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受け継がれし魂

 かつて、ひとりの剣士がいた。


 彼が生を受けたのは、天下の統一が果たされ、長い戦乱の時代が終わりを告げた、丁度その頃。

 武家の子として生まれた彼は、幼い頃から当たり前のように剣術を仕込まれたのだが……それは彼にとって、運命との出会いであった。

 

 まさに、天賦てんぶの才。彼はめきめきと上達し、同年代の者はおろか大人でさえ、その剣を受けられる者は居なくなった。

 彼の父は息子の才を喜び、彼を都の剣術道場に通わせる事にした。有力武家の子弟が集うその道場でも彼の剣術は異彩を放ち、やがては稀代きだいの剣士として都の人々の話題に上るまでになった。


 噂の天才剣士を召し抱えたいと望む者は多かったが、彼は道場に残り、更に剣技を探究する事を望んだ。彼にとって、剣とは既に人生そのものであり……それ以外の物事など、もはや些事さじに過ぎなかった。


 そんな彼の耳に、京で開かれる御前試合の話が飛び込んで来た。東西あまたの剣士が集い、神前で雌雄を決するという。

 剣の道を志す者が皆一度は憧れる……それは“最強”の座を決める舞台。


 「時が来た」


 彼は思った。己が研ぎ澄ませて来た剣技……今やこの都でも打ち合える者が居なくなった、自分の剣。全国から集まった猛者達相手ならば、存分に振るえるというものだ――――


 しかし、彼の望みは叶わなかった。御前試合を前にして、彼は……病に倒れたのだ。


 医者は言った。彼は「心の臓の病」であり、これは生まれつきのもので治療法は無いと。剣の修行に明け暮れ、体をいじめ抜いた日々が発病をうながしたのだろうと。


 余命はあと数年。激しい運動を避け、静養すればもう数年は長く生きられる筈……医者はそう締め括った。


 そんな――――馬鹿な。だが、彼の身体は確実に衰えていった。剣を振っていられる時間が、日ごとに短くなる。気力も体力も充分な筈なのに、息が続かない。

 彼にとって全てであった剣が、今は彼自身をむしばんでいる。それを確信した時……彼は、己の運命を呪った。


 結局、彼は御前試合には出られなかった。病を押して京に向かおうとする彼を、道場の者が総出で止めたのだ。

 己を気遣う者達を振り払ってまで我を通すなど、その時の彼には出来なかった。


 しかしこの選択を、彼は一生後悔する事となる。



 御前試合が終わって数ヶ月の後、彼は愛刀と僅かな荷物だけを携え、道場から忽然こつぜんと姿を消した。


 惨めに弱っていく姿を、皆に晒したくない……それもある。だが何より彼は、病で果てることを良しとしなかった。己が剣士であるという矜持きょうじが、そんな最期を許せなかったのだ。


 己に相応しい死に場所を求め、彼は彷徨さまよった。名高い剣客との死合いを求めて、方々を訪ね歩いたが……天下に名だたる剣士の多くは、先の御前試合で落命、あるいは隠居を余儀なくされていた。

 そして生き残った者も、彼との死合に応じることは無かった。漂うその禍々しい死の気配に、皆怖気(おじけ)づいたのだ。

 

 そうして、どれ程の時を歩き続けただろうか。辿り着いた山間の小さな村で、彼はひとつの不穏な噂を聞いた。

 ここからそう遠くない山中にある、古い砦……そこを根城とした野盗が、街道を往く旅人や商人を襲っているというのだ。


 村人達はこの地を治める役人に何度もその事を訴えたものの、一向に手を打つ気配は無く……裏で野盗と通じているのではとまで言われる始末。

 これまで頻繫ひんぱんに村を訪れていた商人達も今ではすっかり足が遠のき、このままでは村人は冬を越せるかも怪しい……


 彼は思った……ようやく、求めていた死地に巡り合えたと。


 村人に砦の場所を聞くと、彼は人知れず村を後にする。野盗を成敗するなどとは、ひと言も口にしなかった。既に衰え切ったこの身体で、十数人の野盗を相手にするのは無理と考えたからだ。

