表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
245/245

とりあえず、一件落着!

【前回までのあらすじ】


 池袋の街での死闘はついに決着した。【大怪蟹】の消えた星空を見上げ、長かった一日を思い起こす灯夜。共に戦った仲間たちと共に勝利の喜びを分かち合おうというその時、愛音はふとその場に樹希が居ない事に気付く。


 すでに戦いは終わったというのに、何処かへと消えた四方院樹希。はたして彼女の行方は――――!?

 ――――廃墟と化したビルの一室。そこは不気味な程静まり返っていた。光源といえば枠だけになった窓から差し込む星明かりのみ。それが床に散乱したガラス片に反射して、荒れ果てた惨状に空々(そらぞら)しく彩りを添えている。


「さすがに、もう此処ここにはいないようね……」


 踏みしめたローファーの足元がじゃりっ、と音を立てる。ここは先程の戦いの折、わたし――――四方院樹希が吹き飛ばした【大怪蟹だいかいかい】の脚が突き刺さった場所だ。 被害はそれなりに大きいが、幸いビル自体が倒壊する程ではない。


「雷華、そっちはどう?」


 答えは予測できたが、問わずにはいられなかった。


「お察しの通り、何も。あのあやかしの男はすでにこの場を離れた後のようです」


 言葉と共に暗闇から現れたのは半壊したオフィスに似つかわしくないメイド服姿の女性。磨き上げた手練かそれとも“ぬえ”の妖力か……まき散らされたガラスの上でも足音ひとつ立てていない。


「そう……避け損ねてでもいれば手間がはぶけたのに」


 妖の男――――がしゃ髑髏どくろ我捨がしゃ。あの土蜘蛛の将、栲猪タクシシとの一戦でわたしと共闘し、つい先程は【大怪蟹】の攻撃からわたしを救ったあの男。


「居たなら余計なお世話だとでも言ってやるところだけれど、こんな場所に長居するほど馬鹿ではなかったようね」


「はい。【大怪蟹】が倒された時点で彼の目的も達成された筈。ここに潜んでいたのはそれを見極める為だったのでしょう」


「裏切り者を始末する……か。誰が始末しても任務達成とは楽な仕事だこと」


 ――――栲猪との戦いの後、わたしは巨大な黒球が現出した東池袋へと急行しなければならなかった。向こうに居るメンバーが致命的な窮地に陥っているのは一目瞭然……四方院の巫女として放置するわけにはいかない。

 

 結果として、我捨をその場に放置するという決断を下すしかなかった。奴もダメージを受けていたし、奴が受けたという任務を考えれば邪魔をしてくる可能性は低いはずと判断したためだ。

 戦って雌雄を決するには双方疲弊しすぎていたし、何より黒球の発する邪悪極まる気配が尋常ではない。優先順位は明らかにそちらが上だった。

 

 本来なら上に連絡して指示を仰ぐべき案件ではあるが、事は一刻を争うという状況ではやむを得ない……こうしてわたしは速やかに現着し灯夜の危機を、そして池袋の危機を救う事ができたのだ。


「取り敢えず、これで今回の件はひとまず片が付いたという事ですね」


「ええ……街はかなり酷いことになったけれど、人的被害は最小限にとどまったはず。後始末の手間を抜きにすればまあ一件落着ね」


 空から見ただけでも街への被害は小さくない。妖の仕業だけでなく、不知火ミイナの暴走や灯夜の起こした竜巻による損害も馬鹿にならない……まあわたし自身数軒のビルを倒壊させているので人の事は言えないのだが。


「でもね雷華。わたしはこの事件がこれで終わりだとは思えないの」


 ――――わたし達は妖を倒し池袋をその魔の手から救った。しかし、結局のところはただ当面の危機をなんとか乗り越えただけに過ぎない……邪悪な妖どもから人間世界を守り続ける為には、いつまでも対症療法を続けるだけではいけないのだ。


「事の発端だという妖の裏切り者……栲猪も冨向ふうこう入道も並の妖とは一線を画す実力を持っていたわ。特に栲猪は前にたおした……確か狭磯名サシナとかいう奴とは違い、まさに土蜘蛛の将と呼ぶにふさわしい強者つわものだった」


 四方院の巫女と憑依体の妖が束になっても手こずるような相手――――今現在の妖達がどのような組織を築いているのかは分からないが、その中でも高位の存在だったのは間違いないだろう。


「その強者をして反旗をひるがえさせるような何かが妖の中で起きている……わたし達の知らない所で、恐ろしい何かが始まろうとしているのかもしれない」


「……私の見たところあの栲猪は生粋の武人。術策を重んじる派閥との権力争いに破れて離反を余儀なくされた、とも考えられるのでは?」


「いいえ、それは無いわ。彼の闘いには何か強い信念のようなものを感じた……追い詰められて捨て鉢になったのとは明らかに違う。目的のために命を捨てる覚悟がなければ、あんな闘いはできないわ」


 栲猪は本当に強かった。単に妖としての能力だけでなく、戦いに対する気迫が群を抜いていた。そんな漢が、たかが権力争いの為に命を懸けるだろうか?


