全に運だと言われている。
能力の発現にはなんらかの条件やパターンが存在すると仮説を立てる識者もいるが、そのメカニズムは未だ解明されてはいない。
因みに俺の魔眼も固有能力の一種だと、修行中に師匠が教えてくれた。
「固有能力は初見殺しって言うし仕方ないよ! ほらっ、元気出してリュカ君応援しよう!」
落ち込んでいるリンの手をギュッと握ってそう言ったのは、リンの親友であるベルだった。
小柄な体型でツインテールが似合っているベルは、リン同様にクラスの皆から愛されている。特に男子からは絶大な人気を得ている。
その理由は容姿や立ち振る舞いが愛くるしいからと言うこと以外に、男子を引き寄せる大きなチャームポイントを持っているからだ。
「そうだぞリンちゃん、次戦う時に勝てばいいじゃないか! だから今は一緒にリュカを応援しようぜ! …………そうだよなっ、ベルちゃん!!」
クラスの男子の一人が、大きな声でそう言った。
「…………ふぇっ!? あっ、えっ……あっ、うん!」
ベルが顔を真っ赤にしながら、肯定を示すように首をブンブンと縦に振る。
そう、ベルは男との会話が途轍もなく苦手なのである。
別に男が嫌いだとか、過去に何かトラウマがあると言うことではないらしい。
リン曰く、ただ単に恥ずかしいだけだそうだ。
しかし、話しかけると顔を赤く染めてあたふたする様子は男どもの庇護欲を掻き立て、ベルの知らないうちに一人、そしてまた一人と虜になっていた。
入学して一週間にもかかわらず、既に「ベルちゃん親衛隊」と言う名のファンクラブもできたそうだ。
主な活動内容は、隊員の一人がベルに話しかけて顔を赤くしたベルを皆で愛でるというものらしい。いやはや、ゲスな奴らだ。
先程ベルに話しかけた男も隊員の一人で、他の女子からの冷たい視線もつゆ知らず、ベルの様子を見ながら口の端を吊り上げてニタニタと笑っている。
「……よし。リュカ、グレンなんかに負けちゃダメだよ!」
漸くいつもの元気を取り戻したリンが、俺に向かって握りこぶしを突き出す。
「おう、任せとけ!」
突き出された拳に拳を合わせてから待合室へと向かった。
「やあ、遅かったね」
「……なんでいるんすか」
待合室の扉を開けると、フレアさんが選手用に用意されていたお茶菓子を食べながらくつろいでいた。
「そりゃあ、戦に向かう夫を見送るのは妻の役目でしょ?」
「はぁ……何言ってんすか」
フレアさんは会う度にこうして冗談を言っては、俺の反応を見て楽しんでいる。
最初の一、二回は顔を赤くして困惑していたが、流石に毎日のようにされれば溜息もでるだろう。
「もう、冷たいなぁ」
「それなら、もうからかうのやめてもらえませんか?」
「本気で嫌がってるなら私もすぐにやめてるよーだ」
フレアさんがニコニコと笑みを浮かべながら俺を見つめる。
確かに本気で嫌ってわけでもないけど、全て見透かされている気分がしてムッとする。
拗ねた俺が予想通りで面白かったのか、フレアさんがあははと笑う。
「ホントに君は面白いなぁ。まあ、冗談はここまでにしておいて、私は君にアドバイスをしに来たのだよ」
「アドバイス……ですか?」
「そう、グレンの能力や戦闘スタイルについてだよ」
俺はグレンになんとしてでも勝たなければならない。
負ければ俺は退学で、約束ではフレアさんも一緒に退学することになっている……守ってくれるかどうかは別として。なんにせよ勝てば関係のないことだ。
一応退学がかかっているのだから、フレアさんが弟のグレンではなく俺に協力するのは当然なのかもしれない。
俺もグレンに勝つ確率を少しでも上げるためにグレンの情報は欲しい。
ただ、本当にそれでいいのだろうか。
グレンは俺の能力を知らないのに、俺だけ知っているというのは卑怯じゃないのか?
それで勝ったとしても、皆に胸を張って俺が勝ったと言えるのか?
「……ありがたい話ですけど、アドバイスは遠慮しておきます」
そう言葉にすると、フレアさんは一瞬驚いたように目を開き、そしてにこりと微笑んだ。
「君のそういうバカ真面目なところ、私は好きだよ」
「……またからかってるんですか?」
「違うよ、これは冗談じゃなくて私の本心」
フレアさんは時々、いつもしている子供のような無邪気な笑顔ではなく、こういう大人びた笑みを浮かべる。
そういう時にいう言葉は大抵嘘じゃない……筈だ。
「じゃあ、私から君に掛ける言葉は一つだけ。…………頑張れ」
「はいっ!」
◇
闘技場に入ると、既にグレンが中央で立っていた。
「よぉ、逃げずに来たか。随分と待たせやがって。」
「逃げるわけねえだろ。後、俺が遅いんじゃなくてお前が来るのが早いんだよ」
「あ? 普通は十分前行動だろカスが!」
「「「……えっ」」」
予想外の回答に観客席から驚きの声が上がる。
「よっ、流石は真面目ヤンキー!」
Aクラスの応援席からグレンを揶揄する声が聞こえると、直後に闘技場がどっと沸いた。
グレンが怒りでワナワナと震えだす。
「そんなに髪の毛ツンツンで口悪いのに真面目とか……ぷっ、真面目ヤンキーだってさ、ぷぷぷ」
今までのお返しと言わんばかりに、ワザとらしく口に手を当てながらグレンを馬鹿にする。
「……テメェ、絶対ぶっ殺すからな」
グレンが腰に携えた二振りの小太刀に両手を掛ける。
その目にはメラメラと憤怒の炎が燃え滾っていた。
明らかに俺に対しての怒りだけでなく、他の奴らへの怒りも混じっている。
「えっ、ちょっ、やだなぁ冗談じゃないですかぁ。それって八つ当たりだと思うーー」
「それでは準決勝第二試合、始め!」
「そんないきなりっ!?」
まだバッジもつけてないのに……ってさっきの試合終わった後外すの忘れてそのままだったあああ!
グレンは小太刀を抜き一直線に俺に向かって走って来る。
そうだもう試合は始まっている。
思考を目の前の戦闘に切り替えて魔眼に魔力を流し込む。
グレンの初撃は低姿勢の状態から足に向けた斬り払い。
それは俺が後ろに避けることを前提とした只のブラフで本命は二撃目の斬り上げ。その軌道は確実に俺のバッジを捉えていた。
「オラァッ!!」
未来視で見たとおりの軌道をグレンの刀はなぞる。
俺は斬り払いを後ろに退くことなく、上に跳んで避け、グレンの頭めがけて回し蹴りを放った。
グレンは俺が攻撃に転じると思っていなかったようで、慌てて刀の腹で俺の蹴りを受け止める。
「熱っっっっつ!!!!」
グレンの刀を蹴った部分はズボンは溶けて破れ、見えている皮膚は火傷のように爛れていた。
「お前、俺の能力のことフレアに聞いてねのかよ」
「……聞いてねえよ」
「……なら教えといてやるよ。俺は武器に炎を纏わせて相手の武器や体を焼くんだよ」
「それはまたご丁寧にどうもありがとう。でも残念ながらいつもお前が使ってる武器ならできたことでも、今の武器はそれに耐えられなかったみたいだぜ」
そう言ってグレンの左手に握られた刀を指差す。
「なっ!?」
俺の蹴りを受けた刀は熱で通常の硬さが損なわれていたために根元から真っ二つに折れていた。
すごく久しぶりな気がします。




