05.別れの挨拶
「ーーってことがあったんだよ」
試験に無事合格して、如月学院への入学が決まった俺は今日起こったことをエレナとアリスに話していた。
合格したと言ったら驚かれるかと思ったが、案外彼女らは俺が落ちるとは思ってなかったらしく反応はあまり良く無かった。
それよりも、俺が知り合った人の話を興味津々に聞いていた。
この街では同世代のリーダー的存在で皆に慕われていた俺が、少し外の世界に出ただけで弄られ、バカにされたというのがツボに入ったらしい。
「私もその光景見てたかったなー。やっぱり私も試験受ければよかったかな」
アリスが窓の外に映る茜色の空を眺めながらそう呟く。
「お前がいたら俺試験落ちてたかもしれないんだけどな」
確かにそうだねとアリスが苦笑する。
もし俺が落ちてなくてもグレンが落ちていた。
彼女は昔から俺と同じ学校に行きたいと言っていたが、実際にそうしようとはしなかった。
受験生の皆とは言わないが、『ノアの方舟』に入りたくて受験した人が多い中、既にそこに入っている人のせいで不合格になるというのはあまりに不憫だということをアリスはしっかり理解している。
しかも、その相手が俺となると余計に罪悪感に苛まれるだろう。
もっとも、同じ学校に行きたいと思っていた俺が落ちたら本末転倒になるのだが。
「…………はぁ。明後日からは寮生活なんだよね」
エレナが寂しげな表情をして声を漏らす。
「……そうだよ。暫く会えなくなる」
如月学院はルーンに住んでいる人以外は基本的に寮生活である。
一旦学校に入学すると、長期休暇でもない限りなかなか帰ってくることはできない。
アリス含めた『ノアの方舟』の仲間がいるからといって、十年間ずっと一緒に居続けた俺と離れるというのは寂しい気持ちにもなるだろう。
……正直なところ俺も寂しいんだからそう思ってくれてないと困る。
「約束、覚えてるよね」
エレナが上目遣いで尋ねる。
「……約束?」
勿論忘れているわけないが、とぼけたふりをする。
約束とは俺がエレナに迷惑をかけまくった代わりに頼み事を一つ聞くこと。詳しい内容は何一つ教えられていない。
しかし俺が覚えていないとわかったエレナが瞳に涙を浮かべ始める。
「……ごめん嘘、覚えてる覚えてる。頼み事を一つ聞くんだよね!」
「そうそう、なんでも一つ言うことを聞いてくれるんだよね! 忘れてるとか言ったらぶん殴るとこだったぁ!」
涙目は何処へやら、満面の笑みでそう答える。
「いや、なんでもはちょっと……」
「は?」
無言の圧力に俺は首を縦に振ることしかできなかった。
◇
入学式の前日。この街から離れる日に俺はエレナに連れられ街を歩いていた。
エレナの頼みごととは今日一日、一緒に街を歩いて欲しいとのことだった。
そんなことでいいのかと思ったが、余計なことを口にして面倒なことをやらされるのが嫌だったから何も言わずに了承した。
アリスも一緒に来るかと尋ねると、別れの日くらい家族水入らずで楽しんできてとのことだったので、今は二人きりだ。
どこに行くかも聞いていない。正確には聞いても教えてくれなかった。
エレナのことだから大丈夫かと思い、それ以上余計な詮索はしなかった。
「着いたよ」
「ここって……」
俺が案内された場所は世界中に数々の支店を置く人気の高級ブティックだった。
ここに来るのは今回が初めてだ。
中に入ってみたいとは何度も思ったが、毎度貫禄ある外観に気圧されて一度も足を踏み入れることはできなかった。
「あんたへの入学祝いのプレゼントを買うわ。お金はいっぱいあるから欲しいものがあったら遠慮せず言いなさい」
店内に入るとすぐにエレナはそう口にした。
遠慮せずとは言われても値札のない商品を見て、欲しいものを言うどころか、探す勇気すら俺にはなかった。
同じところにいると店員が徐々に近づいて来る。
不味い、これは間違いなく俺に話しかけようとしている。魔眼を使わなくても分かるぞ。
こんなところでダンディなおじさんに話しかけられでもしたら、間違いなく断ることができずに流されて欲しくないものを買わされてしまうだろう。
俺はそそくさとその場から離れる。
移動した場所の近くにいた別の店員が近づいて来る。また逃げる。
