タイトル未定2025/08/11 21:28
【前回までのあらすじ】
平和なゴールデンウイークを引き裂いた池袋の地での騒乱。繰り広げられた妖と魔法少女たちの戦いにも、ついに終止符が打たれる時が来た。
樹希の決死の一撃……様々な思惑に助けられ放たれたその一撃がついに【大怪蟹】を追い詰める。
そして皆の想いを引き継ぎ、最後の幕を下ろすのは灯夜と暁煌。一心同体となった最強の魔法少女に今すべてが託された。
黄昏の時を迎えた池袋。覚悟を決めたふたりの全力は、この災厄の日を終わらせる光となるのか――――――――!!
「――――時は満ちたぞ、トウヤ!」
『うんっ!』
【大怪蟹】の脚、右側の四本最後のひとつが樹希ちゃんによって吹き飛ばされた刹那……ぼく達はすでに行動を起こしていた。
「まずは……」
尻尾をぶん、と振って再び深紅の竜麟を展開する。攻防共に活躍する鱗たちは暁煌にとって戦いの要と言える心強い味方だ。
その数多の竜麟は一直線に連なるように次々と連結し、一本の長大な鞭へと姿を変える。
「そこから退いてもらおうかの!」
鞭を振るう暁煌。沈みゆく夕日の残滓を取り込んで輝く深紅の光条は、ビルの壁面で危なげに揺れる【大怪蟹】の無事な方の脚四本をまとめて絡め取った。
『よし!』
後はあいつをビルから引き剥がすだけだ! 暁煌が力を込めると元から不安定だった巨大蟹の身体はぐらりと大きく揺れる。ビルを離すまいと二本の鋏でしがみつこうとするも、ミイナ先輩の蹴りがそれを阻止した。そして――――
「――――――――!?」
宙を舞う……【大怪蟹】の身体。その巨体は重力に引かれるまま、真っ逆さまに六十階ビルの足元へと墜落していく!
『暁煌!』
「わかっておる。あやつにはもう……この地の土は踏ませぬ!」
役目を終えた鞭をほどくと、暁煌は【大怪蟹】の真下……落着予想地点へと瞬時に駆けつけた。
『どうするの!?』
「とりあえず、もう少し空の上にいてもらうかの!」
両足に霊力が集中していくのがわかる。落ちてくる巨大な妖……軽く見積もっても十数トンは下らないだろうその身体を――――
「せいッ!」
暁煌は、蹴った。蹴り脚と軸足が天と地に向けて一直線になり、その双方に莫大な衝撃が撃ち込まれる。
轟音と共に足元はクレーター状に沈み込み……それと同等の打撃を受け止めた【大怪蟹】の巨体は落ちてきた時以上の勢いで再び高く打ち上げられた。
ビルの頂上、六十階をも越えて――――はるか空の高みへと。
『打ち上げたということは、やっぱり……』
次に放たれる技、最後になるであろう技は――――“竜の息吹”。
あれならば【大怪蟹】がどれだけの再生能力をもっていようと関係ない。その一撃で、文字通りこの地上から消し飛ばしてしまう程の威力があるのだから。
心配なのは威力がありすぎて周囲に被害が出る事だけど、目標が空の上ならそれも問題ないはず。
「それなのだがトウヤ、ひとつ懸念があっての」
『え?』
「この身体で上手く息吹を放てるか、正直自信がないのだ」
――――自信がない!? あの暁煌が!?
「お主と一心同体のこの身体、動かしたり鱗を操る分には何の不具合もない。息吹を放つ事もおそらくできはするのだろう……だがの、わらわにはお主の小さな口から火炎がほとばしる光景がどうにも想像できぬのだ」
『た、たしかに……』
この身体で炎を吐けと言われたら、当然ぼくの口から吐くということになる。巨大な竜がその顎をかっ、と開いて放たれる必殺の火炎……それと同じものがぼくの喉から出ているところを想像しろというのは、なるほど無理な話だ。
「だからのトウヤ、お主が考えてくれ。この身体でも違和感なく竜の息吹を放てるすべを、お主が!」
『えっ、えええ!?』
こ、こんな土壇場になってそんな事を言われても! 打ち上げられた【大怪蟹】がまた落ちてくるまで時間もないっていうのに――――
「お主ならば……いや、お主にしかできぬ事ぞ。身体の主導権は確かにわらわだが、霊力はお主の方が自由に扱えるはず。その霊力を使って――――【竜種】の力の象徴を再現して見せよ!」
『む、無茶振りだよ――――!?』
心の中で突然の理不尽に絶叫しつつも、ぼくに残された理性のかけらは知性を総動員し……ひとつの結論に辿り着いた時点ではかなく砕け散った。
『よ……要はすごいビームを撃てるようにしろって事だよねっ! やるよ、やってやれだよ!』
もう迷ったり細かく考えている余裕はない。幸い霊力はたっぷりあるんだし、多少の無理くらい押し通してみせなきゃだ!
