この星空に微笑みを
【前回までのあらすじ】
“竜の息吹”の閃光を浴び、【大怪蟹】は遥か空の彼方へと消えた。最後まで生存を諦めなかった妖の巨蟹……その執念は皮肉な結末を生む。
身動き出来ぬ衛星軌道上に囚われ、生きたまま永劫の時を周回し続ける……それが冨向入道の野望が最後に辿り着いた場所だった。
――――こうして、戦いは終わった。夕焼けの最後の光も消え、闇の帳に包まれる池袋の街。魔法少女たちの長い一日もここに幕を降ろそうとしていた…………
「――――という事は、あの蟹めとの戦いはこれで決着……でよいのだな?」
『うん……一応確かめたほうがいいんだろうけど、魔法少女でも宇宙まで行けるかはちょっと怪しいし』
空の彼方を越え、宇宙にまで到達したであろう【大怪蟹】。仮に行けたとしても、広大な星の海の中をどうやって探すんだという問題がある。生きていれば霊力をたどれなくもないけど、そうでなければ手詰まりだ。
「まあよい。今日はこのくらいで手打ちにしてやろうぞ。もし生きてまた向かってくるようなら……その時改めてけじめをつけてやるまでよ」
ふぅ、と大きく息を吐く暁煌。張り詰めていた緊張の糸がゆっくりとほぐれていくのを感じる。
――――終わったんだ。これで本当に。
はじめは、楽しい一日になると思っていた。中学生になって初めてのゴールデンウイーク……学園のみんなと遊びに行く約束の日に、小学生の時の友達からも誘われてしまったのが事の始まり。
結局どっちも諦められなくて、雷華さん達に協力してもらってダブルブッキング計画を実行することになったんだ。
渋谷と池袋を行ったり来たりするのは大変だったけど、みんなと楽しい時間を過ごせるならそんな苦労は気にならなかった。
途中でミイナ先輩に助けられたり、六十階ビルで暁煌と出逢ったり。この時はまだ名前がなくて“お姫様”って呼んでたっけ。
けれど、そのビルの六十階でぼく達の運命は一変した。邪悪な妖……【蟹坊主】冨向入道の妖術によってビルは外界と隔離され、ぼくとみんなはその中に閉じ込められてしまったのだ。
そこから先は目まぐるしい程に色々な事があった。“お姫様”が実は妖――――それも伝説の【竜種】だったこと。冨向が自分の野望を叶えるために召喚した大妖怪……それが彼女だったのだ。
そしてビルを飛び出した“お姫様”はミイナ先輩とぶつかり、激しい戦いの中で先輩はアライメント・シフトという禁断の力に手を出してしまう。
怒りに燃えたミイナ先輩が放った【滅びの落日】……池袋の街全体を焼き尽くすほどの巨大な黒い太陽を止めるため、ぼくは合流した愛音ちゃん達と一緒に立ち向かうことになったのだ。
暴れるミイナ先輩を必死で説得したり、落ちてくる【滅びの落日】を押し返したり……それは一瞬たりとも気の休まることのない危機一髪の連続。
それでも、ぼく達は力を合わせて池袋の街を救うことができた。
――――けれど、そこで話は終わらなかった。【竜種】の霊力を奪った冨向が巨大な妖……【大怪蟹】に変化して暴れ始めたのだ。
どうにかしようにもぼく達はすでに満身創痍。“お姫様”に至っては霊力を使い果たして死の淵に立っていた。
【大怪蟹】が生み出した化け蟹の群れに樹希ちゃん達が追い詰められていく中、ぼくは“お姫様”を救うため彼女と契約する決意をしたんだ……
「お主のその決意のおかげで、こうして万事なく収まったのであろう。何度でも言うが、トウヤ……お主には感謝してもしきれぬ程よ」
不意に視界が真っ白に染まり、立ちくらみのような脱力感。それはまばたきひとつ程度の間に過ぎ去って……目を開けたぼくの前には、赤いドレスを着た小さな女の子の姿があった。
「暁煌!」
霊装が解け、ぼくと暁煌は一心同体の姿から再び変身前の二人に戻ったのだ。
「やはり今はこの姿が相応かの。お主と契約して死は免れたものの、さすがに力まで元通りとはいかぬか」
スカートの端をつまみ、くるりと一回転する暁煌。豪奢な金髪が星明かりの下で揺れ、静かに煌めく。