  

 彼が砦を目指したのは……ただ戦いの中で死にたい、その一心によるものだった。病で動けなくなる前に、剣が振れなくなる前に……斬り合いの中で死のうと。

 悪党の数人でも道連れにできるのなら、最早言う事は無い。


 己が道を剣に求めた時から、死ぬ覚悟はできていた……しかし、それは命を懸けた死合いの中での死。病で弱っての死など、決して認められるものでは無い。

 剣に生き、剣に死ぬ。己の終焉しゅうえんは、そう在らなければならない。剣を極める事叶わずとも、その最期は剣士らしくありたいと、彼は願ったのだ。


 荒れ果てた砦の前で野盗に囲まれた彼は、朱鞘の愛刀を抜き放ち、朗々(ろうろう)と名乗りを上げた。最初で最後の――――これが彼のいくさ


「いざ尋常に、勝負!」



 その戦いは、一方的なものだった。一刹那で数個の首が飛び、息つく間も無く野盗達のむくろが積み重なっていく。

 巨躯と怪力を誇る頭領ですら、僅か一合打ち合っただけで己の流した血の海に沈んでいった。


 ……彼我のあまりの技量の差。それは数の優位を軽く覆すまでに至っていたのだ。彼が息を切らすまでも無く、戦の大勢は決まってしまった。


 最早動く者とて居なくなった砦の前で、彼はいた。そう、奴等は自分を斬るに至らなかった――――死合いですらない、これは一方的な殺戮。

 彼は、強くなりすぎていた。病に蝕まれてなお、その剣技は常人を遥かに超越していたのだ。


 思えば、これは当然のこと。碌に剣を習った事も無い、数を頼みの野盗風情が……彼が人生を賭して費やした研鑽けんさんに及ぼう筈もない。

 奴等は己の身に振るわれた剣技の数々を、まるで解する事無く絶命していたのだから。


 頭領の首級を持って戻った彼を、村人の歓喜の声が迎えた。村を救った英雄として讃えられながらも、彼の心中はむなしかった。



 村人に乞われ逗留とうりゅうするうちに、彼の病は急激に悪化していった。最後の戦いに全てを懸け、報われなかった事が……彼から生き続ける気力を奪っていた。

 それから程なくして、彼は失意の内にこの世を去った。己が望んだ死地に辿り着く事なく、絶望の中でその生涯を終えたのだ。


 村人達は悲しみつつもその偉業を讃え、遺された愛刀をやしろまつった。それは村の守り神として、何代もの間(あが)たてまつられた。



 ――――“彼”が目覚めたのは、それから百年以上も後の事だった。


 村を守護する御神刀として長きに渡り人々の祈りを受け続けた“彼”は、いつしか八百万の神の一柱としての意思と力を得るにまでに至っていた。


 自らを崇める者達に加護と恩寵を与える土地神として、“彼”は出来うる限りの事をして尽くした。

 日照りが続いた時は雨を呼んで大地に恵みをもたらし、また大嵐の矛先をずらして村を守ったりもした。人々の祈りに応える日々は、“彼”にとって満ち足りた時間であった。


 しかし、時代は移り変わるもの。人々の暮らしが豊かになっていくにつれ、少しずつ……少しずつ“彼”への信仰は失われていった。


 山奥の不便な生活を嫌って都会へ移り住む者も増え……いつしか、住む者もまばらになった村。


 “彼”の力も、全盛期のそれに遠く及ばないまでに衰えた。しかし、“彼”はそれを運命として受け入れていた。

 この村は、その役目を終えたのだ。寂しくはあるが、“彼”は……村を捨てた者達を恨んではいなかった。


 そして、最後の時が訪れる。残った村人の全てがその地を離れ、入れ替わりに外から来た人間達は、持ち込んだ機械を用いて巨大なせきを築いた。

 やがて上流でせき止められていた川の水が流れ込み、村を……“彼”の社をも飲み込んでいく。


 そして“彼”の存在は忘れ去られた。村は地図の上からも消え、在りし日の姿を覚えている者も、やがて絶え果てた。