そうと決まれば善は急げ。ぼくは深紅の鞭を形作っている鱗たちに念を送った。半透明の竜麟は思っていたよりもずっと鋭敏にぼくの意志を感じ取り、ばらばらに離散した次の瞬間には左右の腕に向かって再集結を始める。
『暁煌、両手を前に!』
「う、うむ!」
まっすぐ突き出された腕の外側に集まった鱗たちが結合し、その形を変えていく――――盾のように幅広く、かつ剣のように長く。
言うならば……それは砲身。その二本の砲身の間に閃光と共に光の玉が生まれ、そこに霊力が集中していく。
口から吐けないなら、もっと大きい発射口があればいい……そう。この身体そのものすべてを息吹の発射口にしてしまえれば!
『まだだ、これじゃまだ足りない!』
背中の羽根を構成していた鱗を解除し、両腕にまわす。空を飛ばないなら必要ないものだ。残った羽根の骨部分は地面に打ち込んで、衝撃吸収のためのアンカー代わりにする。
「おお、何ぞいけそうな気がするぞ!」
『あと少し……もうひと回りあればっ!』
竜の息吹を再現するにはもう少し大きな砲身が欲しい。けれど、これ以上力を込めると息吹自体にまわす分の霊力が心配になる。ぼく自身、今の自分の限界がどのあたりなのかまだ把握しきれていないのだ。
「トウヤよ、臆するでない!」
そんなぼくの葛藤に気付いてか、力強い暁煌の激励が響く。
「これからわらわ達が放つのは紛れもなく全力の一撃。ならば力加減などとケチな事は考えるでないぞ」
『でも……』
「すべて全力でよいではないか。残らず出し尽くしてこその全力、わらわはそのつもりでおるが……主は違うのか?」
そうだ。今は暁煌が一緒にいる。ふたりでならどんな限界でも超えられる……その確信がぼく達にはある!
『わかったよ暁煌! もう出し惜しみなんてなしだ!』
力を、霊力を振り絞る。ぼくの内側からあふれ出すすべてを――――この一撃にかけるんだ!
その想いに呼応してか、両腕の砲身が変化した。結合した鱗の継ぎ目からまばゆく白い光が噴き出し、砲身自体がさらにひと回り大きく膨れ上がる。
白い炎となった光は両腕を覆い、その内側に向けて何本もの鋭い牙を生じさせ――――今やぼくの体は、横倒しにした竜の顎そのものへと変わっていた。
『いくよ、暁煌!』
「応ぞトウヤ!」
すでに落下に転じた【大怪蟹】に狙いを定める。くるくる回転しながら降ってくるその身体……へし折られたはずの四本の脚は、すでに半ばほどまで再生していた。
――――けれど、その再生が終わることはもう……ない。
「わらわ達がこれから放つ一撃……そう、名を付けるのならば――――」
二本の砲身の間に激しくスパークが走り、中心の光球は凝縮されたエネルギーの塊へと変わっていた。爆発寸前の渦巻く火炎のごとく……烈しく熱いぼく達の全力!
「“黄昏を裂く再誕の篝火”!!!」
――――轟! 閃光と爆音が世界を真っ白い無音に染め上げる。霊力によって生み出された顎から放たれた、ぼくと暁煌の……竜の息吹。
【滅びの落日】を打ち破ったものに勝るとも劣らないそれは黄昏の空を一直線に切り裂き、【大怪蟹】の胴体めがけてまっすぐ突き刺さった――――――――!
最強の全力が炸裂!!!
長かった戦いよ……さらば('◇')ゞとなるかっ!?