俺と店員の終わりなき鬼ごっこを見かねたエレナが何着か服を取って俺の体に合わせる。
そして何も言わずに気に入ったものを店員に預けて行く。
それを何度か繰り返した後、店員に何か告げる。
店員はそれを聞いて軽くお辞儀した後、エレナが預けた服を持って消えていった。
暫く待っていると、大量の紙袋を持って店の奥から現れた。
お買い上げありがとうございましたと言い、その紙袋を俺に渡す。
「えっ、全部買ったの!?」
中には先程エレナが選んでいた全ての服が入っていた。
高級店なのに行儀悪く大きな声を上げてしまい、店員が苦笑いを浮かべるのを見て顔が真っ赤に染まる。
「こう見えて私お金持ちなのよ」
そんなこと初耳なんですが。
今まで無駄遣いをするなと言われ続けていたのでてっきり貧乏なんだと思っていたんだけど、どうやらエレナは倹約家だったらしい。
その後も街の色々な場所を見て回った。
行く先々でしたエレナとの思い出話はとても楽しかった。
知り合いと会ったら別れの挨拶くらいしていこうと思っていたのだが、不思議なことに誰とも出会わなかった。
「じゃあ、最後の場所行こっか」
空が赤く染まり始めたところでエレナがそう言った。
最後と言われ連れてこられた場所は、この街一番人気の宿屋『英雄の拠り所』だった。
いつもは開いている扉の前で止まったエレナが口を開く。
「先入って」
「わ、わかった」
何かが怪しい。
頼み事と言われていたのにただ買い物を楽しんで思い出話に花を咲かせただけだったし、ここに来て大どんでん返しがあるかもしれない。
恐る恐る扉に手をかけゆっくりと押し開ける。
「「「合格おめでとうリュカ!!!!」」」
俺を祝う声が上がると同時にパン、パンとクラッカーの音が鳴り響く。
宿屋の中には俺がこの街でお世話になった人や友人たちが勢ぞろいしていた。
「な、なんで」
皆が集まって祝ってくれるとは思っていなかった俺は驚きの声を漏らす。
「ここにいる人たち全員がリュカのこと大好きだからだよ」
アリスが代表して告げた言葉にこの場にいる全員がうんうんと頷く。
「……でもまだ『ノアの方舟』に入ったわけじゃねえぞ?」
如月学院に入学することが夢ではない俺にとって、これはあくまで通過点に過ぎない。
こんなに総出で祝われるようなことでもないはずだ。
「もし『ノアの方舟』に入れたらその時は今日の何倍も凄く祝うだけだから」
アリスの言葉に皆がそうだそうだと声を上げる。
自分がこんなに思われていると知って、思わず目から涙がこぼれ落ちる。
それを見た友人たちが駆け寄って来て俺の背中をバシバシ叩く。
涙を拭い震える声でありがとうと告げるとそれが契機となって俺の周りに一斉に集り始める。
ちゃっかり机に並べられた豪勢な料理を貪り始めるやつもいたがご愛嬌ということにしておこう。
ある程度落ち着き始めたところで俺へのプレゼントを渡す時間が始まった。
手作りの装飾品や酒、食器や本など様々な物を貰ったが、その中でも一番嬉しかったのは、鍛冶師のドゥーロさんから貰った新品の刀だった
彼には数年前にもし如月学院に入学できたらお前の武器を作ってやると言われていて、話半分に覚えていたが本当に作ってもらえるとは思わなかった。
俺が明日の朝早くに出発することもあり、お開きムードが流れ始めた辺りで、エレナが俺に締めの挨拶を任せると言ってきた。
恥ずかしかったが、感謝の言葉は告げないのは不義理だと思ったので、こほんと咳払いをして皆に見える場所に立つ。
話し声もすっと止み全員の視線が俺に集まる。
覚悟を決めて口を開いた。
「俺は一ヶ月前まで如月学院に入学できるか不安で仕方がなかった。それでも、俺が無事入学することができたのは、あんた達が誰一人俺の無謀と思える夢を笑わなかったからだ。そのおかげで俺は諦めずにここまで来ることができた。しかし、夢はまだまだ遠い見えないところにある。それを掴み取るために俺はこれまで通り必死になってやって行く。だから応援しててほしい。……今日は本当にありがとうございました!!」
そう言い終えると拍手が沸き起こり、涙を流すエレナの姿が見えた。
俺はこの街で過ごすことができて本当に良かったと思う。
忙しすぎて投稿頻度下がりそうです……。