 ――――その、筈だった。


『君は、それでいいのかい?』


 深い水底で朽ちていく“彼”に、呼びかける者があったのだ。それは深く渋味を帯びた、見知らぬ男の声。


「我の役目は終わった。このまま村と共に消えゆく事に、悔いはない」


『村を護る御神刀としては、そうだろうよ。だが君は……一振りの刀として、まだやり残したことがあるんじゃないのか?』


 “一振りの刀”として。その言葉が、“彼”の遠い過去と……果たせなかった願いを呼び起こした。


「――――そうだ、我は……我は主の無念を晴らせなんだ。剣士として、戦いの中での死を望んだ主の願いを、我は……」


『思い出したかい? 今わの際まで君を握りしめていた、彼の最期の願いを』


「ああ、最期まで……主は闘いを望んでいた。最高の敵手との、死力を尽くした闘い。剣と剣、技と技との応酬の果てに……己が技量を超える一撃を受け、終わる事を」


 だが、その願いを果たす事は叶わない。神と崇められたとて、“彼”はあくまで「刀」。所詮道具に過ぎないのだ。主亡き今、如何様にしてその無念を晴らせばよいのか……


『……私が、そのすべを与えてやると言ったら? 君の全盛期……いや、それ以上の力と、ついでに最高の敵手までも用意してあげられるんだがね』


「晴らせるというのか、この無念を。我が主より受け継いだ果たせぬ願いを、貴様が……」


『私にできるのは、君に最高の舞台を用意する事。そこから先は君次第になるが……それで構わないかい?』


 “彼”に、その提案を蹴る理由は……無かった。


「――――委細、承知!」



 【門】から注がれるおびただしい力が、“彼”の刀身を満たしていく。溢れ出した霊力が柄を握る腕を、大地を踏みしめる足を形作る。

 身の丈も手足の長さも、寸分違わず主のそれを模した身体。病によって、遂に身に着ける事叶わなかった……祖先伝来の甲冑姿だ。


 この身体ならば、主の技量全てを余すところなく再現できるだろう。


『君を倒し【門】を閉じる為に、この時代の名だたる猛者が押し寄せてくるだろう……君を満足させる様な相手も、きっと現れるはずさ』


 ――――そういう事か。今の時代に、どれ程の剣士が居るのかは知らないが……我が主の魂を震わせるような敵手に、出逢えるかもしれない。


『この【門】の傍に居る限り、君の力は無尽蔵。存分に腕を振るいたまえ』


 男はそう言い残して去っていく。それを追いかけようとするまだ幼い少女の前に、“彼”は立ちはだかった。


 一目見て、理解した。見た目からは想像できない程の霊力ちからを秘めた……こいつが、最初の敵手あいて


 ――――良かろう。如何なる思惑があるかは知らぬが……貴様が用意したこの戦場いくさば、使わせて貰う。


 少女が操る暴風が、“彼”を目掛けて襲い掛かる。だが、それは強固な結界に阻まれて届かない。守護の神刀としての力が、魔術妖術の類いを阻んでいるのだ。


 ――――我が望むは、互いの命を懸けた死合い。間合いの外からの攻めには……屈せぬ!


 “彼”は朱鞘から刃を……主から受け継いだ剣士の魂を抜き放つ。これが、本当に最後のいくさ



 ――――いざ、尋常に……勝負!!

なんか、ドキドキ魔法少女ライフとは程遠い話を書いている気がするよっ!?


今回の活動報告は、灯夜の頼れる?お姉ちゃん、月代蒼衣さんについて。ってかこれから書きます! ぐえー!


次回更新日は1月13日、木曜日の予定です!

タイトル伸ばしてはみましたが、正直効果は微妙……というわけで、ブクマに評価に感想よろしくお願いします! 読者の皆様の応援だけが頼りなのです……レビューも待ってます(泣

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