01.強くなりたい
ーーヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
一心不乱に森を駆け抜ける背後でメキメキと木々をなぎ倒す音が着々と近づいて来る。
迫り来る音に耐えきれずほんの一瞬だけ振り返る。俺を目掛けて一直線に地を這いずる五十メートルを優に超えるであろう大蛇と目が合う。
そうなって仕舞えば俺はもう蛇に睨まれた蛙だ。足がもつれボールのように転がった後、木にぶつかって止まる。
勿論その間にも大蛇は追いかけていたわけで、立ち上がる頃には俺の眼前で二股に分かれた舌で口を舐め回していた。
「ああ、俺死んだわ」
全てを諦め目を閉じ俺を止めた木に凭れながらヘタリ込む。
享年十五歳。こんなに早く死ぬことになるとは思いませんでした。お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください。
やっぱりジュールに食べるだけで強くなれるという黄金リンゴのなる木がこの『禁忌の森』にあると聞いて、おいそれと来たのが間違いだった。
でも俺は一ヶ月以内にどうしても強くなりたかった。夢を叶える為に強くならなくてはいけなかったんだ。
目を閉じてから何秒程経ったのだろうか。未だに生きていることに違和感を感じ、恐る恐る瞼を開ける。
「ひぃっ!」
視界に先程まであれほど元気に俺を追いかけ回していた大蛇の死骸と、その隣に立つ血のべっとりついた大剣を担ぐ無精髭を蓄えた大男が映る。
「あぁ? 何でここにガキがいるんだ。危ねえからさっさと家に帰れーー」
「おっ、俺を弟子にしてくださいっ!!」
「はぁ?」
唐突に頭を地面に打ち付け土下座する俺に大男が困惑の声を上げる。
確かに、怪訝な表情を浮かべてしまう気持ちは痛いほどわかる。しかし、黄金リンゴを見つけることができなかった俺にとっては、強くなるための最後とも言えるチャンスをどうしても逃すわけにはいかなかった。
「あのなぁ、こんなとこで死にそうになってる雑魚をこの俺が弟子にするわけねえだろ? 身の程わきまえろ」
「で、でもっ! 俺はどうしても強くならなきゃいけないんです!」
顔を上げ必死になってそう懇願する。
「でももクソもねえよ。お前の事情なんぞ俺にとっちゃ知ったこっちゃねえんだよ」
そう吐き捨て、俺を睨みつける大男の右眼が突然淡い赤色の光を帯び始め、それと同時に俺の左眼も熱を持ち始める。
「……なに? 『共鳴』している……ってことは魔眼持ちだと? 然も白ってことは 『未来視』の筈だが、この様子だと使い方を知らないってところか……」
リンク? マガン? ビジョン?
頓に大男の目が光ったかと思うと、顎に手を当て何かを考え始めボソボソと意味不明なことを呟く。
「……よし、気が変わった。お前を俺の弟子にしてやろう。但し条件を付ける。俺はお前に魔眼の使い方だけしか教えない。そして一ヶ月以内にそれをマスターできなきゃお前は破門だ。分かったな?」
「えっ、あ、ありがとうございます! でもマガンって何なんですか?」
「今日はもう遅いから細けえ話はまた明日だ。とりあえず出口まで送ってやるから、明日の朝にそこに来い」
「わかりました! あとリュカです、俺の名前」
「そうか、じゃあ俺のことは師匠って呼べ。よろしくなリュカ」
ニッと笑いそう言いながら右手を俺に差し出す。
「はい! これからよろしくお願いします、師匠!」
差し出された手を力強く握り満面の笑みで応えた。
◇
固い握手を終えた後、俺は師匠に担がれて無事に森の外に出ることができた。脱兎の如く走る師匠に俺は只々呆気にとられていた。
「そういえば、お前なんで強くなりたいんだ?」
森を抜け街に向かって歩いてる途中に、師匠がそう尋ねる。
「一ヶ月後に学校の入学試験があってどうしても合格したかったんです」
「学校……ってことはお前も『ノアの方舟』に入りたいってクチか?」
そう、俺の夢は世界最強の冒険者ギルド『ノアの方舟』に入り、軈てはそこのギルドマスターになる事だ。
『ノアの方舟』に入ることが出来るのはギルドメンバー間に生まれた子か、ギルドメンバーによる推薦を貰った者だけである。
その推薦を手に入れる為には兎に角目立たなくてはならない。世界的な武術大会で優勝するとか、街を危機から救うとか、竜や魔王を倒すとかして名を揚げる必要がある。その殆どが非現実的なものである中、唯一、現実的に推薦を貰う方法がある。
