07.フレアとの約束
「……で、何だよそのワンダーボーイって」
不貞腐れながら尋ねると、最初にそのあだ名で俺を呼んだ額にバンダナを巻いたサルーという男がそれはもう丁寧に説明してくれた。
曰く、試験前に傷だらけの状態で、厳つい顔した男に蹴っ飛ばされ、その後学校中を女の子に引き摺り回されていた。
曰く、筆記試験は三位と好成績なのでガリ勉のいじめられっ子と思いきや、実技試験はケツから二番目だが最難関の依頼を受けて合格。
曰く、学院のマドンナであるフレアさんに惚れられ生徒会に入る。
最後は少し違う気もするが、確かにこれだけ聞いたら不思議に思うのは仕方ないのかもしれない。
俺には俺で色々な事情があったのだが、何も知らない人からしたら謎そのものだろう。
「それじゃあ、よろしくなワンダーボーイ」
そう言ってサルーは他のグループに混ざっていった。
悪い印象は持たれてはいないみたいだし、もうそれでいいや。
「よし、お前ら席につけ」
ある程度クラスの人たちと仲良くなってきたところで、教室の扉がガラガラっと開き、ジャージを着た中肉中背のおっさんが入ってきた。
そのまま教壇に立ったおっさんが気怠げそうに口を開く。
「俺がこのB組の担任のボルドだ。一年間ヨロシクー」
……なんて軽い挨拶なんだ。
他の生徒たちも同じ感想を持ったようで、苦笑を浮かべている。
でも、ボルドってどっかで聞いたことのある名前なんだよなあ……。
「早速だが、一週間後に何があるか知っているか?」
ボルド先生がそう尋ねるが、誰も答える気配がない。
そりゃあそうだ。入学したばかりで誰も予定表なんて持っていないのだから。
「……その顔は皆分かっているようだな。そう、新人戦代表決定戦だ!」
先生がカッと目を見開き声を張り上げる。
果たしてどの生徒の顔を見てそう判断したのだろうか。
そんなことより新人戦代表決定戦だ。
その名の通り新人戦に出る代表を決める戦いなのだろう。
新人戦というのは世界中の冒険者育成特化型学院が集まり行われる学院別対抗戦の中で新入生のみが出場できる部門だ。
学院別対抗戦は全世界で生中継され、目立った活躍をしたものは当然『ノアの方舟』に推薦される可能性が高くなる。
一年に二度、春と秋に行われ、その期間中は世界中が大いに盛り上がる。
かくいう俺も三年程前までは毎年熱狂しながら中継を見ていた。
見なくなった理由は、才能を持つ人に嫉妬してしまい、純粋に楽しむことができなくなったからだ。
でも見る側でなくなった今では、対抗戦に出たくて出たくて仕方がない。
「その代表決定戦だが、各クラスから二名まで出場することができる。出たいものは手を上げろ」
俺は勢いよく挙手する。
周りを見渡すと半分弱の生徒が手を挙げている。その中にはリンやサルーの姿もあった。
「ふむ、立候補者が二人以上出た場合は実技試験の順位で決まるから……リンとサルー、お前らがこのクラスの代表だ」
……今、生徒間の優劣をつける手段が実技試験の結果しかない以上仕方のないことか。
大丈夫、まだ卒業までに対抗戦は五回もあるんだ。次は必ず出てみせる。
そう決意した直後サルーが徐に口を開いた。
「……あのー、やっぱ俺降りるわ。それよりそこの死ぬほど出たそうなワンダーボーイを出してやってくれよ。俺もそいつ見てる方が楽しそうだし」
サルーが他の生徒に、「お前らもいいよな」と同調を求めると文句を言うものは誰一人としておらず、頑張れよワンダーボーイと皆が声援を送ってくれた。
……なんだよ、お前らやっぱりいい奴らだな。
「それでは、リン・フィースト、リュカ・エフェルにこのクラスの代表を任せる。皆精一杯応援するように」
先生がそう告げると教室内は大きな歓声に包まれた。
◇
大きく嘆息してから、コンコンとドアをノックする。
「……リュカ・エフェルです。来ました」
