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走れ灯夜

 ぱぁん、と乾いた音が視聴覚室に響きわたる中……ぼくはくるくると回転する世界をただ、呆然と眺めていた。


 女の子の平手打ちひとつで、軽々と吹っ飛んでしまうとは……想定外の事態にしたって情けない。けれどそもそも、どうしてぼくは叩かれているのだろうか。


 吹っ飛ぶ寸前に見えた……静流ちゃんの涙。ちかちゃんに聞かされた噂にショックを受け、深く傷ついたせいだろうか?

 いや、きっとそれだけじゃない。叩く瞬間、彼女は確かにぼくを見ていた。悲しんでいるのか怒っているのか区別のつかない……とてもつらそうな眼で。


 そうだ。ぼくが叩かれたのは、たまたまそこに居たからじゃない。静流ちゃんは、明確な意図をもってぼくを叩いた。理由があるのだ。叩かれるような理由が……ぼくに。


 当面の問題は、その理由に皆目見当がつかないということなのだ。そう、彼女に嫌われてしまった理由をぼくはまだ知らない。

 今ここにいるのも、それを静流ちゃんに聞きたかったからなのだが……


 ぼくはメリーゴーランドのように回る視界の中で、なんとか彼女の姿を捉えようと体をよじる。それが災いしたのか。


 目の前に飛び込んできたのは……机。視聴覚室に並べられている小奇麗な机が、回避不可能なスピードで斜めに飛び込んでくる。ここに至ってぼくは思い出す――――自分が叩かれてバランスを崩し……転倒する最中だという事に。


「お、おい灯夜――――!」


 ちかちゃんの叫びも虚しく、ぼくの体は机の列をがらがらとなぎ倒して……冷たい床へと叩き付けられていた。


 ――――痛い。幸い頭は打ってないみたいだけど、体の節々が痛い。流石にぼくももうすぐ中学生になる身、声を上げて泣き出したりはしないけど……じわりと滲む涙までは止められない。


 だけど、そんなことより……今はそんなことより、静流ちゃんだ。


 ぼくが倒れる寸前に視界の端で捉えたのは、泣きながら教室を走り去る彼女の姿だった。

 今までの、ぼくが知っている彼女からはありえない行動。例え相手が誰であれ、綾野浦静流あやのうらしずるが逃げ出す姿を……ぼくは見たことが無い。


「灯夜平気か!? 骨とか折ってないよな!?」


 慌てて駆け寄って来るちかちゃんの真っ青な顔も、初めて見るものだったけど……


「……大丈夫。それより、ちかちゃん……」


 痛みをこらえながら、何とか立ち上がる。少しふらつくけど、特に大した怪我もしていないようだ。


「な、何だ! 保健の先生呼ぶか? 担架たんかとか要るか――――」


 ちかちゃんの、すごく心配そうな表情。ぼくの身を本気で案じてくれているのがわかる。それはとても嬉しい……嬉しいだけに、心がちくちくと痛む。

 ぼくがこれから言うことは、そんな彼女の気遣いを無下にする言葉に他ならないから。


「……やっぱり、先に帰ってて!」


 そう言い放ち、ぼくは教室の出口へと走り出す――――後ろ髪を引かれる思いとは、まさにこういう気持ちなのだろう。だけど、今のぼくにはどうしてもやらなければならない事があった。どうしても止められない思いがあった。


 ――――静流ちゃんを追いかけなければ! 


 痛む体を無理やりに奮い立たせ、出入り口をくぐるぼくの前に……突然大きな段ボール箱が立ちふさがる。いつもなら避けられなかっただろう、この不意打ち。

 だけど痛みで神経が研ぎ澄まされているのか、それとも幸運の女神が微笑んだのか。ぼくは普段ではありえない俊敏しゅんびんさを発揮して、なんとか身をかわす事ができた。


「ん……おい月代、どうしたんだ?」


 行く手を阻んだ段ボール箱の正体……荷物を抱えた林先生が振り返り、ぼくを呼び止める。

 けど、今は立ち止まれない。先生には悪いけど、ここで足を止めてしまったら……きっともう走り出せないから。


「ちょ、待てよ灯夜! ヤローをシメんならあたしも……んぎゃ!」


 視聴覚室から飛び出してきたちかちゃんが、そのままの勢いで林先生にぶつかった。体育会系の林先生といえど、不意のこの一撃は効いたらしく……

 ぼくの背後では二人が倒れ荷物がまき散らされるどんがらがっしゃんという音が響いてきた。


 なんか、ごめんなさい……。心の中で二人に謝りながら、ぼくは走った。静流ちゃんがどこに向かったのかはわからない。けれど、推測することは出来る。


 まずは昇降口だ。そこにまだ靴が残っていれば彼女はまだ校内にいる事になる……靴がなければ、残念だけどもう追跡は不可能だ。

 ぼくは彼女の下校ルートまでは知らないし、速度差と経過時間を考えるともう追いつけない。


 ――――考えれば考えるほど、静流ちゃんに追いつく可能性は減っていく。けれど、ぼくは全力で考え、全力で走る。

 今までそうしなかった分まで、全力でやらなきゃいけない。


 もう一度会って、確かめるんだ。綾乃浦静流の真意を。本当の気持ちを。それができなきゃ、ぼくは前に進めない。この学校で過ごした日々を、こんなもやもやした気持ちのまま終わりにしたくない。


 そして何より、女の子を泣かせたまま……放っておくわけにはいかない!

この小説は自動更新にてお届けしております。

たぶん今日の午後には退院している筈なのですが……どうなっているのでしょう。

早く戻ってきて……自分!

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