「ごめんね暁煌。ぼくにもっと霊力があったら……」
「謝ることではなかろう。そもそも【竜種】に並ぶ霊力を持つ者などそうそうおらぬ……お主は、充分以上によくやっておるのだぞ」
そう言いながらにっこり微笑む彼女。その笑顔は……言っちゃあ悪いかもしれないけど、年相応に微笑ましく愛らしいものだった。
「本当に、どれほど感謝しても足りぬ……そうだ、感謝と言えばあ奴にも言っておかねばならぬな」
「あ奴って?」
「あ奴……冨向の奴のことよ」
――――冨向入道! 今回の騒動の原因、災厄の源とも言える悪の妖。暁煌の霊力を奪って死の寸前まで追いやった相手に、感謝なんて……
「あ奴は……冨向は本当にどうしようもない悪党であった。あ奴がした事は全てあ奴自身の為であり、周りの者の犠牲など眼中に無かった……」
遠い空を……今は星々がまたたき輝く空の彼方を見つめながら、暁煌は続けた。
「だがの、あ奴はそれでもひとつだけ善い事をしたのだ。それはの……トウヤ、わらわとお主をめぐり逢わせてくれた事ぞ」
「――――!」
たしかにこの事件が無かったらぼくと暁煌は出逢わなかった。それどころか彼女はこの世界にすら来てはいなかっただろう。いつかどこかで形を変えて出逢う……そんな偶然すら、起こりはしなかったのだ。
「だから、その事だけは感謝せねばならぬ。あ奴がやらかした悪事を思えば何ともやり切れぬ思いはあるが、わらわにとっては恩人と言えなくもないからの」
「暁煌……」
――――空を見上げる彼女の微笑みは、どこか寂しげだった。
もしも、冨向入道が悪い妖でなかったら……暁煌はもっと素直に彼を“恩人”と言えたのかもしれない。この世界に来て初めて出会った彼を本気で信じて頼る事ができたのかもしれない。
暁煌だって、本当は冨向を憎みたくなんてなかったんだ。けれど……冨向はそんな彼女の想いに気づこうともしなかった。最後の最後まで、野望のための道具としてしか見ていなかった――――
「――――おーいトーヤ! そっちは大丈夫かー!」
思いにふけるぼくを呼び起こしたのは、愛音ちゃんの声。
「どうやらちゃんと元に戻れたみてーだな! ドラゴンちゃんも元気そうで何よりだぜ!」
駆け寄ってくる愛音ちゃん。彼女もすでに霊装を解いて私服姿に戻っている……けれど、全身砂ぼこりと泥にまみれてそれはもうひどい有様だ。
「愛音ちゃん、その格好は……」
「勢い余って地面を掘りすぎたんだよ……おまけに底で霊力が尽きたから、ノイが上まで引っ張ってきたんだよ……」
疲れた様子のノイちゃんが代わりに答えてくれた。そっちもそっちで大変だったようだ……
「一時はどうなる事かと思ったが、無事に戻って来れたようだな」
「ミイナ先輩……」
愛音ちゃん、先輩、それにルゥちゃん……最後の戦いを乗り切ったみんながぼく達のところに集まってきた。
「ありがとう、みんな……ぼくが頑張れたのは、みんながいてくれたからだよ!」
「いやいや、トーヤとドラゴンちゃんがいなかったらホントどーしようもなかったって!」
「そう。トーヤたち、ホンジツのMVP!」
みんな疲れ切ってボロボロ。ミイナ先輩はひどい怪我まで負っている……けれど、誰もがすがすがしく晴れ渡った笑顔を崩しはしない。
それを見て、ぼくの心にようやく喜びが……確かな満足感が湧き上がってきた。そうだ。ぼく達はやり遂げた――――この災厄の日を乗り越えたんだ!
守り切ったんだ。池袋の街を……今度こそ本当に!
「……あれ? そういやイツキの奴どこ行った? あとエロコスのねーちゃんも居なくね?」
「エロコス……灰戸の奴ならさっさと帰ったんだろう。あいつはそういう奴だ」
……ぼくは灰戸先輩のことは良く知らないけど、ミイナ先輩の言い方からするにこういう事はめずらしくもないのだろう。
けど、樹希ちゃんはどうして居ないの?
「どこに行ったの……樹希ちゃん!?」
勝った! 第三部完!
って樹希ちゃんは何処に~?