「入っていいよ」
失礼しますと言い扉を開けると、赤髪の女性が背を向けて窓の外を眺めていた。
他の生徒会メンバーの姿はそこには無かった。
「……なんで呼ばれたかわかる?」
「……わからないです」
間違いなく入学式のことだろう。
色々誇張しすぎたせいで、フレアさんが俺にべた惚れしているという噂まで流れる始末だ。
でも、いきなり俺を庶務に抜擢して、挨拶させたのはフレアさんなんだから一概に俺が悪いとは言えないだろう。
フレアさんは小さく溜息をつくと、俺に向かって歩いて来た。その顔はどことなく赤く染まっているように見える。
「私はさ、その、気心の知れた人たち以外の前では強くて威厳のある女でいたからさ、あんな大衆の前で見目麗しいとか言われるのは慣れてないから……ツバキちゃんほどじゃないけど照れるっていうかなんというか」
フレアさんの声がどんどん小さくなっていく。
……あれ、この反応はもしかして。
「嬉しかったんですか?」
そう言うとフレアさんの顔が髪と同じような赤色に染まる。
「……誰だって容姿を褒められたら嬉しいよ。陰で褒められてるのはなんとなくわかるんだけど、面と向かって綺麗なんて言ってくれる人なんてそうそういないからね」
フレアさんは他にも凄いところが沢山あるから、敢えて一目見ただけでわかるような外見を褒める理由はないのだろう。
「でもやっぱり人前では恥ずかしいから、今度は二人きりの時とかに言って欲しいかなって……」
か細い声でそう呟くと、フレアさんは俺の瞳をじっと見つめる。
……これは、まあ多分そういうことなんだろう。
「フレアさんはとっても綺麗だと思いますよ」
「そっか」
返事は素っ気ないものだったが、明らかに顔が綻んでいる。
俺の回答は正解だったようで何よりだ。
「……取り敢えずこの話はここでお終い。それとは別にリュカ君を呼んだ理由はもう一つあるの」
先ほどとは打って変わって真剣な顔つきになったフレアさんは言葉を続ける。
「リュカ君は新人戦代表決定戦に出るんでしょ?」
「そうですよ?」
決まったのはつい先ほどだった筈だが情報が回るの随分と早いな。
これも生徒会の力というやつなのか。
「実はそれに弟も出るのよ」
「グレンがですか?」
「そう、それで私からの個人的なお願いなんだけどグレンをぶっ倒して欲しいの」
フレアさんがギュっと俺の手を包む。
仕草はとても可愛らしいが言っていることは物騒だ。
負けろと八百長をしようとしているわけでなく、勝てというお願いに少し困惑する。
そんな俺の表情を読み取ったフレアが話を始める。
「グレンは強いから同年代の子たちには負けたことがないの。でも敗北を知らなきゃ人は強くなれない」
確かに、身近に自分より強い人がいないと上昇志向はどんどんなくなっていくものだ。
俺にはアリスというとてつもなく高い壁が常に側にいてくれたから、少しでもその高みに近づこうと頑張ることができた。
アリスがいなければ俺はどこかで妥協していたかもしれない。
「敗北を知るのは出来るだけ早い方がいい。私はリュカ君なら正々堂々と真っ向勝負でグレンに勝てると思ってる。だからあなたに頼んだの」
「俺が、ですか……」
グレンは強い。
試験の時、俺が手助けしなくても大蛇には一人で勝てただろう。
しかも俺とは違い、武器を持たないで。
本当に俺はグレンに勝てるのだろうか。
しかし、対抗戦に出るためにはグレンは必ず倒さなければならない。
フレアさんに言われなくても俺は端から負けるつもりなんてない。
「わかりました。絶対グレンに勝ちます!」
「よく言ってくれたね。じゃあ、勝ったらなんでも一つ言うこと聞いてあげる」
「本当ですか!?」
「うん、その代わり負けたら退学ね」
………………えっ?
この物語の正ヒロインは誰なんでしょうか。
私が一番わかっていません。