それが冒険者育成特化型の学院に入るというものだ。そこで首席になるとか、他の学院との対抗戦で活躍する等した人たちには少なからず推薦があるようだ。
そしてこのイース王国の王都ルーンにある冒険者育成特化型の学院である『如月学院』の年に一度行われる入学試験が来月に行われる。
試験を受けるための条件は今年で十六の歳を迎える者であること、以上。
条件は誰でも一度は満たせる簡単なものだが、逆に言えば一生に一度しか受ける事ができないということだ。
試験は筆記と実技の二つが行われる。筆記に関しては勉強はそれなりに得意なのでそこまで不安に思うことはないが、問題なのは実技だ。
剣術と体術は小さい頃から鍛錬してきたので、特別凄いと言われるような才能があったわけではないにせよ試験に差し支える程ではないと思いたい。しかし魔術の方は絶望的にセンスがなかった。
俺は魔力量は常人よりも比較的多いものの、体外に魔力を放出して扱う攻撃魔法や支援魔法は一切扱えないという致命的な欠点を持っている。唯一使える魔術といえば、十歳になる頃には誰でも使えると言われる基礎中の基礎の身体強化術のみである。
このままでは確実に試験に落ちてしまうと思い、小難しい本を読むのが大好きな友達のジュールに相談した結果、『禁忌の森』に黄金リンゴがあると言われて、森に入ったら大蛇に見つかり死にかけたということだ。
「はい。……やっぱり無理ですかね?」
「お前が無理って思うんなら無理かも知らねえが、諦めなきゃ幾らでも可能性はあるさ。……ここまできたら後は一人でも帰れるだろ。一ヶ月間毎日ここに来いよ。じゃあな」
「あ、はい。さようなら!」
師匠が来た道を引き返して行った。夜は危険度が更に増す森に戻るのだろうか。何というか本当に凄い人だった。
師匠が見えなくなるまで手を振り続ける。
諦めなきゃ幾らでも可能性はある、か。
そうだよな、今まで何度も挫折しかけたんだ。たった一回死にかけたくらいで夢を諦めそうになるなんて俺らしくもなかったな。
俺は両手で頰をパンッと叩き、気持ちを新たにして帰途についた。
自分の家が見えると同時に異様な光景が目に入る。
家の周りに人が集まっていて、そこには鉛のように重苦しい雰囲気が漂っていた。
「あの、俺の家でなんかあったんすか?」
俺は人混みに近づき一番外側にいたギャルソンエプロンを腰に巻く女性に話しかける。
「何って、リュカが『禁忌の森』行ったきり帰ってこないもんだからーーってリュカ!?」
その女性改め、この街で一番人気の宿屋である『英雄の拠り所』の看板娘のアンナが飛び上がるような大声をあげ、同時にそこにいた群衆が一斉に振り返り俺を見ては皆思い思いに驚きの声をあげ目を丸くする。
「……えっと、ただいま?」
そう言った瞬間、人集りの中から目に涙を浮かべた黒髪の女性ーー姉のエレナが出てきて俺に向かって飛びつく。余りの勢いに耐えきることができず尻餅をつく。エレナが開いた道の奥には同じく目の周りを真っ赤に腫らしたジュールの姿が見える。
「心配させんなっ、バカ」
俺の胸に顔押し付けそう言うエレナの頭をポンポンと叩き一言「ごめん」と告げる。それに対してエレナは「謝るぐらいなら最初からすんな」と、身体を離して思い切り俺の腹を殴る。
「痛ぇえっっ!?」
「あんたを心配するときに感じた私の心の痛みよ、謹んで受け取りなさい。今日あったことは後でちゃんと説明して貰うからね」
そう言って何事もなかったかのようにスタスタと家に戻っていくエレナ。集まっていた人達は地面に突っ伏す俺を見て「ご愁傷様」だの、「流石にお前が悪い」だの口にしてからそれぞれの家に引き返していった。
いやお前ら俺のことで集まったんなら、もうちょっとくらい心配してくれてもいいだろ。
殆ど人がいなくなり閑散とし始めたところでジュールが俺のもとに駆け寄ってくる。
「リュカっ! 僕、君が本当に『禁忌の森』に行くなんて思わなかったから、からかうつもりで黄金リンゴがあるなんて嘘を教えたんだ。ごめんなさい!」
「ジュールが謝る必要なんてねぇよ。この件に関して悪いのは全部俺だ。俺も無事に帰ってこれたんだからお前が気にすることは何もない。わかったらはよ家帰れ」
俺は立ち上がり未だ何か言いたげだったジュールの隣を通り過ぎてから軽く手を挙げ「またな」と軽く横に振った。
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