噂のカフェ
わたしが通っている高校のすぐ近く。大通りから少しだけ路地裏に入ったところに、おしゃれなカフェがあるらしい。高級そうなマンションの一階に造られたお店で、ふわりとした女の子がひとりでオーナーをしているその店は、ケーキとココアが絶品だとご近所で評判である。でも、それだけで女子高生の間で噂になるはずがない。友人が仕入れた情報によると、店員は皆、イケメン、らしい。
「七海!はやく行くよ!」
「う、うん」
友人の朱里に引きずられるようにして、目下話題のこの店へ来てしまった。入店した途端に向けられる笑顔は本当にキラキラしていて、思わず見惚れてしまう。が、しかし。
「ごめんね、今日はもう閉店なんだ」
「えー、せっかく来たのに!」
「朱里、仕方ないよ」
「ほんとごめんね、オーナー様のご意向だから」
申し訳なさそうに微笑む店員、「山崎」さん。わたしたちと目線を合わせようとしてくれているのか、屈んで顔を覗き込んでくる。茶色に染められた髪がさらりと揺れて、目が合う。本当に、イケメンだ。
「翔ちゃん、お店閉め…お客さま?」
「ああ、うん。でも今…」
奥から出て来たのは、わたしたちと同い年くらいの美少女。噂のオーナーだろうか。わたしと朱里を見て、ふわりと微笑む。「山崎」さんより年下そうなのに、美少女さんの方が立場が上らしい。何やらいくつか「山崎」さんに指示を出した美少女さんは、わたしたちに少し待つように言い置いてまたお店の奥へと戻っていった。
「噂、本当だったね」
「うん」
「でも、まだ1人しか見てない!」
「え、店員さん、たくさんいるの?」
「たくさんと言えばたくさんだね」
お店の片隅で朱里と話していたら、ふいに低くて心地の良い声が降って来た。「山崎」さんとは別のイケメンさんが、びっくりして声をあげた私たちを見てくつくつと笑う。こちらもイケメンさんで、心臓のバクバクが止まらない。
「はい、オーナーから」
「へ?」
「今日はごめんね、また来てって」
そっと差し出された2つの紙袋から、美味しそうな甘い匂いがする。ぽかんとしていたら、手を取られて袋の持ち手を持たされた。ついでとばかりに頭をぽんぽんと撫でられる。することまでイケメンである。
なんだかもう訳がわからなくなってきて、朱里とふたり、顔を見合わせてお店を飛び出した。