「そもそも、彼が組んだ冨向がまさに術策の権化のような奴だったじゃない。やっぱり何かがあったのよ……裏切り者の名を受けてまで、為さねばならなかった何かが」


前世紀末の大夜行以来、大きな動きを見せていなかった妖の中で何かが起ころうとしている……いや、それはすでに動き出しているのかもしれない。だとしたら、わたし達は――――


「考え過ぎです、お嬢様。結局ただの内輪揉めという事だって充分にあり得るのですよ? それに、そこまで考えるのはお嬢様の仕事ではありません。妖の動向を探るのは蒼衣様をはじめ対策室の方々の役目……四方院の巫女は、目の前の敵を倒すことだけに専念していれば良いのです」


「……」


 雷華が言うのももっともな話だ。退魔の十家が妖退治のすべてを取り仕切っていた昔とは違い、今では四方院家は名目上警察直属の下部組織。その活動は現場での直接対応に限定されている。


「……無駄な考え休むに似たり、ということね。どのみち今出来る事もやれる余力もありはしないわ。この話は終わりにしましょう」


 そう。今日はこれで終わり……けれど明日は、その先は――――


「でしたらお嬢様、そろそろ皆様のところにお戻り下さい。何も言わずに出て来たのできっと心配しておられますよ」


「急いでいたのだから仕方がないでしょう! あの我捨の奴が余計な事をしたおかげで――――」


 だいたい、奴が手出しをしなくてもわたしは【大怪蟹】の脚をへし折れていたのだ。奴の手助けは結果としてわたしが負うはずだったダメージを帳消しにしたわけだが、それがまたどうにも腹立たしい。


「助けてもらった手前、礼のひとつも言いたかったのですね」


「違うわよ!」


 あの妖の男がわたしを助けるとすれば、その理由はひとつしかない。


「あれは奴の意思表示。いずれ互いが万全の状態で再戦し、決着を着けようという……いわば宣戦布告よ」


 ――――ひとつの戦いが終わっても、いまだ終わらぬ戦いもある。そしてこの先もまた新たな戦いがわたし達を待ち構えているのだ。


「……戻りましょうお嬢様。先に何が待っていようと、今日のところはここまでです」


「そうね……今日はさすがに働き過ぎたわ。さっさと学園に帰って、意識があるうちにお風呂に入らないと」


 わたしをさっと抱き抱えて、雷華がビルの窓から飛び降りる。わたしも体術には多少の覚えがあるが、高層ビルから飛び降りるのは生身では無理だ。


「――――ところで雷華。今日、灯夜のほうはどうだったの?」


「灯夜様のほう……とおっしゃいますと?」


「ほら例の“入れ替わり大作戦”だかの事よ。まさかボロを出したりはしていないでしょうね?」


 灯夜が何やら無茶なスケジュールを組んだとかで雷華に助力を頼んでいた事を、わたしは不意に思い出していた。結局あれはどういう顛末てんまつになったのだろう?


「“ダブルブッキング計画”でしたら、万事つつがなく遂行済みです。妖のせいで最後まで続けることこそ出来ませんでしたが、怪しまれる様なヘマは一切致しておりません」


「まあ、貴女ならそうでしょうね。妖でもない相手を欺くくらいお手の物だろうし」


「ただ、ルルガ・ルゥ様には気づかれていたかも知れませんね。怪訝そうな顔で鼻をスンスンさせていましたので……」


 ――――南米の少数部族出身だというルルガ・ルゥ。彼女が侮れない術者であることは今日の戦いで証明済みだ。


「まあ、何か問題が起きたとしても結局は灯夜の自己責任。わたし達がとやかく言われる筋合いはないでしょうよ」



◇◇◇



「――――い、樹希ちゃん! いったい今までどこに!?」


例によって音もなく一行の元に戻ったわたし達に最初に気付いたのは、あからさまに狼狽ろうばいした様子の灯夜だった。


「突然消えやがるから何かと思ったぜ! うっかり画面外でやられちまったのかと……」


「そんな訳がないでしょう! 愛音、あなたはわたしを何だと思っているの!」


「フッ、大方残敵の確認でもしていたのだろう。まったく仕事熱心なことだ」


 たわいないやり取りに興じるわたし達の頭上からは、爆音と共に風を巻き上げて降下してくるヘリの姿。


「アンタ達全員無事ね! とっとと乗りなさい――――」


 ローター音に負けぬよう大声を張り上げる月代先生。その背後にはこれまた心配そうな綾乃浦静流の顔があった。



「帰るわよ、みんな――――天御神楽学園がくえんへ!」

 我捨に助けられたのがどうしても気に食わない樹希ちゃん可愛い!

 とにかくこれで一件落着?なのです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